第194話 効率

 天気は曇り。


 今日はできれば大雨が降ってほしいと思いながらも、ベイルズ樹海中層をかれこれ東に1時間以上飛び続けている。


 特製の籠や穴開き鎧は宿屋でお留守番、今日も今日とて軽装だ。


 剣を2本携え、昨日も持ってきていた中型の革袋に必要な物を詰め込んできた。



(やっぱり都合の良い平野なんてないなぁ……)



 あれば御の字と思っていた望む立地。


 しかしそう都合良くは見つからないようで、上空からは緑一色の中、ポツポツと一部を伐採し、掘り起こされたような空地が見えるくらい。


 そのスペースも非常に小さく、かつ中層といってもやや町寄りの浅い場所なので、できれば部族単位で相手取りたい俺にとっては活用しきれるイメージがまるで湧かなかった。


 となると、これはもうしょうがない。


 自分で自分のための場所を作るしかないと、覚悟を決めて中層の奥地を目指していく。


 あくまでだ。


 決して深部を目指すような冒険なぞ、しない。


 ついでに移動しながら、先日やっとレベルが自然上昇した効果範囲60メートルの【探査】をフル活用し、『人種』がいないかを調査していく。


 かなりサバリナからは離れたし、ここまでの奥地にはまず入ってこないだろうとは思うも……


 それでもこれからやることに遺物ハンターの人達を巻き込めば、それはもうかなり大変なことになる――というか普通ならまず死んでしまうはず。


 だからこそ、ここが一番慎重にならなければいけない部分だと、ある程度のポイントを見定めたら入念にチェックしていく。


 そしてやっと、人がいないことを確信できたら下準備の開始だ。


 近場では小川も流れているし、高低差が少なく魔物の集まりも良さそうなこの場所は想定するベストに近い。


 やるべきことは、広く活動するための空き地作り――つまりは伐採だ。


 森林破壊と言われてしまえばそれまでだけど、魔物の間引き、過去に起きたとされるスタンピードの予防も兼ねているので、たぶん怒られるようなことはないはずである。


 放っておけばまた木は生えてくるだろうしね。



『周囲の、木々を、切り倒せ』



 初めて唱える【風魔法】の【省略詠唱】。


 木の根元付近をひたすら突き進むよう、レベル4の強い風刃をイメージすれば。



 ピュッ――



【省略詠唱】がそのイメージを汲んでくれてたように具現化し、鋭く空気を切ったような音を鳴らして、足元から風の刃が広がっていく。


 さてさて、これでどの程度いけるかと様子を見ていれば、おおよそ周囲10メートルくらい先までの木々が倒れていき、何体か近くにいたのか、足を切断されて転げ回るゴブリンも確認できる。


(周囲を舞わせる乱刃じゃなく、一点突破のイメージだとこんなもんね、了解了解)


 これはこれでいい勉強になったと思いながら、この作業をひたすら繰り返し、順調に空地を拡大していく。


 そして切株や倒木だらけではあるも、周囲の見通しがかなりよくなったところで、ようやく待ちに待ったテストの開始だ。


 鼓動が速くなるのを感じながらも、樹木スレスレの高さを飛び、空地の東西南北それぞれで同じスキルを唱えていく。



――【招集】――



 ――まずは、魔物をかき集める。



 途端に騒めく森。


 これで四方周囲210メートル範囲内の近接型ゴブリン達が、こぞって空地の中央に陣取る俺の下へとやってくる。


 はははっ。


 既に、笑いが込み上げてくるな。


 成果は必定、気がかりなのはその後の始末だけだ。



 周囲から。


 バキバキと、木や枝を踏み鳴らす音。


 パシャパシャと、川の水を弾く音。


 唸り声、奇声、様々な音が、地響きと共に全周囲から聞こえてくる。


 そして先頭のゴブリンライダーが開けた狩場へ顔を出し始め、繋がるように数十のゴブリンが空地に入ってきたところで、



――【飛行】――



 俺は再度、少しだけ飛んだ。


 眼下には、我先にと倒木を飛び越え、苦しむ同胞を踏み潰しながらもひしめき合うゴブリン種の大群。


 それらが一斉に手を、腕を、武器を掲げ、上空10メートル近くまで上昇した俺を見上げている。


 だが――



「残念。おまえらは総じて近接タイプ、俺には届かないでしょ」



 この声に反応したのかは分からない。


 いや、そんなスキルは所持していないからきっと勘違いだろう。


 それでも俺の投げ掛けた言葉を皮切りに、苛立ちや憎しみの表情を浮かべ、ゴブリンがゴブリンを足場にして空を目指そうとする。


 その光景をジッと見つめながら――、俺はほくそ笑んだ。



「【投擲術】も無く、武器を所持したことで生まれ変わったお前達は、その武器を自ら投げて手放すなんてことができない」



 つまりこれで、一度希少種に変えさせれば、そいつは死ぬまでそのまま希少種の可能性が高いってことだ。



「良い検証ができたよ。ありがとう」



 その言葉を最後に、あとは成果を貪るだけだと〆の魔法を口にする。





『眼下の、魔物を、皆殺せ、"天雷"』





『【体術】Lv5を取得しました』



『【槍術】Lv3を取得しました』



『【斧術】Lv3を取得しました』



『【剣術】Lv4を取得しました』



『【短剣術】Lv3を取得しました』



『【盾術】Lv1を取得しました』



『【騎乗】Lv5を取得しました』



『【騎乗戦闘】Lv5を取得しました』



『【威圧】Lv2を取得しました』



『【鎌術】Lv3を取得しました』



『【槌術】Lv2を取得しました』



『【威圧】Lv3を取得しました』





 ▽ ▼ ▽ ▼ ▽





 あれから3度、北、西、南と一方向に集中して【招集】をかけ、山のように積みあがった死体を見つめながら、最後の東エリアで魔物を呼ぶ。


 そしてそのまま専用狩場の上空を漂い、現在までの検証結果を頭の中で纏めていた。


(いちいち地面に降りて待ち構える必要はなさそうだな)


 寄ってきたゴブリンが早々に諦めては困ると、一応初回は地面に立って待ち構えていたわけだが、どうやら2回目以降の結果を見るに、浮いたままでも大丈夫そうなことが分かってきた。


 さすが魔物、手が出せないと分かっていても歩み寄ってきてくれるところはさすがである。


 あとは対象が多過ぎるからか、レベル7の広範囲雷魔法『天雷』一発でも、若干端で生き残っている魔物もいるが――……


 まぁ、ここはしょうがないか。


 専用狩場の広さには十分余裕を持たせたが、一番気がかりなのは倒した後なのだ。


 欲張り過ぎれば火事の原因になる。


 今のところ煙が燻っている様子はないけれど、念のため広範囲に水でも撒くか、もしくは一度撒いて通しをよくしてから撃ち込んでもいいかもしれないな。



(さて……次に移るか)



 眼下には4度目。


 既に高さ10メートルなど優に超えた死体の山を登り、宙に浮く俺へと手を伸ばすゴブリン達。


 その姿を眺めながら、俺は全力気味に西へ向かってこの場を離脱する。


 そして数百メートル進んだところで一旦ストップ。


【探査】や【気配察知】を併用しながらその後の様子を窺うも、ゴブリン達が追いかけてくる様子はまるでなく、この速度で飛べばしっかり振り切れることを理解した。


【招集】はよくあるヘイトと同じ扱いなのか、そして一度集まった後の効果はどうなるのか。


 俺を視界に捉えた途端、通常の魔物同様に敵視していたことから、たぶん大丈夫だろうとは予想していたが……


 一先ずヘイトが外れたこの結果に安堵する。


 となれば、肝心なのはここからだ。


(今までの魔物の生態を考えればたぶん大丈夫だと思うんだけどなぁ……)


 恐る恐る上空を舞い、高高度から徐々に先ほどの空地を確認してけば――



(よーしよしっ! ちゃんとな!)



 望む光景が見れたことで、ホッと胸を撫でおろした。


 このやり方で一番の障害になる部分はすぐに分かっていたのだ。


 俺が欲しいのはゴブリン達の持つスキル経験値――つまりはこの場だとゴブリン達の持つ武具と言ってもいい。


 それらを循環させ、必要があれば上空から散布し、魔物の個体数と武具のバランスが取れなくなれば希少武具だけを選別していく。


 このようにイメージした時、どうしても邪魔になるのは魔物の死体だった。


 今回のように範囲魔法で片付ければ死体の山が出来上がるのは明白で、その死体の山から武具を掘り起こすのは非常に困難なものだとすぐに想像がつく。


 仮に上の一体をどかしたところで他が取りづらくなるだけ。


 かと言って俺が取れる対策なんて燃やすか埋めるかの二択くらいで、どちらも非効率的としか思えなかった。


 だが、期待していた通り、魔物が魔物の死体を餌と見てくれるなら別だ。


 最後に呼んだゴブリン達がどこまで食うかは分からないが、掃除をし、自ら武具を掘り起こし、そのまま勝手に転職してくれる。


 おまけにこのやり方なら、【招集】には引っかからない遠距離職のやつらも餌に釣られて集まってくれるだろう。


 どうせすぐになくなるような量じゃないんだ。


 明日にでもまた顔を出し、呑気に飯を食ってる上空からまた雷を落とせば――



「ふふっ、ふふふふふっ」



 笑いが込み上げてきちゃうな。


 ここで金は一切求めない。


 幅広く集まるスキル収集に、自分のありったけを注ぐ。



「そんじゃ、今日中にあと4か所くらいは同じの作っちゃいますかね」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る