第347話 蹂躙の意味

 いつから燃えているのか。


 多くが灰となっている家屋からは未だ細い煙の線がいくつも昇り、焼け焦げた臭いが宙を漂う。


 聞こえるのはパチパチと、時折何かが燃える音くらいで。


 それ以外はすすり泣く声すら聞こえぬ『キプロ』の町は、どこに視線を向けても同じような景色を映し出していた。



「なんの意味があって、こんなことを……」



 目の当たりにして、初めて理解する『蹂躙』の意味。


 通りには死体が溢れ、その全てが人の形すら保たれていない。


 なぜか頭部を潰され、踏まれた虫のように体液を散らしながら地面にへばりついていた。



 戦争が現実としてあることは分かっていても、それはどこか別の世界の出来事で。


 だからこの世界に来て『戦争』という言葉を聞くたび、聞きかじった程度の知識や情報から、それっぽい『絵』を当てはめ想像していたが……



 ただの町民ならば私財が守られるなんて、そんな甘いことはなく。


 最低限、人の命だけは助かるなんてこともなく。



 ただただ広がる惨烈な光景は、俺の想像していた戦争からは大きく逸脱していた。



「こっちはまた、やったヤツが違うのか」



 たぶん、戦いと呼べるほどの状況ではなかったんだと思う。


 視線の先には武器がいくつも散らばっており、その周囲には引き千切られたように、様々な身体の部位を失った男達の遺体が惨たらしく転がっている。


 この辺りは頭部が残っている分、死に際の恐怖や苦痛をそのまま残したように顔が大きく歪んでいた。



「それでも、立ちはだかったのか……?」



 なぜ、逃げなかった?


 疑問に感じて周囲を見渡せば、僅かに剣の絵柄を残す、焼け焦げた一枚の板に目が留まる。


 普段からよく目にするマーク。


 つまりこの辺りがハンターギルドであり、彼らはきっとこの町のハンターだったのだろう。


 2階建てだった建物は一部の骨組みを残すのみとなっていたが、一度は訪れた場所だ。


 自然と俺の足はそちらに向き――



「いた……」



 ――ここでようやく見つかる、生者の存在。


【探査】の結果を頼りに向かえば、そこは焼け焦げた多くの遺体によって塞がされるように存在していた地下への入り口で、中を覗いた瞬間、表の男達がなぜ逃げなかったのか。


 その意味を理解してしまう。


 乾いた血で赤黒く染まった階段に横たわるのは、どれも頭どころか、上半身まで強引に押し潰された子供達の遺体。


 その数は足の踏み場にも困るほどで、町の子供をこの地下に避難させ、入り口を大人達が守っていたことは容易に想像できた。


 次第に呼吸は乱れ、尋常ではない異臭に吐き気を催しながら、それでも地下へと続く階段を降りていく。


 このような環境でも、一つの反応が地下を示しているのだ。


 きっと彼らが身を挺して守った意味はあった。


 そう思いながら、血溜まりが広がる地下2階に辿り着いた時――。



 俺はただ、身動ぎすることも忘れ、そこに広がる異様な光景を眺めるしかなかった。



 ベザートと同じような、何かの保管庫として活用されていたであろう地下の部屋。


 その奥には、元々の部屋の大きさも分からないほど多くの人の身体が潰され、結合したように重なり合ったまま壁に埋まっていた。


 いったい何が目的で、どうすればこのような状態になるのか。


 そしてその手前には血溜まりの中で力なく座り、その『人壁』に手を伸ばす一人の子供。



 ……動いているのだ。


 生きていることは、間違いない。



 けど――



「あの……」


「……」



 歳は8、9歳くらい。


 ゆっくりとこちらに振り向いた子供は、最近とは思えない大きな火傷が顔にある子だった。


 でもそれ以上に目がいくのは、口の周りや衣類を汚す赤黒い血と、手に持つ何かの塊。



「だ、だいじょう、ぶ……?」



 そんなわけがないだろう。      


 気が動転し、何を伝え、何を確認すればいいのか。


 考えも纏まらないまま出てしまった言葉に、この子は虚ろな瞳のまま答えてくれた。




「お腹、空いたよ……」






 結局、キプロの生き残りはこの子だけだった。


 時間に余裕が無いであろうことを知りながらも、ちゃんとした食事をさせ、水で汚れを落とし、血濡れの衣類を捨てて俺の衣類で身体を包み――。


 念のため普通の人間であろうことを確認してから、既に移動を開始していた青年の下へ送り届ける。



「この子だけが唯一の生き残りでした」


「この子はトラスさんとこの……それでも、一人でも生き残りがいたんだから良かった。本当に、良かった……心から感謝する、ありがとう少年」



 小さな町なのだから、見知った子だったのだろう。


 一瞬、唇を噛み、それでも素直に感謝の言葉を口にしたこの青年になら、この子を託しても問題ないはずだ。



「僕はこれからすぐマルタに向かいますので、この子はお願いしますね」


「あぁもちろんだ。その、こんなことは図々しい願いだと分かっているけど……」


「……」


「君は凄く強いと、そう聞いたんだ。だから町の、みんなの敵を……この国を救ってくれ……」



 オストンと呼ばれる青年だけじゃない。


 他にも同じように町を襲われ、居場所を失った人達が縋るような視線を向けてくる。


 でも。



「僕がこの国を救おうと思って動くかは分かりません。軍の人間ではありませんし、そもそもこの国の人間でもありませんから」


「そ、そうか……無理を言ってすまない――」


「でも、誰が町や村で殺し回ったのか、あなた達からも、そしてこの子からも聞けましたから」


「?」



「ソイツらは見かけたら、俺が殺しますよ。絶対に」

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