第317話 地道に、少しずつ前へ

 ロキの石像発見により拠点がざわついていた頃、再起すべく準備を進めていたクアドは仕入れの段階から大いに苦戦していた。


 ドミアが存在するオルトラン南西部のオーラン領は、収穫物の7割を地代として領主に納めていたが、何も農家は残りの作物全てを商業ギルドへ卸しているわけではない。


 より多くの収入を得るため、休耕時期に自ら露店売りする者や、馴染みの商会に直接卸す農家も数多くいた。


 一路順風に規模を拡大させていた当時は、他所の商会よりもクアド商会が高く買ってくれると、こぞって農家達が作物を売りに来ていたのだ。


 だからこそ、かつて付き合いのあった農家へ、クアドは直接仕入れ交渉するため駆け回っていたが。



「もう来ないでくれ! オラんとこまでオーラン男爵やキウス商会に目を付けられたらどうしてくれんだ!」


「そ、そんな! 前と同じように、金ならすぐに払うっすから!」


「巻き込まれてたまるか! この疫病神が!」


「いたっ!」



 農民の投げた石がクアドの頭部に当たり、滴る血が地面を濡らす。


 何も特別なことはない。


 農作物の買い付けに向かえば、3度に2度は罵声を浴びせられ、うち半分は石まで投げつけられる。


 それほどに、身に覚えのないクアド商会のは町に広がっていた。


 それでも商業ギルドからの買付けが満足にできていない現状では、農民から直接買い付けるしか方法が残されていない。


 特にドミアの特産物である『米』は、顔役である『キウス商会』が牛耳っているため、商業ギルドでさえ多くの在庫を抱えられないでいたからだ。


 領主の下へ納められた作物はそのままキウス商会へと流れ、いくつかの大きな商会と共に物流の制限を加える。


 これだけで『米』は他所に行けば高価な食べ物となり、しかし実際作っているドミアの者たちは、家畜の餌にもなり得るあまり金にならない作物という認識しか持てていなかった。


 多くの者達が外の世界をまるで知らなかったためだ。


 しかし、クアドは知っていた。


 外から入ってきた『部外者』だからこそ、この地に商機があると邁進し、その代償として店の看板すら剥ぎ取られるほどに風前の灯となっていた。



「はぁ。ここにあるお金だって、簡単には使い切れねーっすよ……」



 クアドは溜め息を吐きながら、買い付け用の荷車に置かれた、500万ビーケは入った革袋を眺める。


 あの日、突如として目の前に現れた、ハンターであり傭兵でもある謎の少年。


 腐ってあとは死ぬだけだったクアドを焚き付けるだけでなく、翌日には1億5000万ビーケもの大金を顔色一つ変えずに置いていったのだ。


 1500万ビーケを支払うはずの依頼なのに、その10倍のお金をなぜか置いていかれる。


 かといってクアドは見合う見返りを持ち合わせておらず、いったいあの少年が何を考えているのか。


 自身が商人であるからこそ、この取引にすらなっていない現状に首を傾げるばかりであった。


 しかし、だからこそ"唯一の約束"を守らねばならないと、クアドは歯を食いしばって前を見据える。



 作物を仕入れ、東へ運ぶ商団を組むこと。



 求められているのは馬車1台という話ではなく、以前と同様の規模。


 ならば最低でも8台の2頭立て馬車と、相応の積み荷を用意しなければならない。



「諦めるわけにはいかねーっす……これが正真正銘の最後なんす……」



 今日の今日まで、決して商人としての気持ちが折れたわけではなかった。


 耐えられなかったのは、己が奮起して行動に移せば、そのたびに自分は取り残され、周りの仲間や依頼を引き受けてくれた傭兵達が消えていったこと。


 でもあの少年――ロキは「誰も死なせない自信がある」と、そう言った。


 商人であるクアドから見ても、虚勢を張っているようにはまるで見えなかったのだ。


 ならば、ここで立ち止まるわけにはいかない。


 覚悟を決め、クアドは一人荷車を引きながら次の農家へと向かった。





 ▽ ▼ ▽ ▼ ▽





 気付けばオルトランのマッピングは南半分が完了し、俺は北西に位置する第三の都市『アンティモア』へと到着した。


 その間も3日に1度はクアドさんの下を訪れ、そのたびに彼は「もうひと踏ん張り」と、かれこれ10日くらい同じことを言い続けているような気がする。


 細かい傷が増え、だいぶ疲れも溜まっていそうだが、それでも目が死んでいないのならばきっと大丈夫だろう。


 ここで俺が商人である彼の領分にまで首を突っ込むのは違うと思っているので、どうしてもと助けを求められるまでは資金提供だけに留め、クアドさんのやりたいようにやらせるつもりだ。


 それよりも俺は俺でやるべきことを。


 ハンターギルドに立ち寄り、期待を込めて向かった先は、東側に広がる <<サザラー魔物生息地帯 >>。


 事前情報ではCランク狩場があるという話だったが、資料本を読めばどうやらC-Dランクの複合狩場だったようで。


 西部の草原エリアが広がるCランク狩場と、東部の草もまばらな荒野に近いDランク狩場が、境目も不確かにそのまま繋がっているようだった。


 この複合狩場に登場する魔物は計6種。


 うち4種が新規魔物となれば、これはもう期待せずにはいられない。


 逸る気持ちをそのままに現地へかっ飛び、まずはCランク魔物それぞれのスキルを確認していく。



 ――【心眼】――



 アックスビーク 【突進】Lv3【俊足】Lv3【斧術】Lv3【遠視】Lv3



 ロックタートル 【土魔法】Lv3【土属性耐性】Lv2【硬質化】Lv3



 カルノタウラ 【投擲術】Lv3【射程増加】Lv2【体術】Lv3



(ん――……、カンガルーみたいなやつだけちょい当たりか?)



 くちばしが斧みたいな形状をした、ダチョウっぽい雰囲気も感じるデカい鳥――アックスビーク。


 甲羅が岩なのか、それとも岩が生えているのか、擬態したようにジッと動かない亀――ロックタートル。


 そして腹に何かが詰まってそうな袋があり、やたらと筋肉質で顔がイケメンのカンガルー ――カルノタウラ。



 Cランク狩場にいた新規魔物3種を【心眼】で覗けば、全て俺が所持している既知のスキルばかり。


 ただまぁこの展開にはもう慣れているので、すぐに自分のスキルレベルと照らし合わせれば、カルノタウラの【投擲術】と【射程増加】。


 あとはロックタートルの【土属性耐性】も、確実にスキルレベルを上げられそうだ。



(よしよし、伸ばせることが大事なんだよ、伸ばせることが)



 素材が何に使えるかも分からないし、とりあえず狩りながら東へ向かうか。


 そう思いながら、砂煙を巻き上げ突っ込んでくるダチョウの細い首を斬り飛ばし。


 遠くから大量の石礫を放つ亀をひっくり返して腹に剣をぶっ刺し。


 その石礫を拾っては袋に溜め、野球選手もビックリな強肩で投げつつ、近寄ったら普通に殴ってくるカンガルーを逆に殴り返す作業をひたすら続け――



 <<サザラー魔物生息地帯 >>で狩り続けて3日目。


 Cランク魔物に交じってヴァルツの <<イスラ荒野>>でも見かけた、ベイブリザードやハイドスコーピオンが登場し始めたところで、俺は新種魔物のスキルを覗き、その内容に視線が釘付けになる。



(えっ……【透過】って、マジで【透過】か?)



 見た目は1メートル近くありそうな、かなり大型のカメレオンだ。


 所持スキルに【擬態】も持っており、赤茶けた土と同化したように地面へ張り付いていて、【探査】で場所を掴めていなければ見逃しそうなほどには景色に溶け込んでいる。


 だがあくまで溶け込んでいるだけであって、透けてはいない。


 眼を凝らせば、その姿はしっかり確認できているのだ。


 資料本にフィッシャーカメレオンと書かれていたその魔物は



 フィッシャーカメレオン:【擬態】Lv3【噛みつき】Lv2【透過】Lv1



【心眼】を通せばこのように表示されている。


 レベル1というのがなんとも微妙なところだけど、それでも胸の高鳴りはCランク狩場の比ではない。



 ――まず俺が使えるのか。


 ――そして使えた場合は、どんな効果なのか。



 フィッシャーカメレオンに近づけば、特有の眼だけがギロリと俺を睨みつける。


 が、それでも動きはない。


 となれば、さらに近づくまで。



 5メートル、4メートル、3メートル……キタッ!



 ボヤけたように輪郭を捉えていたその姿が、完全に消え――


 虚を衝くように、真横から大口を開けて舌を突き出してくる。


 ……まぁ、それでもDランクの魔物だ。


 その動きはお世辞にも速いとは言えず、伸びた舌をそのまま踏みつければ、「キュグッ」と聞きなれない声で目の前のカメレオンは鳴く。


 舌の先端に釣り針のような返しが付いているとか、なんとも魔物らしい特徴だな。


 そのまま身体の方を引き寄せるように舌を戻したので身体ごとぶった切ったが、本来ならこのまま鋭利な歯で噛みつき捕食に入るのだろう。



「ふふっ、マジで消えた……消えたのは間違いないぞ……」



 あぁ、早く早く早く!


 俺もこのスキルを使えるのか、早く確認したい!


 これだからどんな低位でも狩場巡りはやめられないし、狩りだってやめられないのだ。


 どうせDランク狩場とCランク狩場の境目なんて僻地に人はいない。


 ここは俺の独擅場とばかりに、フィッシャーカメレオン目掛けてかっ飛んでいき――



『【透過】Lv1を取得しました』



 そのアナウンスと共にすぐ様ステータス画面を開く。



「ふぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!?」



 そしてであったことに、俺は一人絶叫しながら打ち震えた。

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