118 神の試練について
宿の外の雨は、窓を打ち付けるように降り始めた。
風も強く、ビュービューという風音が、不気味な唸りとなって響いていた。
南大陸は暑い気候が一年中続くのだが、このようなスコールも多かった。
「あたしが訊きたいのは、炎の神から聞いた〝試練〟について。ツバキは試練を終えた、とライザは言っていたけど――」
大人数集まったその宿の個室だが、静かなトーンでクルミは話していたため、雨音は煩く響いていた。
そろそろ夜も良い頃合いになり、腹が空いてきたので、パティたちが買ってきたものを食べながら話すことにした。
他の部屋にいたロゼスも、パティは呼んだ。
チーズをのせたパンや干し肉、ソーセージや、肉や野菜を混ぜて揚げた団子状のもの、果物や蜂蜜味のクッキー等、デザートもあった。
それらを摘みながら、話は続いた。
「ああ、そのことか。そういや、お前ら神具も持ってねーし、試練も受けてねーのな。どうりで、弱い訳だ」
弱い、というツバキの悪気はないが心ない言葉に、クルミのこめかみはぴく、と動いたが、話が進まないので文句は言わないでいた。
「その試練というのは何のことだ?」
アルが訊いた。
「その名の通り、〝神の試練〟は、それを無事に切り抜けた者は神から新たな力を得ることができるぜ。高位魔族と渡り合えるほどの力をな」
「〝神の試練〟を受けるには?」
今度はダンが言った。
「まず己の神具を手にすることだ。それから、各大陸に存在する、自分の祖先の生まれの地の〝神域〟に行く。やることはそれだけだ」
「ふうん。確かに、やり方は簡単そうだね」
「やり方は簡単だが、内容はそう簡単じゃねー。失敗すれば力を手に入れられないどころか、死ぬことになる。はっきり言っておくが、今のお前らじゃ、死ぬのがオチだ」
試練を受けようとしているネオとクルミは、どきっとした。
ツバキは干し肉にかぶりつき、クルミを指した。
「えーと、クルミって言ったな。お前、石を二分ほどしか光らせられなかっただろ。最低五分は光らせられなきゃ、話にならねーぞ」
クルミもネオも石の力の継続時間を伸ばさなければ、ということは分かっていたが、地道に日々石を光らせる訓練をし、少しずつその時間を引き伸ばすしか方法はなかった。
だが、とりあえず試練を受ける方法は分かった。後は準備をするだけだ。
「……とにかく、やるだけやってみるよ」
クルミはデザートの赤い実を齧って言った。
「ネオ、あんたも石を持つ者だから、明日、あたしと一緒に神具を試してみよう。何だかんだ慌ただしかったから、他の神具もそのままだったし」
「ええ、付き合うのは勿論良いですが、クルミ、あなたは怪我をしているのですよ? 少し安静にしていてください」
ネオは厳しめの声で言った。
「ああ、大丈夫大丈夫。明日になったら大分良くなっているだろうから」
クルミはこんな怪我は何でもないことのように笑ったが、ネオは怖い顔になり、
「何言っているのですか! 神具を使うのは初めてなのです。どうなるかも分からないのに! 怪我が治るまでは絶対駄目ですよ!」
と、ずいとクルミに顔を近づけた。
クルミは、あまりにネオが熱心に言うので、つい、わかった、と言っていた。
ダンはそんな二人のやり取りが面白くなく、恐ろしい顔になっていた。
アルはパティとロゼスを見た。
「僕たちは明後日には南西大陸へ向かうから、明日、クルミの船に置いた荷を取りに戻るよ」
そう言ったアルは、今度はクルミとダンと交互に目を合わせた。
「それから、一つ頼みたいが、クルミかダン、ラーガを一度貸してくれないか?」
クルミが返事をする前に、ダンが
「別に構わねえよ」
と言った。
「ありがとう。メイクール国へ手紙を書きたかったんだ。父に、神具や石を持つ者のことを訊いてみる」
「ツバキはこれからどうするのですか?」
パティはパンを配ったり飲み物を汲んだりしていたが、その合間にツバキに問う。意外とパティは世話焼きだった。
「オレはお前らとは一緒にはいねーぞ。これまでと同じだ。サラを探す」
「ツバキ、マクーバ王は、石を持つ者は高位魔族が現れた際、戦ってくれとって言っていた。今のところ、高位魔族に太刀打ちできるのは君くらいだろう」
アルはその蜂蜜色の瞳をツバキに向けた。
「そりゃ、オレだって人が死ぬのを見たくはねー。その場にいれば倒してやるよ。けどこっちにも都合ってもんがあるんだ」
ツバキはぶすっとして、何でオレばっかり、と文句を言いそうな態度だった。
話しは落ち着き、一行は雨が激しく降っていることもあり、その宿に皆泊まることにした。
しかし宿は狭いので、皆一人部屋という訳にはいかず、クルミとパティ、ロゼスとアルが同室に寝泊まりし、ダンとネオは一人ずつの個室となった。
立場を考えればアルが一人部屋だが、ネオとダンは言葉を交わすことはほとんどないし、ロゼスはアルを警護する目的で合流したので、自然とそうなった。
パティとクルミは一緒に風呂に入ることにした。
クルミは怪我をしているので湯に浸かることはなかったが、少し汗を流したいと、湯を体にかけるだけに止めたが。
一緒に風呂に入って、パティはクルミのスタイルの良さにちょっと驚いた。
ドレス姿の時も大人びて綺麗だったが、裸の彼女は、小柄な方だが大人の女性そのものだ。少し胸元に焼けた跡があるが、酷い怪我ではなく、きっとその内綺麗に消えるだろう。
ネオがクルミに夢中になるのも頷ける、とパティは思った。
もっとも、ネオは見た目だけでクルミを好きになった訳ではないので、彼が聞いたら機嫌を損ねそうだが。
「クルミ、年は幾つですか?」
「え、今更? 十八だけど」
「十八! そうだったのですか。てっきり、わたしと同じくらいだと思っていました。それで胸が大きいのですね」
とパティが真面目な顔で言ったので、クルミは苦笑した。
「あんたもその内こうなるでしょ」
というクルミの言葉に、パティは、そうでしょうか、と首を傾げた。
しかしクルミはほっとした。
ショックなことがあったが、パティは元気になったようだ。
(アルがいるからか……)
ふとした時に、辛かった記憶を思い出すこともあり、落ち込んだりもするだろうが、アルが傍にいれば、きっと乗り越えるだろう。
パティはクルミと同じベッドで眠ることになった。パティは嬉しかった。
誰かと一緒にベッドに入ることなど初めてで、クルミの家族の一員になれたような気がした。
「寝るよー」
とクルミが言い、灯りを消してベッドに横たわる。
目を閉じたパティの脳裏に、ヤーゴンの恐ろしい眼と、命の灯の消えた体が倒れ込む光景が不意に蘇り、パティはばっと起き上がった。
「パティ?」
「な、何でもありません……」
そう言ったパティの震える手を、クルミはそっと包み込んだ。
「ほら、こうしていれば怖くないでしょ」
クルミはベッドの中でパティを見て、優しく微笑んだ。
――もし、母親がいたら、こういう存在なのだろうか。
天使であるわたしがこんな想像をするのはおかしいだろうか。
(わたしを作り出してくれたのは、風の神、シーナ様……。けれど彼は温かな存在ではない)
パティはシーナを心から尊敬し敬っているが、傍で共に笑い合うような存在ではない。
パティの冷えた手はクルミの温かな両手に包まれ、やがて天使は、すうすうと寝息を立てていた。
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