第137話 3つの条件

 俺の場を少しでも和まそうという粋な計らいは無駄に終わり、目つきを変えてせっかく治した口回りをまた""とする女神様達3人。


 それを慌てて止め、俺のちゃんとした考えを示し、その結果が今、目の前の光景である。



「誠に申し訳ありませんでしたっ!! もう二度と、我を忘れるようなことはありませんッ!!」



 解かれた手と額を地に付け、長く綺麗な金髪を地面に垂らしながら謝罪の言葉を口にするリガル様――いや『』。


 今まで降臨してきた女神様に、見事なまでの4連荘れんちゃん土下座をかましてきた俺にとって、今回リガル様にはどのタイミングで土下座をすることになるのだろうと。


 内心そんなこと考えながら行動を共にしていた。


 しかし――



(まさか、俺が土下座される側になるとはなぁ……)



 まったく予想していなかったことだが、何をどうすれば丸く収まるのか。


 その上でこの土下座が必要ならば、俺は納得して見守るしかない。


「これが地球の最上級謝罪、『土下座』ですか」


「ん~俺が住んでいた日本限定だと思ってましたけど、下界の住人も普通にやってましたよ?」


「ロキ君も私にやってたよね! コソッと匂い嗅ごうとして!」


「シーッ! それシーッだから!!」


 やっと笑顔が戻ったフェリンに安堵しながらも、俺が提示した案と、そこから逆に提案された内容について思い返す。




 まず俺は、今回の件に対して大半の部分を許すことにした。


 やられたことは苛烈の一言だが、俺のためにしてくれたことであり、実際考えさせられる部分もあったのは事実だ。


 だから最強【分体】で挑んできたこととか、指で刺されたこととか――


 そこら辺は俺もプラスになったからという理由でチャラ。


 不満が残る3人を宥めながらもなんとか納得をしてもらった。



 だが、最後の一撃。


 あれだけは本人も言っていた通り、そうすべき理由がなく、興奮しきって我を忘れたリルが全ての原因だ。


 その結果が生き返ったとはいえ、


 個人的にはフィーリルのおかげで現状ピンピンしているわけだし、楽しくて我を忘れる、興奮するなんてことは自分自身でも経験があるので、理由と経緯をちゃんと聞けた今となっては怒りもあまり湧いてこない。


 なんせ楽しい、興奮するという理由だけで6年間ゲームに没頭、大学まで中退して人生の大事な期間を捨てたわけだし、そもそもとして俺に死んだという実感も無いわけだからな。


 だから次が絶対ないように気を付けましょうくらいに思ってしまっていたが、リステやフェリンはもう色々と臨界点に達していて、これをどう収めるかが最大の問題になった。


 当初アリシア様が提案していた、傷を残した状態で下界に降り、その姿のまま転移者探しというのは早々に却下。


 俺にその手の趣味はないので、そんなことをされてもまったく嬉しくない。


 でも何かしら要求しないと、場の怒りが収まりそうにない。



 ――だから、提案した。


 しばしの間考え、許す代わりに、3つの条件を飲んでくれと。



 その一つが呼び名の変更だ。


 と言ってもリガルと呼び捨てにしたいわけじゃない。


 どちらかというと逆で、リガルと呼びたくないからこその一案。


 宿で食事をする時、呼び名に困って俺は思わず『あなた』と呼ばざるを得なかった。


 それはリアの時も同じだが、なんせリガル様は物凄く目立つ。


 ド派手な鎧を好んで着る以上、断トツの一番で身バレするのはやっぱりリガル様だろう。


 悲しいかな、ちょっとどころじゃないほどおバカなところがあるしな。


 だから以前リステには断られたあだ名。


 これを強制的に発動させた。


 その結果が先ほどの『リル』である。


 ただ真ん中の『ガ』を抜いただけだが、随分可愛らしい名前になったと俺の中では大満足だ。


『リル』は「私がそんな可愛らしい名を……?」と驚愕していたけど、これは罰だからね。


 そしてそれに付随するように、俺は俺でリルに対して敬語禁止ということになってしまった。


 これは俺が望んだというより、フェリンの案がゴリ押しで採用された結果だな。


 こんな『馬鹿』に敬語を使う必要なんてないと文句を言いまくっていたので、フェリンの溜飲を下げる意味でも採用せざるを得なかった。



 そして二つ目が、一日だけで良いので転移者探しを休みにしてもらい、俺と一緒にBランク狩場へ同行すること。


 結局俺が知りたかった、『Bランク狩場が通用するのかどうか』が分からないままになっているわけだし、リルはリルで常に俺と同行したいと言っていたんだ。


 ならばもう、一緒に連れていってしまえばいいと。


 俺の中でそういう結論になった。


 いざとなればあの強さだ。


 Bランクの魔物なんて一蹴してくれるんだろうし、リルがセットなら格上狩場だろうと俺が死ぬこともないだろう。


 この提案にアリシア様は、二人きりで不安はないか? と確認してきたが、今のリルを見る限りはもう大丈夫そうだしなぁ。


 本当に俺を殺すつもりだったのなら、そもそもフィーリルに助けを求めたりなんてしないはずだ。


 それにこのままじゃリルが神界の中で孤立してしまいそうな雰囲気もあるし、まずは被害者である俺が信用するところから始めないと、女神様同士の関係改善が見込めない。


 そしてそのついでという名目で、リルにちゃんとした治療を求めておいた。


 不満噴出という感じだったが、こんなボコボコのジャガイモみたいな顔した人と一緒に歩きたくはないからね。


 この顔じゃ俺が罰ゲームになると言ったらアリシア様が治癒を開始してくれたので、これで俺まで変な目で見られることはなくなるだろう。



 そして最後の三つ目。


 これは単純に、二度と同じ過ちは繰り返さないとこの場で、そして皆の前で誓約すること。


 そこにリステからの要望で、俺が知り得る限り最大級の謝罪方法を行わせることが提案された。


 だからこその『土下座』だ。


 プライドの高そうなリルなら、土下座という惨めな格好を、しかも神様でもないバリバリ庶民の俺にするのだからさぞ堪えることだろう。



 個人的にはそれなりに現実的な路線で提案したつもりだ。


 もう少し考える時間があれば、もっと実のある内容を提案できたかもしれないが――


 まぁ二つ目の狩場に女神様同行が実現するだけでも俺にとっては御の字だしな。


 どちらに転ぶかは分からないにしても、これで一つの実験もできるわけだし、罪の償いとしてはこんなもの。


 そう思っていたわけだが。


「あまっ!!」


「それだけでは軽過ぎないでしょうか……?」


「やさ…し…過ぎ……ます……」


 このように、お三方からヌル過ぎるというご指摘を頂くハメになってしまった。


 そこからはもう、当事者の俺が置いてけぼりを食らう勢いで勝手に話が進んでいく……



「リア。参考として、人種――人間が人間を殺めた場合はどのような罪の償い方になるのですか?」


 アリシア様がこの場にいないリアに問いかければ、まるで天の声かの如く、しかし内容は地獄の閻魔様かとボヤきたくなる内容が降ってくる。


『まずどこの国でも『死罪』かよくて『奴隷落ち』、ただ相手が罪人であれば不問、が多いはず』



 予想通り過ぎて困るわー。


 地球と変わらずの極刑クラス。


 そりゃそうだよなと納得してしまうも、この天の声を聞いて、リルは顔面蒼白になってしまっていた。


「そうですか。ということはロキ君が罪人ではない以上、本来であれば死罪か奴隷が順当ということになるわけですね」


「ちょちょちょ! リルは女神様ですからね! 下界のルールだと確かにそうなのかもしれないけど、それに当てはめちゃ駄目でしょう!?」


「なんで?」


「女神様が一人減っちゃったらどうするの!? 下界大混乱だよ? 信仰しているハンターは? 職業選択は? 女神様にしかできないこの世界の管理という大仕事はどうなっちゃうのよ!?」


「んー……たしかに!」


「ロキ君のおっしゃる通りです。さすがにどのような事態であっても女神が死ぬことは許されません。ただ――奴隷、ですか」


「いやいや、奴隷もマズいですって……」


「奴隷ってあれだよね? 代わりに仕事する、みたいな?」


「身の……回…りの……世話を……する…者もいれ…ば……性の……処理を……する……奴…隷も……いま……す……」


「「「……」」」


 性の奴隷?


 略して性奴隷!?


 思わず眉と股間が跳ね上がってしまうが、待たれよ息子。


 今はそんな場合じゃないだろう?


「ちょちょい! 奴隷って俺の認識だと、主のために休み無しの強制労働だからね? それってずっと下界にいるってことだよ? 本体が管理の仕事をすればそれでいいのかもしれないけど、他の女神様達が下界に降りられなくなるよ!?」


「それは嫌っ!!」


「却…下……です!」


「うーん……ロキ君は強さに関わることが一番の望みなんですよね?」


「まぁそうですね。なのでBランク狩場に同行を―――」


「ならば」


「「「ん?」」」


 今まで会話にほぼ参加することなく、まるで判決が下されるのを待つような状態で項垂れていたリルが、急にはっきりとした口調で呟いた。


 まずそのことに驚くも、その後に続いた言葉に一同さらに驚かされる。


「私の固有最上位加護をロキに与えたらどうだろうか? 与えられるスキルは戦闘系とも言えるから、求めている強さにそのまま関わってくると思うが?」


「えっ?『』だよね? 確かにそうかもだけど、その加護持ってる転生者って今いなかったっけ?」


「……いますね。リガル、意味が分かっていますか? 本来は所持しても下界で1名のみ。被らせてはいけないと定められているのが固有最上位加護ですよ?」


「そうは言っても、アリシアだって『神子』がいるのにロキへ固有最上位加護を与えただろう? 加護の重複は問題だが、スキルだけなら大丈夫という判断ではなかったのか?」


「うっ……」


「私は……このような状況になっても情けを掛けてくれるロキの力になってやりたい。そのためなら数ヵ月動けなくなろうが構わん」


「か、加護が乗らないロキ君限定であれば大丈夫だと思っていますが……しかし、今はリステが……」


「もちろん女神が二人も使い物にならなくなるのは避けるべきだろう。だから渡せたとしてもリステの回復後。それでも良いのなら――」


 そう言って俺を見つめるリルは、治癒もすっかり完了して元の美人さんに戻っていた。


 その強い視線に、その言葉に、俺の喉がゴクリと鳴る。


 固有最上位加護『覇者』のおまけで付いてくるスキルがどのようなものなのか、今の説明ではまったく分からない。


 だが、『覇者』という名前の時点で俺の頭の中は期待感だらけ。


 欲しいか欲しくないかで言えば、超が付くほど欲しいというのが本音だ。


 それに。



(既に持っているやつがいる。おまけに戦闘系となれば、間違いなく目立っているやつだろう。消去法でいけば――帝国のシヴァってやつか?)



 好んで対峙しようとは思わない。


 だが好む好まざるに関係無く、好戦的に隣国を攻めているような相手ならば、いずれ俺が絡まれる可能性だってある。


 その時に対抗できる力、スキルがあるならば―――



「ぜひ! それで!!」



 俺は即答した。


 リステやアリシア様のその後を見れば、気軽にくださいなんてとてもじゃないが言えない固有最上位加護。


 それをお詫びにくれるというのだから、俺に拒否するなんて発想があるはずもない。


 これで俺は元より、フェリンもリステもアリシア様も。


 最低限納得できるところまではいったようなので、リガル様の土下座お披露目が開始されたというわけだ。



 はぁ~。


 なんだか疲れた……本当に疲れた1日だった……



(これでまた暴走することはなさそうだけど……死んだ後遺症とかないよな……?)



 リルの土下座姿を見つめながらも、俺はそれだけが気掛かりだった。

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