146 クルミとネオ 前半


 魔物が倒れると同時に、部屋の外をバタバタと走る音が聞こえてきて、アルたちは顔を見合わせ、すぐに部屋の奥――、ラウンジの向こう側のバルコニーに向かって走った。

 扉を開き、皆がバルコニーに出ると同時に、部屋の中に数名の衛兵が駆け込んで来た。

 ざわざわと部屋で騒ぎ出す衛兵らは、バルコニーから気配がすることに気付き、そちらに向かって来ようとする。

 

「ロミオ、急いでくれ」

「分かってるよ、アル。みんな、また僕の近くへ」

 とロミオが言うと、一同はウォーレッドの城へ来た時と同じく、ロミオの傍に寄った。

 ロミオはすぐさま額の石を光らせ、杖を掲げた。

 

「奥に誰かいるぞ!」

 という叫び声が聞こえ、衛兵らの足音がし、彼らがバルコニーの扉を開いた時、ロミオの周囲を再び激しい風が包み込んだ。

 ブワッ!

 アルたちの体が一瞬の内に数十メートルも浮き上がった。


「な、なんだ、お前たちは――」

 と、衛兵の一人が言ったのを最後に、曲者らの体の周囲は唸るような風音を立て、あっという間に飛び去っていたー。


 

 船の甲板では、まだ夜も明けていないというのに、パティが仲間の帰りを待ち、指を絡ませ祈りを捧げていた。

 彼女の待っていた場所の少し先に、アルたちは突如現れ、降り立った。


「アル、みんな……、お帰りなさい」


 パティは駆け寄り、少し離れた場所にいたダンも気づいて傍に寄った。


 パティはアルが無事に戻り、内心、凄く嬉しくて、本当はもっと近くに行きたかったが、できなかった。

 最後にアルに会った時、酷い言葉を投げかけられたことは、まだパティの記憶に新しい。


「みんな、無事に戻って来てくれて、本当に良かったです」

 パティは笑みを見せたが、その笑顔は少し寂しそうでもあった。


 パティとアルの間に起きたことを知っているのはロゼスだけなので、彼以外の面々は、二人の様子がどこか余所余所しいことに気付いたー、が、触れなかった。

 

「アル、あの――」

 パティはアルに近づこうとしたが、アルはパティの前をすっと通り過ぎた。


「みんな、助けに来てくれたこと、こうして無事に戻れたことも、心から感謝しているよ。……だけど、何だかとても疲れたんだ。悪いが少し休ませてくれ」

 アルはパティに背を向けていた。

「あ、ああ。それはいいけどよ」

 ダンが返事をした。言い淀んでいたのは、アルが話しかけるパティを素通りしたからに他ならない。


 パティを見ようともしないアルに、皆は内心驚いていたが、何だか触れてはいけない空気なので、誰も口に出さず、寝室に向かうアルを見送った。

 

(あいつら、喧嘩でもしたのか?)

 

 ダンは思ったが、それにしても、アルのパティに対する態度は気に入らなかった。

 口を利かないとは、男らしくない。


 パティはアルが目の前を通り過ぎてしまうと、途端に泣きそうな顔になっていた。

 俯き、ぎゅっと手を握り、

「わたしも、もう部屋で休みます」

 涙をこらえて、パティは何とか真顔で言い、小走りに立ち去る。

 

 事情を知っているロゼスはパティを哀れんだが、アルがこのような態度に出るのは、仕方がないことだと分かっていた。


(王子とパティが結ばれるなど有り得ない。分かり切っていた)


 ――それなのに、俺は、二人が別れるのではない、違う形の未来を望んでいる。……いや、今はそんなことを考えている時じゃない。


 ロゼスは頭を振り、立ち去って行くパティを見送った。


 

 ――その頃、ネオとクルミは一週間ほど前に北大陸にて合流を果たしていた。

 

 ネオはロミオからの手紙を受け取り、己の神具の使い道について知った。

 既に、サラと思われる魔族に奪われていたが、ネオの持つべきだった神具〝開放の剣〟は、特殊で特別なものだった。それは異世界を繋ぐとされる剣で、夢の中だけではなく、地上と天世界を、また地上と魔世界をも繋ぐことができる剣だった。


 しかし天世界と地上、地上と魔世界を繋ぐには、ある条件をクリアせねばならない。ロミオがネオにその条件を話したのは、高位魔族がどのような手立てに出て来るのかをある程度予想するためだ。


(開放の剣をサラが奪ったのは、やはり地上と魔世界を繋ぐためか)

 

 何となく分かってはいたが、ネオは命を懸けて戦わねばならない時が近いことを悟り、クルミに無性に会いたくなり、連絡を取った次第だった。

 北大陸にいる、と手紙を書いたネオの元に、クルミはその三日後に神具の力を使い、飛んできたのだ。

 

「クルミ、あなたも私に会いたかったのですね」

 ネオは嬉しくて、上機嫌に言った。


「一人で神具の力を引き出す修行をしてたけど、一人よりも相手がいた方がシミュレーションができるから、丁度、誰かと連絡を取ろうと思ってたんだ」

 にこやかに言ったネオに、クルミはにべもなく言った。


 クルミの冷たい態度に少し傷ついたネオだが、それでも、二人きりで会えるだけでも、ネオは嬉しくて仕方がなかった。


 雪景色の広がるその草原のような場所で、神具〝飛翔の靴〟でクルミは高く飛び上がり、眼下を見下ろす。

 彼女は鳥のように自在に空を飛び、その速さは目にも止まらぬほどだった。

 〝飛翔の靴〟の能力は、風のような速さで飛び、素早く動けるようになることのみだった。しかしそれは様々な可能性を秘めた力だ。どんな敵に対しても先制攻撃が出来、スピードに乗った強い打撃を伴う攻撃が可能だった。


「行くよ、ネオ」

 クルミは空に浮かび、厳しい顔つきで、ネオに言う。

「え、ええ」

 ネオは、緊張しながら言った。


 ネオは石を光らせてはいたが、クルミのように試練を終えていないばかりか、神具も手にしていない。

ネオは、クルミの攻撃がどれほどのものなのかと、かなりの不安を覚えていた。


 クルミは地面に立つネオの元まで滑空し、ネオの立つ地面を膝蹴りする。

 ネオが避けたすぐ近く、ドゴッ、と、地面が割れ、周囲二メートルほどが崩壊した。ネオはクルミの膝は大丈夫なのか、と心配したが、クルミは平然と立ち、すぐさま次の攻撃へと移る。


 ネオはクルミの姿をその時までは捕らえていた。

 しかし彼女が次の攻撃に移った時、クルミの攻撃は微かな足音を立てただけで、ネオには見えなかった。

 クルミが一瞬の内に飛び上がり、背後からネオの喉元に短剣を突き付けるまで、どうやってその場に移ったのか、ネオは全く分からなかったのだ。


「……参りました」

 ネオは唾を飲んで言った。

 クルミはにこ、と可愛らしく笑んだ。


「神具の力を、あたしはもう最大限に引き出せる。ネオ、手伝ってくれてありがとう。明日、ロミオたちに合流しよう」

 クルミは言って短剣を仕舞い、ネオに手を差し出した。ネオは少し照れて小柄な彼女の手を取り、女性とは思えない力で立ち上がらせてもらった。


「ロミオは魔王が地上に現れるのを阻止しないといけないって言っていた。あたしが試練を終えて、神具を使いこなせるようになったら会いに行くって約束したの」

 クルミの焦茶色の瞳は、一種の決意のような強い光が灯っていた。

 石を持つ者としての使命を全うすべく、彼女はもう、戦く覚悟などとっくに出来ていたのだろう。


(クルミはいつも真っすぐで、一生懸命だな)

 

 彼女は正義感が強い人だ。

 この世の人のため、地上を魔の手から護るために心身を注ぐ。命を懸けて戦うことに抵抗もなく、抗いもしない。石を持つ者は、きっとほとんどの者が、魔のものから地上を護るためにそれぞれが動いている。


(私は違う……。私はただクルミの傍にいたくて、神具を探したり、彼女の修行に協力しただけだ)


 ――私は正義感の強い人間などではない。むしろ、ずるく、弱い部類の者だ。

それでも、クルミがいれば、私は変われる。


「それじゃ、ネオ。明朝、ウォーレッド国に出発しよう」

「クルミ、待ってください」


 ネオは、近くに取ってある宿の部屋で休もうとする彼女の後ろ姿に声をかけた。


「ずっと伝えたいことがありました。修行の邪魔をしてはいけないと思い、黙っていましたが……、明日出発する前に、どうしてもあなたに言っておきたいのです」


 ネオは、いつになく真剣な眼差しをしていた。



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