第307話 66番

 66番は金髪をオールバックにした、ずいぶんと神経質そうな男だった。


 促され、俺だけついていった先は会場の端。


 暗幕のような布が天井から吊るされており、外からの視線は遮られていた。


 そこで振り返った66番は、おかしな言葉を口にする。



「誰に喧嘩を売っているのか分かっているのか?」



 実に不思議だ。


 この状況は66番が喧嘩を売りにきているのに、なぜか俺が加害者らしい。



「いえ、知りませんが」


「……チッ、新参か。横にいた仮面の女も見慣れぬ雰囲気だったが、アレが貴様の主だろう?」


「そうですね」


「私はアルバート王国の転生者、マリー様の使いだ。私の入札を過度に妨害するということは、マリー様の邪魔立てをするということ」


「……」


「どこの田舎から出てきたのか知らぬが、喧嘩を売る相手は間違えるなと伝えておけ。今回はオークション終了後に技能の種を引き渡せば不問としてやろう。あぁ、落札代金は勉強代だな」



 言いたいことを言い、一人鼻を鳴らしながら会場へ戻っていく男の後ろ姿を眺めながら――



 ――【心眼】――



 相手の力量や能力を把握し、さてどうしたものかと思考を巡らす。



 しかし。



「……まぁ、いっか」



 少し考えたところで俺のやるべきことは変わらない。


 そもそもオークションという正規のやり方で競っているわけだし、あの66番は他にも成長の種や技能の書なんかも落札していたが、そちらは俺が狙っていないということもあって邪魔などしていないのだ。


 何も文句を言われる筋合いはないし、こうして脅してくるということは、脅さなければこの問題を解決できないということ。


 電話もネットもないこの世界。


 遠方の相手に連絡を取れるようなスキルなんてあの男は持っていなかったし、どうせマリーが落札物を取りに来た時くらいしか本人とやり取りする機会なんてないだろう。


 それに金持ちは有意義に金が使えるところを大切にする。


 マリーが万が一登場したところで、貴重な表オークションをぶっ壊してまで派手な戦闘なんてしないはずだ。



「お待たせ」


「大丈夫でしたか?」


「うん、予想通り転生者マリーの代理人だね。邪魔するなって脅してきたよ」


「……なるほど」



(こっちの方がやべぇ)



 呟く声で凍えそう。


 ただならぬ気配を感じ、必死にリステを止める。


 マリーはここを壊さないだろうけど、神様はそんなの関係なしにぶっ壊すだろうからな。



「だ、大丈夫だって。たぶん脅すだけで結局何もしてこない――ってか、何もできないだろうし。気にせず普通に落としてくよ」



 その後は時折呪い殺すような視線を感じつつも、オークションは滞りなく進行していき、俺とリステの相場知識もコツコツと蓄えられていく。


 特に熱いのは技能の書の中でも戦闘系――その中でも魔法系統とパッシブの耐性系だ。


 まだ参考データが少ないので、系統全般に言えることかは分からないが、『薄い技能の青書【光魔法】』で4,600万ビーケ。


『薄い技能の青書【麻痺耐性】』に至っては9,000万ビーケで落札されており、薄い技能の青書でもモノによっては1億を超えるというのも頷けるほどの熱い競り合いだった。


 ただやはりというか、ジョブ系は全般的に安さが目立つな。


【建築】や【裁縫】が400万ビーケまで届かず落札されていたのは、スキルを得た後の効果が薄いからこそなんだと思う。



 ちなみに薄い技能の黄書は、今回出品されていた4つのうち3つが軽く億超え。


 まだ解放だけで止まっている『薄い技能の黄書【呪術魔法】』が出た時は、本気で狙おうかと札を握り締めたが、66番がそうそうに2億と宣言してくれたおかげで逆に冷静になることができた。


 仮に『技能の種』がスキルポイント1増加という想定上最低の数値だったとしても、その技能の種2つでスキルレベル1は取得できるのだ。


 解放されていないのならその価値もあるけど、解放されているのなら、スキル取得までに複数個必要であろう薄い書で何億も使うのはバカのやることである。


 まぁスキルポイントの存在までは把握していないだろうから、手あたり次第に金で解決しようとしているんだろうけど。



「今開催分の出品物は以上となります。只今より品物の引き渡しを行いますので、見事落札されました方々はカウンターにお手元の札をお持ちください。預け入れの残金は明日以降に――」


 進行役の終了宣言と同時に、多くの参加者達が席を立つ。



 結局俺が今回落札したのはこの9点。


 ・技能の種×6・・・計9.5億ビーケ


 ・薄い技能の青書【漁猟】・・・350万ビーケ


 ・『本』宝石図鑑・・・4,000万ビーケ


 ・『魔道具』騎乗鞍スーパーライダー・・・5,100万ビーケ



『技能の種』と『宝石図鑑』は予定通りだからいいとして、『薄い技能の青書【漁猟】』は検証用に丁度良いと思って競り落とした。


【漁猟】はまだ未取得スキルだったので、薄い書を使えば何パーセントスキル経験値が上昇するのか一発で分かる。


 それと『騎乗鞍スーパーライダー』とかいう魔道具は、これはもう興味本位だな。


 カルラが「熊に乗りたい」とか金太郎みたいなこと言っていたので、レア品ということもあってついつい落札してしまった。


 一応お土産ということではあるけれど、使用すれば【騎乗】の上方補正が入る一点モノらしいし、いつか何かに乗る時は俺も使ってみたいと思う。



 合計10億を超えるお買い物。


 日本にいた頃を思えば、もう狂気の沙汰としか思えない散財っぷりだが、9割は強くなるための必要経費みたいなものだしな。


 不意に「金はどんどん使って自分を追い込むもんだぜ?」って口癖のように言いながら、課金ガチャして泣いてた笠原さんの顔を思い出し、懐かしさから思わず笑みが零れる。



 さーて、いつまでも会場に残っていたってしょうがない。


 品物を受け取りに向かうべく、立ち上がろうとして――あぁ、そういえば。


 こちらを睨みつけながら大股で歩み寄ってくる男を視界に捉え、軽く溜め息を吐く。



「リステごめん。またあの男だから、先帰ってて?」


「大丈夫ですか?」


「うん、あれだけ怒ってるってことは、マリーをここに呼べないってことだろうから」


「分かりました。でも何かあったら、すぐに連絡してくださいね?」



 そう言いながら一旦この場を離れていくリステを見送っていると、鬼の形相をした66番は堪えるように口を震わせながら、俺の目の前まで顔を近づけ



「貴様ぁ……主ともども死にたくなければ、落札したモノを全て寄越せ……」 



 俺だけに聞こえる程度の声色で、そう呟いた。

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