第37話 努力が報われる世界

「おう! 無事戻ってきたようだな」


「初遠征だったのでかなり疲れました……けど思っていたより魔物が弱くてビックリしましたよ」


「ふははっ! だから言っただろうお前ならまず大丈夫だって。あそこはパルメラに毛が生えた程度の場所だからな。危ないのはエアマンティスの魔法くらいだ。で、素材は――大型の籠で丁度半分くらいってところか」


「魔物は弱いんですけど、見晴らしが良過ぎるのは僕にとって問題ですね。籠をどこかに置くことができなかったので後半失速しちゃいました」


 結局携帯食を無理やり飲み込んだ後の後半戦はあまり討伐数を伸ばせなかった。


 決してマズ過ぎて腹を壊したとか、そういうことではない。


 いやマズ過ぎたのは事実だが、単純に素材がそれなりに重くて広範囲を自由に動き回れなかったからだ。


 討伐部位であるエアマンティスの頭やポイズンマウスの尻尾はそうでもないのだが、ポイズンマウスの頭部がそれなりに重く、数もこなせるため後半の肩と腰に大きな負担がかかる。


 それに魔石も一つ一つは小さいものの、石であることには変わりないので積もればそれなりの重さになってしまう。


 籠の3分の1程度が埋まった辺りで背負いながら走り回ることを諦めた結果、周りの敵を狩り尽くしてしまい効率が激減してしまった。


「あそこは草と魔物と多少の岩くらいで、まともな木すら生えてない場所だからな……だから行くやつらは普通専用の荷物持ちを連れていく。お前も見ただろう?」


「えぇ。見かけた全部のパーティにいましたね」


 最初にいた4つのパーティも、後から現れたパーティも。


 必ずジンク達のパーティでいうポッタ君のような存在がいた。


 籠を持ち、荷物を一手に引き受け、一度の遠征で得られる素材量、報酬額を引き上げる存在。


「ただまぁロキはソロでこれだろ? だったら十分過ぎるくらいだ。普通は3~4人のパーティで行って素材量は籠の半分から3分の2程度。満杯にしてくるやつらなんか滅多にいねぇ」


 そう言いながら素材の確認に入るロディさんの手元を見つつ、考える。


(結局はソロしかないよなぁ……)


 自分で無理をしているとは思わないが、狩場を走って移動しているのなんて俺だけだった。


 ゲームのように近場に都合良くリポップなんてことはない。


 周りの魔物を倒したのなら、次は魔物がいるところまで移動をしなくてはならない。


 そして仮に一人荷物持ちを雇ったとして、その荷物持ちが狩場移動で走れなければあまり意味が無い。


 が……ポッタ君を見る限り、荷物が大量に入った状態で走り回るというのは現実的ではないこともなんとなく予想がつく。


 となると経験値が減り、報酬も半分になるその手は俺にとって無駄しかない選択になる。



 それにそもそもの考え方として、他のパーティは慎重なのか、日々の生活費が賄えれば問題無いと思っているのか。


 遠目に見ている限りはゆっくりマイペースに魔物を狩っていたように思える。


 ロッカー平原で数年狩り続けているような人なら無理もしないだろうし、最悪エアマンティスの魔法で致命傷を受ける可能性もあるのだから当然と言えば当然なのかもしれない。


 元の世界の仕事だって同じだ。


 安定した生活の中で何年も同じことをやって慣れてくれば、日々のルーティンワークで最低限やるべき決まり事だけをやり、自ら仕事量を増やすようなこと、リスクが増えるようなことをやる人間はかなり少なくなる。



(あとは目標があるかないか、だよなぁ……)



 俺はステータス画面が確認できるから、あと何体倒せば次のスキルレベルに。


 1日このペースで倒せば何日後にはレベルが上げられるという目標が立てられる。


 しかしそんなモノが見られない人達にとってはまさに手探りだ。


 女神様も数値化はされていないと言っていたように、努力に対しての見返りが、まるで雲を掴むように判断できていない。


 やれば伸びる。


 頑張れば成長する。


 そんな話を周りから聞かされたとしても、「どれだけ頑張れば明確な成果が得られるのか」が分からなければ、人間やる気など中々出ないし、出てもそれを継続させるのはかなり難しいだろう。


 そう考えると、モチベーションを高めるという意味では、この『ステータス画面を見られる』というスキルはかなり優秀だなと感じる。



「よし終わりだ。ポイズンマウスは全部で21体、うち1体は頭にぶっ刺したのか肝心の毒袋が切れちまってるから報酬は無し。

 逆に残りの20体は素材ランク「A」で問題無い。あとはエアマンティスが4体分だな。確認してくれ」


 そう言って木板を渡してくるロディさん。


「やっぱりあの1体はダメでしたかーたぶんダメかなとは思ってたんですけどね」


「頬の奥に毒袋があるのに、あそこまでぶっ刺したらどうにもならねーぞ。最初の一匹目か?」


「そうですそうです。想像以上に遅くて手元が狂いました」


「ポイズンマウスの動きがもう遅く感じるか……となるとルルブも、いや、あそこは速さだけでなんとかなる場所じゃないから、まだ止めた方がいいだろうな」


「オークとかどう考えてもパワー系ですよね?」


「あぁ。おまえの体格じゃ防御しようが関係無く吹っ飛ばされるぞ。ロッカー平原とは別物だから簡単に行こうと思うなよ? この辺じゃ断トツで死亡率が高いからな」


「うへー……大丈夫ですロッカー平原で満足するまで強くならないと行きません。死にたくありませんから」


「そいつが一番だ。あとはいい加減パーティ組むこと考えとけよ? ロッカー平原ならたまに1人で行くやつもいなくはないが、ルルブは1人で行ったんじゃ大した金にもならないぞ?」


「そうなんですか?」


「あそこで一番金になるのはオークの肉だからな」


「あーなるほど。運べる量の問題で1人だとどうにもなりませんね」


「そういうことだ。魔石や討伐部位だけじゃ稼ぎはロッカー平原以下になるだろうし、それならわざわざ危険を冒して行く必要もないだろう?」


「ですよね……しっかり考えてみます」


 そう言ってロディさんと別れ、一応ロッカー平原初日ということもあるのでそのままアマンダさんのところに。


 自分で電卓叩けば報酬は割り出せるだろうけど、めんどくさいので今日はとりあえず換金だ。


「アマンダさん、これお願いします」


「あら珍しいわね?……って、これロッカー平原の魔物じゃない」


「えぇ。今日からどんなものか行ってみました」


「そう。やっとパーティ組んだのね。誰と組んだの?」


「ん? いや、1人ですが?」


「え?」


「え?」


「……ロキ君、お姉さんになんて言ったか覚えてる? ロッカー平原へ行くことになったらパーティは考えると、そう言っていたわよね?」


「え、えぇ……考えた結果、まだソロでいいかなーと……」


「はぁ……まぁ1人でこれだけ狩ってこられるなら文句は言いません。ただし! ルルブの森は無理ですからね! 今のうちからパーティ探しておきなさいよ!」


「さっきロディさんにも言われましたよ……報酬の面でも下がるだろうって」


「そうよ! ロッカー平原だって今ソロで行っているのはロキ君くらいよ? せめて荷物持ちくらい雇えば戦闘にも集中できるでしょうに!」


「うーん……ちなみにずっと走り続けられる荷物持ちの方なんています?」


「いるわけないでしょ!」


「ですよね~となると結局ソロになっちゃうんですよ。狩場を走って移動しているので」


「……精算しますのでちょっと待ってなさい」


 ふぅ~アマンダさんに捕まるといつも大変だ。


 とりあえずはお食事処のおばちゃんに声を掛けて、串肉と果実水冷たいバージョンを購入。


 椅子に座って一息吐きながらも、なんとなく他のハンター達を見ていると、今日ロッカー平原で見かけたパーティがいることに気が付いた。


(剣を持った人と槍を持った人、あとは荷物持ちの人の3人組か……)


「アデントさーん、精算終わりましたよ~」


 そんな間延びした若い受付嬢の声に立ち上がったのは槍を持った人。


 どうやらあの人がパーティのリーダーらしい。


 精算し終わったお金を受け取ると、すぐに戻ってきてその場で分配の開始。


 ジンク君達もそうだったし、パーティの基本の流れがこの場で分配なのだろう。


「全部で124400ビーケだ! 今日は中々調子良かったな!」


「つーと……1人いくらだ?」


「計算してもらってきたぞ。一人41400ビーケでちょっとだけ余るらしい」


「おっ! いいねぇ。これで3日間はゆっくりできそうだ」


「いや、せめて休みは2日にしましょうや。自分買いたいものがあるんすよ」


「じゃあ2日間休みにして次は3日後でいいか? 俺もちゃんと蓄えを作っておきたいしな」


「しゃーねぇ。その分良い酒が飲めると思って良しとするか」



(これはこれで勉強になるなぁ……)



 今の俺の生活だと、1日あたり5000~6000ビーケもあれば事足りる。


 たぶん宿を安宿に替え、食事をもう少し質素にすれば4000ビーケくらいでもなんとかなるだろう。


 それが庶民の標準くらいだとすると、この世界の人は1日1万ビーケくらいの収入を目安に生活していそうな気がするな。


 日本と違って保険や年金も無いだろうから、病気や老後のことを考えればやや不安は残るが、病気になったら潔く死ぬ、老後を考えるほど長生きを想定していないとなればそのくらいで充分なのかもしれない。


「ロキ君、終わったわよ」


 そんなことを考えていたらアマンダさんから呼ばれたので、受付カウンターへ向かう。


「今日の報酬は155900ビーケです……さらに増えたわね」


「ですね……」


「一応気を使ってロキ君の報酬は革袋に入れているけど、あまり人には言わない方が良いわよ? それと革袋は余裕がある時で良いから返却してね」


「た、確かに……これで革袋3つ目だったと思うので、後日返しにきます」


 見つけやすいポイズンマウスを片っ端から倒してたから、エアマンティスの討伐は4体だけだった。


 しかも今日は不慣れな初日だから、慣れればもう少し討伐できる数も増えるかもしれない。


 そういった伸びしろを抱えた状態でこの報酬額か……


 日本だと考えられないくらいに高い報酬だ。


 命を張っているからと言われればその通りかもしれないけど、サラリーマン時代も過労死という言葉がチラついてはいたので、そういう意味ではどちらも似たようなものかもしれない。



(頑張れば報われる……凄い世界だよほんと)



 難点は報酬が増えても、今のところ大して使い道が無いところか?


 娯楽が無いので、装備か食事にお金をかけるくらいしか出てこない。


 まぁいいさ。


 お金なんて無いよりはあった方が良い。


 財布の中身を気にする生活は窮屈だしな。


 今持ち歩いている硬貨はこれで丁度100万ビーケくらい。大半は宿屋のベッドの下にでも隠しておくとして……


 それでもこのお金だけで半年近くは暮らせるだろう。


 となれば、明日からは気にせずひたすら貯金だな。


 目指せ……1000万ビーケくらいにするかな?


 そう新たに目標を掲げ、宿屋へと戻るのであった。

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