第56話 崩れ去る前提

「ロキ? 大丈夫か?」


「……あ、あぁ大丈夫だよ」


 そう返答はするも、とても冷静ではいられない。


 どういうことだ?


 ジンク君パーティは攻撃担当がジンク君だけ。


 つまりフーリーモールをジンク君のラストアタックでそれなりの数倒しているはずだ。


【気配察知】がレベル2なのだから、【土魔法】だってレベル2はあってもおかしくないだろう。


「……こないだステータス判定はしたんだよね?」


「あぁ。スキルは全部確認してきたぞ」


「その中に【土魔法】は?」


「いや、だから無いって。俺はたぶん魔法の適性無いんだろうな。使おうと思って練習したことも無いし」


「…………」



 ま、待て待て待て……どういうことだよ!?


 魔物を倒したら、その魔物が所持しているスキル経験値を得られるんじゃないの?


 それがなんじゃないの!?


 それとも人によってが存在し、得られるスキル経験値と得られないスキル経験値なんてものが存在するのか?


 それなら――


「ち、ちなみにだけどさ。ジンク君は【】ってスキル持ってる……?」


「なんだそのスキル? 聞いたことないやつだな」


「そ、そっか……変なこと聞いてごめんね。ハハハ……」



 間違い無くジンク君が一番狩っているであろうホーンラビット。


 おまけに近接戦闘をし続けていたジンク君には適性外とも思えない【突進】スキル。


 しかし……これも


 なぜだ?


 隠している様子は無いだろう。


 隠すなら【気配察知】のレベルまで教えるなんてことは考えにくい。


 ならば、なぜ【気配察知】は持っていて、【土魔法】と【突進】は無いんだ?


 それとも何か根本的に考え方を間違えているのか?



 ――駄目だ、理解が追い付かない。


 当たり前だと思っていたこの世界の前提ルールが崩れていく……





 その後の会話は生返事しかできず、予定していた【風魔法】の実演も忘れたまま、俺はベザートの町へと帰還した。





 ▽ ▼ ▽ ▼ ▽





 夕食後の宿の一室。


 俺はテーブルの上に置いた腕時計を確認しながら、椅子に座ってぼんやり小窓から見える外の景色を眺めていた。



 ジンク君との一件。


 あの違和感に対する答えは、俺がいくら考えたところで正解に辿り着けるものではない。


 しかし分からないからといって、放置しておけるほどどうでもいい内容ではないはずだ。


 となると、俺の内情を知っていてこの世界に詳しい女神様達に聞くしか方法は無いだろう。


 もちろん女神様達に聞くことだってリスクはある。


 彼女達は『』を警戒しているんだ。


 最悪俺の予想の一つが正解となった場合、排除対象になってしまう恐れもある。


 敢えて誰にも話さないという選択だって消えたわけじゃない。


 だが……今まで【神通】は寝落ちしない限りほぼ毎日使用してきた。


 それなりのコミュニケーションを取ってきたはずだ。


 女神様達は地球の情報に興味津々なようで、内容の大半はなぜか女神様が質問をして俺が答えるという、「逆だろ!」と突っ込みたくなるような構図になっていたが――


 いきなり神罰とか、そんな野蛮な方法は取らないはずだ。そう思いたい。


 なら一応は相談だ。


 悪いが――今日は質問責めをさせてもらう。



 ふぅ―――……



【神通】



「もしもし、ロキです。本日はどなたですか?」


(お久しぶりですアリシアです。ロキ君、お元気でしたか?)


「え? アリシア様! 回復されたのですか?」


 今までローテーションで女神様達と話してきたが、アリシア様だけはダウン中ということでこのローテーションから外れていた。


 死にかけアリシア様の声だけはたまに聞こえていたので、ちゃんと生きていることは知っていたけど……


 こうしてまともに話すのは女神様達と会った初日以来だ。


(やっと話せるようになってきたくらいですけどね。皆とも随分交流を図られたようで……羨ましかったんですよ? ぜひ今日は私にも地球のことを教えてください)


「いやアリシア様、それ本来の目的と違う――って、今日はそれどころじゃないんです!」


(えっ?)


「アリシア様。大変です。事件かもしれません。この世界のルール――根幹に関わることかもしれませんけど、スキルについて教えてください!」


(そ、そんなっ! 楽しみにしてたのに!……いえ、なんでもありません。それで聞きたいこととはなんでしょう?)


「すみません。次回はアリシア様が知りたいことも教えますから。それで僕はこの世界のルールとして、魔物を倒せばその魔物が所持しているスキルの経験値を得られると思っていました。そのようなルールはこの世界に存在しますか?」


(魔物を倒すとスキル経験値? 確か経験値とは世界への貢献を数値化したものですよね?)


「あー……なんと説明すれば良いか……でもそういうことです。そのスキルに関連する行動を取る以外にも、例えば【火魔法】のスキルを所持している魔物を倒せば【火魔法】のスキルを取得することができる。これは合っていますか?」


(それはなんとも言えないところがありますね。この世界に魔物を創造されたのはフェルザ様ですし、どのようにして人種にスキルを授けるか決められたのもフェルザ様です。申し訳ありませんが――下位神である私達には与り知らぬ内容になってしまいます)


「そうですか……」



 女神様達は全能に近い印象はあるものの、決して全知ではない。


 あくまで人が知らぬことを知っている可能性が高いというくらいなので、この件が女神様達でお手上げなら――


 あとはヤーゴフさんやアマンダさんあたりに確認してみるかどうか、か。


 だが確認したところで違和感だけを植え付け、まともな答えが返ってこない可能性もあるし、女神様達と違って俺の情報が伝播する恐れもある。


 できれば避けておきたい確認方法だ。



(ちなみにどれくらい貢献――魔物を倒されると、スキルを取得できるのですか?)


「俺がまったくの未取得スキルで、そのスキルをもし魔物が持っていれば、5体倒せばそのスキルが手に入ります。厳密にはその魔物のスキルレベルも関係するので多くて5体です」



(……へっ?)



 ――もう、この反応で分かった。



 たぶん俺にはが働いている。



(ち、ち、ちなみに、魔物を倒すことによって今までどのようなスキルを獲得されました?)


「えーと、しっかり獲得できたのは【突進】【気配察知】【土魔法】【風魔法】【毒耐性】ですね。あ、あと【棒術】もこのパターンで獲得しています」


(【突進】……? なんですかそのスキルは……? ちょっと皆、混ざってくださいっ! 【】というスキルを知っている者はいますか!?)


(聞いていましたよ。私も【突進】というスキルは知りません)


(私も知らないな。名前からすると攻撃系スキルのようだが?)


(たぶん人種に扱えないスキルだよね!? それをなんでロキ君が持ってるの? って話だけど!)


(さすが異分子。危険な気がする……)


「ぎゃー!! ちょっと待ってくださいリア様! 俺普通だから! 普通に生活しているだけですから!!」


 やっと掴みづらいリア様ともちょっとずつ会話ができるようになってきたのに……


 不穏な発言を咄嗟になだめていると、生命の女神フィーリル様が確信めいた発言をする。



(まず間違いなく魔物専用のスキルですよ~。だから私達がこのスキルを所持していないのは当然です~)



(((((えっ?)))))



(過去に【神眼】で魔物を覗いたことがあります~。その時にこの【突進】スキルを所持していた記憶がありますよ~)


(人種の生存可能領域を調査する目的で、【分体】を下界に降ろしていた時の話ですか?)


(そうです~その時に興味本位で覗いたことがあります~)


(その行為もどうかと思うけど……でもこれで決定的じゃない?)


(そうだな。なぜかロキは魔物だけが持つスキルも持っている)



((((((…………))))))



「ちょ、ちょっと待ってください! 僕もなぜ持っているのかよく分からないんです! それに持っていても普通に生活しているだけなんです!」



 ・



 ・



 ・



「あっ――もう【神通】が切れてる……」



 はぁ―――……


 思わず椅子の背もたれに全体重を任せて脱力してしまった。


 何かおかしいとは思っていたけど、まさかの魔物専用スキルとは……


 相談したことは失敗だっただろうか?


 内緒にしておけば女神様達にもバレることは無かった。


 だが――それでも俺が答えを知らないままであれば、いつかそのうちボロが出ていたことだろう。


 後でバレるよりは、自ら申告した方が100倍マシ。


 そう思うしかない、よなぁ。


 あとはいつものなるようになれだ。



 その時、思考にノイズが掛かる。



(ロキ君、アリシアです。申し訳ありませんが明日、必ず教会に来てください。緊急ですのでお願いします)



(来ると思ってたよ【神託】……)



 さすがにこの状況で断れないことは分かっている。


 俺にとっても、女神様達にとっても一大事な内容だ。


 ならば、腹を括るしかない。


 こうして気落ちしたまま、俺はベッドへ転がり眠りにつくのであった。

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