五十二章
昨年、巌嶽は二度焼けた。復興の兆しはあるもののいまだその爪痕は痛々しく残り、人々の記憶も癒えてはいない。だが国賊は処刑され戦も終結した今、彼らは否が応でも新しい風に乗り前に進むのである。めでたいと騒げることがあるのなら何でも大歓迎だった。辛い経験を乗り越えたなら、次は幸せな記憶を重ねていきたいという思いは
六頭立ての豪奢な馬車、屋根には連玉と
「
「公主殿下、万々歳!」
外の喧騒を聞いて中で微笑む。向かいに座した下官を見た。
「本当に良かったの?わたくし、ひとりでも行くと覚悟を決めていたのに」
「ご冗談を。私は綺君がどこへ行こうとお側にいます」
ありがとう、と首を傾げれば吊り下げられた
「ところでこれ、もう取ってもいいかしら」
「おやめ下さいまし、せっかくお綺麗ですのに、勿体ない」
どうせ誰も見てないわ、とさらに言い募ったが首を振られる。「せめて泉畿を出るまでは、衆目が多うございますよ」
ほら、と外から響く歓声を示した。
「開けてもいいかしら」
「すこおしだけですよ。みだりに民に見られては」
なりません、という制止も届かないうちに姜恋がそっと指を掛けた戸板は勢いよく開く。ひょいと覗いた顔は喜色を浮かべており、その背後で道端に集った群衆がまさかの事態に雄叫びを上げた。
「ちょっと、韃拓」
「窈世、疲れてないか?もっと速く進もうか」
「平気。でも衣装が重くて。門を出たら着替えてもいいかしら」
「とっとと脱いじまえ、そんなもん」
言いながら
胸まで垂れる
「
下官が板を狭める。それに苦笑して前方を見た。
「郊外に出るまでは我慢しな。俺のとこに乗ってもいいぞ」
「ほんとう?」
族主、とさらに
姜恋公主奉送の一行は各郡、各県郷で熱烈な歓迎を受けた。角族の使節団は二年前の奉賀ではろくな旅など出来ず、すぐに内乱に発展したために一泉民と交流を深める余裕も機会も持てなかった。であるから初めて泉地に降りた者たちにとっては実質、これが本来の一泉滞在となった。
剛州を出るまでは陸路、朴東からは川路になる。激しい攻防戦が繰り広げられた朴東関はいまだ修復工事の為の足組も途中で、城壁はあちこち
「……大丈夫かしら」
盛大なえずき音に眉を
「勇猛果敢な戦士も舟の揺れには
「主がああでも
「もちろん。
「そうなのね。ああ、食べる?」
差し出された
「食べたものはどこへいくの?やっぱり無だから体に入るとなくなっちゃうの?味は分かるのかしら」
「知りたいですか?」
訊けば幼い面立ちが急に得体の知れない謎めいた微笑になる。それにもういいわ、と溜息をついて舟縁から川を覗き込んだ。「綺麗ね……」
呟いたのを一瞥し、童女はつまらなさそうに同じものを見た。しばらく無言で波の流れをぼんやりと眺めていたが、ふいに窈世は首を傾げた。
「ねえ、なんだか方向が変わってない?」
北東へ進むはずの舟はなぜか西南にずれたような気がする。立ち上がり、
「韃拓、この舟はどこへ行くの?」
これには背を
「伝わっておりませんでしたか。寄り道してから、と」
巻いた薄布で顔半分は見えず、しかし口許だけが
「そうなのね。……目はどう?」
ものもらいだと聞いていたからひどく
「ありがとう存じます。大丈夫です」
「そ、そう。それで、どこへ行くの?」
「……
青い顔の韃拓が突き出していた頭を戻した。「
具体的には、と瑜順がなおる。
「采舞の都城のひと区画を市場と角人の居留地として分割した形になります。泉民も我々も、自由に出入りは出来るようにしますが司法や暮らしの上での細かい慣例などをどのようにするかの擦り合わせはまだ途中ですから、それも詰めていかねばならないのです」
「そうよね。考えたくないけれど犯罪やいざこざが起きた時に困るし」
「毒の土は居住区はなんとか浄化し終わったが、采舞の民はまだほんの少ししか戻ってない。胡市の建立で完全に故郷を捨てた民もいるだろうな」
窈世は黙った。血潮を流した戦い自体は終わったが、その後処理はこれからも長引く。言い換えればまた別の戦いがもう始まっているのだ。大変だ、と思うが他人事にしてはならないのだ。なにせ自分自身がやっと訪れた和平の
「わたくしにも、なにか出来ることはないのかしら」
「だからお前を連れて行くんだ」
呟きに思いもよらない返事がきて顔を上げると、韃拓は縁に腕を預け何か複雑な色を滲ませてこちらを見ていた。
「どういうこと?」
「お前に頼みたいことがある。詳しい話は着いてからだ」
そう言いおき伏して眠ってしまった。
舟は大脈を行き、遠回りして
見えたぞ、と言われ窈世は
「あそこ?」
周囲は草がなく茶色い丘が剥き出しの、城壁が黒ずんだ郷には門前に郡兵が待っていて、こちらに気がつき礼をとった。
最も民の被害が大きかった采舞の都城内は崩れた家々の瓦礫がいまだ片付け終わらないままで、焦土で黒く庭木も燃え落ちてぽっかりとがらんどう、見晴らしがいい。なんとも侘しい情景だったがそれでももともとここで暮らしていた住民で戻った者はいて、道の端で一行に
「あなたは采舞のひと?」
母親に問えば頭だけが動いた。
「顔を上げて。辛かったでしょう。よく戻って来てくれたわ」
「
幼子が不思議そうに問うたのに微笑む。
「わたくしは角族のお嫁さんになるの」
「うめたよ」
「え?」
指をしゃぶった子を母親が叱るが、窈世が問う視線を投げると再び平伏した。
「この子は……角族に助けてもらいました。あの時、采舞が包囲され、襲撃された日に」
幼子は大真面目に頷いた。
「では、埋葬に協力を?」
後ろから韃拓が寄ってきて、そうだ、と頷いた。
「
頭を撫でられて子どもは笑い、懐から玉石の指環を取り出して自慢げにした。二人はそれを見て息を詰めたが、やがて韃拓はやはり頷いた。
「売って金にすればいい」
「いいえ。しません」
硬く言う母親は無邪気にその
「……ここには、胡市が建つの。あなたは嫌かもしれないけれど……」
「国の決めたことに私たちは逆らえはしません。けれど、玉雲綺君さま、あなたが間にいてくださるのなら私たちは信じられます」
もうこれから二度と故郷を追われるようなことは起きない、と。痩せぎすで薄汚れた女は凛と見つめてきた。
民が望むのは日々の暮らしを当たり前に安全に送ること、ただそれだけ。たった、それだけなのだ。
窈世は涙ぐんだ。
「……ええ。大丈夫。わたくしがいる限りもう二度と焼け出されることなんてないわ」
采舞
もてなしを受けたものの窈世の気は休まらない。想像以上に采舞の現状はひどいもので、本当にこんな場所に人が戻るのかと疑問と不安で暗くなる。しかし察したのか隣で韃拓が笑った。
「心配ない。戦が終わらなくて片付けが滞ってただけだ。付近の郷からも必要な支援は受けられる。もといた民もここに戻るなら今年からしばらくは
「胡市は」
「こっちからは輪番で何人かを
冗談めかして指名したが、向かいの彼は微笑んだまま首を横に振る。
「あなたがここに残ってくれるなら安心だけど……」
窈世も呟いたが、いいえ、とさらに固辞した。
「むしろ八馗と胡市との中継役をするほうが難儀だ。しばらくは韃拓も寒県のほうへ出ずっぱりだから、領地で補佐する者がいなければ」
「それもそうか」
言ったところで淮州牧が下官に耳打ちされ、こちらに目配せした。韃拓は頷き、隣と膝を接する。驚いた窈世の片手を
「――窈世。お前はここに残す」
「…………え?」
「もちろん、婚儀は領地で挙げる。だがお前が住むのは采舞だ」
ちょっと待って、と挟まれた手を引き抜いた。
「どういうこと?だって、わたくしはあなたの妻として……」
「胡市にな、
韃拓は瑜順と目を交わす。「孤児や体が不具になった奴らには現状、行き場がない。だから集めてみんなで住めるようにしたいんだ」
「それで、塾?」
「金を取って学問を教えるところじゃない。だが読み書きをはじめ、これから生きていけるように支えていくための最低限の援助を得られる場にする」
「それで、なぜわたくしをここへ?」
「領地ですと、多かれ少なかれ姜恋さまのお体に支障が出るのではないかと結論しました」
瑜順が続けた。
「我々の暮らす土地は霧界のなか、泉地ほど霧が晴れておらず、一年の半分は寒く厳しい北の地です。初めてお迎えした大長公主さまが早くにお亡くなりになったのも、慣れない気候と暮らしでご体調を崩されたのが原因でしょう。正直に申し上げて、姜恋さまが二の舞になってしまっては困るのです」
「でもそれでは、婚儀の意義は?」
「俺がこっちに通うから問題ない。それに、窈世には采舞に民を戻すための吸引力になってもらいたいからな」
公主が住むとなったら
窈世はしばらく黙した。あまりにも無言なのでさすがに心配になり覗き込む。
「嫌か?まあ、泉宮とは比べ物にならないくらいひどいありさまだが、お前を住まわせる家はもう土台はつくってあって……」
「――――勝手に決めないでよっ‼」
いきなり耳許で叫ばれて韃拓は顔をしかめた。
「なにそれ⁉わたくしがどれほど角族と霧界のことを勉強して、でも分からないことだらけで、どんなに不安だったかあなたに分かる⁉習慣や考え方も、理解できないものばかりでおぞましいと思いながら、それでも分かりたいと思ってきたわ。自分がこれから、公主として角族のみんなとどう向き合って、なにをしなければいけないのか、ずっと考えてやっと決心がついて。一泉とあなたたちの架け橋になると固く決めて宮から出て来たの。それなのにあなたたちは勝手に、人を
「窈世、分かった、分かったから」
「分かってないわよ!今までわたくしが悩んでたのがばかみたいじゃない!それならどうしてもっと早く言ってくれなかったの‼」
泣き出すのではと恐々としている主に瑜順は口の
「あのな、あの……聞けよ!」
「もう
「言わなかったのはお前の気持ちが分からなかったからだ!」
「はあ?」
「こんな荒れ地を見せて、お前がなんて言うのかも分からなかったし、もしかしたら怖がって車さえ下りないかもと」
何言ってるの、と窈世は呆れた。
「わたくしがそれほど臆病で薄情だと思っていたの。心外だわ。これは侮辱よ」
「もうひとつある。これは、お前が父親のことをどう思ってるのか確かめられたから決めたことだ」
発言にぴたりと動きを止める。
「どういうこと…………?なんでいまさらお父さまの話が出てくるの?」
韃拓は立ち上がって手を引いた。「来な」
ゆるゆると不安が襲ってきて二人を見比べる。瑜順には立ち上がらず見送られ、連れられるまま奥の
「ずっと会ってなくて、忘れられたようになってたお前はもしかしたら父親のことを恨んでるんじゃねえか、いなくなってもそれほど気に病みもしないのかもなってな。だが、お前は
扉が開けられる。中は薄暗いが確かに人の気配があり、信じ難い予感に息を飲んだ。
前方に一人座った影もたじろいだが緊張したように動かない。窈世は震える足をなんとか直立させていた。
「……綺君?」
小さな問いかけに肩を跳ねさせた。人影はゆっくりと頭の覆いを取る。気まずげな、複雑そうな面持ちで一度瞬く。
「おとう、さま…………?」
いまだ信じられず韃拓の手を強く握って見上げる。
「どうして……お父さまは、叛乱軍の
「ああ、淮州封侯王姜謙はすでに処刑された。――歴史上はな。ここにいるのはただの采舞の民、塾長を勤めてくれることになった
窈世はわなわなと唇を噛み韃拓を睨む。前方の人物からもう一度呼び掛けられ、化かされたように凝視した。
「どうか……こちらに」
がくがくと頷いてゆっくりと近づく。椅子に掛けた男はまだ若そうだが皺の多い顔で感極まっている。窈世をためつすがめつするように眺め、深く息を吐いて腰を折った。
「……合わせる顔もないのは、分かっている。長年あなたを放置し、母を失わせ、苦しい思いをさせたことを詫び尽くしても足りないことは、許してもらおうとは思っていない。だが…………ずっと、会いたかった」
喉を詰まらせた男に窈世は目を
「お父さま…………本当に、お父さま、なのですね」
「父と呼ばれるのももうそぐわないが、たしかに、あなたは
あ、と呟いたが続く言葉は失われ、滂沱の雫が顎からどんどん溢れていく。
「お父さま……‼」
膝に縋って泣きはじめた娘に姜謙も涙を落とし、頷く。
「族主のはからいで、市井の民としてここに住むことになった。もう王籍ではないし、侯の身分でもないただの
勢いよく首を振る。「そんなことはどうだっていいのです!まさか……こんなことが」
後ろを振り返る。いつの間にか韃拓はいなかった。
「あなたには、母のことも私のことも詳しく知らせないまま、ずっと要らぬ恥辱に晒してしまい、本当に悪かったと思っている。恵妃のことも悔やんでも悔やみきれない。太后陛下から、あなたにはなにも?」
頷いた娘に、そうか、と遠い目をする。
「まさかあなたがこんな天命を
「お父さまが韃拓にわたくしの便宜を?」
「いいや、族主は最初から角領にあなたを住まわせる気はなかったようです。私ははじめ、自らの死を受け入れた。終わらせて欲しいと自分から願い出たのです。けれど胡市と市塾の話をされ、加えてあなたのこれからのことを明かされた。半信半疑だったが、まさか本当に会えるなんて……こんな姿でさぞ失望したでしょう。もともとあなたには軽蔑されこそすれ、敬意を払われるなど私には許されない。ただ……ただ一目、元気な姿を見られれば、と……」
もう互いに口も利けないほどになり、それからひたすらに泣いた。まさかこんなことがと父親の筋張った手を握る。彼はこんな状態のまま、何年も罪悪感に
ようやく最初の衝撃から立ち直り、窈世は大きく息を吐く。
「でも、今度はいきなりお父さまを塾長にだなんて」
「といってもまた名ばかりの代表者ですよ。つくづく私には因縁の深い役どころのようです」
では、と首を傾ける。
「それじゃ、誰が講義を?」
「やれやれ、
突然後ろから声がして振り返れば、老爺が喜色を浮かべて立っていた。こちらも長らく会っていなかった顔だ。
「
「綺君、全て聞き及びました。よくお気張りになられましたな。お側におれず、ほんに申し訳なかった」
額づいた閔昶に窈世はそんな、と手を伸べる。
「いいの、老師もさぞご苦労されたでしょう。でもどうしてここに?」
「もと侯王に頼まれれば是と頷くしかありませんでしょう」
とは言ったが親しげに見交わす視線にさらに首を捻る。
「お父さまと閔老師はお知り合いなの?」
「左様、お父上は淮州の
「そうなのですか⁉」
「
姜謙は再会してからやっと微笑んだ。寸暇、昔日の面影が
「やっぱり……本当の本当にお父さまだわ……」
呟いて抱きつく。姜謙は慌てた。
「窈世、私が父親といえ仮にも淑女があられもなく」
「
「いや、視線で
「視線?」
振り向けば戻ってきて腕を組む韃拓が憮然と立っている。横には笑んだ瑜順。
「それで姜恋さま、ご納得はして頂けましたか」
問うたが、窈世は迷って俯いた。
「お父さまと閔老師がおられるなら心強いけれど……まだ、決めきれないわ。いくら韃拓がこちらに通うと言ったって、やっぱり私が泉地に残れば角族の中には疑問を持つ人もいるだろうし、朝廷も困惑すると思うわ」
「朝廷に話は通してある」
「それでも中途半端な感じが拭えないわ。私が外地に行くからこそ同盟の重みが増して、交わした誓いの意義が成り立つのよ」
「お前は残りたくないのか」
それは、と口ごもる。父が生きていて、公には出来ないが同じ地に住める。会いたい時にいつでも会える。喜ばないわけがない。だが、本当にそれでいいのか。
「すぐには……決められないわ……」
「綺君はご自分の立場をよく熟考してこられて大変ご立派です。時はあるのですから、よくお悩みになられるといい。韃拓どのも、そう決断を
閔昶が取りなして手を叩いた。改めて
「何はともあれ、こうして再び平和を取り戻せたことは大変喜ばしい。角族
「老師にはこれからもお世話になるつもりよ」
「それは恐悦です」
窈世は改めて姜謙の手を取る。
「お父さま、わたくしの身はもうわたくしだけのものではなくなってしまいました。ですから、少し考える時を下さい」
「もちろんです。みな無理強いするつもりは毛頭ありません。落ち着いてお決めになればよいのです」
采舞にはそれから五日ほど滞在し、もと来た経路を辿ってもうひとつの胡市建立予定地の寒県へと移動した。
舟が接岸されて人々が遠巻きに窺うなか、真っ先に走り寄ってきた小童は残りの半歩を蹴って美青年に飛びついた。
「どうしたんだ、その目!」
すぐさま驚いて見上げてくるのに布を巻いたままの瑜順は微笑む。
「少々怪我をね。それより
「問題ないさ」
「瑜順、その子は?」
「我々をいろいろと助けてくれた子です。今は胡市の建設に協力を」
礼もそこそこに再び歓声を上げる。
「あんたが韃拓の
「少しは控えろ」
抱き降ろしながら韃拓が睨んだがふふんと笑って意に返さない。頭の後ろに手を置いた。
「随分惚れ込んだのな。鼻の下が伸びてら」
それには窈世はぽかんと見返したが当人はどこ吹く風。
「そんで、どんな感じだ」
「
いいのか、と見れば小福は少しだけ寂しげに笑う。
「もう誰もいないし、帰る人もいない。おれももう少ししたら
「なんだって?」
「ここで暮らそうかと言っていたじゃないか」
うん、でも、と小福はくるくると回った。
「
今回の一連の内乱で彬州は当初こそ朝廷に叛旗を挙げたが、その後の転向と国軍への協力による功績を
迎えた人々と挨拶を交わしながら行ってしまった韃拓と窈世の背を見守りつつ、小福は掴んだ袖の先を見上げる。
「おれさ、
さらに笑んだ。「彬州にいれば、もしかしたらいつかあいつが帰って来た時にすぐ会えるかもしれないだろ?」
瑜順は複雑そうに顔を逸らした。
「…………お前には、済まないことをした」
それにはいいんだと手を振った。「勝手にあいつが抜け駆けしただけだ。それにおれは嬉しかった。帰って来なかったってことは、
おれは若藻ほど器用じゃないから泣きを見るぞ、と声を立てて笑う。瑜順はその頭を撫でた。
「……俺も、叶うならまた会いたい」
「あいつ瑜順に懐いてたもんな!来たら知らせるよ」
頼んだ、と微笑み、むしろ懐いていたのは自分のほうだと自嘲した。九泉に置いてきた彼女は今頃どうしているだろうか。こちらのことを聞いたろうか。全ては君のお陰だよ、と伝えたくてもどかしいこの気持ちを察してくれているだろうか。
「あ!あと
「はは。――――ああ、ようく言っておく」
瑜順は稀有に口を開けて笑い、白い歯を見せた。
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