第332話 後始末

 ドミア東部、領主家にほど近い場所に存在する、富裕層向けの閑静な住宅街。


 その中では想像以上に普通というか、少しこじんまりとした雰囲気漂う屋敷から光が漏れているのを確認し、一呼吸置いてから玄関ドアをノックする。



「はーい、どちら様でしょ~?」



 ドアを開けたのはメイド姿の女性。


 その後ろから栗毛の髪を束ねた別の女性と、似たような髪色をした10歳くらいの子供が追いかけてくる。



「このような時間に突然すみません。私はキウス商会の者です。会長からの使いを頼まれまして、ハーベルさんはご在宅ですか?」



 そう伝えれば、パタパタと足音を鳴らしながらメイド姿の女性が部屋へ戻り、当人を呼んできてくれた。


 キウスほど肥えてはいないが、顔の作りはよく似ている。


 間違いなく、この男がキウスの息子だろう。



「見ない顔だが、こんな時間に何事だ?」


「会長からです。まずは、コチラを」



 渡したのはキウス本人がしたためた一枚の手紙。


 その内容を確認し――驚きや怒りなど、様々な感情が混ざった複雑な表情を浮かべながら、男は視線を手紙に向けたまま、俺にか細い声で問い掛ける。



「私は、どうしたら、いい?」


「渡したいモノがありますので、二人きりになれる場所があれば有り難いです。なんでしたら、庭でも構いませんが」


「いや……入ってくれ。私室に案内にする」



 誰が見ても男の様子はおかしいのだ。


 メイドや妻と思われる女性が不安気な視線を送るが、男は気付くことなくフラついた足取りで2階の私室へ。


 入るなり置かれていた革張りの椅子に深く腰掛けると、俺に弱々しい視線を向けながら口を開いた。



「まず、この手紙の内容は、本当なのか……?」


「もちろんです。先に渡すモノをお渡しした方が早いでしょう」



 そう言って収納から取り出したのは、1つの遺体。


 当然息子にとっては見覚えしかなく、両手で顔を覆いながら膝から崩れ、生気を感じさせない瞳で俺を見つめる。



「お前が……商会を潰し、父を、殺したのだな……?」


「その通りです。そして本来は父親の悪行を知った上で加担し、このドミアで統制から外れた動きを取る商人――直近で言えばクアド商会の情報をバーシェに渡していたあなたも、確実に殺す予定でした」


「つまり父が、本当に取引をしたというのか……」


「えぇ。本来残すのはこの屋敷だけで、までは取引の対象に含めないつもりでしたが……よほどあなた方ご家族が大事だったんでしょうね。オーラン男爵を追い込むための仕事までしっかりされていたので、お父さんが認識されていたであろう取引の解釈に合わせて見逃すことにしました」


「ふ、ふふっ……この家を捨てた、あの父が、か」


「……なので、よく考えてくださいね。領主はオーラン家の次男であるアルスという青年に替わり、この町もきっと良い方向に向かっていくはずです」


「……」


「そんな中、残された資産を抱えて僕を恨みながら生きていくのか。それとも父親の決断を尊重し、あなた自身が心を入れ替え、皆が幸せになれる考え方、選択をして生きていくのか」


「そ、そんなもの……」


「ただ敵になるのであれば、その時は一切容赦しませんから、それだけは覚えておいてください。あぁ、それと――」


「……?」


「あなたの父親が住んでいた王都の屋敷は、中身の全てを綺麗に押収したんですけどね。家具や調度品は多かったものの、なぜか生活感は一人分しかありませんでしたよ」


「???」



 真実はキウス本人にしか分からないのだから、俺はありのままに事実を伝えればそれで十分だろう。



 この家でやるべきことが終わり、次に飛んだのは俺達が襲われたオリアル山道。


 辺り一面が暗闇の中、これといって目的の場所があるわけでもなく、ただなんとなく南側へ向かって剥き出しの山を登っていく。



「この辺りでいいか……」



 大した標高ではないが、【夜目】を通して見る景色は自然がどこまでも広がり、それなりの景観になっていた。


 そんな場所に【土魔法】で大きな穴を掘り、収納から取り出したバーシェの遺体をソッと置く。


 そしてその横には無理言ってロッジから回収してきたグリーヴァの頭部と、そのまま収納に入ったままだったホワイトワームの――たしか、サンドラーって呼んでたっけかな。


 サンドラーだったはずの白ミミズと、そして本人は笑って誤魔化しながらも、できれば一緒に埋めてほしいと頼まれた不格好な石壺も添えておく。


 サンドラーは倒された後、衣類や食料などいくつかの物を体内から吐き出すように放出したわけだが、その中で唯一違和感を覚えたのがこの壺だった。


 回収当時、保存食かと思って中身を覗けば、頭蓋の大きさからたぶん子供だろうと思われる人の骨が入っていて不気味さを感じたが……


 本人には本人なりの事情があり、その事情を語りたがらないのであれば、それ以上突っ込むべきでもなくて。


 安らかな死を約束する代わりに、バーシェも大きく貢献してくれたのだから、最後くらい本人の望みを叶えてやるべきだろう。


 土を被せながら、ぼんやりと俺達が通った街道を眺める。



 強さとはまた別の、手数の多さという意味では客観的に見ても優秀で。


 だからこそなぜ、そんな傭兵が貴族のコマになんてなるのかと以前も思ったものだが……



「あなたの目的はお金じゃなく、情報だったんですね」



 オーラン男爵とのやり取りはずっと聞いていた。


結局は『源書』を利用した特権階級だけが知り得る情報があり、その情報をバーシェは求めて。


 そして貴族連中は横の繋がりも利用し、その手の情報を上手く自身の金や力に変えて活用しているのだろう。


 譲り受けた一枚の羊皮紙。


 その中に書かれていた魔物情報を思い返しながら、付近にある石を拾い、少々日本風にはなってしまうけど墓石を立てて、一瞥する。



「あなたが求めていた魔物は、いずれ僕が見つけだしますから。どちらもね」



 そう呟き、俺はこの名もなき墓を後にした。

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