170 メイクール国王都にて
――その後、アルたちは王都へと到着した。
王都では、ウォーレッドの軍勢を迎え撃つべく、メイクール国の部隊が戦う準備を整えている。
兵士は勿論のこと、一般市民も武器を手にし、恐らく、数時間と経たずに始まるであろう戦に備えていた。
逃げ遅れた者がいないか、不審者はいないかと、厳しく周囲を見回っていたメイクール国の衛兵の数名が、アルたちに気付いた。
「アルタイア王子! それに……、ラジャエル部隊長も!」
「王子、よく、戻られました!」
先ほどのように、兵士や市民にわらわらと取り囲まれたアルは、頷き、
「どういう事態かは大体把握している。ウォーレッド国の軍隊を見たが、敵は、すぐにこちらに向かって来るだろう。王は、どちらに?」
「マディウス王は、城の中です。王子も、急ぎ、城へ避難してください」
「ここの指揮は、誰が?」
アルは衛兵に返事はせず、代わりに質問で返す。
「カイル・ディグラス特隊長が個々の部隊長と連携を取りつつ、指揮をしています」
「そうか、カイルはどこにいる?」
アルがいうと、若い兵士は、あちらに、と言い、城とは逆の、街の入り口の方を指し示したので、アルは再び馬に飛び乗った。
「お、王子! いけません! もうウォーレッドの軍勢は迫っているのです!」
兵士の制止を振り切り、アルは手綱を引き、馬を走らせた。
「王子のことは、俺に任せろ。引き続き任務に当たれ」
ロゼスがイーシェアを馬に乗せたまま馬上から言い、アルの後に続いた。
青い目をした精悍な体躯の長身の男は、いつもとは違い、厳しくその目を周囲に光らせていた。
カイルは、再び、メイクール国がウォーレッド国に襲われる事態となったことが悔しく、そして堪らず不安だった。
しかし、この国の中心である、この王都と城は守り切らねば――、と、死をも厭わぬ覚悟を心に秘め、ぐっと拳を握った。
歩兵部隊、騎馬隊、国王警護部隊、銃部隊、弓隊、王都警護部隊、それぞれの部隊長や副隊長と作戦を練り、その指示を仰ぎ、自らも、前線に立つべく、カイルは決意していた。
「カイル! 今、戻った……!」
カイルの耳に、久しぶりに聞く、少し大人びた自国の王子の声がした。
「王子、それに、ロゼスとイーシェア様も! ご無事で良かった。どうなったかと、心配しておりました」
「ああ、旅先で出会った仲間たちのお陰だ。カイル、ウォーレッド国には魔族がいる。彼らは、軍隊を伴い、メイクール国を襲いに来るだろう」
カイルは、驚いた様子はなく、ええ、と頷いた。
カイルはパティがいないことに気付いたが、今は、そのことは口にしなかった。
「カイル、今、城では、市民を受け入れていますね?」
次に口を開いたのはイーシェアだった。
どうやら、ずっと訊きたかったことのようだ。
「ええ、まだ途中ですが、城では、マディウス王が民を避難させておられます」
イーシェアは頷き、
「では、私はこれから城へ向かい、城とその周囲数メートルにだけ、結界を張ります。神具の力を移した手鏡を使えば、そのくらいならば、結界を張れるでしょう」
「本当か、イーシェア」
アルは感嘆したが、イーシェアの表情は硬かった。
「ええ、ですが……。アルタイア王子、それにお二人も、聞いてください。結界を張れば、その内側の者たちを、魔族は愚か、敵国の攻撃からも護れます。けれど、本来の神具がない状態では、集中して結界を張る必要があります。その間、私は戦いに加わることはできなくなります」
「充分だ。城にいる者たちを護れるならば」
アルは言ったが、イーシェアの表情は晴れない。
「それだけではありません。通常の魔族ならば結界で攻撃を防ぐことが可能ですが、高位魔族の攻撃を防ぎ切れるとは思えません。高位魔族の強い攻撃を受け続ければ、恐らく、結界は崩壊します」
神具〝水鏡の盾〟は、増幅器のようなものだ。あれがなければ、イーシェアの能力で聖なる結界を張っても、その結界は、本来の力を発揮できない。
「――そうですか。では、高位魔族を倒す者が必要ということか」
カイルはイーシェアの話を聞き、神妙に言った。
「高位魔族の目的は、魔素の濃い場所で魔王を呼び込むことだ。彼らは、城ではなく、採掘場に向かうだろう」
「あまり人手は割けないでしょうが、精鋭の兵を用意しましょう。特隊長、俺が指揮を取ります。俺に高位魔族の討伐を命じてください」
アルがいうと、今度はロゼスがカイルに詰め寄った。
「俺は、石を持つ者となりました。高位魔族を倒してみせます」
カイルはロゼスが言ったことに驚いた表情をしたが、何も訊かず、僅かに目を伏せ、
「よし、いいだろう」
とだけ言った。
「王子は、イーシェア様と一緒に城へ。王の元へ避難してください」
カイルは次にアルを見て言った。
「……カイル、それはできない」
アルは、カイルに、恐らく初めてであろう、彼の提案を拒否した。
「高位魔族を食い止められなければ、結界は破られ、城へ逃げた民も殺される。メイクール国も、滅ぶだろう。高位魔族を食い止めることが、国を存続させる、絶対条件だ。この国の危機を、放ってはおけない」
アルは、いつもの彼とは違い、カイルを前にしているからか、少しだけ躊躇い、だが、はっきりと言った。
「僕も、ロゼスと共に、戦わせてくれ」
頼む――、と、アルはカイルに懇願する。
「……決意は堅いようですね。分かりました。私は、前線に立ち、皆に戦う姿を見せねばなりません。王子、これを――」
カイルは、自分の後ろにいた馬に括られた武器を取り外した。
それは、見慣れた十字型の剣、投げて飛ばす、メイクール王家に伝わる、十字剣と呼ばれる剣だ。
アルの胸がどくっと、大きく鳴った。
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