第51話 4人の転生者

 やや込み入った話になるということで、アマンダさんとペイロさんの二人は帰宅し、俺とヤーゴフさんの二人だけとなった宿の一室。


 ヤーゴフさんは宿屋の女将さんからワインを一本購入してきたようで、自らグラスに注ぎながら話し始めた。


「さて、まず何から話すべきかだが……その前に一つ、先に確認しておきたいことがある」


「ん? なんでしょう?」


「先ほどロキはこの世界に来て、まだ1ヵ月程度と言っていたな? それは間違い無いか?」


「そうですね。気付けばパルメラ大森林の中にいて、初めて訪れた人里がこのベザートの町です」


「それまでの記憶が抜け落ちているとか、そういった可能性は?」


「さすがにそれは無いと思いますよ。前の世界で飛ばされる直前の記憶もまだしっかりありますから」


「ふむ……となると、やはりとロキは似ているようでまったく異なる存在だな……」



 女神様達との会話を思い出す。


 女神様達は文明を発展させるため、亡くなった地球の魂をこの世界へ呼ぶと言っていた。


 つまり転生してこの世界に生まれるということ。


 対して俺は転移して中途半端な状態からこの世界をスタートさせている。


 だから異分子扱いされた。


 女神様達の言っていたことと、ヤーゴフさんが覚える違和感には整合性が取れている気がする。



「転移か転生かの違いということですね」


「転移と転生……しっくり来る言葉だな。この世界に異世界人がいることは周知の事実だ。歌にもなるくらいだから子供でも知っている。だがロキの言う区別で言えば異世界人は全てであって、転移者を名乗る人間は私が知る限り1人もいない」


「……僕の予想ですが、のではなくんですよ。だからパルメラ大森林にあのような遺留品が残っていたんです」


「つまり転移者は皆死んでいるということか?」


「全員かは分かりません。そもそもどれくらいの人数がこの世界に飛ばされたのかも分かりませんからね。ただ僕自身、常に死と隣合わせの状況でなんとか森を脱出したという経緯がありますから、一歩間違えれば僕も遺留品を残して死んでいたことでしょう。パルメラ大森林に飛ばされれば、そうそうに死んでしまっている可能性が高いということになります」


「つまりパルメラのどこかにはまだ遺留品が残っている可能性もあるということか……答えたくなければ答えなくてもいい。以前、ロキは目的があると言っていたが?」


「それは単純な話で『』ですよ。生きるために森を抜け出し人里へ行くこと。それが当初の僕の目的でしたので」


「なるほどな……これでようやく合点ガテンがいった。呼び付けた時は済まなかったな。私が色々と勘繰り過ぎていたようだ」


「どういうことですか?」


「私は異世界人が全て転生者とばかり思っていた。だからロキが転生者で在る可能性が高いと判断し、最悪はこの町にもあると……かなり警戒していたのだ」


「えっ? この世界の転生者ってそんな印象を持たれているのですか?」


 どういうことだ?


 どうも女神様が思っている転生者の印象とは違うような気がする。


「今この大陸に、異世界人であることを公言している者が4人いる。その誰もが特別な力を持ち、言ってしまえばこの4人……いや3人か。その3人が世界を回していると言っても過言ではないのがこの世の現状だ」


「それは良い意味でではなくてですか?」


「人によって捉え方は違うだろう。だが富が一極に集中し、突出した武力によって他国の領土が奪われ、特にここ5年くらいは戦争が頻発してしまっている」


「なるほど……」


 とんでもスキルをゲットして、調子に乗りまくっている姿がなんとなく想像できてしまう。


 チート能力を得られなかった身としては、自然と拳に力が入る。


「でも富に関しては、それだけ革新的な物が生み出されて、人の生活が便利になったり豊かになっているということではないのですか?」


「それは否定しない。その側面があることも事実だ。しかしやっていることの大半は長距離輸送、世間の一部では『』と呼んでいるが、決まった国同士の間を瞬時に、かつ膨大な荷物を運ぶことで巨万の富を得ている。恩恵にあずかる者もいるが、一方で多くの商人や荷運びが仕事を失っているし、転送を可能にするためにはその転生者がいる国の属国にならなければ認められない。最終目的は他国の領土ということだな」


「革新的な何かが生まれれば、古い物、古い仕組みは淘汰されるのが自然の流れだとは思っていますが――それでも強引と言うか、覇権争いの一部にも思えますね」


「各国の上層部は皆ロキと似たようなことを思っているだろうさ。武力で土地を奪うエルグラント王国とヴェルフレア帝国。物流と金で土地を奪うアルバート王国。そして不可侵地帯にもなっているエリオン共和国。このままいけば最終的には転生者を抱えたこの4国のみが残って、あとはどこかしらに併合される可能性が一番高いだろう」


「あの、一応参考程度にどの国にどんな転生者がいるか教えてもらえますか?」


「あぁ構わん。と言っても分かる範囲でだが……」


 そう言って教えてもらった4人の転生者の内容は、良くも悪くも好き勝手に生きているという印象だった。



 大陸の北西を大きく占める大国、エルグラント王国に所属しているのがその国の王太子であるタクヤ。通称『勇者タクヤ』である。


 現在確認されている異世界人の中では最も有名であり、俺でさえ『魔王ロキ』を倒した人物として既に名前は耳にしている人物だ。


 ただ『魔王ロキ』を倒した人ですよね? と聞いたら、あれは空想の御伽話であって、実際にはそんな魔王などいないとのこと。


 作り話で自分を主人公にしちゃうとか、色々な意味で凄すぎる気がするな……


 ちなみに俺がこの名前を名乗ったことで、余計にヤーゴフさんは何かあるのか? と警戒していたらしい。


 ただ転生者の中では一番の人格者らしく、むやみに人を殺めるような話は聞かないものの、他国の女性だろうが容姿に優れていれば抱え込むことでかなり有名とのこと。


 要はハーレム野郎確定である。


 ヤーゴフさんが直接会ったのはこの勇者タクヤで、その時に彼から「出る杭は打たれる」という異世界の言葉を教えてもらったらしい。

 

 当時の彼の心情でも伝えたのだろうか?



 次にこのエルグラント王国とバチバチにやり合っているのが、大陸の南西に位置する大国、ヴェルフレア帝国。


 隣接するためにその間にあった小国はほぼ飲み込まれ、ここ5年はずっとエルグラント王国と戦争状態にあるらしい。


 所属している転生者は現帝国の元帥である『シヴァ』という人物らしいが……


 名前からして、どう考えても俺と同じ要領で付けたっぽい気がするし、まず本名ということはないだろう。


 勇者タクヤといい、親からこの世界で名前を貰っているはずなのに、転生者は改名癖でもあるのだろうか?


 名前がシヴァでは日本人かも不明である。


 勇者タクヤとは違って女子供も容赦なく殺すらしく、並の兵では見ただけで膝を突いてしまうほど恐ろしい存在らしいので、転生者の中でも最も要注意な人物ということになるな。



 そして3強のもう一つが大陸の東にあるというアルバート王国。


 ここがスキルによる転送物流によって財が集中してしまっている国らしい。


 ただ厳密には国というより、そこの貴族でもある転生者『マリー』個人が途方もないお金持ちらしく、王様も何も言えないくらいの影響力を持ってしまっているとか。


 大陸の西端を属国にしているため、上下に挟まれている2大国へ戦争補給物資も提供しているらしく、どちらの国にも戦争を煽りつつ財を吸収しているとのこと。


 大陸中央付近にある国々は、転生者マリーの存在によって通行税や荷に掛かる物品税などの税収減少という打撃を受けつつも、属国という選択を簡単に取れるわけでもないため、今の現状をただただ傍観するしかないらしい。



 最後に謎めいた国とされているのが、大陸の南東に位置するエリオン共和国。


 元は獣人が多く住まう国だったようだが、現在は人間である『ハンス』という男が元首を務めており、このハンスが転生者と公言している。


 強大な魔物を複数使役していることで有名らしく、好戦的ではないものの相当数の戦力を保有。


 過去には帝国が海から回り込んで攻めたこともあるらしいが、その帝国があっさり魔物の大軍に殲滅させられてからは、手を出すと恐ろしい反撃を食らう国と認知されるようになり、どの国も警戒を強めているとのこと。


 手を出さなければ何もされないなら、そもそも警戒の必要も無いのでは? と思ったが、どうやら獣人奴隷を抱えていると突然襲われるという噂が立っているため、奴隷を抱える各国の貴族やそれなりの規模の商人は戦々恐々としているようだ。


 ただまぁ話を聞く限りでは戦争や領土争いには興味が無さそうなので、この4人の中では一番マシな存在に思えてくる。



 ふーむ……さすがはヤーゴフさんだな。


 ギルドマスターというだけあって、他国の支店ギルドとも情報のやり取りをしているのだろう。


 あくまでヤーゴフさんの主観も入った情報だろうから全てを鵜呑みにはできないが、それでも女神様から見えている異世界人の印象とこの世界に住んでいる人の印象。


 ここに齟齬そごが生じていることは気に留めておこうと思う。


 ただ……あくまで自分自身に害が無いよう注意していこうというくらいで、俺がその話を聞いて何かしようという考えは無い。


 俺はこの世界の救世主ではないし、そもそも何かを成せるほどの能力なんてモノは持ち合わせていない弱者なんだ。



 だから俺は俺のロールプレイングを。



 コツコツと地道に魔物を狩りまくって強くなる。


 今は強くなりたいという願望が満たせればそれでいいと思っているし、それが結果的に何かあった時の自衛に繋がると思っている。


 そう考えたらチート能力の有無は別にしても、俺はこの4人と同じ穴のむじな


 好き勝手に生きるという意味では大差無い存在だな……



 そんなことを考えていたら、ヤーゴフさんが再度口を開いた。


「ロキ、気を付けろよ?」


「転生者にですよね? 巻き込まれないように気を付けますよ。とりあえず大陸の東西には近づかないように――」


「そうじゃない。規模に関わらず、に気を付けろと言っているんだ」


「え?」


「私は約束通りロキの能力について余計な詮索はしない……だがそれぞれの国は違うぞ? ここ、ラグリース王国だってそうだ。異世界人を引き込めれば強国になれると思っているし、事実その通りになっているのがこの世界だ」


「つまり……色々な国から勧誘を受けると?」


「あぁ。異世界人と知ればあの手この手と、持ち得る限りの手を使ってロキを手に入れようとするだろう。重職という名誉や富をチラつかせてくるだけならまだマシだ。最悪は力尽くでロキを手に入れようとする国だって出てくる可能性は高い」


「うえぇ……」


「それだけ異世界人を抱えていない多くの国は、侵攻や経済の打撃を受けて切羽詰まっているんだ。お前が富や名誉で納得するなら別だが……今の顔を見るにそうではないのだろう?」


 見透かしたような目を向けるヤーゴフさんに、俺は正直に頷く。


「そうですね……富や名誉が嫌いなんてことはまったくないですけど、自分自身の成長を考えれば二の次です」


「なら尚更だ。可能な限り異世界人であることを隠せ。と言っても今のような狩りをしていれば、必然的に目立つからいずれ勘づかれるだろうがな。そこをどう調整するかはロキ次第だ」


 そう言われて、自然と視線は上に向いてしまう。


 できるのにしないのは性に合わない。


 自重などしたくはない。


 でもしないと面倒事に巻きまれる可能性が高くなる……か。


「確証は無いが……公言せず、ひっそりと生活をする異世界人もいるという噂は少なからず聞く。それも一つの手だし―――」


「ヤーゴフさん。僕は自重なんてしませんよ。少し想像してみましたけど、性格的に無理だなとすぐ結論が出てしまいました」


「……それもそうだな。今までの素材量を考えれば愚問だった。ということは――」


「普通に勧誘いただく程度であれば問題ありませんが、力尽くで来るようならこちらも力で対抗するしかないでしょう」


 そうだ。結局はゲームと同じだ。


 明確な敵として前に現れれば全力で潰す。それしかないだろう。


「アデント達を見ればそうなるのだろうな……だが私もこの世界の住人だ。然程心配はしていないが、頼むから無関係な人間まで巻き込まれるようなことはしないでくれよ? もしそうなれば、私はお前に殺されることを覚悟の上で、ロキが異世界人であることを公表しなければならなくなる。注意喚起のためにな」


「そんなことをするつもりはありませんよ。ただただ魔物を狩って強くなりたい。そんなハンターに在りがちな――を邪魔するならというだけの話です」


 残ったグラスのワインを一気に呷り、「それならまだ安心だ」と、ヤーゴフさんは困ったような顔をしながら呟く。


 本音を言えば異世界人である俺にはヒッソリと、それこそ程々の範疇で過ごしてほしいのだろう。


 異世界人が台頭してしまっているという今までの話を聞けば、なんとなくその雰囲気も伝わってくる。



 でも――俺はやるからには最強を目指したいんだ。



 チート能力は無く、加護も無く、職業選択すらできないけど……



 それでも、折角の努力が実る世界。



 やるだけのことはやってみたいんだ。



(極力迷惑は掛けないようにします……)


 そう心の中で呟きつつ、この話し合いの場はここでお開きとなった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る