第92話 製品開発顧問

「あれから【加工】や【細工】といったスキルのレベルが高い職人達にも手を借りてな。やれる限りの再現をしてみたつもりだ」


「お、おぉ……手に取って見てもいいですか?」


「もちろんだ。意見を聞かせてほしい」


 そう言われて恐る恐るソレを掴み取ると、形状はまさしくボールペンそのものだ。


 本体部分は木材を削り出すことによって上手く再現されている。


 グリップ部分はないが、握っても特段の違和感は無い。


 だがこのボールペン……とにかく


 地球にあった極太マジックペンのような太さがあり、ズシリとした重みを感じる。


「やっぱり一番の障害はここですよね?」


 そう先端部を指差しながら問えば、渋い顔をしたヤーゴフさんが深く頷く。


「先端の球体部、あの構造自体はロキの説明から理解できても、あそこまで小型化するなんてことはこの町の職人でもまったくもって無理だった。結果全体を大きくすることで無理やり合わせた形だ」


「なるほど……」


 あーでもないこーでもないと、現物を皆で見ながら構造を解説したあの夜を思い出す。


 本当は順序で言えば万年筆が先だろう。


 だが漠然とした製品のイメージはあっても、無知の人間に一から解説できるほどの知識なんて俺は持ち合わせていなかった。


 技術屋じゃない俺は、結局今その場にある現物に頼るしかなかったんだ。


 疲労が色濃く残るヤーゴフさんの表情を見て、酷なことを伝えてしまったかなと思いながらもボールペンの目的。


 インクが出て普通に書けるのかどうか、その対象を求めてキョロキョロしてしまうと、仕事のできるアマンダさんがいつの間にか立ち上がっており、手には木板が握られていた。


 本当にヤーゴフさんといいアマンダさんといい、さすがである。


 渡されたソレにボールペンを走らせれば――


「おぉ! すごっ! 普通に――あ、いやちょっと引っかかってる感じはするけど、それでもちゃんと書けてるじゃないですか!! これは凄いです!!」


「ちなみに先ほどロキに渡した羊皮紙の内容も、このボールペンで書いた物だ」


 そう言われて咄嗟に羊皮紙を見れば、掠れたり急に太くなったりとインクの出方は安定していないものの、ちゃんと読める文章が書かれている。


「うん、インクの多いところだと乾くまで少し時間がかかりそうだけど、それは羽根ペンだって変わらないことだし……これなら十分実用性があると思いますよ」


「そうか……ロキにそう言ってもらえると安心できるものだな……」


 そう言いながら椅子に深くもたれ掛かるヤーゴフさんを見ていると、ここに到達するまで様々な苦労があったことが推察される。


 ただでさえ忙しそうな人なんだ。


 自分の時間を削ってでも、ボールペンの完成に注力してきたのだろう。


 となると、俺もより高い完成度のために何かアドバイスできることはないだろうか……


「ちなみに、どの程度使用できるかは試されました?」


「いや、そこがまだなのだ。この形が出来上がってからそう日が経っていないものでな。ここ3日ほど使ってもまだ使用できることは見ての通りだ」


「ふーむ。その間インクが出なかったことは?」


「片手で収まる程度だな。強く振ればまたインクが出始めたが……1度インクが滴り落ちたこともあったし、まだまだ改良の余地は多くあると思っている」


 最近のボールペンでは感じたことが無いけど、昔――それこそ俺が小学生くらいの時は、安物のボールペンだとインクが残っているのに出なくなることがちょくちょくあった気がする。


 まずここが障害として出てくるだろうなとは思ったが、やっぱりか。


 ただ3日で数回程度。


 それで羽根ペンよりだいぶ使いやすいとなれば十分じゃないのか?


 現代人が使えば、そりゃデカいし滑らかじゃないし掠れるしで不満も出るだろうが、羽根ペンしか知らない人達なら画期的なペンにしか見えないだろう。


 あとは作り手のスキルや技術次第なところがあるんだろうけど、ここから徐々に製品の質を高めていけばいい。


「これは……この先端の部分を外すと中が見えるんですかね?」


「そうだ。ロキの持っているボールペンのように、何度も回して取るという構造を再現するのは至難でな。半回転ほど回せば外れるようになっている」


「ほうほう」


 言われた通り少し回してみると、パズルのように半回転ほどで下に抜けるよう木が彫りこまれており、作りからしてもネジのように回す現代品よりは簡単に見える。


 だがこんなもの、滅多に外れなければそれでいいわけだしな。


 問題無いとばかりに引き抜いてみれば、大半が黒く変色した茎のようなものが先端部分と繋がっていることが確認できる。


「これが構想にもあった何かの茎ってやつですか」


「あぁそうだ。それしか『筒』というもののイメージが湧かなかったのでな」


「難点はインクの残量が見えない、あとは――この茎がどれくらいもつか、この茎の供給量、ですかね」


「その通り。量自体はその辺りにも生えている草だから然程問題視していないが、どの程度でこの茎が腐って使い物にならなくなるのかがまだ分からない。残量もロキの所持するボールペンと違って透けて見えるわけではないから、インクがどれほど残っているかを把握するのは今の段階だと無理だな」


 ふーむ。


 茎だけがどれくらい長持ちするかなんて、人生経験でも試したことが無いから分からんしなぁ……


 それに現代の半透明な筒なんて、まず石油が絡むような化学の分野で作られた素材だろう。


 この世界で再現は現実的じゃない……が……半透明……透明か……


「一応、この筒を透明にしてインク残量を見えるようにする方法はありますね。それにその方法を使えば――腐るなんて心配をする必要もなくなります」


「なっ……本当か!?」


「えぇ。ただコスト的にどうなるかは分かりませんけど、『』を使えば解決するんじゃないですかね?」


 そう言ってヤーゴフさんの背後にある窓ガラスを指差す。


 大きくはないが、宿屋の部屋にも、そしてこの部屋にも小窓程度の窓ガラスは備わっている。


 これももしかしたら、ガラス知識をこの世界に落とした転生者の功績なのかもしれない。


「確かに透明だ……そして腐ることもないな……となると、あの材質でこのような筒が量産できるかどうか、か」


「そうです。ただこの世界のガラス生産量や、加工できる職人がどの程度いるのかは僕じゃさっぱり分かりません。なので可能性としてというお話になります」


「ふむ……ガラスはオデッセン王国から流れてきてるはずだな……」


「ならギルドを通してでも情報を集めてみたらどうですか? そのガラスを作っている人は異世界人かもしれませんけどね」


「……なんだと?」


「現在作っている当人がそうかは分かりません。ただガラスという技術をこの世界に落としたのはたぶん異世界人……転生者じゃないですかね。透明なグラスや眼鏡なんて文明レベルのズレた物がこの世界にあるんですから」


「……」


 異世界人に良い印象を持っていないであろうヤーゴフさんにとっては複雑だろうな。


 毛嫌いしている節もあるけど、今はその技術に頼りたいとも思っている。


 そんなところだろう。


「僕自身がこの町しか知らないんでヘタなことは言えませんけどね。異世界人全てが悪い人というわけじゃないはずですから、広められているなら有効に活用したら良いと思いますよ?」


「……そうだな。今アドバイスを貰っている目の前の人間も異世界人なんだ。それなら一度オデッセンのギルドに確認をしてみるか」


「ははっ……それが良いと思います。それに上手くできたとしても素材原価は確実に上がるんですから、以前お伝えした通り、そんなのは普及した後の富裕層向けとか、上位互換として後から売り出せば良いんですよ。このままでも僕は羽根ペンなんかに比べれば遥かに優秀だと感じるんですから、筒の加工前にでも第一弾として売りに出しちゃったら良いと思いますけどね」


「やはり、動く前に相談して良かっただろう? なぁアマンダ」


「えぇ本当に」


「?」


「ロキ。話は最初に戻るが、アマンダとマルタへ一緒に行ってほしい。目的はマルタにある商業ギルド。そこにこの『ボールペン』をしたいからだ」


「商業登録……? 伝わるか分かりませんが……特許のようなものですか?」


「まさに。登録すれば向こう10年は独占販売が可能になる」


「なるほど。商業ギルドにアマンダさんが代表として行くから、丁度よくマルタへ行く僕がついでに護衛しろってことですね」


「それはあくまでおまけだ。ロキもその時一緒に登録してもらう」


「ん?」


「見本となる現物を所持し、俺達に情報を提供、改善案や方策を練ってくれたのはロキだ。言い換えれば、ロキがいなければできようもない代物だったと言える。だから顧問料として売り上げの10%はロキ、お前の取り分として受け取るための登録をしてもらいたい」


「……へっ?」


「庶民にも行き渡るよう、そこまで価格を高くするつもりはないが……それでも数が捌ければそれなりの額になる可能性はあるぞ?」


「ちょ……えっ?……その展開は予想していなかったんですけど!?」


「そう遠慮するな。その代わり、困った時にはアドバイスを貰いたいし、ボールペンとは別に何かこの世界の文明でも実現可能な妙案があればまた教えてほしい」


「……もしかして、拠点の話を最初にしたのってそのためですか?」


「それもあるな。もう二度とベザートに立ち寄らないとなれば、今後相談のしようもないわけだからな」


 そういって口角を上げるヤーゴフさんは、ある意味いつも通りで安心してしまった。


 俺が拠点を移すとなれば、残念ながらこれっきり。


 今後のアドバイスは無いかわりに、俺抜き、もしくは取り分を下げて商業登録するつもりだったのだろう。


 絶対ヤーゴフさんが地球に転移してきても、この人ならやり手のビジネスマンになるんだろうなぁ。


「分かりましたよ……まぁ僕はこれから世界を旅する予定ですから、いつ戻るとお約束はできません。ただいずれ必ず、僕は転移系スキルを取得して戻ってきます。そういうことでも宜しければ、顧問をお引き受けした上でアマンダさんをマルタまでお送りしましょう」


「取得方法すら解明されていない転移系か。ククッ……まさに異世界人という感じだな。まぁ良い、ロキがやると言ったらやるのだろう? 俺達はそれまでにボールペンの改良を重ねて、世の中の書き物に革命でも起こしてやるさ」


「ふふっ、それは良いですね。あっ、欲を言えば早く時計を広めてください。この世界は相手に時間を伝えられないのが物凄く不便なので!」



 その後もヤーゴフさんとの会話は続いていく――


 彼と話すと営業マン時代を思い出す。


 それは今のところヤーゴフさんとしかできないものであって、好きではなかったはずなのに、それが妙に心地良かったりもする。


 俺は当面戻れないだろうからと、所持していた地球にある紙の作り方。


 昔テレビで見た朧気な記憶を頼りに、木を細かく砕いてどこかでノリを混ぜること。


 今まで木の皿しか見たことはなかったが、それを鉄で作れば肉なんかは温かいまま提供ができること。


 暑くても扇ぐ物がベザートにはなかったので、団扇や扇子の形状、それを紙が無くても薄く引き延ばした鉄で代用できる可能性があり、かつては武器になった時代もあることなど。


 今までの生活の中で感じた欲しい物を、この世界に在るか無いかは別として思いつく限り伝えていく。


 その内容にヤーゴフさんは目を丸くし、アマンダさんは必死に木板へ書き記していたのが印象的だった。

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