98 異種試合の開幕 後半
翌日の早朝、パーン、パーン、と花火が盛大に鳴り響き、三年振りに開催されるリリア国の一大イベント、異種試合の開幕の合図が打ち上げられた。
「皆の者、魔族の脅威が恐れられる中ではあるが、ひと時の間それを忘れ、この祭りを楽しんでくれ」
マクーバは円形闘技場の主催者の席の前で、満席になった闘技場の群衆に言った。
王の隣には王妃マゴット、二人の息子であるネイサンとティモスがその近くに座っていた。
アルは来賓として出席することになり、ティモスの隣に座っていた。パティもアルの客人として、同じく主催者側の席を用意された。
少し前の時刻、パティは眠い目を擦り、アルに呼ばれ、闘技場のクルミたちのいる選手控室を訪れた。
その大きな部屋には異種試合に出場をする腕自慢の面々が五十名ほどおり、軽く運動をしたり体をほぐしたりしていた。
「クルミ、ネオ!」
パティは体の大きな、主に男たちに混ざっていた、細身の二人を見つけ、声をかける。
クルミはパティの声に振り向き手を上げた。ネオもこちらを見た。二人の近くには出場者ではないダンもいた。
「クルミ、それにネオも、勝手に出場を決めてしまって悪いな」
アルはそう言い、既に戦いの準備を終えている二人の仲間を見た。
「アル、私は戦いは専門ではないのですよ。私は舞手ですから。魔族が現れた訳でもないのに戦うなんて、勝手に決めて欲しくなかったですね」
ネオはアルに文句を言い、腕を組んだ。しかし神具を手に入れなければならないことは分かっているので、それが最善の方法であることはネオも承知している。
「うだうだとうるせえ奴だ。本当なら俺が出てやりたかったがな」
ダンは悪かった、というようにアルに言い、腕試しができないことが残念そうだった。その間、ネオはダンにむっとした顔を向けていた。
「あたしは、アルには感謝してるけどね。どの道神具は手にしたいと思っていたしさ。こういう大会に出場するのも面白いし。実際、これで新たな石を持つ者も見つけられるかもね」
クルミは買い付けなどで一人旅をすることが多いので、魔物等に遭遇することも多々あった。クルミはネオよりも戦うことに慣れ、抵抗もなかった。
「でも、まさか、この国では神具が賞品になっているなんてね。他国では神具はできるだけ人目に付かないところに保管していたのに」
「二人とも、神具は勿論手に入れたいだろうが、無理をしないでくれ。怪我をして欲しくはないからな。仮に神具を手に入れられなかったとしても場所さえ分かっていれば、手に入れる方法はあるだろう」
アルの言葉に二人は頷いた。
「ネオ、クルミ、頑張ってください。応援しています」
パティの励ましにクルミはうん、と言い、ネオも親指を立てて見せた。
ダンは選手が近くによく見える一階席で試合を観戦すると言い、アルとパティは来賓席へと向かった。
来賓席へと招待されたパティとアルは、始め隣の席に付いていたが、アルはマクーバの話し相手のために近くへ呼ばれ、王の隣の席へと移って行った。
パティは暫くティモスやマゴット王妃と話していたが、彼のガールフレンドが二名ほど訪れたので、パティが隣の席を譲り、入り口に近い末席へと移った。
マゴット王妃は神具が賞品に出されることにまだ納得がいかず、ずっと不機嫌な顔つきだった。
パティの席はアルとは離れたが、クルミたちの試合をゆっくり観戦できるので、パティは気にしなかった。
「パティと言ったな。少し、一緒に来てくれないか?」
予選がそろそろ始まろうとしていた時、パティはいつの間にか隣にいたネイサンに声をかけられた。
パティは少し驚いた。
パティがネイサンに話しかけても何も答えなかったり、ああ、とか気のない返事をするばかりだったからだ。
「友人がどうしても天使に会いたいそうなんだ」
「……ですがもう、試合が始まりますが――」
「午前中は予選試合が行われるだけだ。それに挨拶だけで済む」
「そうですか……分かりました」
パティはこの後始まる仲間たちの予選も見たかったが、すぐに済むというので、ネイサンの頼みを断り切れなかった。
アルに少し抜けることを伝えようとしたが、ティモスのガールフレンドの陰でアルの姿が見えず、見えないところからアルとマクーバが話に花を咲かせている声が聞こえていたので、パティはアルに声をかけるのを止めた。
どこかへ行く時は伝えてくれとアルは言っていたが、ネイサンに誘われて行くので勝手に行く訳ではなかったし、少しの間なので、そのまま何も言わずにネイサンの後を付いて行った。
ネイサンは王族だ。下手に断り、機嫌を損ねてアルに迷惑をかける訳にはいかない。
パティはネイサンと闘技場を抜け、闘技場の前で陽気に騒いでいる人々の間を抜け、原っぱまで来ていた。
「あの、ネイサン王子? ご友人はどちらに?」
パティは何だか不安になっていた。
時間がかかるのなら、アルに一言伝えておけば良かったと思ったのだ。
ネイサンは立ち止まり、虚ろな瞳をパティへ向けた。
「もう着いた。友人はそこだ」
ネイサンが指した場所に、荷馬車が一台止まっていた。
馬車からフードを被り、小太りな怪し気な者が出て来て、パティに近づいた。
「あなたがネイサン王子のご友人でしょうか?」
疑うことを知らないパティだが、フードで顔が見えないので、流石に不審に思っていると、その者はパティの両肩をがしっと掴んだ。
「ああ、天使だ。本物の天使だ……!」
フードの中の男の顔をパティは見た。
パティはその人間の男の眼が酷く恐ろしかった。
男は恐ろしい顔をしている訳ではない。目立たない風貌をした、どこにでもいそうな者だった。だが男の眼は得体の知れない生き物のようだった。魔のものともどこか違う。
底の知れない深く閉ざされた闇の中に存在する、狂気に満ちた瞳だった。
パティは悲鳴を上げようとしたが、声が出なかった。
その前にポケットからハンカチを取り出した男の手が伸びてきて、パティの鼻と口を塞いだ。
ハンカチには香の匂いが染みつき、パティは必死に腕を剥がそうともがくが、男の腕で本気で押し付けられては小柄な少女のパティにはどうしようもなく、やがて頭はくらくらとしてきて、意識を失った。
パティが倒れた後、予選が始まり、人々の歓声が遠くに響いていた。
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