100 リリア国のとある事件

 本選が始まる直前、アルは一階で試合を観戦すると言っていたダンの元へと急いでいた。

 アルは一階部分に着くと周囲を見回し、小走りでダンを探し始める。

 円形闘技場は広く、一階席を探すだけでもかなり時間がかかりそうだが、試合が良く見える場所を重点的に探そうと思い、アルは人垣を分け、突き進んで行く。

 

「ダン!」

 半袖にジーンズ姿の長身の男の背に向かってアルは叫んだ。 

 アルの叫び声は周囲の喧騒けんそうにかき消されそうになっていたが、ダンは空耳か、という表情で振り返った。

 ダンは仲間の子分二名と、わいわい話しながら異種試合を観戦していた。


「アル? 何だ、どうした?」

「ダン、良かった、探していたんだ」

 アルはダンのがらのよろしくない子分たちに何だ、という顔付きをされていたが、それを気にするどころではなかった。

「パティがいなくなった!……気が付いた時にはいなかったから、二時間は経っていると思う」

 アルの深刻な顔に、ダンは真顔になって話を聞いていた。


「そうか。分かった、俺が探そう」

 ダンはアルの意図をすぐに汲み取り、自分から探すと言った。

「闘技場や周囲は探したか?」

「ああ。王妃の私兵が数名で探したが、パティは見つからない」

 ダンは顎に手を置き、アルの話をじっと聞いている。


「ダン、パティはメイクール国で攫われたことがある。前に、パティから聞いた。その時は金目当ての魔族の仕業だったが、まさか、今回も――」

「さあ、どうだろうな。だが何かあったと考えるのが妥当だ。時間が経っているから、もうこの王都にはいないかもな。……あまり深く考えるな。アル、パティのことは俺に任せておけ」

 ダンは余裕の笑みを浮かべ、自分の胸を叩いたが、本当は、彼は何だか嫌な予感がしていた。 

 しかし悪戯にアルを心配させても仕方がないので、顔には出さなかった。


「よし、行くぞ、お前ら」

 と言い、子分たちを引き連れ、ダンは闘技場を後にした。



 異種試合は本選へと足を進ませていた。

 順調に勝ち進み、見事に予選を突破したクルミとネオの二人に、本選の前に会う時間があったが、アルは会わずにいた。


 アルはパティがいなくなったことで動揺している。

 そのことがクルミやネオに分かってしまえば、本選の前に緊張している二人は試合に集中できなくなり、実力通りの力を出せないばかりか、怪我を負ってしまうことも有りうる。それにパティを心配した二人は試合を放り出し、パティを探すと言い出すかも知れない。

 ダンは、船に残した子分たちにも情報を集めさせると言っていた。

 パティを捜索する人数は足りている。


(ダンからの情報を待とう)


 そう決めていたが、この旅で何度、思っただろうか。

 アルは、『自由に動けない立場』が辛く、歯痒かった。



 その頃パティは、眠らされたまま、詰め込まれた馬車の荷台で揺られていた。

 他に通る馬車のない、静かな、不気味なほど静寂に満ちた馬車道で、パティを眠らせた御者の男は、口元に不気味な笑みを浮かべ、馬車を走らせている。


「やっと、手に入れただ。天使……、天使だ。今度こそ、本物の天使だ……」

 ぶつぶつと聞き取れないほどの声音で、男は何度もそう呟いていた。

 


「――何? パティがいなくなったと?」

 予選と本選との合間に、アルはマクーバに事情を説明した。

「なんじゃ、早く言えば良いものを――」


「あなたは試合に夢中で、話しかけても聞いていなかったのですよ」

 横からマゴットが口を出した。

 その言葉にマクーバは多少むっとしたが、口には出さなかった。

「そうか。しかしまだ何かあったと決まった訳ではなかろう。王妃の兵を使い探しているなら対策は取っているな。そう心配することもあるまい。この国は平和な国じゃ。すぐに見つかるじゃろう」

 マゴットは王の反応が分かっていたようだった。

 アルはマクーバの言ったことに納得いかなかったが、口にはしなかった。

 


 時刻は正午を回り、いつものように、太陽がじりじりと照り付ける南大陸の気候は更に気温を上げていた。

 ダンは船に乗っていた仲間の海賊を使いパティの捜索にあたり、自らも勘と経験を頼りに聞き込みなどで探していた。 


 ダンは先ほど闘技場から連れてきた手下の一人と、王都の外れの方の民家まで足を運んでいたが、パティの情報は何も得られずにいた。

 しかし気になる情報はあった。


「……二年ほど前かね、少し先に住むウィニーが、娘が帰って来ないと騒いでいたね」

 夫と二人暮らしの年老いた女は、突如家を訪問し、

「何か変わったことはなかったか? 例えば、娘の叫び声を聞いたとか、不審な者を見かけたとか、他に……そうだな、事件と呼べるようなことが起きたことはなかったか?」

 と訊ねた男にそう答えた。

 

 ダンは、パティの目撃情報よりも、彼女がどこかに連れ去れたならば、その場所を特定しようとし、民家を尋ね回っていた。

 

「けど、その後数日経ってから、ウィニーは、娘のマギーは他国へ行ったから、もう会えないんだと言っていたよ」

 老女は淡々と言った。

「ウィニーは娘に会って話したのか?」

 ダンの問いに老女は首を振る。

「マギーがいなくなって少ししてから手紙が届いたそうだよ。そこに書いてあったって。二度と会えないが、幸せに暮らすから、探さないでくれってね」


「……ウィニーは、それを信じた訳か」

「納得はしていなかったさ。マギーは優しく気立ての良い娘で、ウィニーの宝だった。大切に育てていたんだ。家出して突然そんなことを言い出すなんて、おかしいとも言っていた。だがその手紙の筆跡は間違いなくマギーのものだとウィニーは言っていた。……納得せざるを得なかったんだ」


 ダンは、老女の話を聞き、自分の嫌な予感が当たったことを確信していた。

「詳しく聞きたい。ウィニーの家を教えてくれ」

 ダンは、静かな口調でそう言った。


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