第84話 仙人生活の終わり

 引き籠り生活17日目。


(間に合え、間に合え、間に合え~ッ!)


 俺は焦りながらルルブの森を駆け回る。


 現在の時刻は腕時計時間で13時頃。


 アルバさん達は今日も来ているはずだが、いつも何時くらいに帰っているのか、その帰るタイミングまでは分からない。


 レベルを17に上げ、アルバさん達がいるうちに声を掛けなければ、彼らは明日もあると勘違いしてまた来てしまう。


 そうなればもう一泊決定だ。


 余計なことを言ってしまったと……かなり後悔した。


 最終日はこちらから声を掛けるなんて言ったもんだから、声を掛けなければそのまま続いてしまう。


 正直、もうオークも、スモールウルフも、リグスパイダーも。


 全部見飽きたし、そろそろベッドでだって寝たいんだよ!



 それに今夜はフェリン様の【分体】が下界に降りる。


 というより3日ほど前から催促されていたものの、ラストスパートだからもうちょっと待ってくれと引き留めていた。


 これで今日帰れなかったら、結局穴倉で【分体】降臨。


 流れがそのままフィーリル様と同じになってしまうし、フェリン様がやりたいことは森の中だとできないので、このままもう一泊となればご立腹モードになってしまう可能性もある。



(おっ!? よし! 纏まった数捉えた!)



【探査】で10体近い魔物がいる方面へ走り、そしてそのままその団体の中を通り抜ける。


 これで最初から追いかけている魔物も含めて30匹超。


 背後をスモールウルフが頻繁に噛みついてくるが、そんな細かいことは気にしていられないとばかりに、敢えてリグスパイダーが2匹被る地点に向かう。



「ふぅ……はぁ……よっしゃ来いやー!」



 射程に入ったためリグスパイダーから【粘糸】が噴出される中、引き連れてきた魔物達が一斉に群がる。


(まだだ……まだオークが追い付いてない……いてっ!……まだ……まだ……今ッ!!)


 そして全ての魔物がしっかり近付いてきたら発動。



『無数の、かまいたちで、周囲の、魔物を、皆殺せーっ!』



 ビュビュビュビュビュビュッ……



 やっていることは昔ハマったゲームで流行っていた纏め狩りだ。


 釣り役が走り回りながら魔物のヘイトを取っていき、複数体を一気に引き連れながら殲滅部隊がいる場所へ。


 そこで範囲攻撃をブチかまして一網打尽にするというやり方。


 俺の場合は釣り役も殲滅役も全て一人というのが悲しいところだけど、適度にスピードを抑えれば魔物はしっかりついてくるので、魔力さえ気にしなければかなり効率的になる。


 もう町に帰るんだから、敢えて魔力を残す意味も、そして素材に気遣う必要も無い。


 細切れにされていく魔物達を見つめながら――



『レベルが17に上昇しました』



「よーしっ! 効率最高っ!!」



 そう叫んだ俺は足元に残された魔石を3個ほど拾い、まだ皆いてくれよと願いながら、すぐさま森の入り口方面に向かって走り出した。






 ▽ ▼ ▽ ▼ ▽






「今までご協力いただき本当にありがとうございました!」


 なんとか合流に間に合った俺は、ルルブの森入口にある草原地帯で挨拶をする。


 といっても町へ移動しながらだ。


 皆の籠にはオーク肉を含めた素材が大量に詰め込まれている。


 俺のしょうもない挨拶なんかでその鮮度を落とすわけにはいかない。


 前後左右を見渡せば30人超の参加者達。


 多少怪我をしている者もいるが、それでも死人が出ることなくこの計画が無事終わった。


 そのことに妙な責任感を覚えていた俺は心底ホッとしてしまう。



「こちらこそだ。今日で終わってしまうとなると少し寂しくもあるな」


「本当だぜ! ボーナスタイムは今日で終了ってな!」


「そうねぇ。明日以降は前の収入に戻るかと思うと気分が滅入るわ……」


「そこは分かっていたことだからしょうがないでしょう?」


「ロキ神の代わりに、魔物を大量に倒してくれるやつが現れりゃいいんだけどな!」


「無理だろう。そんなやつが仮に現れても、ベザートに留まるわけが無い」



 ミズルさんパーティの中で一番寡黙っぽい近接ハンター、ザルサさんの言葉が心に刺さるな。


 楽に狩れるようになれば、さらに上の狩場を求める。


 もちろん安定を重視するハンターだっているだろうが、より高い収入、名誉、刺激を求めて、今までもベザートから出ていったハンターはそれなりにいたのだろう。


 ここではEランク止まり、良くてDランク昇格で終わってしまう。


 そして仮にDランクへ昇格しても、そのランクをはまったくと言っていいほど無い。



「ロキはこれからどうするんだ?」



 だからアルバさんの質問に、俺は即答する。



「次はマルタという町に行ってみようと思います」



 ベザートから唯一街道が延びている、ラグリース王国南の交易拠点。


 そこに行けば新しいスキルを持った魔物、より上位ランクの狩場があるかもしれないし、この世界に対する新しい発見だって色々とあるはずだ。


 そう思うだけで今からワクワクしてしまう。



「やはりそうか……」


「できるハンターほど町を出ていくもんだぜ? しょうがねぇだろ!」


「寂しくなるわねぇ」


「まぁ、装備のメンテナンスもしたいですし、数日はベザートに滞在していると思いますよ?」


「んじゃ1回くらい飲み行こうぜ? 稼がせてもらったからな! ロキの分くらい俺が出してやらぁ!」


「そうだな。誰も死なず無事作戦を完了し、新しいルルブの狩り場開拓、共同風呂ができたことは俺達にとっても喜ばしいことだしな」


「リーダー、そこは皆の分もじゃないんですか?」


「馬鹿野郎! マーズも俺も収入は割ってんだから一緒じゃねーか!」


「それでも出すというのがリーダーというもので――――」


 飲みかー……


 日本で言う、お疲れ会みたいなものかな?


 そう考えれば、半月掛けて一丸で取り組んだ仕事が大成功となれば、前の会社なら間違い無くやっていたであろう催しだ。


 それも3次会、4次会と朝までコース。


 笠原さんが3次会あたりで脱ぎ始め、気付けば俺はスーツ姿のまま自宅の玄関で寝ているという、なんともいえない記憶が蘇る。


 

 しかし、この世界の法律だと俺は飲んでもいい歳なのだろうか?


 この会話の流れだと、俺くらいなら問題無さそうな気もするけど……


「お酒を飲むのに年齢制限とかはないんですか?」


「そんなものはないぞ?」


「あー……ロキの住んでいた国はそんなもんあったのか?」


「えぇ。お酒は20歳になってからと」


「はぁ!? なんだそりゃ! 結婚の祝い酒すら飲めねーじゃねーか!」


「あぁ。この国のお母さんを見ると、皆さん若いうちに結婚されてそうですもんね」


「この国以外もそうだと思うけど、10代も後半になれば結婚する人は多いのよ?」


「そうだな! だからロイズの歳にもなれば行き遅れと言われる!」


「……」


「僕は何も言ってませんからね」


「俺もだ」



 バチンッ!!



 なんか数日前に俺も食らった音がしたけど、気にしないでおこう。



 でもそっか。


 飲んでも問題無いなら、この世界のお酒を一度経験してみるのも今後のために良いかもしれない。


 周りには話したことも無いハンター達が大勢。


 混ざっていいものかどうか、皆様子を窺っているようにも見える。


 だったら――


「法的に問題無いなら喜んで参加しますよ。感謝しているのは僕なので、お金は全部僕が出しましょう。なので今回話す機会の無かったハンターの方々も、時間の都合がつくなら自由に参加してくださいね。どこのお店にするかは皆さんにお任せしますが」


「「「「「「「「おぉおおおおおおお!!」」」」」」」」」」


 スポンサーがいると分かった時の反応は地球と同じようなものだな。


 俺は思わず苦笑いしながら、一斉に沸き立つその光景をただ眺めるのだった。

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