第48話 温厚組

 時刻は腕時計時間で10時頃。


 結局2時間近くも長居してしまったパイサーさんの武器屋を出て、俺はおやつに串肉と、初めて買った果実を持ちながら教会近くのベンチに座っていた。


 持ち込んだ装備の売却額は10万ビーケ。


 途中で革鎧をタダで貰ったことを思い出し、俺がやっぱりお金いらないっすと言ったら前回の二の舞。


 パイサーさん vs 俺の謎の交渉が再度勃発してしまった。


 全部で30万ビーケというパイサーさんに対し――


「僕から高く買ったら高く売らないといけないでしょうが! それなら安く買い取って新人の後輩ハンターにでも安く譲ってやってください!」


 ――と言う強烈なストレートが炸裂し、なんとかパイサーさんを黙らせることに成功。


「ふぐぐぐっ……」


 と、次の言葉が出てこないパイサーさんには思わずニマニマしてしまった。


 なぜ得られる金が減ってそんな心境になるのかは未だによく分からない。



 まぁ解体用のナイフなんて、特に最初は欲しいのに手が出しづらい武器だろう。


 俺だって町長からの礼金が無ければまず買えなかった。


 中々ナイフの中古は出回らないようなので、3本程度でも多少は貢献することができたはずだ。


 その分、俺がいずれ【付与】に携わることがあれば、遠慮無くパイサーさんに聞くつもりなわけだし、結局はウィンウィンな関係ということになる。



「ふぃ~良い天気だぜー……」



 小さい子供と散歩をしている派手な髪色の親子を見ながら、平和なもんだなーとボヤきつつ串肉を頬張る。


 この町だって悪い奴もいたにはいたが、それはどこの国、どこの町に行ったって同じこと。


 あとは比率の問題だろう。


 そう考えるとベザートの町は実に平和だ。


 良い意味で田舎町。


 時間の経過が遅く、休みはのんびりした気分を味わえる。



(まだ部屋に釣り竿あるしなぁ。前回釣れなかったし、次休む時はまた行ってみるかな……)



 そんなことを考えながらそろそろ行くかと、果実を持ったまま教会の入り口へと向かう。


 入口には最初に声を掛けた若いシスターが掃き掃除をしていた。


「こんにちは~」


「あっ! 先日も来られた方ですよね? メリーズさーーん!!」


(は、早い! 早過ぎるッ!! この子は俺のことが嫌いなのか!?)


 あまりのバトンタッチの早さに驚愕するも、駆け足で教会の中へ入っていく若いシスターを追わないわけにはいかない。


 トボトボついていくと、礼拝堂の長椅子を拭いているメリーズさんがすぐ視界に入ったので、ここまでかと声をかける。


「こんにちはー」


「あら坊や。今日はゆるい恰好してどうしたんだい? もしかして、もう一度職業選択かい?」


「いやいや、さすがにそんな数日の修行でどうこうなるとは思ってませんよ。今日は単純に女神様への祈祷……というか単なるお祈りですね。今日は休みだったので寄らせてもらいました」


「まぁまぁ、信仰深い子だねぇ。ハンターが嫌になったら<神官>を目指すのもありかもしれないね」


「ははは……」


 もう神官さん用の【神託】スキルは持ってますとも言えないので、前回のお詫びと、ちょっと長めにお祈りをしたいということで持ってきた果実を渡す。


「今は誰もいないようですけど……自分の悩み事とか整理したいこともあったりして、ちょっとだけ長めにお祈りしたいなーと思ってるんですけど大丈夫ですかね?」


「昼の鐘が鳴ってから混みあうことが多いから、この時間ならまず問題無いさ。職業選択で悩むこともあるんだろう? 誰か来たら私が声を掛けておくから、満足するまでお祈りしていきな!」


「ありがとうございます。これ、美味しいのか分かりませんけど良かったら皆さんで食べてください。特に神官さんには申し訳ないことしてしまったんで」


「そんな気にする必要も無いのに……ってこれ、ラポルの実じゃないか! 高かっただろう?」


「え? んー……まぁ特に問題は無いですから気になさらずに」


「爺さんだって気にしちゃいないのになんだか悪いねぇ……でも折角の頂き物、皆で有難くいただくことにするよ。お祈りが終わったら声掛けるんだよ。坊やの分も切り分けておくからさ!」


「ありがとうございます! それじゃまずはお祈りしてきますね」


 そう伝えて神像の前。


 前回も跪いた、円形の指定ポイントへと向かう。


 あの果実があるからどうこうというわけじゃないけど、これで多少は長くお祈りポーズをとっていても、メリーズさんがなんとかしてくれるだろう。



 では始めるか……


(女神様~準備できましたよ~いつでも大丈夫ですよー)



 すると【神通】スキルを使っていないのでかなり不明瞭だが、何やらノイズがかった雑音混じりの声が聞こえてくる。


「よぶ…………も…い…………」


 結界がどうのと言ってたし、あとは意識が向こうに飛んだらきっと声をかけてくれるだろう。


 そう思ってドキドキしながら目を瞑っていると、前の時と変わらず。


 特に何も違和感を覚えないまま、目の前から快活な声が聞こえてきた。



「もういいよー!」



 この声はフェリン様だ。


 そう予想しながら目を開ければ、以前と変わらない長閑な風景の中に佇む面識の無い3人の女性。



「既にお話しした方もいらっしゃると思いますが……初めまして、俺はロキと言います」



 そう平静を装い挨拶をしたものの、内心それどころではなかった。


 心臓がバクバクし過ぎて苦しい。



「やっとお会いできましたね。私が商売の女神、リステと申します」



「私が豊穣の女神、フェリンだよ!」



「ふふっ、私が生命の女神フィーリルですよ~」



 ――目を奪われるとはこのこと。



(……やっぱりだ。あの3人と変わらず、系統は違うものの恐ろしいほどの美形揃い。

 リステ様は銀糸のような光沢のある長い艶髪に、綺麗属性に全力で振り切ったような切れ長の目。眼鏡がとっても似合いそうな知的スレンダー美人さん。

 対してフェリン様は臙脂色のショートヘアーで可愛いに極振りしたような愛くるしさがある。しかしボディは中々のワガママ気味だ。あぁ、チラリと見える太ももが眩しい。

 そしてかなり明るい茶色のゆるふわパーマをしたフィーリル様は……優しそうな癒しの雰囲気を醸し出しながらも、こちらはボディがワガママ過ぎる!! な、なんだあのお胸は……お顔もアイドルが裸足で逃げ出すレベルなのに……恐ろしい……3人共恐ろし過ぎる……

 まさに土下座してでもお願いしたい相手とはこのこと。以前一度だけ部長に連れていってもらった銀座のクラブでも、世の中には表に出ないビックリ美人が結構いるものだなと衝撃を受けたものだが……この女神様達に混ざってしまえば家に帰せりたいと号泣することだろう。秘密の女神様倶楽部なんて作った日には天下が取れるに違いない)


「ロ、ロキ君!? だ、駄々漏れなんだからね!!」


「綺麗に全力って……もう! ふふ、ふふふっ」


「大きいのが好きなんですか~? 可愛いお顔してロキ君も男の子ですねぇ~」


「……はっ!? すすすすすすみません!!! 神罰だけはっ! 神罰だけは何卒ご勘弁を!!!!」


「神罰はリアの専売特許ですから大丈夫ですよ~? それに誰も怒っていないと思いますし~」


「うんうん! 褒められてるなら怒る理由なんて何も無いよ!」


「2人に比べて貧相なこの身体を、スレンダーと表現していただけただけで充分です。さっ、どうぞこちらに」



 そう言われて手で案内された先は、芝生の上にポツンと存在した丸いテーブルに4脚の椅子。


 3人が思い思いに座るので、俺も空いた椅子に座るとすぐに良い香りが……


 見れば湯気の出たカップが俺の前に置かれており、色を見る限りは紅茶のように思える。


 が、先ほど椅子に座る時は無かったはずなのに、いったいいつの間に用意されたのか。


 摩訶不思議現象だが女神様達の世界なんだし、考えるだけ無駄だろう。


 いきなり口を付けるのもどうかと、とりあえず紅茶の匂いを楽しんでいると、対面に座ったリステ様が言葉を発する。


「お忙しいでしょうに、わざわざ足を運んでいただいて感謝しています」


「いえいえ。最初に連れてこられた時はどうなるかと思いましたが……和解できた後は俺もあなた方にお会いしたいと思っていたので大丈夫ですよ」


「そうそう! それだよそれ! よくリガルとリアに噛みついて生き残ってたよね? 前代未聞だよ!」


「あの二人は気性が穏やかではありませんからね~。だから最初は警戒してあの二人と、まとめ役であるアリシアの3人でロキ君に臨んだわけですけど~」


「呼ばれた経緯はなんとなく聞きました。俺は正規のルートで入ってきていない異分子ということで、この世界を管理されている女神様達が警戒するのも当然だと思いますよ」


「そう言っていただけると助かります。世界に大きな破局をもたらすスキルではないということは聞いていますので、もう安心していただいて結構ですよ」


「うんうん! 私達はロキ君と、ロキ君の持つ謎のスキルや知識に興味があるんだよね!」


「私達が知らない、この世界の根幹に関係する情報をお持ちなんですよね~?」


「そこはどうなんでしょうね? 俺はこの世界がどう作られたのか分かりませんから。ただ話を聞く限りでは、女神様達よりもさらに詳しく自分の能力を把握しているのかなとは思っています」


「悔しいな~リアが言っていた通り、直接魂を見ても【神眼】が通らないや!」


「思考は読めるのに不思議なこともあるものですね~?」


「えっ? てっきり意識だけこちらにあると思ってましたけど、今って魂の状態なんですか!?」


 言われてすぐに自分の体を見てみるも、普通に服は着ているし肌が透けているわけでもないしで、まったく実感が湧かない。


 身体ごと飛ばしたと言われた方がしっくりくるくらいだ。


「そうですよ。身体から魂だけを抜き出してこちらの世界に呼んでいます。身体も一緒にというのは私達では無理ですから」


「ということは、今教会にはもぬけの殻となった無防備な身体が残ってるわけですか……」


「教会で悪事を働く人種なんてそういませんから大丈夫だと思いますよ~? 【時空魔法】も掛けていますしね~」


(て、適当過ぎる……)


「この世界と向こうの世界の時間経過が違うと?」


「そうそう! 完全に止めることはできないけど、時間経過はだいぶ遅くなっているから、よほど長く居なければ大丈夫だよ!」


「問題になる前に魂だけの維持が難しくなるので、強制的に下界へ戻されてしまいますしね」


 ふーむ……


 何やら高等な魔法を使いまくっているっぽくて、俺には何をやっているのかさっぱり理解できない。


 さすが女神様達と思うしかないな。



 その後も紅茶を飲みながら、世間話の延長のような、非常に穏やかな時間が流れていく。


 俺のステータス画面で分かっていることを教えてあげたり、思考を読むことや魂を抜き出すなんてことも実はスキルであることを教えてもらったり。


 それを聞いて思わず、いつか俺も使えるんじゃ?と興奮してしまったが、そもそも女神様達にしか与えられていない特殊なスキルも多くあるとのこと。


 そして人種がもし取得できたとしても効果と取得難易度は大概比例するので、理解不能なレベルのスキルは短命な人間だとまず取得不可能なんていう悲しいお知らせを受けたりした。


 長命種だからやっと得られるスキルとか、そんなの胸熱なんだけどなぁ。



 そして寿命が絡んだ話を聞いていると、ふと素朴な疑問が頭に浮かぶ。


「女神様達は寿命の概念が無いのですか?」


「私達は世界の管理者ですから、特別に【不老】というスキルをフェルザ様から授かっているのですよ」


「人種には得られないスキルですね~」


「なるほど。だからいつまでも拝みたくなるようなお美しい姿を維持されているわけですか……フェルザ様も粋なことされますね。そりゃ教会にだって皆足を運びますよ。というか神像が実物と掛け離れ過ぎていて俺的にはかなり不満ですね」


「「「……」」」


「この世界にカメラでもあれば、皆様のご尊顔を泊っている部屋の壁にでも貼っておきたいものですが……ん? スマホが動けばいけるのか? いやいや、現像が……」


「「「……」」」


「この世界に画像や動画が撮れて、それをプリントアウトするスキルって無いですか?」


「「「意味分かりません(~!)!!」」」


「そうですか……残念です……非常に残念です……」


「とうとう思うだけでなく口に出すようになってきたね!」


「思考を読めば読むほど真実で恥ずかしくなってきます……」


「ここまで褒められると、どうしたらいいか分からなくなりますね~」


 3人とも顔を赤らめ少し恥ずかしそうにしていて、その姿も尊過ぎてこちらが倒れそうになってしまう。



 が、そんな空気をかき消すようにリステ様が真顔で問いかけてきた。


「そろそろ時間ですね。ロキ君、最後に確認したいことがあるのですが宜しいですか?」


「え? え、えぇなんでしょう?」


 何か覚悟を決めたような視線に、いったい何を聞かれるのかと思わず身構えてしまう。


「あなたが元いた世界は、なんていう名称で呼ばれていましたか?」


「ん? んーと世界に名称は無かったと思いますが……住んでいたのは『日本』という国ですね。もっと大きな括りで言うと『地球』という星に生まれて生活していました」


「そうですか……やはり『地球』の方でしたか……」


「それが何か関係でもあるんですか?」


「いえ……いや、ロキ君にはある程度お伝えしてもいいでしょうね」


「フェルザ様が管理している世界の一つに地球があるんですよ~」


「フェルザ様曰く『管理している中で一番の成功例』とも言える世界らしくて、私達はその成功例にあやかりたくて地球人種の魂を呼んでくることがあるんだよ!」


「それは以前リア様が心配されていた……この世界が見捨てられているとも関係が?」


「うっ……そこを突かれると痛いんだけどなぁ……」


「正直にお伝えしておきましょう。おっしゃる通りで魔法やスキルに頼った結果、この世界は長く文明が停滞してしまっています」


「緩く停滞し続け終焉を迎える世界と予想されているみたいですね~……だからこそ、魔法やスキルに頼らず先進文明を築けた『地球』の知恵と知識がこの世界には必要なんですよ~」


「……もしかしてというのもその一人ですか?」


「あら、もう知っていたのですね? 彼もそのうちの一人ですよ」


「なるほど……たぶんですがその人は僕と同郷。つまり日本人な気がしますね。名前的にですが」


「そうなんですか~。彼は『地球』の知識を色々と広めてくれているらしいですから、スキルを奮発した甲斐もあったというものですよ~」


 なるほど。


 なるほどなるほどなるほど!!


 女神様達の目的、異世界人の待遇、そして求められていること。


 ――色々な点が線で結ばれていく感覚を覚える。


 以前宿屋で見かけたこの文明には似つかわしくない眼鏡の存在。


 なぜか皿やフォークは木製なのに、コップだけはガラス製という違和感のある食事風景。


 これが異世界人、たまたまこの世界に来た地球人が知っていた知識で、部分的にテコ入れした結果と思えば納得もできる。


 そうかそうか。そういうことだったか。



 ――しかし、そうなると俺が呼ばれた理由もそういうことなのか?


 俺は技術的な知識を何も持ち合わせていない。


 ガラスの作り方だって分からないし、何かこの世界に一大革命を巻き起こすような知識は何も持っていないはずなんだ。


(うーん……俺には何が求められているのだろうか……そしてなぜ女神様経由ではなく上位神様?)


 同じ管理世界のようだし、そうなるとたぶんどんぐりはフェルザ様なのだろうが、直接俺をこの世界に連れてきた理由が皆目見当もつかない。


「ロキ君が悩む必要はありませんよ。この世界に呼び込んだ方々も、既知である知識の中でこの世界に貢献いただいているだけで、無理に何かをさせているわけではありません」


「そうそう! 新しい人生を楽しんでもらうついで程度に、何かこの世界に残してもらえればって……私達が望んでいるのはその程度だよ!」


「人種にはできることとできないことがあるのは承知していますから~。だからできることだけで良いんですよ~」


「できること、ですか……」


「なので無理やり拉致されたというロキ君にお願いするのも烏滸がましい話ではありますが、ぜひ、ロキ君の持たれている知識でこの世界の文明水準を底上げできる何かがあれば……助言をいただきたいと思っています」


 そう言って頭を下げてくる3人を見ると、なんだか自分の知識の無さが申し訳なくなってくる。


「も、もちろんです! 正直自分には大した知識がありません。なので何ができるか分かりませんが、残せそうな部分、気付く部分があればそのお手伝いはさせてもらいますよ」


「ありがとうございます。特に商売の女神である私が、主に異世界人の知識について担当しておりますので、何かあれば私に相談してください」


「ちょっとリステ? そんなこと言ってロキ君を独り占めする気じゃないよね?」


「リステに相談しても、直接下界に干渉できないのですからあまり意味がないですよね~? 別の目的があるんじゃないですか~?」


「そ、そんなことあるわけないでしょう! 有益な知識を広めるためには商売の力が必要なんですよ? 私がお力添えしなくて誰がするんですか!?」



 目の前にはギャーギャーと騒ぐ女神様達3人。


 そんな姿を微笑ましく思いながらも、俺がこの世界でできることを考えてみるが――



 本当になぜ、物作りの知識が無い、ただのである俺をわざわざこの世界に呼んだのだろうか?

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