第285話 納得しなくちゃいけないこと

 とうとう攻めてくる者はいなくなり、陰から数多の視線を浴びつつ、誰もいない大通りを一人南下していく。


 この何もない時間が、今は余計に疎ましかった。



 たぶん、どこかでなんとかなるという気持ちがあったんだと思う。


 カルラやゼオは当然として、ハンスさんとロッジも俺の黒い魔力について寛容だった。


 気遣われることもなく、だからなんだと言わんばかりに、魔力の色ではなく俺自身を見てくれていた。


 女神様達にしてもそうだ。


 だから実は、そこまで大した問題ではないんじゃないかって、だんだん認識が甘くなっていたのかもしれない。



 本来あるべき反応を目の当たりにしただけ。


 人にとって魔物とは、糧であると同時に捕食される恐怖の対象で。


 今の世に魔人がいないなら、魔物と判断されるのも仕方のないことで。


 だからきっと、納得しなくちゃいけないことで……




(……やっとか)




「見たことねぇ面だな。おまえ、傭兵だろ?」


「さぁ、どうでしょう。それより、お兄さんが見当たりませんね?」



 ギニエ南部、特区へと続く門の前には大きな広場があり、そこで一人の男が俺を出迎えてくれた。


 短髪を逆立て、特大剣とも呼べそうな金属の塊を肩に担いだ筋肉質の男――ホレスさんの事前情報からしても、こちらが弟で間違いないだろう。


【洞察】は効くが、【探査】や【心眼】は反応がない。


 兄の方も変わらず反応を拾えないし、二人ともが高レベルの【隠蔽】持ちで確定だな。


 そして周囲には散開し、俺を囲むように様子を見張るゴロツキども。


 石壁の上にも、弓や杖を所持した遠距離部隊が多く見え隠れしている。



 しかし、どこか様子がおかしい。


 戦うというより、これは――



「一つ、提案だ」


「……?」


「兄貴のことを知ってるってことは、ギルドの依頼を見てわざわざ出張ってきたんだろ? だったら報酬よりも多い5000万をこの場でくれてやる。それでこの町から手を引け」


「へぇ……」



 予想外のこの提案に、思わず面食らってしまった。


 随分と面倒なことを考えるもんだ。


 始めから二人で出迎えてくれた方が遥かにやりやすかった。


 目の前の弟を始末するだけならばすぐに済みそうなものだが、しかし問題は兄がどこで何を狙っているのか。


 分かっているのはランカー当時、杖を所持した魔法系統の職だったということくらい。


 既に打てる手は打っているものの、姿を見せないうちに弟をやれば、無駄に被害が拡大する手を打ってくる可能性もある。



「随分と警戒してるんですね」


「ふん、得体が知れねぇからな。それにてめぇも金が目的で来たんだろ?」


「あの程度の報酬額じゃ普通は首を突っ込まないって、あなた達が一番分かってることでしょう。ちなみに、もし断ったらどうなるんです?」


「当然、どんな犠牲を払ってでも、兄貴と俺でてめぇを確実に殺す」


「……末座の元ランカーが言いますね」


「ッ……5年前の話だ! 今はもっと強ぇ!!」


「ははっ」



 一度言葉を切り、大きく息を吸い込む。



 ――【拡声】――



「今この周囲で見守っている者に10秒の猶予を与えます! この兄弟に加担したことを認め、罪を償う気持ちがあるならば、武器を捨てて町の中心部に向かってください!」


「く、くははっ! それこそ、もし断ったらどうなるんだよ?」


「当然、どんな犠牲を払ってでも、確実に全員を殺しますよ」


「はっ! この数を、てめぇ一人でか?」


「10、9、8、………」



 もう隠す必要もないと、収納から長剣を取り出す。


 しかし、今までにない雰囲気だな。


 笑いが起こるわけでもなく、正面の弟が突っ込んでくるわけでもない。


 ただただ、妙な静けさの中、俺のカウントダウンだけがゆっくりと進んでいく。


 外野で俺を囲む連中も、道中に俺が何をしてここまで辿り着いているのか、ある程度は知っているのだろう。


 それでもランカー2名という、組織を纏めるトップに絶大な戦闘面での期待、信頼――そして恐怖を持ち合わせているのか、誰ひとり動くことはない。


 狭い世界で生きている彼らは知らないんだ。


 上には上がいて、それはまるで雲を掴むような、想像では補えないほどの差があって……


 そして弟の方はたぶん、そんな存在を知っているからこそ、今が揺れ動いている真っ最中なんだろう。


 俺を目視した時、明らかに一瞬顔が緩んだ。


 あれは間違いなく、見知った高ランカー傭兵じゃないと理解したからだ。


 それでも他国の傭兵、新人……様々な可能性を考え、傭兵相手ならば金で済ますという選択もしっかり抱えていた。


 来るはずのない報酬額でも強者が来てしまった時、真っ先に切る第一の手札。


 そして悪党ならすぐに考えそうな、第二の手札が既に潰されていると理解した時。


 果たして、勝てる見込みがこの兄弟にまだ残されているのか、否か。



「………2、1、0」


「ま、待て! もっと金を増やす――」




「執行です」




 身を隠した兄の動向が分からないなら、強引に引っ張り出すのみ。


 まずは元凶である兄と弟を消し、この場を殲滅するための最善のみをいく。



「ア、アスク……ッ!?」



 弟の背後へ空間転移したと同時に、全力でその首を斬り飛ばせば、我慢できなかったのか、聞きたかった言葉を耳が拾った。


 石壁の上にいる遠距離部隊は囮か。



 紛れていたのは、左――ゴロツキ共の中……ッ!



 駆けだそうとした時、強い違和感を覚えるも、強引に一歩を踏み込む。


 視線を下に向ければ、ドス黒いヘドロのような、強い粘着性の物質が足に纏わりついていた。


 行動阻害系――たぶん【闇魔法】だろう。


 転移する直前に足元の魔力は感知していたが、まさか転移時に発現した魔法までついてくるとは。



 ――【飛行】――



 まぁそれでも、強引に飛んでしまえば問題はない。


 前面に向けたゴロツキ共の武器に隠れちゃいるが、上空から見下ろせば一目瞭然。


 やっと視界に捉えた男は、目立たぬよう薄汚れた茶のローブを纏い、先端の尖った金属製の杖を握りしめていた。


 そして横には、杖の先端を首に押し付けられた赤髪の女性。


 その女性の足は膝から下が失われ、血が噴出していた。



「ゴミ野郎が……」



 思わず空中から飛び掛からん勢いで突っ込むも、しかし、違和感は拭えない。


 足を切断された脱走者達が、この場で最も都合の良い人質になる可能性は十分考えられた。


 だから事前に救出し、考えられる企みを潰したのだ。


 もちろん漏れがあった可能性もある。


 そうなった時の覚悟もしていたが――



 



 そして――――



 首を刎ねた感触で分かる、





 ……気付き、舌打ちが漏れる。



 コイツ、弟だけは本物にしたのか。


 目の前の偽物は時間を稼ぐための生贄、本物は――




 周囲に視線を向ければ、石壁の上で表情の無い男が金属製の杖を握り、唇を僅かに動かしながらコチラを見下ろしていた。



 瞬間、目の前が砂塵で染まる。




 ――アイツが、本物か。

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