第82話 お祭り会場


 俺の拠点周りはビックリするほどの賑わいを見せていた。


 一応交代制でハンターが四方を監視しているが、川辺では火を分けた3つの鍋で何かの食事が作られており、その横では途中で獲ってきたのか巨大なオーク肉が焼かれている。


 ここを担当しているのは誰かの彼女、もしくは奥さん達だ。


 そして風呂には野郎ハンター3人がご入浴中で、その周りにも素っ裸の野郎ハンターが川の水に浸かっていた。


 俺がこの世界に降り立った時よりもさらに暑い気温だ。


 まさに真夏日なので、川に入っても気持ちが良いのは凄くよく分かる。


 さっきから交代で風呂に入っては川に入ってとやっているので、たぶんサウナ感覚で楽しんでいるのだろう。



 そして俺はジンク君達3人と並んで釣りに勤しんでいる。


 釣り竿はメイちゃんから借り、そのメイちゃんは得意と自称するザルを持って何かやっているが、何をやっているかは相変わらず分からない。


 他にも釣り竿を持ってきている人達が何人かいるようで、少し離れた場所で思い思いに談笑しながら糸っぽい何かを垂らしていた。


「あれからどう? ロッカー平原は調子良い?」


「一気に収入が3倍くらいになったよ。おかげで安もんだけど防具も買ったんだぜ?」


「一度エアマンティスに【風魔法】撃たれた時は焦ったけどね」


「あっ……大丈夫だった!?」


 そうだった。


 本当は【風魔法】レベル1の威力を見せるはずだったのに、持っているはずの【土魔法】をジンク君が持っていないことに動揺して忘れたままだった……


「距離が離れていたからな。ロキが言った通り、10メートルくらい離れていれば強い風って感じだよな?」


「うん。でも中途半端に近づいたら危なかったね」


「あぁ。狙われたのがポッタである意味良かったかもな。俺だったら焦って近づいていた」


 そっかぁ……ポッタ君が狙われて良かったとは思わないけど、確かにポッタ君なら籠を背負った状態でわざわざ近づくことも無い。


 というよりビビッてその場を動けなかったことが容易に想像できる。


 まさに不幸中の幸いってとこだな。


「なるほどね~それじゃゆくゆくはここかな?」


 そう言って俺は周囲を見渡すも、ジンク君は渋い顔をする。


「さすがにここは俺達だけじゃ無理だな。道中何体か魔物が出てきたけど……俺じゃオークを仕留めるのは難しいってすぐに分かった」


 チラリと装備を見れば――まだ解体兼用のナイフをメインにしていることが分かる。


 おまけにジンク君は俺より背が低い。


 となると致命傷を与えるには弓でピンポイントに眼球を狙うか、コツコツと足に傷を負わせて頭を下げさせる必要が出てくるだろう。


 そしてその間、魔物が1体だけで済むような場所じゃない。


 別の魔物が寄ってくることも考えると……うん、言っている通りこれは厳しい。


 ジンク君は生き残ったとしても、メイちゃんやポッタ君が犠牲になってしまう光景が目に浮かぶ。


「まぁさ。俺もここで狩って分かったけど、お金を稼ぐ目的ならロッカー平原が一番だよ。結局は何を目的にするかだよね」


「だよな。俺達は家に金を入れるのが一番の目的だ。だから大して相談する必要も無く、ロッカー平原でいいってなったよ」


「頑張っていればそのうち【気配察知】だけじゃなく【探査】も覚えられるはずだからさ。そしたらグッとロッカー平原の狩りが楽になるはずだよ?」


「それメイサが欲しがってたやつだな。【探査】かー……【弓術】はもう取ったし、次の祈祷は【探査】にしてみようかな? メイサに取らせてもいいし」


 そんなことを話していたら、一際大きな声が響いた。


「食事の準備ができたよー! 食べたい人はこっちおいでー!」


「おっ! ご飯だ! ここ全然釣れないし食べに行こうぜ!」


「お腹空いた!」


「何作ってんのかね?」


 途中で一心不乱にザルを掬っているメイちゃんを拾い、ゾロゾロと向かう俺達一行。


 他の人達も一斉に集まっているが、半数は下着だけ履き直したビチョビチョのパンイチ姿。


 しかも中途半端にムキムキの男達ばかりなので、言葉そのままに目の毒である。



 なんとなく出来上がった列に並び、木の器に入れられた具材を見れば、俺が求めていた野菜が盛りだくさんのスープで内心歓喜してしまう。


(これだよこれ~! 肉ばかりの食事にこれはたまらんよ~あ~良い匂い……)


 立ったままちょっとスープを口に付ければ、塩の他にコンソメだろうか?


 まさかこの世界にコンソメなんてあるわけないと思うけど、透き通っていないコンソメに近い味わいにホッコリしてしまう。


 座る場所を求めてキョロキョロ見渡すと、アルバさんとミズルさんが肉を齧りながら話しているのを発見。


 丁度良いとばかりにお邪魔する。


「お風呂はどうでした~?」


「おぉロキ、気持ち良かったぞ!」


「まさか俺が風呂に入れるなんてなぁ! 貴族様がいつもあんなのに入ってると思うとムカムカしてくるが……最高だったのは間違いねぇ!」


「はははっ、それは良かったですね~お二人とも川と風呂を行ったり来たりしてましたもんね」


「暑くなったら川に入って、冷えてきたら風呂に入る。こんな楽しみ方が世の中にあるとは思わなかったな」


「こいつが家にありゃーついでに酒も飲めるのになぁ……」


 名残惜しむように風呂をスリスリしているミズルさん。


 風呂だけなら気合を入れればなんとかなるだろうけど、さすがに川もセットは無理だよね。


 貴族様だってこんな風呂には入っていないと思う。



(あっ、そういえばそろそろ言わないとな……)


 

ミズルさんにとっては悲しみのダブルパンチだが、 昨日伝えていなかったことをここで伝えてしまおう。


 いつかは言わなきゃいけないことだしね。



「昨日は伝え忘れましたけど、あと予定ではたぶん6日……そのくらいで僕はここを卒業することになると思います」



 今俺のレベルは16だ。


 そしてレベル16になってから丸2日狩ってみたが、その2日で25%ほどしか経験値が上昇しなかった。


 ということは既に適正超え。


 レベル17にはこのままもっていくが、そこから先は苦行が待ち構えていることになる。


 ならルルブの森もそろそろ切り上げ時だろう。


「……そうか。まぁしょうがないさ。覚悟はしていたからな」


「んだなぁ。トータル半月くらいか? まぁそれでも十分稼がせてもらったぜ!」


「それにギルドからいつまでこの状況は続くんだとも受けていたから、丁度良いタイミングでもあるだろう」


「ん? 忠告?」


「あぁ。明らかに想定を超える素材が毎日運ばれてくるからな。このまま続けば素材買取の価格維持が難しいと言われたんだ」


 あーなるほど……そこまで深くは考えてなかったな……


 状況によってはもっと早めに撤退することも視野にいれておくべきか。


「あと6日ほどは大丈夫そうですか?」


「そのくらいなら問題無いだろうぜ? 魔石なんざ消耗品で余るこたーねーし、スモールウルフの皮だって服や靴に早変わりするんだ。庶民の生活に直結するような素材が多過ぎるなんてことになるはずがねぇ。だからギルドが焦ってんのはオークの肉だろうが……」


「元々高価な部類の肉だからな。魔道具で凍らしてマルタの町に運ばれていると聞くが、向こうでもそろそろ受け入れがキツくなってきているんだろう」


 ふーむ。


 まぁ買取価格を決めるのはギルドだからな。


 アルバさんやミズルさんに聞いても予想でしか答えは返ってこないか。


 今後も劣化の早い食料品は要注意と、今回の件で良い勉強にはなったが――


 問題はこれからどうするかだ。


「もし値段が急激に下がったりしたら言ってください。無理に僕に付き合う必要はありませんし、その場合は僕も早めの撤退を検討しますので」


「あー……そりゃ気にしなくていいぜ? 多少肉の価値が下がろうが、俺達が今まで稼いでいた額より収入が遥かにたけぇのは間違いないんだからな?」


「その通りだ。肉の需要が下がれば別の素材で籠を埋めたって良いし、下がったところで俺達が損をすることは無いぞ」


「そうですか……なら予定通りあと6日くらいということで。最終日は僕の方から声を掛けさせてもらいますから、残りあとちょっとお互い頑張りましょう」


「あぁ宜しく頼む」


「おいおい、あと6日くらいあるんだし、そんな湿っぽい話はあとだあと! そろそろメインイベントが始まるぜ?」


「?」


 ミズルさんにそう言われながら顎で指した先を見ると、皆の食事が一旦落ち着いたのか。


 女性陣が風呂の周囲に集まっていた。


「ホラッ! 次は私達の番だよ! 男衆は全員背中向けてっ! ちゃんと護衛しておかないと、後でどうなっても知らないからね!」


 一番年長と思われる誰かの奥さんの声が周りに、そして俺の心にも響く。


 ……なるほど。


 確かにこれはだ。


 チラッと女性陣を見れば――10人くらいか。


 下は、まぁメイちゃんは置いておくとして、10代後半~30代半ばくらいまで。


 この世界、いやこの地域かもしれないけど比較的美形が多いので、俺からすれば全員余裕のストライクゾーンである。


 ――滾るな。何かが。


 横目で二人をみれば、ミズルさんはすでにスケベ顔全開だし、紳士を装っているアルバさんも鼻の下を伸ばしてソワソワしている。



 ふぅ――……



 徐に風呂場を離れて配置につく男性陣達。


 当然ジンク君やポッタ君も誰かとセットで風呂の周囲から追い出されている。


 そしてそんな中、俺はどの配置につくべきか、何が一番得になるのか、脳を高速回転させていた。



(何か良い方法はないか……う~ん……んー?……んー……あっ……)



 これならという案を閃いた俺は、すぐさま女性陣のボスへと進言する。


「すみません! 僕はロキと言うんですけど、【探査】スキルを持っていましてですね。周囲30メートルほどの魔物の気配は一通り把握できます。ただ周囲なので、風呂場から離れてしまうと安全面が落ちてしまうんですが……それでも大丈夫ですか?」


「あら、君がロキ君ね。旦那を稼がせてくれてるみたいで感謝してるよ! それでそのスキルだと、お風呂の近くにいた方が良いってことかな?」


「一応そうなります。僕も男なので無理にとは言いませんが、一応魔物の多い場所だったので……」



 一つの賭けだ。


 だが事実ではあるから【探査】の能力を知っている人がいても問題は無いし、もし断られてもどこかの配置について護衛するだけ。


 つまり俺にデメリットは無い。


 そんな俺の提案に思案する女性陣は、メリットとデメリットを勘定しているというより、様子を見ながら誰かの言葉を待っている気がした。


 そしてここには空気をあまり読めない子が一人。



「ロキ君が近くにいたら安心だよ! 守ってくれるし!」



 ナイッスゥー!!


 ナイスだよメイちゃん!!



 すると流れが傾いたのか。


「良いんじゃない? まだ子供だし」


「そうよ~それにこの子が魔物を一人で倒しているってことは一番強いんでしょ? 近くにいてもらった方が安全じゃない?」


「うんうん。このお風呂作ったのもロキ君だって話だし」


「そうだねぇ。いくら男衆が周囲を見張っていると言っても、どこかを抜けてこられたらたまったもんじゃないし……それじゃロキ君には近くにいてもらおうか」



「「「「「賛成~!」」」」」



(ハハハハハハハハッ!!!!!)



 勝ったっ! 


 勝ったぞ俺は!!!


 どうだ! 周囲で見張りをしている男性諸君よ!


 その背には哀愁が漂っているぞ!


 君達は女性陣が風呂に入るというのに、その僅かな音すら聞くこともできまい。


 だがっ! 俺は女風呂の真横にいられるんだ!



 邪念が伝わったのか、ミズルさんは下唇を噛みしめながら俺を横眼でチラッと睨む。


 その瞬間誰が投げたのか、ミズルさんに向かって物凄い勢いで石が飛ぶ。


 な、なんて恐ろしい世界だ。


 あの程度で石を投げられるとは……おまけに投げた人もただ者ではない。


 だが、今は投げられた石に悶絶しているミズルさんを気にしている場合じゃないだろう。


 俺は風呂場の焚火スペースに腰掛け、まずは聴覚に全神経を集中させた。



 シュル……シュル……



 ふむ、始まったか――脱衣タイムが。


 談笑しながら服を一枚一枚脱いでいく、その姿を想像するのもまた乙なものである。


 しかし……なんとかして視界に捉えられないものか……


 やはり音だけでは悲しい。


 このチャンスを活かしているとは言えない。


 川の水は――反射しているが、とても風呂を反射できる角度ではないしな。


 ん?


 そういえば視野を広げるようなスキルを取得していたような……


 そう思った俺は、咄嗟にステータス画面を開く。


 ただ視点を動かしているだけなので、女性陣にバレることも無い。


(確か【視野拡大】というやつのはずだ。もし背面まで見られるようになるなら、スキルポイントを振ることも考慮して……)


 そう思ってスキル画面に視点を移した瞬間――


 俺は、固まった。




(は?……え? なんで『New』の文字が付いてるの……?)

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る