第225話 第三段階

(すげっ……)


 空気を吸い上げるような、聞き慣れない唸りを上げながら上空へ延びていく炎の柱を眺める。


 幅は……3メートルくらいだろうか。


 柱よりは竜巻に近い性質のようにも見える。


 というのはその柱が定位置に固定されているわけではなく、ゆっくりと、人が歩く程度のペースで動いているからだ。


 特に規則性があるわけでもなさそうで、近接組と遠距離組の間――ヴァラカンから15メートル前後の位置をフラフラしていた。


 触れて巻き込まれれば大惨事はすぐに想定できるとして、天井の岩壁が削られているのか、炎を纏った岩が周囲に降り注いでいるのも厄介だろう。


 そこまで大粒じゃないのは幸いだが、それでも人の頭くらいはありそうな燃える岩が上から降ってくるとなれば、意識はどうしても火柱や上空、そして岩から火が渡り一時的に燃焼している地面へと、ボス以外にも散漫してしまう。



 それに――あれか。


 事前情報で聞いていた龍。


 それは確かに、いた。


 火柱が住処なのか、中から噴き出すように細長い龍が現れ、また火柱の中へと戻っていく。


 恐怖で僅かに身震いするも、それ以上に感動を覚えてしまうような、そんな強烈なインパクトをこの火柱から感じてしまった。



(もしこれがスキルなら、絶対に欲しい……!)



 当初からそんな予定は無かったけれども、これで途中放棄なんて選択は増々無くなった。


 2段階目ということは……これでダメージ総量は半分か3分の1くらいは削れたのか?


 俺が斬った首や尾の深い傷、背中を中心に当ててきた魔法に、コツコツと近接職が積み重ねてきた後ろ足へのダメージ。


 遠距離アタッカーはもっと働けと思うが、それでも皆で削ってきたのだ。



「うぉらッ!」



 飛行しながら顔面を斬りつける。


 できれば目を潰したい。


 邪魔するように角が生えているのでそう簡単にはいかないわけだが、それでも顔に攻撃するとすぐにヘイトを奪える。


 予兆の見えた巨大ブレスをそのまま上空へ逃がしつつ対処。


 ブレイクは――約束通りこない。



「皆さん! ブレスと尻尾の火光の後は5秒ほどヴァラカンが硬直します! 反撃は来ませんから攻撃しまくってください! 足を潰して動き止めましょう!」



 喋る時間が勿体ないと思いながらも、急ぎ言葉を投げかける。



「でかした、坊主……!」


「はぁ……はぁ……マジ、かよ……ッ!」


「ブレイクの、合図が、来なくないか……?」



 喜ぶ人もいれば、休憩に入れない不安が顔に出る人と反応は様々だな。


 汗まみれのジョフマンさんなんて今にも泣きそうだ。



「硬直中にわざわざブレイク入れるなって交渉してきただけですから、このあとすぐに来ますよ!」



 喋りながらも狙いは一点に。



「【剣術】――力刃ッ! オラッ!!」



「グォアアアァァ!」



「「「うおぉおおお!!」」」



 っしゃぁあああ! やっとだ!


 やっと、危なっかしい尻尾の先端を斬り落としてやった!



「ブレイクッ!!」



 僅かにヴァラカンが動き始めたタイミングでブレイクが入り、ヒイヒイ言いながらタンクの後ろに回る近接職。


 が、さすがに休憩が許されないタンクはかなりキツそうだな。


 二人で分担しているとはいえ、それでも一番気を張り詰めて動いているのはどう考えても彼らだ。


 専用のヒーラーがいたとしても癒えるのは傷だけで、精神的な疲労は蓄積されたままだろう。



(魔力は……余裕がありすぎるくらいか)



 全力でいくのは事前情報から三段階目と決めていたが、このくらいの消費なら今から動いても問題なさそうだ。


 上空から、再度スキルを使用し首を深く斬りつける。


 そしてそのまま地上へ――



「一時的にタンク替わります! 二人も休憩してください!」


「……へ?」


「お、おい……盾は……?」



 今の攻撃でヘイトは俺が奪っている。


 大口を開けて噛みつこうとしてくるので躱し、流れるように上空から振り下ろされる巨大な前足を、両手をクロスさせながら腰を落として迎え撃つ。



――【硬質化】――



「ふご……ぉ、重ッ……」



 ヴァラカンにそこまでの速さはない。


 それは幸いなことだが、そのぶん筋力と防御力、あとはもしかしたら魔法防御力も突出している気がする。


 これはまともに受けてちゃ俺がそのうち死ぬやつだ。


 そのまま押し潰そうとしているのか、離さず上から押し込まれてるので、咄嗟に腕くらいある指を掴み、逸れながら全力で持ち上げる。



「グォオオオオオアァ!」



 すると自分で押し込んでいたこともあって、あっさり指の一本だけが明後日の方へ向いた。



「はっはー! ついでだ【体術】――剛力ッ!」



 そのまま2本の指を掴んで逆方向に思いっきり引っ張れば――あれ?


 意外なほどあっさり裂けていく皮膚。



(んん?? もしかして、部位によって防御力が違う……?)



 ゲーム視点だと分かったようで分かっていなかった部分だ。


 考えてみれば人間だって同じ。


 剥き出しの皮膚であればよりダメージを受けるし、急所と呼ばれる部位であればそれが致命傷にもなりえてしまう。


 HPバーがあるわけでもないんだし、それなら魔物でも同じことが言えたって不思議じゃない。


 ゲームだと弱点属性はあっても弱点部位なんて珍しいと思うが、顔や首へ深い傷を負わせれば、嫌がってヘイトは確実に俺が取れていたのだ。


 なるほどなるほど……だからか。


 一度だけ不可解なタイミングでヘイトが外れ、あっさりと食われてしまった近接職を思い出す。


 俺も周りも、予想外のタイミング過ぎて対処がまったく間に合わなかった。


 だがたまたま食われてしまったその男が、その時偶然ウィークポイントを突いてしまったとすれば、辻褄が合うような気もする。



(近接職じゃ届かないんだから一般的な急所じゃあない……足か尾……弱く脆い部分……鱗が、無い部分……か?)



 はっきり言えば、ほとんどない。


 それが現実だ。


 届く部分で怪しいところは爪の付近くらいだが……


 そう思いながらも視界を彷徨わせ、「なるほど」と一人納得する。



 ――か。



 よくよく見れば、前足は掌の中心部分だけ鱗がない。


 前足自体はヘイトを取っていなければ、まず高さもあって攻撃を加えられない部分だ。


 だからここを攻撃してヘイトを偶然奪ってしまったということはほぼないだろうが、前足がそうなら後ろ足もその可能性が高い。


 つまり何かしらのきっかけで足の裏、あとは可能性のありそうな爪付近に攻撃を加えなければ、ヘイトを不必要に奪う可能性は低いということになる。


 常に接地しているわけじゃない前足なら――



「グォアアアアア!!」


「ビンゴ、怒るポイント見っけ!」



 当てる目的で、無理やり剣先を掠らせただけだった。


 それでもこれだけ怒っているのだからまず確定だろう。


 まぁ弱点ではあるだろうが、倒しきれるようなポイントじゃない。


 人間同様に生物として見るなら、結局は首を落とすか心臓を潰すか――もっと致命的な攻撃を与えなければ絶命させられないはずだ。


 でもこれで確認が取れたならば、これ以上被害を増やさないためにも……


 その目的のために取った行動は、たまたま【鼓舞】の横にあって存在を認識したこのスキルを使うことだった。



――【指揮】――



(これで伝わるかわかりませんが、近接の方。ヘイトを無駄に奪う可能性のある鱗の無い部分――特に後ろ足の裏と、爪付近には攻撃しないようにしてください!)



 言葉ではなく、思考で伝えた。


 今はまだいい。


 言葉でも伝えるくらいの余裕はある。


 しかし、ユーリアさんから『本番』と称されていた第三段階になれば、呑気に伝達している余裕なんて無くなるだろう。


 これで無事伝わるなら――


 そう思って、宙に舞いつつ確認すれば、余裕のある者は視線で、無いものは言葉で返答してくれた。


 よし、大丈夫だ。


 伝達が上手くいくなら勝てる、極力犠牲を減らしながら、俺達は勝つ。





 ▽ ▼ ▽ ▼ ▽





「ぎゃあああああ! 助けてくれぇえええええええーーーッ!!」



 たぶん完全にランダムだ。


 だからこそ厄介過ぎる……


 そう思いながら視界の端で、龍に食われていくハンターから目を逸らす。


 助けられるなら助けたい――が、あぁなればもうどうにもできなかった。



 ジュッ……



 まるで蒸発する音が聞こえるかのように、龍に咥えられたハンターは勢いよく火柱の中に飲み込まれ、姿がまったく見えなくなる。


 火柱が勝手に移動し、龍が不確定な射程範囲で人を捕食する。


 それが第三段階になって、さらにもう一つ増えた。


 2つの火柱が周囲を徘徊している中、空からは火を纏った岩が降り注ぎ、ヴァラカンの攻撃はより苛烈に、そして卑劣になっていく。



「ひあっ……」


「くそっ!」



 赤いサラマンダーレザーを頭まで被ったタンクが、悲鳴をあげて膝から崩れ落ちる。


 これで三度目となるボスの【威圧】――どう見ても結果を見ればそうとしか思えなかった。


 強者であることが前提のボスが使うとか反則のようなものだし、それでも逃げずに再度盾を持てるこのタンクは、尊敬に値するほどの精神力だと思う。


 そんな人を、絶対に死なせたくはない。



「【体術】――疾風ッ!」



 餌とばかりに顔を近づけていたヴァラカンの顔面を横から蹴り飛ばし、すぐに次の行動へ備える。



(上に飛んで!! 尻尾を振り回してきます!)



 重心が横にブレれば尻尾を振り回す。


 行動パターンは掴めているのに、疲労と、暑さと、普通に考えれば十分速いその速度についていけず――



「ジョフマンさん! 後ろに飛んじゃダメだッ!!」


「あっ………」



 咄嗟に叫ぶも――



「  」



 運も、悪かった。


 背後に飛んだ先には、火柱が近くにあって。


 ジョフマンさんは無言のまま龍に咥えられ、火柱の中へと消えていく。



「ちくしょう……ッ」



 これで、近接職はもう残り4人。


 なのに、未だあの二人は参戦しない。



 それどころか――



「ブ、ブレイ……クが……来な――」


「上ッ!!」



 ゴツッ!!



「――ぃ?」



 赤いサラマンダーレザーのタンクは、ヴァラカンを挟んだ反対側にいた。


 上空から降り注ぐ岩が直撃し、頭部のヘルムが吹き飛んでいく。


 晒される素顔。


 大量の汗だけじゃない、血と、恐怖で涙に濡れた顔はフラつき――あっさりヴァラカンに捕食されていく。



(ブレイクはっ!? 援軍はっ!? なぜ、近接だけが孤立している!!?)



 咄嗟に【指揮】で訴えるも、先ほどから返答も、そして行動も何も無かった。



「はぁ……はぁ……俺達は、見捨てられたのか……?」



 息も絶え絶えに、それでも前足を盾で辛うじていなすのは、唯一残ったタンクの一人。


 被っていたレザーヘルムは半分ほど毟り取られ、流血した頭皮が剥き出しになっている。


 よく見ればその人は、俺が選抜会場で同等クラスと判断した三人のうちの一人だった。



「そ、そんなことは……」



 分からないのだ。


 彼らは、この戦況に絶望して逃げ出したわけではない。


 周囲に視線を向ければ、あの二人も、そして遠距離職の人間も皆いる。



 



 何もせず、壁際に立ち、ただ眺めているだけ――中には、談笑している者までいた。



「あの火柱が……2本に、なってから……はぁ……回復すら、来なく……なった……」


「ッ……!」


「も、も、もう限界だッ!! おか、おかしいと思ったんだよ!! 近接のやつらはなぜか全員が初参加だった! あの二人以外全員ッ!!」



 ドゴッ!!



「ぐぅぅ……」



 弾くように【硬質化】を使い、前足をいなしながらも横から斬りつける。


 クソッ!!



「そ、そこにいたら、あぶない!」



 右腕と一緒に武器も失っていたその男は、既に戦場から数メートル離脱していた。


 顔はこちらを向いておらず、2本の火柱にばかり視線が向いている。



「お、俺は抜けるぞっ! こんなところにいても死ぬだけだ! おまえらも逃げろよッ!!」



 そう言って火柱の間を抜けるように、壁際に向かって走り出す男。


 だが、止められない、止める権利もない。


 それどころか――



「……タンクさん、あなたも逃げた方が良いですよ。動けるうちに」



 ヘイトを取ったまま上空に舞い、ブレスの予兆を一休憩とばかりにタンクへ逃げるように促す。


 ここにいても確実に死ぬだけ。


 そして、俺もあなたを助けられない。



「バカを、言うな。敵を前に逃げ出す、盾職ほど無価値なモノは、ない……それに、逃げたところで、生き残れるとも、思えんよ……」


「……」



 先ほど逃げた男がどうなっているのか、今は気に掛ける余裕もない。


 でももし、今の状況が、のだとしたら――





 ブチッ





 確実に幻聴だ。


 でも何かが聞こえたのは間違いなかった。


 最初の最初からボスを倒すために、チームへ貢献するために、誰よりも踏ん張ってきたのは近接組だった。


 何度も死にそうな目に合い、呼吸は乱れ、汗で視界が滲む中でも、それでも必死に武器を握って踏ん張ってきたんだ。


 恐怖に耐え、痛みに耐え、先の戦果を期待し頑張った結果がこの仕打ちなのか……?



 ブレス終わりの硬直。


 その貴重な時間を、俺は敢えて魔力残量の確認と、自己紹介の時間に充てた。



「今更ですが、僕はロキと言います。あなたは?」


「グロム、だ。こんな、ボロボロでも、Aランク、ハンターを、やっている……」



「では、グロムさん――」



「?」





「今から起きることは、全て見て見ぬふりをしてください」






 上等だよ。


 俺は覚悟を決め、所持する2本の剣を投げた。

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