第54話 事前調査

 ギルド内にある資料室。


 いつもよりゆっくり起きた俺は、以前サラッと目を通した魔物情報を確認していた。


(ふむふむ、出てくる魔物は3種。リグスパイダーが毒持ちという情報は無しだな……)


 何を持っていき、何を省くか。


 事前に聞いていた情報だと、ベザートの町からルルブの森へは片道3時間もかかる距離にある。


 余計な荷物を持っていく余裕も無いので持ち物は必要最小限に。


 しかし必須の物は忘れないようにしていかないといけない。



 ある程度ルルブの森を予習したら次はロディさんの下へ。


「ロディさん~作業しながらで構いませんから、ルルブの森の素材情報を教えて下さーい!」


「早速来たか。面倒な皮剥ぎの作業はそんなに無いから大丈夫だぞ」


 そう言ってカウンターの方へやってきてしまうが、仕事の邪魔はしたくないのでできればそのまま作業を続行していて欲しい気持ちでいっぱいだ。


 そんな俺の気持ちなどお構いなしにロディさんは説明を始める。


「ルルブは前にも言ったと思うが、一番金になるのは兎にも角にもオークの肉だ。普通の家畜より単純に美味いこともあって肉自体の価値が高い。それに1匹でかなりの量が取れるからな」


「1匹でいくらくらいになるんです?」


「丸々持ってくるやつなんていないから参考にはならんが、仮に1体丸ごととなると20万ビーケくらいにはなるだろう」


「ほほぉ……それは確かに高い気がしますね」


「だが2メートルはある魔物だ。担いで持って帰るなんてことはできないから、ハンターはその場でバラして肉と討伐部位、あとは魔石を持ち帰る。その時に1体分の肉を可能な限り持ち帰るか、高い上質な部位だけを持ち帰るかはそのパーティ次第だな」


「なるほど。肉も部位によって良し悪しがあるということですね」


 まるで地球の牛みたいだが、どこが美味くて高いなんて名称は知っていても、それがどの辺りに付いている肉なのかさっぱり分からない。


「効率的に狩るなら肉の知識も必要になるな。色々な部位を食えば自然と身につくもんでもあるが……まぁ分かりやすいところで言えば背中周りの肉は基本高い。複数体のオークを狩って高い部位だけを狙う連中は大体その辺りを持ち帰るぞ」


「ちなみにその背中周りにある高い部位でどれくらいの大きさになりますかね? あとお値段も」


 そう言うと、ロディさんは魔道具だろうか?


 業務用冷蔵庫のような四角い入れ物の中から、凍った30cm×50cmほどの肉塊を持ってきてくれた。


「これが肉質が良くて高く取引される部位だな。これで買取は『B』ランク素材だと6万ビーケってところだ。ホラ、持ってみろ」


「うっ……結構重いですね」


「だろう? 大きさ、重さを考えても大型の籠に4~5本程度が限界だろう。しかも肉なんてすぐに質が悪くなる。いかに素早くオークを狩り、他の魔物を掻い潜りながらバラして持ち帰れるかが重要だ。それが上手くできない奴らは、1匹倒したら質に限らず可能な限りの肉をすぐに持ち帰ることが多い」


「んー……」


 軽く頭の中で計算してみたものの、ロッカー平原に残るハンターもいるというのが頷ける内容だ。


 狩場までは往復6時間。


 素材は大型の籠に詰めても精々30万ビーケ。


 しかもそれは迅速にオークを狩れる上級者向けパーティの場合で、のんびりやっていたらどんどん肉の質が低下して換金額も落ちる。


 慣れていない場合は1匹分の肉を詰めるだけ詰めて15万ビーケくらいだろうか?


 1匹だけ倒せばそれでいいというメリットはあるのかもしれないけど、パーティによってはロッカー平原の方が収入も高くなってしまうのだろう。


「あのー参考程度にベザートにいるハンターで、1日のルルブ最高報酬額ってどの程度なんですか?」


「最高で40万台ってところだな。お前以外に唯一特大籠を使っている連中でそのくらいだ」


「……」


「だからまぁなんつーか……ロキが行ってもあまり意味は無いと思うぞ? いくらお前が優秀でも、一人で行って肉の質を落とさずに特大籠を埋めるなんてのは難しいだろうし、そもそも1日2往復できる場所じゃない」


「ですよねぇ……」


 頑張れば特大籠を埋める勢いで素早くオークを狩ってバラすことはできるかもしれない。


 しかし往復6時間を覆すことはさすがにどうにもならん。


 行きは走って時短することはできるだろうけど、籠を埋めることが前提なら帰りは絶望的だ。



「まぁロキは金だけが目的という感じもしないし、一度くらい行ってみてもいいかもしれんがな」


 そう言われながら教わったルルブの森の素材情報はこの通り。


 オーク:常時討伐依頼で1体3000ビーケ その他魔石で3500ビーケ 肉は高額買取可能だが部位と量による。討伐部位は鼻。


 リグスパイダー:常時討伐依頼で1体2500ビーケ その他魔石は2800ビーケ 放出した後の糸に需要有り。値段は糸の量による。討伐部位は頭。


 スモールウルフ:常時討伐依頼で1体2400ビーケ その他魔石で2500ビーケ 毛皮に需要が有り皮を剥ぐこと推奨、1匹当たり5000ビーケ。討伐部位は尻尾。



 ふむ、詳細を聞けば聞くほど絶望的だ。


 もちろんパルメラ大森林に比べれば報酬は良くなるだろうが、悲しいかな、ロッカー平原が良過ぎた。


 そういうことである。


 魔石の価値からして属性魔石ではないようだし、素材もオークはもちろん、スモールウルフだって皮を剥ぐなんて面倒な作業をしなくてはならない。


 こんなの1分2分で済む作業じゃないだろう……それで5000ビーケって。


 ロッカー平原なら解体なんぞ10秒程度で済んでしまうので、手間と報酬が釣り合っていないと強く感じる。


 それにリグスパイダーの糸も殺せば済むという話ではなく、一度糸を放出させるというリスクのある方法を取らないといけないので、いくら買取額が良くてもやる気は大きく減少だ。



(アァーアァーアァー……)



 それでもわざわざ教えてくれたんだからとロディさんにお礼を言い、トボトボと歩きながらも考える。


(根本的にやり方を変えるか? いやしかし、そうなると状況によってはもう一つスキルを取得しておかないと……)


 頭の中で考えは巡るも上手くは纏まらない。


 やるなら相応の覚悟がいる。


(何にしても1度行ってみて、魔物がどの程度の強さなのか確かめてみてだな)


 とりあえずはそう結論付け、目的の女性、アマンダさんに明日の予定を伝える。


「アマンダさん、明日ルルブの森に行ってみようと思います」


「Eランクなんて言葉が出てきた時点でそうだろうとは思っていたわよ……その顔はパーティなんてまったく考えてないんでしょう?」


「そ、その通りですが、とりあえずどんなもんかお試しで行ってみるだけですので……」


「はぁ。ロキ君が一人で大きな成果を上げていることは知っているし、何か言うつもりはないけど……本当に気を付けるのよ? 何か知っておきたいことはある?」


「一つ確認したいことが。ルルブの森って川は流れてます?」


「川? それならセイル川が森の中を通っているわよ? それがどうしたの?」


「いえ、水の確保ができるかどうかが気になりまして」


「そういうことね。でも水筒は必ず持っていかないと駄目よ? 川が流れているといってもセイル川は領地を隔てる川。ベザート側から森に入っても結構奥へ入ることになるわ」


「何日くらい奥に入るか分かりますか?」


「どうだろう……パルメラのような森ではないから、1日では無理、2日以内には着くってところかしら」


「なるほど参考になります! ありがとうございます!」


「何か嫌な予感がするわね……何を考えているの? 正直に吐きなさいっ!」


「え? えぇ? 普通に狩れるなら狩ろうと思っていただけですよ」


「本当に? どうも怪しいわ……」


「あ、あと無理を承知で確認したいことがありまして、手持ちのお金をギルドに預けることってできますか?」


「ん? どういうこと? ロキ君の持っている現金をってこと?」


「えぇ。今手持ちにあるお金が重くてちょっと邪魔なんですよ。それで預けているお金に上乗せできればなーと」


「じ、邪魔……こんなお金をぞんざいに扱う子供は初めて見たわ……」


「あのー、アマンダさーん?」


「あ、あぁそうね。やってやれないことはないわね。普通はしないけど。絶対にしないけど」


「うっ……も、もしかしたらお願いするかもしれません。明日の結果次第ですが」


「そう。まぁいいわ。その場合は私に言いなさい。他の子じゃ無理の一言で終わるはずだから」


「分かりましたさすがアマンダさんです。頼りになります」


 上機嫌になったアマンダを後目に一旦ギルドを離れる。


 あのままだとまた魔物の匂いを放つはずだ。そうなる前に撤退して然るべき。



 しかし……これで一応はなんとかなりそうだな。


 明日の結果次第では覚悟しなければならない。



 再度仙人モードへ突入することに。

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