153 対決
ツバキの拳から放たれた光を浴びた数名の衛兵はバタバタと倒れ、意識はあるものの、体は動かないようだった。
彼らはぴくぴくと手足を痙攣させ、動けず、声も出せずにその場に倒れたままだ。
「な、何が起こったのですか……?」
パティが不安そうに口を開く。
「奴らはオレの〝炎陽の光〟に当てられただけだ。さ、行くぞ。体の自由を一時奪うが、すぐに元通りになる」
もっとも、これが効くのは人間だけだが、と、詳しい説明まではツバキはしなかった。
「パティ、イーシェアはどこか分かるか?」
ロゼスは、今はツバキの不思議な技のことを考える余裕もなく、パティに問う。
「あ、はい! えっと……、あちらです」
パティは目の前に聳える城の中央部を指した。
「やはりそうか。イーシェアは既にシュナイゼ王の元にいるかもしれないな」
「シュナイゼ王、なのでしょうか……? ロゼス、イーシェア様の傍に、
パティは蒼褪めた顔で、ロゼスを見ていた。
パティの不安を感じ取り、ロゼスもまた動揺した。
「パティ、案内するんだ、急げ!」
「は、はい!」
ツバキとロゼスは、次々に現れる兵士らをなぎ倒し、パティはその後を続いて城の中に入ると、三人はパティの案内する方向に向かって走っていく。
広間を抜け、階段を上がって回廊も走り、それを繰り返し、魔のものには遭遇せず、一つの扉の前に辿り着いた。
「ここか」
重厚な扉の前の部屋に立ち、ロゼスは言う。
パティはコクン、と頷いた。
そこはシュナイゼ王が作らせた、彼専用の訓練部屋だった。幾つかの剣や盾が並び、高い天井に広間のような空間がある。
シュナイゼは剣術を嗜むだけではなく、その腕は王にしておくには惜しい逸材だとも噂されている。
シュナイゼとカルファは、イーシェアを真ん中に、囲むように立っていた。
シュナイゼは現れた来客――、パティ、ロゼス、ツバキを見ても驚きもせず、腕を組み、眺めていた。
(待ち伏せされてたな)
僅かの動揺も見せないカルファとシュナイゼを見て、ツバキは確信した。
イーシェアは、パティとロゼスの姿をその水色の瞳に映すと、
「なぜ、ここへ来たのですか?」
二人に向かって問う。
イーシェアの瞳は揺れていた。
「イーシェア、あなたの手紙は読んだ。あなたの覚悟を知っている。それでも、俺にはそれを受け入れることはできない」
「ロゼス……」
「帰ろう、イーシェア。俺たちの国に――」
そう言ったロゼスは温かい瞳をしていた。
「何を勝手に話を進めているのですか? シュナイゼ王の御前なのですよ。それに、イーシェア様を返す筈がないでしょう。彼女はアルタイア王子の代わりにここへ来ていただいたのですから」
カルファは普段通り柔らかな物言いだが、語った言葉は、ロゼスが歯をぎり、と噛み締めるものだった。
「イーシェア様を、どうするのですか?」
パティがびくびくしながら訊く。
「今更、それを訊くのか。まあいい。この娘の正体を、お前たちは知っているのであろう? この娘は人ではない。我らには危険な存在だ。生かしてはおけん」
シュナイゼが言うと、パティは両手で口元を覆った。
高位魔族が石を持つ者と神具を狙うのは、魔世界と地上を繋ぐためだけではなく、神具の力を手にする目的もあった。
神具の力を手にするには、石を持つ者の心を魔の性質にし、その者が神具を身に付け、神具をも闇へと染める必要があった。魂が闇に染まり切ったら、その石を持つ者は闇の力を手にする。
メイリンの魂は闇に染まっていたが、まだ十分ではなかった。彼女が完全に闇に覆われていれば、メイリンは用済みとなり、契約をしたシスに殺され、魂を食われていただろう。
「神の手により生まれたあなたの魂を暗く染め上げることはできないが、あなたを殺せば、〝聖なる力を宿す石を持つ者〟はこの世から消える――」
カルファが言った。
魔族は『聖なる力』を恐れている。
『聖なる力』は本来、人には備わっていない。
神の手により生まれたイーシェアには、生まれつき、それがあった。
「イーシェア、お前の力を手に出来なくても、生きていられるよりはよっぽどいい。神の手により作られし娘よ、死んでもらう!」
バリバリバリ――。
気味の悪い音を立て、シュナイゼの体が――、いや、シュナイゼの皮が真っ二つに裂け、その中から、てらてらとした大きな青い瞳を持ち、長い触覚に、カマキリのような姿の黒い生き物が現れた。
シュナイゼの皮膚を破り出たものは、三メートル近くあり、パティはその不気味さと迫力に恐怖し、硬直した。
それは魔物のような姿だが、人型で手足も人のような作りだったことから、魔族だろうと思われた。
「この姿になるのは随分と久しぶりだな……」
そのものは、シュナイゼと同じ声音で呟いた。
「げっ。気持ちわりーやつだな」
ツバキはそのものから放たれる威圧を肌で感じていたが、それよりもシュナイゼの本来の姿が生理的に受け付けず、眉を寄せた。
ツバキの左手にはいつの間にか、神具、〝火炎のクロー〟が嵌められていた。
手甲に長い爪が取り付けられた武器だ。爪の部分は燃えるような赤い色だった。
ツバキは神具を身に付けていなくても炎の技が使えるが、神具を身に付けることで、更に強力な力を発揮できる。
「この者たちは、血肉も、魂もさぞ美味なんだろう。久々のご馳走だな」
傍でシュナイゼがいうことを聞いていたカルファはため息をつき、やれやれ、と言った。
「……王様ごっこをようやく中断できるのですね。あ、そうそう、天使の娘の方は私がもらいますよ、王様。どんな味がするか、楽しみです」
カルファはにっこりと笑っていたが、パティは背中がぞくっとした。
「変わった奴だな、お前は。神の作ったものなど、不味いに決まっている。俺は男の方をもらう」
シュナイゼだったものは、ツバキとロゼスを見て、ぺろりと舌を出し、唇を舐めた。
「冗談じゃねーぞ。誰がお前らなんかに食われるかよ!」
ツバキが左手を振るうと、クローから小さな炎がボウウ、と燃えていた。
ロゼスは槍を構え、態勢を低くした。
「パティ、イーシェアと部屋を出ろ。お前がいると気が散る!」
ロゼスは目の前に立ちはだかったカルファを睨みながら言い、槍を突き出す!
「駄目です、ロゼス! その者に力は通用しません!」
イーシェアが叫ぶ。
しかし既にロゼスは槍で攻撃を放ち、カルファとぶつかろうとしていた。
にやりと口元を歪めたカルファは、
「
と呟くと黒煙が立ち上り、その煙は彼の手の平に一瞬で集まった。
カルファは手の平をロゼスに向けた。
するとロゼスの槍は何かに弾かれ、ロゼスの体が宙に浮いた。
「う……っ」
ロゼスは息が出来ず、首元を押さえる。
何かに首を掴まれ、呼吸ができない。
パティには、ロゼスの首に黒い煙がまとわり付いているのが見えたが、通常、人間にはその闇の力は見えない。数秒、ロゼスは正体不明のものに苦しめられていたが、
やがて、ロゼスにも黒煙が首に張り付いていることが見えた。
(これは、魔術か?!)
ロゼスは息も絶え絶えに、首を絞める黒煙を剥がそうと、あがいた――。
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