157 ウォーレッド国の魔族 後半

(くそ。やっぱり効いてねーのか)


 ツバキは、分が悪い、と思っていた。

 ツバキは背後のイーシェアを気にしつつ、シュナイゼへの攻撃を繰り返していた。  

 だが状況は変わっていない。


 ツバキの身体能力でシュナイゼの攻撃を受けてはいないが、こちらの攻撃もまるで効いていないのだ。時間をかければ、不利になる。

 イーシェアはまだ座り込み、顔色は真っ青だった。

 パティのお陰なのか、かろうじて意識は保っているが、戦えるような状態ではない。


 徐々に具合は悪くなっているように思える。

 神の力によって生まれたイーシェアには、闇の力は人間以上に堪えるものなのかも知れない、とツバキは思った。


「パティ」

 ツバキが、攻撃の合間に、茫然とカルファを見つめるパティに声をかける。


「お前、イーシェアを抱えて飛べるか?」

 ツバキはくいと顎を少し離れた出窓に向ける。

 

「え? えっと……抱えて、ゆっくりと地上に落りることはできると思いますが、上空で飛び続けることはできない、と思います」

「それでいい。いつでも飛び立てるように準備しとけよ」

「ツバキ……、それって――」


「ああ、隙を付いてあの窓から逃げるぞ。あのイーシェアって巫女、このままじゃやべーぞ。お前はロゼスにも同じようにやったと思うが、イーシェアの方は完全に闇を消さないと駄目なんだろう。オレたちもこの城の中枢に長居するのは得策じゃねー」


 ツバキはパティに近づき、声を潜めて言った。


 ツバキが冷静に判断していたので、パティは意外な思いだったが、その提案には賛成だった。

「イーシェアを抱えて出窓に上るのは難しいだろうから、あの窓周辺をオレがぶち壊す。通り易くなったら、飛び出せ。その間、オレとロゼスで奴らを引き付けておく」


「わ、わかりました」

 パティはちゃんとできるだろうかという不安でいっぱいだったが、やるしかない。

 

(わたしは、イーシェア様を助けたくてここに来た――)

 

 ツバキはシュナイゼにクローを構えて、後ろのパティをちらと見る。


「よし、行け、パティ!!」

「は、はい!」

 

 パティはイーシェアの腕を肩に乗せ、歩こうとする。


「巫女を逃がすか! そいつは殺す!」


 シュナイゼがイーシェアを抱えるパティに向かって来ようとするが、

「行かせるかよ!」

 ツバキがパティの前に立ち、飛び上がってシュナイゼの胸の当たりでクローを振り降ろす。

 しかしやはり、クローの攻撃は効いていないようで、流れた血は微かなもので、シュナイゼは平然としていた。 

 ツバキはその結果が分かっていた。

 ツバキは勢いをつけて、シュナイゼに飛び蹴りを喰らわす。

 シュナイゼはその勢いに倒れ、その隙にツバキは出窓の方へ駆け出し、飛び上がって、石を光らせ、窓の周辺に思い切り蹴りを入れた。


 ドゴッ……ガラガラガラ……!!


 窓枠が壊れる音がし、周囲の壁も破壊された。周囲に壁の破片と、窓枠が飛び散った。窓周辺の壁も壊れて、ぱっくりと割れた壁から、眩しい陽の光が入り込んだ。

 石を発動させたとは言え、それは凄まじい力だった。

 

 パティはイーシェアの体を支え、割れた壁の方へと急いで歩いた。

 とは言え、イーシェアは痩せてはいるが、自分よりも身長が高く、小柄なパティには彼女を運ぶのは骨の折れる作業だった。

 すぐ近くにシュナイゼの手が伸びてくる。

 それがパティを掴む前に、再びツバキが向かって行き、ジャンプしながらくるりと一回転してシュナイゼの目の前に降り立ち、石の嵌った右手を胸の前に構えた。


「爆炎拳!!」

 叫び、シュナイゼの胸の中央に拳を叩き込む。


 ドゴオッ!!

 

 その瞬間、大きな爆音が響き渡る。

 部屋中に煙が充満し、何も見えなくなる。


「早く行け、パティ!」

 ツバキは言って、イーシェアを抱えたパティを窓から落とすように背中を押した。


「きゃあ!」

 パティはバランスを崩し、イーシェアを抱えて窓から真下に落ちて行く。

 

 ツバキの目の前ではメラメラとシュナイゼが燃えていた――。


(大して効いてないだろうが、時間は稼げる)



 突如部屋に爆音が響き、部屋中に煙が充満し、視界を奪われたロゼスは、戸惑っていた。


「ロゼス、オレたちも逃げるぞ。パティだけじゃどうしようもねーからな」


 黒い煙の中からツバキの声がし、ロゼスはぐっと腕を掴まれ、そのまま窓から外へと投げ飛ばされた。


「な、お前――!」

 ロゼスが文句を言いかけるが、既にその体は窓の外――、空中へと飛び出していた。


「貴様らを逃がすかあ!!」

 シュナイゼが怒鳴り、カルファは残ったツバキに向かって素早く駆け出し、その長い腕を伸ばす。

 カルファは、虫を叩き落とすように大きな手の平でツバキをはたく。


 ズガアッ!

 頭上からはたかれたツバキは床に叩きつけられ、くそ、と小さく呻いた。


 続いてカルファとシュナイゼが同時にツバキを狙って爪や拳を振り上げるが、ツバキは石を光らせ、素早さを増して何とか避けるが、先ほど打ち付けた腰が痛く、顔を顰めた。


 ツバキは石の嵌った腕を前に出し、もう片方の手は右腕の中心を掴んでいた。


蛇操炎拳じゃそうえんけん


 ツバキは緋色の瞳の奥に静かな闘志を燃やし、無表情に言った。

 ツバキの拳から、蛇のようなうねうねとした巨大な炎が生まれ、それはカルファの左半身へと絡みつく。

 炎の蛇は通常の炎よりも凄まじい熱を噴き上げ、周囲に熱を発し続けていだ。

 

「こんなもの――」

 鬱陶しそうにカルファは炎の蛇を片方の手で掴み、

闇の刃ダークブレイド

 と呪文を唱え、サーベルで炎の蛇を真っ二つに切り裂いた。切り裂いた炎の蛇は、周囲に炎の残骸と煙を巻き散らし、やがて消えた。だがそれをやっている間に、ツバキの姿は窓枠から外へと消えていた。


(ウォーレッド国の魔族、この勝負は引き分けだ。……悪いが、今回は、逃げさせてもらう)

 

 後ろ向きに窓枠から飛び出したツバキは、逃げ出したのに、そうとは思えない、余裕の笑みを浮かべていた。




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