57 開放の剣 後半
やがて時は経ち、馬車は王都へと着き、馬車のまま、城の前まで走らせた。
城の前にいる門番に馬車を止められたが、まずアルとロミオが馬車から降り、説明をすることにした。
「夜分にすまないけど、王にお会いしたいんだ」
いくら王の顔馴染みであるロミオであってもその言い分が通る訳もなかったが、アルの顔を見ると様子が違った。
つい先日訪れたメイクール国の王子の顔をその兵士は覚えていた。その時と同じ兵士だったのは幸いだった。
アルが急いでいる、と伝えると、夜分に関わらず、兵士はライナに話を通し、彼女はバノン王に会うことを承諾してくれた。
ライナに連れられて、王のいるところまでアルとロミオは案内されていた。ひとまず、ネオたちは馬車に残ることにした。
「バノン王、お休みのところ申し訳ございません」
先日会った書庫に、バノンはいた。
「いや……私はよく夜更けまで本を読んでいるのです。今日もそうでしたから」
バノンは寝間着にガウンを羽織っており、手に持っていた本をサイドテーブルに置いた。元々柔らかな雰囲気を持つ細身の王は、その格好でいると年よりも若く見えた。
「アルタイア王子、行方不明の方たちは見つかったようですね」
「はい。ですが、その時は無事でいましたが、今、仲間の一人は魔族の力に触れ、危険な状態でいます」
「潜んでいる魔族の仕業ですか。ロミオと共にいるということは、魔の動きについて聞いたのですね」
「その魔族はどこにいるのですか? 拘束したのですか?」
ライナは控えていただけだったが、我慢できずにバノンの後から口を出していた。
「そのことですが、バノン王、どうかこの国に保管されている神具、開放の剣を、僕にお預けください。魔族は夢の中にいる存在で、仲間の—―、パティを救うためにそれが必要なのです」
アルの蜂蜜色の瞳は真っ直ぐ、バノンに注がれた。
「僕が説明しましょう」
と、ロミオは事の成り行きと開放の剣が必要な理由を言った。
「そうですか。それで剣が必要だということですか」
バノンはため息交じりに言った。
「王、僕からもお願いします。剣の力を知る良い機会にもなります」
「……わかりました。いいでしょう」
ロミオがいうと、バノンは顎に手を置き、口を開いた。
「ただし条件があります」
アルの顔に喜びが充満する前に、バノンは更に言い継ぐ。
「その場に私たちがいること、今後も我が国にとって有益な情報を開示すること。それは魔族や神具の情報など、全てです。最後にもう一つ、開放の剣のことは他国に漏らさないことです」
「わかりました。王、感謝いたします」
アルは僅かに頭を下げ、礼をした。
まずネオがパティをおぶさり、ジルと馬車から合流し、書庫のソファにパティを寝かせた。
ライナは宝物庫から開放の剣を持ってきて、それをバノンに献上した。
剣は重厚だが古びており、錆びた箇所もあった。
神具、それは神の力の宿った道具だが、見た目にはただの古い剣に過ぎない。
バノンは少し剣を眺め、それをアルが受け取ろうとしたが、そこへ、隣からロミオが進み出た。
「アル、僕が受け取ろう。神具の使い方なら研究しているし、僕は石を持つ者だ」
アルは頷いた。
「さ、扉を開こう」
ロミオは軽い口調で言い、剣を受け取ると、パティの前へと歩いて行く。
ロミオはバンダナを取り、自らの額の石を晒した。
剣を右手に持ち、刃を顔の前で横にした。左手を剣に添えて、眼を閉じた。
一同はじっとそれを見守っていた。
「我が名はロミオ・クルス。神の力を授かりし者。この者の夢の扉を開き賜え」
ロミオは力を解放するイメージを浮かべ、集中すると、額の石が光り始めた。
ロミオは光る石が熱く、焼かれるようだと思った。
石の光に呼応するように、剣の切っ先が、ばちばち、と火花を散らす。
剣の先端に力が集まっていく。剣はまるでロミオの生命力を奪うように、力を吸い取っていく。
(く、剣が重い……!)
ロミオは、剣を両手に持ち替え、力を振り絞り、パティ目掛けて剣を構える。
「ロミオ、待て!」
アルは、ロミオがパティに向かって剣を振り上げたので、慌てて声をあげた、しかしロミオは既にパティに向かって剣を振り下ろしていた。
キイイイ—―。
パティは傷つくことはなかった。
ロミオはパティと剣の間にある空間を裂いたのだ。その裂け目は、パティの胸のあたりから突如沸いた、靄へと繋がっていた。
靄は広がり、パティの身体は全て靄に包まれ、ロミオが切りつけた裂け目は光っていた。
「ここからパティの夢へと入るんだ」
ロミオは裂け目に親指をくいを向けた。
「ネオ、君は待っていてくれ。この剣はここへ置いていく。もし裂け目が閉じたら、さっきのようにして裂け目を作るんだ」
「わ、わかりました」
ネオは内心どきりとしたが、慌てて言った。
「それからアル、その十字の武器は置いていくんだ。その武器を書物で見たことがある。それはメイクール国に伝わる宝物だろう?」
ネオはアルが背中に背負った十字の武器を見て言った。
「ああ」
「夢の中で武器がどう扱えるか、無事に手元に戻るかも解らないんだ。複雑な動きの武器は置いていこう」
アルは頷き、十字剣を背から外した。
ロミオは開放の剣をその場に置き、ロミオとアルは行こう、と目で合図をする。
「アルタイア王子、あなたも行かれるのですか?」
ライナは、心配そうな顔をしている。
「ああ、止めないでくれ。僕はきっと、仲間を助けて戻って来る」
ライナは、バノンが頷いたのを見て、それ以上いうのを止めた。
「オレも行く」
黙って様子を見ていたジルが言った。
「ジル……。そうだな、ジルの鼻が必要だ」
ロミオは少し屈んで、ジルの背丈に合わせ、頷いた。
夢の中の魔族と戦うことは危険を伴うが、ジルの力は必要だ。
「よし。行こう」
アルは、バノンやライナが見守る中、裂け目に手をかけた。
アルはごくりと唾を飲み、丁度人が一人通れるほどの大きさのその裂け目に、ゆっくりと足を踏み入れた。
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