158 巫女を救う者


 パティは抱えたイーシェアと共に、ツバキに落とされ、窓枠の下へと落ちて行く。

 

(早く翼を開かないと!)

 

 パティはイーシェアの腕をどかし、胸の前で彼女を抱える体勢に直し、地上からおよそ十メートル手前で何とか翼を開く。

 バサッ、バサッ!

 

 パティは大きな純白の翼を数度はためかせ、空中に浮きはしないが、勢いをつけ墜落していく状態からは免れ、そのスピードは徐々に弱まっていった。ゆっくりと下降し、イーシェアを抱えたまま、何とか、地面に降り立った。


 そのすぐ後には、ロゼスが降り立つ。

「ロゼス、ツバキは?」

「あいつなら大丈夫だろう。それよりイーシェアの具合はどうだ?」

 言われて、パティは抱えたイーシェアをその場に降ろした。その時に彼女がまたも意識を失っていることをパティは初めて知った。


 少し離れた場所から、衛兵数名の人影が近づいてくる。その人影を見て、槍を構えたロゼスだが、

「こっちへ、早く!」

 と呼ぶ声がし、そちらに注目すると、城の側塔の影からロミオが手招きをしていた。


「ロミオ!」

 パティが叫び、ロゼスはイーシェアを抱えてそちらに向かった。

 その時、丁度ツバキも上空から降りて来て、合流した。


「ロミオ、来てくれたのですね!」

 側塔の影に隠れたところでパティがいうと、ロミオは、ああ、と返事をした。


「ツバキの浮遊の術では目立ち過ぎるし、船に戻るまでに見つかってしまう。僕の杖の力なら、人目に付かずに船まで戻れるからね」

「なら始めから城まで送ればいーだろ」

 ツバキが腕を組んでむっとして言うと、

「あ、いや。ツバキの術が、あんなに目立って、ゆっくりと飛ぶものだとは思わなかったんだ……」

 ロミオは両手を前に出して、言い訳のように言った。



 周囲に、騒めきが起きてきた。いつの間にか衛兵が集まっている。見つかるのも時間の問題だ。


「まあいい。とにかくここを早く離れようぜ。こんな場所じゃすぐに見つかる」

 ツバキは頭の後ろをぽりぽりと掻いた。

「ツバキのいう通りだ。ダンの船に戻ろう」

「て言っても、ロミオの浮遊の術じゃ一人定員オーバーなんだろ」

 ロミオは、ああ、と言った。

「やっぱ俺が一人で――」

 と言いかけたツバキに、

「いや、ツバキ。だから君の術では目立つから――」

 とロミオが慌てて言う。


 ロミオがちらとパティを見たので、パティは、彼が言いたいことを悟った。

「ロミオ、大丈夫です。分かりました。わたしが外れます」

 パティが言い難そうなロミオに代わり、少し微笑んで言った。


「パティ」

 ロゼスがイーシェアから顔を離し、心配そうにパティを見たが、パティは、大丈夫です、と繰り返した。


「わたしの翼でしたら、高く舞い上がって誰にも見られずに飛べますから。ロミオたちより遅くなりますが、一人で船まで戻れます」


 ロミオは、悪いね、と言い、そのすぐ後に衛兵がその場に現れると、パティは翼を広げて高く舞い上がり、他の者たちはロミオの作った風に巻き上げられ、一瞬の内に空高く運ばれた。



 上空を羽ばたき、一人ダンの船を目指していたパティがようやく船の上へ降り立った。甲板にはクルミが一人いて、少し離れたところから近くへ寄った。他の仲間たちは船内にいるようだ。


「パティ、良かった、戻ったんだね」

 クルミがパティを見てほっとして言ったが、その表情は心からの笑顔ではなかった。


「クルミ、みんなは? それに、イーシェア様は……?」

「うん、パティが戻る三十分くらい前に戻って、無事だよ。だけど、イーシェアは……、はっきり分からないけど、まずい状況だと思う」

 クルミは俯いてパティから目を逸らした。


「わたしが、もしかしたら、先ほどのようにイーシェア様を救えるかもしれません」

「うん、ロゼスも、パティなら……、って言ってたから、待ってたんだ。こっちだよ!」

 クルミはパティを船室に案内すべく走り出し、パティはクルミの後に続いた。



 二人がイーシェアが寝かされた船内の一室に入ると、ロゼスが、イーシェア!、と大きな声で名を呼ぶ声がし、パティは急いで近くへと寄った。


 ロゼスはイーシェアの手を握り、不安に押し潰されそうな顔をしている。彼の腕は少し震えていた。

 そんなロゼスをパティは初めて目にし、ああ、二人は、結ばれる運命なんだ、とパティは悟った。


(わたしが、助けなければ――)


 イーシェアの周囲を仲間たちが取り囲んでいたが、パティが現れると、皆は一歩引き、パティはロゼスの代わりに彼女の手を握った。

 

(わかる。イーシェア様の体から、聖なる光が消えかかっている……)

 

 ――けれど、わたし、多分、救える。

 どうして分かるか分からないけれど、わたしには、きっとできる。


「パティ……?」

 周囲に集まった仲間の一人が言った。

「パティ、早くしてくれ! イーシェアを――」

 じっと動かないパティに、ロゼスは少し、いらつく。


 黙り込み、イーシェアを見つめたパティは、両の掌を彼女のお腹の部分に当てた。

 パティの掌が静かに発光を始める。

 

(イーシェア様を救える。それなのに、わたしは、何を躊躇っているのだろう。なぜか、怖い……?)


 パティは頭を振った。


 ――余計なことを考えては駄目だ。

 今は、イーシェア様を救うことだけを考えなくては。

 

 パティの光った掌に反応し、黒い煙がイーシェアのお腹の部分から浮き出てくる。

 その黒い煙は、周囲に漂うことなく、全てがすうっと、パティの掌に吸い込まれていく。

 黒い煙を掌に吸い込んだパティは、痛みを堪えているように眉を寄せ、見ている者たちは不安になったが、パティは止めることなく、その煙を吸い込み続けた。 

 やがて吸い切ったのか、黒い煙が浮き出なくなると、パティは体から力が抜けたのか、その場に座り込んだ。


「パティ!」

 一番近くにいたクルミがパティが倒れないように両肩を支える。


 アルも内心はらはらとその様子を見ていたが、傍に寄るようなことはしなかった。

 そのアルの頬は、なぜか赤く腫れていた。

 アルは顔を少し伏せていたので、パティは気付かなかったが。

 

 ベッドの上で気を失っていたイーシェアがゆっくりと瞳を開き、起き上がる。


 ロゼスはイーシェアの水色の瞳をじっと見つめ、その手を強く握った。

「良かった……、イーシェア」

「ロゼス――」

 気のせいか、イーシェアは、ロゼスに手を握られて、ほんのり頬が赤く染まったように見えた。

 

 パティは目覚めたイーシェアを見て微笑んだが、その顔色は青白く、肩で息をし、苦しそうだった。


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