第33話
「先生。全校生徒が帰るまでここにいさせてください」
そう言ったのは花子だった。
あたしは驚いて花子へ視線を向ける。
花子はまっすぐに先生を見つめていた。
「本当はそういうことをしちゃいけないんだけど、仕方ないわね」
先生はため息まじりに言う。
「そういうことって、どういうことですか?」
目ざとく質問したのは大志だ。
「その……商品をかくまうようなことっていうのかな。はっきりとそう伝えられているわけじゃないけれど、あまりよくないってことは言われてるの」
そうなんだ……。
そんなこと全然知らなかった。
家にいれば守ってもらえるとも思っていた。
そうさせないために警告音が存在しているのだと。
でも、商品に選ばれなかった側にもなんらかのルールが存在しているみたいだ。
「俺たちをかくまうことで、先生に危険が降りかかることはないんですか?」
「それは大丈夫よ。そこまでは聞いてないから」
大志の質問に先生は早口で答える。
「それならよかった」
あたしは頷いた。
今日はひとまず先生に甘えることができそうだから。
だけどきっと毎日ここにいることはできないのだろう。
そんなことすれば、それこそ先生に危害が加わるかもしれない。
あくまでも今日だけ甘えるのだ。
自分自身にそう言い聞かせた。
ベッドの上の聡介に視線をやると、いつの間にか目を閉じて寝息をたて始めていたのだった。
☆☆☆
6時間目の授業が終わりを告げるチャイムが鳴る。
その音を聞いたとき、あたしはそっとカーテンを開けて外の様子を確認してみた。
生徒たちがホウキや雑巾を手にして廊下に出てきている。
「先生、保健室も掃除しますよね?」
ふと思い出して声をかけた。
たしか保健室や移動教室の掃除は保険委員や、部活で教室を使っている生徒たちの役目のはずだ。
「えぇ。でも大丈夫だからあなたたちはここに隠れてて」
先生はそう言って残りのベッドを指差した。
保健室には3つのベッドが置かれていて、その1つの聡介が使っている。
「カーテンを引いておけば誰も見ないし、私もずっとここにいるから」
「……今日だけでも掃除をやめさせることはできないんですか?」
花子が聞く。
確かに、掃除自体をやめてもらうことができれば一番安心だ。
しかし、それに関して先生は渋い顔をした。
「さすがに、そんなことをしたら怪しまれると思うのよ。商品になっても日常を送らないといけない。あなたたちもそう伝えられているでしょう?」
聞かれてあたしは返事に詰まった。
「大丈夫。心配しなくていいから」
先生にそう言われると、あたしたちはそれを信じて頷くしかなかったのだった。
あたしたちがベッドスペースに隠れてすぐ、保健室の掃除当番になった3人がやってきた。
先生と仲がいいのか、ずっとおしゃべりをしながら掃除をしている。
あたしは花子と一緒にベッドの上に座り、その会話に耳を傾けた。
「今日はびっくりしたよね! この学校に6人も商品がいるんだもん!」
「本当だよね。全国で500人なのに、すごい確立だよね」
「でもちょっと可哀想だよね。カップルで商品になった子もいるんでしょう?」
その言葉に思わず反応しそうになってしまい、隣の花子に手を捕まれて口を閉じた。
あたしと聡介のことだ……。
あたしはベッドの上に置いたシューズをジッと見つめた。
2人分のシューズがカーテンの下から覗いていたら怪しまれるからだ。
「でもそれってちょっとドラマチックだよね?」
「わかる! 映画とかになっちゃいそう!」
キャアキャアと好き勝手騒ぐ女子たちにあたしは下唇をかみ締めた。
映画になるような、いい話なんかじゃない。
あたしたちは登校してきてからずっと命の危険に晒されているんだから。
それが女子たちにとって憧れのストーリーになるということが、悔しくて悲しかった。
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