56 開放の剣 前半
「パティ!」
アルは気絶したパティの背中に腕を回して肩を抱き、身体は自分の腿に乗せて支えた。
急に少女が倒れ、少年の叫び声で店にいた客たちにどよめきが起こった。
パティはアルの呼ぶ声にも何の反応も見せず、瞳は閉じたままだ。
その時、パティが近づいていたカウンター席の男が、がたっ、と音を立てて椅子から転げ落ちた。
「……死んでいるわ!」
隣にいた女性がそう叫んだのを聞いた人々は、今度はアルたちではなく、転げ落ちた男に注目した。
「眠っていたと思ったのに、どうして死んでいるの!?」
女はヒステリックに叫び、男の身体を揺さぶった。
(パティが近づいた男が死んだ? 一体なぜ? あの男は魔族じゃなかったのか……何が起こっている?)
アルはパティを支えながら混乱する頭を振った。
(僕では解らない。ロミオなら――)
「ネオ、教会の鐘を鳴らしてくれ! 僕もパティを連れてすぐに行く!」
アルは同じようにパティを案じ、近くに寄ったネオに叫んだ。
ネオは、アルの緊迫した声に、わかりました、と返事をし、急いで店を出て行った。
アルは両腕でパティの背中と足を持ち、すっと彼女を抱き上げ、ネオの後に続いた。
アルはパティが倒れた時、嫌な予感がした。
アルの鼓動は、どく、どく、と大きな音を立てていた。
アルが教会の前に着いた時、ロミオとジルはもう来ていた。彼らがいるのを見つけた時、アルは少しほっとした。
「ロミオ! パティが倒れたんだ。魔族の気配に気づき、その者の近くに行ったと思ったら急に――」
アルはロミオの前まで行くとその場で膝を折り、パティを見せた。
パティを抱いて随分と走ったので、アルの息は上がっていた。
「ロミオ、パティから魔の臭いがする」
横に来たジルは鼻を引くつかせた。
「魔の臭い?」
ロミオは呟き、次いで、何かを閃いたようにはっとした。
「まさか、この兆候は……。アル、パティが近づいたその魔の気配を持つ者は人間だったんじゃないのかい? それから、その者は眠っていたか?」
ロミオが慌てた様子でアルに問いかけた。ロミオの空色の眼には焦りの色が見えた。
「そうだ。その者は人間だった。僕が気がついた時はその男は死んでいたが、隣にいた女性が、眠っていたと思った、と言っていた。もしかしたら始めは眠っていたのかも知れない」
ロミオは、そうか、と言って、顎に手を置き、考える格好をした。
「これは、恐らく夢幻魔の仕業だろう。パティは、そいつの力に引き摺られて、夢の世界――、つまり、異空間で襲われている」
「どういうことだ?」
アルは眉を潜めたが、ロミオは顔を逸らした。
「僕がパティを運ぶから、すぐに移動しよう。説明は後でする」
とロミオは言い、背中を向け、パティを自分の背に乗せるように促した。
「馬車まで移動するんだ。一刻を争う!」
と言って、パティをおぶさったロミオは馬車を置いた村の入り口を指した。
「急ごう!」
皆は村の入り口を目指して走り出した。
暫く走り続け、ようやく村の入り口に辿り着いた一行は、パティを馬車の後ろに乗せ、静かに横たわらせた。その間も、パティは眼を覚ます気配はなく、吐息すらも微かなものになっていた。
ロミオは皆が馬車に乗り込むと、
「ジル、王都まで馬車を運転してくれ」
と言い、ジルに運転を頼むと、自らは客車のアルの前に腰かけた。
ジルは言われた通り、御者台に乗り、ハーネスを引いた。
「王都に行って、どうするのですか?」
「そのまま城へと入るんだ」
「城へ? これからですか?」
ネオの疑問に、ロミオは頷く。
もう夕刻前だ。王都へ着く頃には夜更けになっているだろう。
「ネオ、ロミオには何か考えがあるんだ。任せよう」
アルは、パティに傍にあった毛布をかけ、視線はパティを見つめ、彼女の前に腰かけて、言った。
「ロミオ、説明してくれ。これからどうするんだ? パティは、大丈夫なのか?」
アルはパティから視線を外した。
ロミオはアルを見て頷くと、話し始める。
「さっき言った通り夢幻魔とは、人の夢に現れるという魔族なんだ。夢を行き来でき、夢の中で人を襲ったり殺したりする。また、気まぐれに契約を持ち掛け、死んだ後の魂を奪う」
「夢に現れる……? そんな魔族がいるのか」
「魔族の中でも稀な力だ。どんなきっかけで奴らが現れるかまだ解っていない」
夢幻魔には外側からの攻撃は意味をなさず、捕らえたり倒したりすることは困難だ、とロミオは言った。
「パティには魔を気取る能力がある。よって、魔の影響を外側からも受け、夢幻魔に取り憑かれたのだろう、と推測される」
「夢の中って……。どうやってパティを助けるのですか?」
ネオも心配そうに言った。
「この魔族がカストラ国に現れたのは、不幸中の幸いだよ。この国の王が持つ神具、〝開放の剣〟で、夢幻魔のいる夢の中へ入れるだろう」
ロミオは顔を上げ、ネオとアルを交互に見て、口元を緩め、頷いた。
開放の剣とは、異空間にある世界に行くことができると言われている。
夢の世界への扉を開くことはそう難しくなかった。まず入り込む対象者が眠っていること、また神の力を持つ者が力を発揮し、剣を振るうことだ。
それは、ロミオが前見たカストラ国書庫にある、古い本に記されていた。
「アルもネオも、王都に着くにはまだ時間がかかるから、休むといいよ」
ロミオは言い、ジルと交代し、今度はロミオが馬車の引き手となった。
疲れてはいたがアルは休むつもりはなかった。
同じようにロミオも疲れているだろうし、何より、パティのことが気がかりで眠れる筈がなかった。
アルはパティの手をぎゅっと握り、その命の火が消えることのないよう祈りを捧げるのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます