第221話 メンバー選考会

 さらに30分ほど奥へ進めば、視界の先には今までの空洞よりも明らかに天井の高いエリアが展開されていた。


 地面と天井を繋ぐ岩盤もなくなっているようで、まるで広範囲戦闘を前提とした巨大ドームのよう。


 いつぞやのキングアントがいた、ちょっと幻想的なあの部屋を思い出す。


 どう考えてもココでしょうという、あからさまなボス出現ポイント。


 幸い入口だけが狭くなっているような構造ではなかったので、念のための安全策からまだ周囲の雑魚魔物が湧いているような場所に陣取り、【遠視】全開でその空間を眺める。



 すると―――、いた。


「竜……というより恐竜っぽいか……?」



 赤黒い体表のソイツは大きな後ろ足で体を支えた二足歩行型で、ただ前足と呼べる部分もそんな短いことはなく、たまに前傾の四足に切り替われば、太く長い尻尾が上空へと伸びる。


 尻尾の先端部分はつぼみのような形状をしており――見間違いでなければ、その赤い先端から火が漏れ出ているようにも見えた。


 大きさは比較物がないのでなんとも言えないが、まぁかなり距離をとってもそれなりに見えるのだから、あれで小さいなんてことはないだろう。


 たぶんロキッシュと同等か、それ以上はあるんじゃないかと思われる。


 そしてこのくらいの距離感なら間違いなく大丈夫だと、気を張ることなく【洞察】を使った。



「なるほどね。一人じゃまだちょっとキツいくらいか」



 想像していたよりは手頃だ。


 ヴァルツ王国へ向かう直前に見たばあさんと似たような感覚なので、これならレイドとしてかなり現実的な討伐対象だと思わず胸をなで下ろす。


 ただそうなると、心配なのは強者の横やりだ。


 魔物は誰のモノでもないだろうし、そこにフリーな状態でいるなら誰が倒したところで問題無いというのが俺個人の考えだが、計画が練られている以上はぜひこのまま進行してほしいところ。



(そこはあのAランクハンターと獣人の手腕に期待するしかないか……)



 俺に手伝えることは、怪しく、そして強そうな集団が奥に入っていかないか、狩場の奥の方でただ見張るだけ。


 そう判断し、夜間でも狩場内が暗くならないのはこれ幸いと、門番の如く見張っていたらどんどん狩りの時間が延びていった。




 そしてさらに3日後。


 約束通り、俺はドワーフのおっちゃんがいる防具屋へと足を運び、出来上がった装備を受け取る。


 肌を極力隠し、可動域以外をほぼ覆うフルレザーは、鱗付きの厚手なライダースーツのよう。


 急所は重ねるように厚みが増されており、試さなくてもこりゃあ暑くて蒸れるでしょってのがすぐに分かってしまう。


 逆に今のような冬場の上空だと暖かそうな防具だけどね。


「一応空気が中に入っていきやすい作りにゃしてるが、それでも小まめに休憩は挟めよ。魔物じゃなく暑さでぶっ倒れたまま死ぬやつも毎年必ずいるからな」


「でしょうね。ちなみにこのレザーアーマーって水に弱いとかあります? 狩場で頻繁に頭から水を被るので」


 革製品の知識なんてほとんどないけど、仕事で使っていた革靴は水に弱いような説明を受けたような気がするのだ。


 これで水に弱かったら、ますます長時間の狩りが怪しくなってくる。


「コイツは大丈夫だぞ? 使い込めば段々色味が抜けて黒くなっていくが、耐性効果が落ちるような話は聞いたことがない。水で洗浄できなきゃ、着られないくらい臭くなっちまうだろうしな」


「あぁ――……」


 こんなところで急に現実へと引き戻される。


 汗臭問題、確かにその通りだ。



 となると、さすがに当日ぶっつけ本番ってのはマズいだろうし、まずは一度試してみるか。


 そう判断し、装備着用でいったいどれほどの時間狩りが持続できるのか。


 既に主要3種スキルはレベル8まで到達しているものの、それでもまだまだ継続と、計測も含めてほぼ固定化された奥地の狩場へと戻っていった。



 そして3時間後、ヘロヘロになって床へ這い蹲る俺。


「あちっ……これは、キツい……」


 確かに火の熱さなんて感じないから耐性効果は十分なのだろうが、『暑さ』にはめっぽう弱く、防具の中に水が浸透していかない。


 これが一番の大問題である。


 おかげで体内の熱を逃がすことができず、3時間を超えたあたりから頭がボーッとするくらいフラフラに。


 他のパーティも1~2時間くらいで入口に戻っていた意味が、これではっきりと分かってしまった。


 鎧を外側から冷やすか、身体を直接冷やすような【氷魔法】でもなければ無理ってもんである。


(タイムリミットは移動時間も含めて3時間……ってことは実質ボス戦で動けるのは1時間、いや、団体移動となればもっと短いか?)


 ボス部屋まで一度行っているからこそ分かる目安時間、そして逆算したことで分かる事実。


(なるほどなるほど……)


 取るべき対策を思案しながら、とりあえず雑魚狩りにこんなサウナスーツ着ていられるかと、俺はレイド当日まで鎧を宿屋に封印した。





 そして、メンバー選考当日。



(ざわざわ……ざわざわざわ……)



 険しい表情を浮かべ、腕を組みながら壁に寄りかかり、瞑想する男。


 別レイドでの武勇伝を語る男とその取り巻き。


 パーティ単位でそのまま固まり話している、狩場で何度か見かけたことのあるメンツもこの場には多くいる。



 ローエンフォートのハンターギルド内にある修練場。


 マルタと同じくらいのスペースを有するその場は、想像以上の人混みで溢れていた。


 と同時に、これは舐めていたなと……果たして参加できるのか、不安に駆られてしまう。



 MMOの大型レイドは魅力的だが、それでも性質上参加する人を選ぶコンテンツだ。


 ボスとの交戦が可能なほどの戦力という根本的な問題ハードルは当然として、人との連携――つまり自分の役割はもちろん、他職の役割も把握した上で適切な行動を取り続けなければならない。


 求められる知識は多く、参加人数が絞られるほど、そして高難度であるほど一つのミスで全体が瓦解していくので、その重責を嫌い、戦力は満たしていても参加したくないという人もそれなりにいた。


 俺がどちらかというとこのタイプだったが、長く拘束されるその時間を嫌う層もかなり多かったと記憶している。



 だから募集に50名ほどとは書かれていたものの、実際はそんなに集まらないんじゃないか。


 失敗やミスをしたところで直接死ぬことはないゲームでもそうなのだから、ミスが実際死に直結するこの世界のレイドなら、もっと人集めには苦労するものなんじゃないか――


 そう思っていたが、やっぱりこの世界は違うらしい。


 どう見ても定員の50名以上が、参加表明のためこの場に集まっているのは一目瞭然だった。



「皆、わざわざ集まってくれて感謝する!」



 修練場の奥から響く声。


 狩場で見かけることはなかったが、ギルドの受付ロビーではその後も何度か姿を見かけた男。


 Aランクハンターの――たしかフィデルさんが、積み重ねた木箱の上に乗り、声高々に挨拶を始めた。


 使い込んで変色したと思われる黒いレザーアーマーを身に纏った、なんとも勇者感の漂う金髪優男。


 そんな姿を少々行儀が悪いと思いながら、俺は修練場の外壁上部に腰掛け、上から一人眺める。


 下にいたんじゃ、背が低すぎておっちゃん達のケツや背中しか見えないからね。



「もうこれで4回目。極力死者数を減らすためにも、適切な参加人数は今回50名前後が妥当だろうと考えている。まずは今日集まってもらった者達全員を参加させられないことは理解してくれ。そして――死を恐れるやつは、今すぐこの場から立ち去ってほしい。"死を恐れない"、それが何よりも必要なボス討伐の参加資格だ」



 強い口調で放たれたこの言葉に、ピクッと反応したのは俺だけじゃなかった。


 それでも誰もが立ち去ることなく、フィデルさんを見つめている。



「よし、大丈夫だな。ではまず予定編成と必要な能力を伝えていく。のちほど能力別に分かれてもらうから、該当者同士で固まって――」



 その後も主催者の話を聞いていると、そこまでゲームでのレイド募集と流れは変わらないような気がした。


 ヘイトを取ってボスからの攻撃を積極的に受ける、要のタンカーパーティが1つ。


 近接アタッカー職が主体となり、いざという時は一時的な攻撃の受けも担うパーティが3つ。


 ダメージディーラーを担う遠距離火力職のパーティが3つ。


 暑さ対策や防壁などの防御面を担う遠距離補助パーティが1~2つ。


 重症や死亡による戦力の穴を一時的に塞いだり、後援としてバフなどの支援、また全体を指揮するパーティが1~2つ。


 場面場面での行動指針は全体で合わせつつ、5名のパーティ単位で細かい部分をそれぞれ補っていくようなイメージっぽいな。



 職の幅がかなり広いので、『回復系統の魔法が使えるやつ』『【氷魔法】が使えるやつ』『何かしらの補助系統スキルを所持しているやつ』などなど。


 10ほどの大枠が発表されたので、とりあえず俺は『近接火力に自信のあるやつ』の所に向かう。


 悲しいかな、人前で魔法を使えないという制限があるからね……


 羊の時みたいに、遠目からコソコソ隠れてやるくらいの余裕があるならまだいいけど、ボス戦でそんな余裕があるとは思えない。


 なら初めから近接火力担当だ。


【身体強化】と【剣術】も併用して、あの恐竜の尻尾をぶった切ってやろうと思います!



 そう思っていたわけですが。



(近接火力に自信のあるやつ、多過ぎるんだが……?)



 この一角だけ人が膨れ上がって、横にある『レベル5以上の火力魔法を使えるやつ』の枠を飲み込みそうである。


 なんだよこの場所。


 むさ苦しいったらありゃしない!



 そして近寄ってくる主催者フィデルさんと相棒っぽい獣人から告げられる、リアルで残酷な募集人数。



「ここは12人が限界だから――とりあえず、Aランクハンターはどれくらいいる?」



 するとチラホラと上がる手。


 どうやらフレイビルで修業した人達も混ざっているようで、これで一気に6枠が埋まってしまった。


 どうしよ、もういきなりピンチ過ぎて笑えない。



「あとは条件を絞っていくしかないな。所持武器のスキルレベルが6以上のやつは?」



 キタコレ!



「あ、該当武器が『氷』の属性付与なのは必須で」



 は―――、い~~~???


 んな、バカな。


 上に真っ直ぐ伸びた手が、あれよあれよと萎んでいく。


 属性付与とか、そんなの付けたことないし……


 縋るように周りを眺めるも、あぁ、もうダメだろうな。


 これでもまだ多いというくらいに、上に伸びる手が何本も見える。



「済まないが、漏れたやつは外れてくれ。俺達の時はまた告知するから、その時までにこのくらいの条件を整えてもらえると組みやすい」


「……」



 フィデルさんはちっとも間違ったことを言っていないのだ。


 ただ人が多いってだけじゃ、効率よくダメージなんて叩き出せない。


 現実的な問題として弱いやつが死体になれば、そこにあるだけでも事故の原因になる……限られた空間ならなおさらだ。


 それに敢えて伏せちゃいるんだろうけど、参加人数が多くなるほど一人当たりの報酬だって減ってくるのだ。


 期待通り、もしくは以上の報酬があるからこそ、命を懸けてでもボスに挑むわけだし、使える戦力、使えるスキル持ちを選別していくのは当然のこと。


 そのやり方に文句があるなら、おまえが主催者をやれって話でゲームだと話が終了する。



 しかし――


 諦めきれず、再度石壁の上に飛んで全体を見渡し、【洞察】を使った。


 主催者フィデルさんと近接組の塊に残った相棒の獣人、それともう一人同等くらいに強そうな人が今日参加しているが、それでも3人だけ。


 それ以外の人達は明らかに自分より弱いと分かるし、なんならエントニア火岩洞のスキル収集もだいぶ進んだからか、フィデルさんよりも今ならちょっと強いような気もしてくる。


 悔しさでそう思い込みたいだけかもしれないけどさ!



(うぅ……せっかく鎧作って【魔力自動回復量増加】レベル2の【付与】も付けたのに……)



 ゲームと違い、単純な能力数値で比較ができないからこその結果だ。


 この日のために準備はしてきた。


 ボスが誰かに狩られないよう、1人勝手に狩場の奥で門番役もやってきたつもりだ。


 でも成果は結びつかず……この世界でも努力が報われない場面というのはあるのだなと。


 当たり前のことに今更気付かされる。



 はぁ……


 魔力が黒くなければ、【雷魔法】レベル7を条件に文句無しのクリアだったんだけどなぁ。


 恨めしいがしょうがない……もう町を出るか。


 そう思って宿へ帰ろうとした時、人が減ったからか――気になる言葉を耳が拾った。



「今回ミヨンがいないから、補助スキルの層が薄くない?」


 その声は、以前「フィデル」と呼んでいた女性の声だと分かった。


 足を止め、ソッとステータス画面を開き、スキルを眺める。



「貢献できそうな補助スキル…………あ、これはいけるか……?」



 ひたすらソロ活動だった俺にとって、補助スキルなんて一度も使ったことがないものばかり。


 だからこそ、使えば魔力が外に溢れてしまうタイプなのか、その判別すらできていなかった。


 性質を考えれば、たぶん大丈夫そうな気もするが……


 試すなら、人が多くて有耶無耶にもできる今のうちにやってしまうしかないだろう。


 最悪騒ぎになったらトンズラするしかない。


 そう思って俺は、



――【鼓舞】――



 スキル名を小声で発した。

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