第106話 領都マルタと商業ギルド

 ホリオさんは二人いた門番のどちらとも知り合いなのか顔パスで。


 俺とアマンダさんはギルドカードを提示することによって、すんなりマルタの町へ入ることができた。


 すると中に入っての景観にまず驚く。


(おぉ~地面が石畳だ。外壁といい、街の雰囲気が明らかに違う)


 土と木材が多く、全体的に茶色いイメージの強かったベザートと違い、馬車の中から眺めるマルタの町は、石材が非常に多く少し近代的に見える。


 一言で言えば整った綺麗な街並み。


 そこら辺を歩く人達の服装もベザートより質が上がっているように見えるし、農村チックな町ベザートと都市マルタというくらい大きな差があるように感じる。


(すげぇ……ホリオさんがさりげなく領都って言ってたけど、まるで映画の中の世界みたいだな……)


 そんな感想を洩らしながら、まるで御上りさんの如く窓外の景色に釘付けになっていると、しばらくして大通りに面した場所で馬車が止まり、ホリオさんから声がかかった。


「とりあえずハンターギルドには着いたが、お前たちはこれからどうするんだ?」


「そうねぇ。まだ明るいし、先に商業ギルドの予定を済ませちゃおうかしら? ロキ君もそれでいい?」


 そう聞かれても俺に拒否権があるとは思っていない。


 ついていくしかないので、アマンダさんに了承の返事をする。


「それじゃあここでお別れだな。ロキ、夜番助かったぞ。身体に気を付けてほどほどに頑張れよ? くれぐれもほどほどにだ」


 そう言いながら、肩をパンパンと叩いてくるホリオさんを見上げながら思う。


 お礼を言わなきゃいけないのは俺の方だろう。


 まさかここまで移動中に有益な情報を貰えるとは思ってもみなかった。


 女神様達じゃ分からない、この世界で実際に生活している人だからこそ分かる生の情報――本当に感謝しかない。


「こちらこそ色々教えていただきありがとうございました! またどこかでお会いできることを期待してますよ!」


 その言葉に片手をヒョイッと上げながら、ハンターギルドの中へと入っていくホリオさんを眺めつつ、アマンダさんにも気になることを確認する。


 徒歩に近いペースで馬車が動いていたとはいえ、30分くらいは町の中を移動していた。


 それだけでベザートとは町の規模が異なることはすぐに分かったので、気になるのはアマンダさんがマルタに詳しいのかどうかだ。


 二人してマルタ初体験です!


 なんて状況なら迷子になること必至である。


「アマンダさんはマルタに来たことあるんですか?」


「もちろんよ。ちょっと良い物を買いたいってなったら、ベザートの人間はもちろん、この領内の人間はまずマルタに来るものだし」


「それは良かったです。内心迷子になるんじゃないかとドキドキしていましたよ」


「ふふっ、大体は町の中心部にあるから迷子になんてならないわよ? さっ、それじゃ行きましょうか」


 日本も異世界も、地方に住んでいる人が栄えた町へ買い物に行くのはどこも一緒らしい。


 ただ仮に隣町でも、掛ける時間は海外旅行並みで、おまけに一泊野宿もする。


 の話である。


 ここに自転車が誕生したところで――さすがに一泊野宿は回避できないだろうなぁ。


 大勢の人達が路面の悪い街道を、革袋か籠を背負って自転車で爆走しながら移動していたらちょっと面白いんだけどな。


 となると、もしかしてこの世界に物凄く必要なのはアスファルト?


 うーむ……作り方なんてさっぱり分からんわ……


 そんな、未来の買い物風景を想像しながら俺達は商業ギルドへと向かった。





 ▽ ▼ ▽ ▼ ▽





 ハンターギルドから10分程度。


 大通りに面した3階建ての建物を二人で眺める。


(なるほど分かりやすい。ハンターギルドは『装備』が、商業ギルドは『硬貨』がトレードマークってわけか)


 入口上部に掲げられているマークを見れば一目瞭然。


 一見ただの丸のように描かれた絵は、金色の着色がなされていることによってすぐにと連想できる。


 アマンダさんも商業ギルドに来ることはあまりないのか。


 横にいてもやや緊張した雰囲気が伝わってくるな。


 そして俺は……なぜかちょっとワクワクしてしまっている。


 この世界の商人達はどんな雰囲気で、どんな会話をしているのか。


 元営業マンとしては、そのやり取りに少し興味が湧いてきてしまう。


「それじゃあ私は行ってくるわ。ロキ君は――パイサーさんの作った剣だけ貸してもらえるかしら? 待っている間は先に宿でも取ってきちゃったらいいわよ」


「えっ? ここまで一緒に来たのに、僕は行かなくていいんですか?」


 アマンダさんは頭がおかしくなってしまったんだろうか?


 これじゃ一緒に同行した意味が分からないんだが?


 すると俺の耳元に口を寄せ、小声で語り掛けてきた。


「最初に『ボールペン』がどのような物なのか、ここの上層部に現物を見せて説明しなければいけないわ。その時にロキ君も横にいたら、かなりの確率で異世界人と疑われるはずよ? 見た目からしてこの国にはほとんどいない肌の色をしているんだから。そして疑われれば……接触しようとしてくるでしょうね」


「そういうことですか……」


「ロキ君が商業ギルドと組んで、この国の商人として大成したいというなら止めないわ。でも今までのやり取りを考えると、それはロキ君の望みじゃないでしょう?」


「ん? この国? 商業ギルドも国に関係のない独立した組織かと勝手に思ってましたけど……違うんですか?」


「微妙なところね。ハンターギルドと同じく国を跨ぐ組織ではあるけれど、各国との関係性はハンターギルドよりも遥かに密だわ。目新しく先進的な物が出てきたら、通例だと登録された国の王族にまずは献上という流れになるんだから、情報はある程度漏れるものと思っておいた方がいいわね」


 アァ――……


 なんとなく想像できてしまう。


 そもそもとして、マルタの商業ギルドに出入りしているのはマルタ、もしくは近辺に拠点を構える商人が大半だろう。


 だったら優秀で有益な人材がいると国に報告されることは、商人や研究者ならば喜ばしいことだろうし、商業ギルドの利益を考えるなら、アイデアの宝庫たる異世界人なんざここの上層部は囲っておきたいに決まっている。


 で、あれこれ理由を付けて王様に献上、名誉と称し爵位なんかを押し付けられて縛り付けるって流れか?


 それを断れば……どうなるかな。


 あまり考えたくはない展開だ。


「ん~アマンダさんの言う通りにした方が良さそうですね。剣の【付与】についてもお任せします。ただ一点だけ疑問があるのですが、僕の名前を顧問料だかで商業ギルドに登録しちゃっても大丈夫なんですか?」


 気になるのはここだ。


 名前を登録することによって俺に大きな不都合が生じるなら、名前なんざ登録しなくてもいい。


 お金は狩りで稼げば済む話だし、商人としての収益が欲しくなったとしても、もっと強くなってからすればいいわけだからな。


「大丈夫よ。あくまで利益の振り分けの一つにロキ君の名前、というより『商業識別番号』が入るだけで、そこに顧問だとか発案者なんて名目は一切入らないわ。だから今後ロキ君が面倒と感じるような展開になる可能性があるとすれば――私やギルマスは大丈夫だと思っているけど、お金を引き出す時かしらね?」


「ん? どういうことですか?」


「上手くいけば、知らず知らずのうちに大きな金額がロキ君の取り分として商業ギルドに貯まっていくのよ? 今回の道中で貰った案の商品化も成功すれば、その分ももちろん上乗せされてね。そうなれば金額次第では目を付けられてもおかしくはないわね。まぁ別の国でお金引き出しちゃえば済む話だけど」


「あーなるほど。引き出したあとに僕の行方を探そうとしても、僕はまた別のところに旅立っているから捕まえられないってことですか?」


「そういうこと。それにそんな展開あっても数年、数十年先の話よ? 爆発的に売れるほどの生産なんてまだまだできないんだから」


「たしかに……それもそうですね」


 なら問題ないか。


 職業選択ができないハンデは物凄く痛いが、それでも努力が実るこの世界なら、数年あればそれなりに強くなっている自信はある。


 力業で異世界人を得ようとする輩が現れても、たぶん自衛くらいなんとかなるだろう。


 今怖いのは、まだDランク成り立てというこの状況で強硬手段に出られること。


 だがボールペンから俺の名前に辿り着いたとして、俺が『ロキ』だとどうやって分かる?


 宿に泊まるのだって台帳のような物は存在していないし、町に入るのだってギルドカードは提示するが記録している様子もない。


 良くも悪くも文明レベルが低くてガバガバな世界なんだ。


 それなら数年後にいくらか貯まっている可能性のある、謎の貯金くらいに思っておけばそれでいい気もする。


「うん。理解しました。大丈夫そうですね」


「なら品評が終わるまで宿でも探しながらぷらぷらしてきなさい。商業登録が問題無いと判断されれば、その後は受付でロキ君の商業カードを作るくらいにしておくから」


「なら、先にそのカードとやらだけでも作っておきますよ。ついでに宿屋の情報を聞きたいですし」


「それでも問題ないわよ。じゃあのちほど、ここの1階で」


 こうしてほぼ同時に商業ギルドに入りながらも、それぞれが別のカウンターへと向かっていく。


 俺は当然、綺麗めなお姉さんがいるところだ。


 やはりというか、他より多くの商人っぽい男達が並んでいるけど細かいことは気にしない。


 もう二度と同じ過ちは……過ちは犯さないつもりだが……なぜ横のガラ空きカウンターから強い視線を感じるんだ……


 見ちゃいけないと思いながらもチラッとだけ視線を向けると、50歳くらいのおばちゃんとバッチリ目が合う。


 前に並んでいるおっさん達は……ウン、絶対見ようとしていないな。


 断固として綺麗なお姉さんに対応してもらいたいという、強い意志を背中から感じる。


(はぁ……まぁいっか。遥かに綺麗な人が今日の夜に降臨するんだし)


 そう思ってササッと列から逸れた俺はおばちゃんと対峙する。


「商業カードという物を作りたいんですけど」


「あら、その見た目はハンターよね? となると目的は移動ついでの行商、もしくは露天商かな? とりあえずここにお名前とか書いて頂戴ね」


 ここからはハンターギルドと似たような流れだった。


 名前とか年齢を木板に書いていき、何の商売をする予定かという項目には、さっきおばちゃんがヒントをくれたので『行商』と書いておく。


 特大籠を背負って旅をするとなれば、確かに行商みたいなこともやろうと思えばできるなと今更ながらに思う。


 そして初期費用だという2万ビーケと引き換えに渡されたのは茶色いカード。


 カード自体はそれなりに硬く、素材は銅のように見える。


 そしてカードには名前と、クレジットカードのような9桁の数字が右下に書かれていた。


 この数字がアマンダさんの言っていた、『商業識別番号』というのはなんとなく分かるが――


「もしかしてこのカードの素材や色でランク分けされていたりします?」


 この問いに、受付のおばちゃんは待ってましたとばかりに解説してくれた。


 要約すれば店舗を持たない駆け出し商人や、作物を納品するだけの小規模生産者などは最低ランクの『カッパー』に。


 そこから店舗を持つ商人や中規模生産者は『シルバー』、国内に複数店舗を持つ中規模商人や大規模生産者は『ゴールド』、複数の国に店舗を持つ大規模商人は『ミスリル』、さらにそれが爵位持ちの貴族であれば『プラチナ』のカードを持つことが大半らしい。


 ランクによって良し悪しがそれぞれあり


『カッパー』ランクは年間の登録維持費用が発生しない代わりに、ギルドを利用したり仲介依頼をする場合の手数料が高めに。


『シルバー』ランクは年間30万ビーケ掛かるが、『カッパー』ランクよりもギルド手数料が軽減。


『ゴールド』ランクは年間300万ビーケ掛かるが、『シルバー』ランクよりもさらにギルド手数料が軽減。


『ミスリル』ランクは年間3000万ビーケ掛かるが、『ゴールド』ランクよりもさらにギルド手数料が軽減。


『プラチナ』ランクまでいけば年間維持費は1億ビーケも掛かるが、ギルド手数料が完全無料。


 主要な手数料関係はこのようになっているらしく、その他にも上位ランクになるほど様々な特典があるようだが、『ミスリル』ランクまではお金さえ払えば一応誰でもなれるとのこと。


 そしてこのランクから商人としての格。


 つまり中規模商人や大規模商人といった括りで見られるかどうかが決まるので、商人の多くは年間維持費さえ払えるならランクを上げようと必死になるのだとか。


 要はランクがそのままこの世界のステータスになっているってことだね。


 商業カードを持つことによって、例えば店舗を借りたいとなった場合は候補地のリスト化や土地所有者である国や領主との価格交渉、建物の建造や改装業者の斡旋、商品の仕入れ補助など様々なことがギルドに依頼できるようになるため、このカードが無くても商売をすることも一応できるが、円滑に商売したいとなればほぼ登録は必須。


 無くてもなんとかなるのは物の仕入れを独自にできる、もしくは自分で作った物だけを売っている店舗を持たない商人か、俺みたいなハンターと兼業でちょっと移動時に小遣い稼ぎみたいなタイプくらいらしい。



 そして俺はここまで聞いて、『カッパー』ランクのままでいいやと思ってしまった。


 店舗を持って商売しようとか、物を大量に仕入れて何かしようなんて気が今のところまったく無いんだ。


 ハンターランクなら上げていきたいと思うが、商人希望じゃないのでこっちのランクはどうでもいい。


 ただ……俺が必要としているを商業ギルドが多く持っているなら考え方も変わる。



「商業ギルドは情報も扱っているんですよね?」



 パイサーさんが同スキルの二重付与に成功した時、その結果を登録すれば指名依頼が入る可能性や、他の付与師が参考にするようなことも言っていた。


 そして有益な情報に報奨金を支払うということは、その情報自体を売り買いしているとも取れる。


「そういうこともしているけど……あっ、坊やはそっちが目的での登録?」


「いえいえ、そういうわけではないですけどね。自前の籠があるので行商もしつつ、欲しい情報があれば買いたいかな~なんて」


「なるほど~その籠いっぱい入りそうだものねぇ。で、どんな情報が欲しいの?」


 そう言われ、何を確認すべきか。


 確認しても問題無いかを考える。


(あまりこの世界の住人が聞かなそうなことを確認するのは少々マズいか? でも敢えて聞くことによって、疑いの目が向けられない可能性も――)


「欲しいのはマルタに住んでいる高レベル付与師がいるかどうか。あとは【空間魔法】の取得条件が分かれば……」


「……付与師に関しては調べることができるわ。と言ってもギルドに登録している付与師は多くないから、高レベルがいるかは分からないけどね。それと【空間魔法】は『取得条件が解明されていない』というのが答えよ」


「やっぱりですかぁ~……」


「そう落胆しないの。商人の誰もが一度は憧れる魔法よ? 皆が欲しがるけど、実際に使用が確認されたのは異世界人のみ。だから異世界人限定の魔法なんて言われているくらいだし」


 この返答は素直に残念な結果だ。


 ここで分かれば全財産叩いてでも、いや足らなければ足りるまでマルタに滞在してでも得たい情報だった。


 だがおばちゃんのこの言いようなら、【空間魔法】の存在を聞いてくる俺は異世界人じゃないと判断もされやすそうなものである。


 ダメ元ではあったし、それならそれで良しとしておこう。


「【空間魔法】に憧れてたんですけどね。となると付与師の方はすぐ結果が分かりますか? 費用と結果が出るまでの時間を知りたいのですが」


「そうねぇ……明日来てもらえれば調べ終わっているはずよ。料金はスキル保持者の調査でこの町限定ということなら10万ビーケ。

 そこからさらに仲介依頼をとなった場合は、カッパーランクなら一人当たりの手数料が50万ビーケかかるわ」


「この町だけではなく、もっと広範囲の調査となった場合は?」


「ラグリース王国内まで広げるなら料金は150万ビーケ、2週間もあればギルドに登録済みの付与師は一通り割り出せるはずよ。ただ仲介手数料は変わらないけど、他の町だとギルド員が同行することはできないから、坊やが直接現地に行って付与師と交渉してもらうことになるわ。その時断られても手数料の返金はできないから注意してね」


 ふーむ、さすがカッパーランク。


 手数料が相当高い気もするけど、パソコンで一発検索できない世界なんだからしょうがないと思うしかないか……


 そして150万ビーケともなればさすがに手持ちの金が足りない。


 まだマルタでヤーゴフさんから貰った書状を使うか決めていないので、とりあえずはマルタ限定で調査してもらうしかない。


「150万ビーケだと手持ちが足りないので、マルタだけの調査をお願いできますか? 明日、結果を確認しに来ますので」


 そう伝えると、おばちゃんが何やら木板に依頼内容を書き始めて俺に渡してくるので、俺がその下部に受諾のサインをする。


 そして前金で10万ビーケ支払えば依頼完了だ。


 ふと辺りを見回しても、まだアマンダさんの姿は見えない。


 説明の真っ最中なんだろうな。


「それじゃあ明日、お昼の鐘が鳴った後にでも私のところに来て頂戴。早過ぎると準備できていない可能性もあるからね」


「分かりました。それとこれは無料にしていただけると有難いのですが……宿ってこの町にあります?」


「あははっ、さすがにその程度でお金なんて取らないわよ」


 そう言われながら教えてもらった場所に、1泊何十万ビーケもしたらどうしようと、内心ビクビクしながら向かうのだった。

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