第27話 かぁりぃと謎の瓶

 クンクン……


 足が1軒のお店へと勝手に動く。


 クンクンクン……


 このスパイシーな匂いは知っている。


 クンクンクンクン……


 俺が週に1度は食べていたやつと似ている気がする。


 クンクンクンクンクン……


 や、やっぱりだ……



「カレーだぁ!!!」



 何も考えずに店のドアをガバッと開け、他のお客さんが食べているその物を見て思わず吠えた。


 店員も他のお客さんも皆キョトンとした顔をしているが、そんなことはどうでもいい。


 ビリーコーンの女将さんに今日の夕飯を食べることも伝えているが、そんなこともどうでもいい。



 まさかこの世界にあるとは思わなかった。


 勇者タクヤが広めてくれたのか?


 それとも地球じゃないことは分かっているが、中東っぽい雰囲気があると感じていたこの町の人達はアジア寄りなのか?


 よく分からない……よくは分からないがっ!


 目の前にあるなら食べるしかないでしょう!!


 偵察だけのつもりだったのにいつの間にか席に座ってしまった、このどうしようもない我がお尻を叱るわけにもいかない。


 メニューメニュー……メニューは無いのか?


「あの! メニューみたいなものは……?」


「うちはメニューが1つしかないんでね。……頼むかい? うちの『』を」


(ゴクリ……)


「その『』とやらを1つ、お願いします!」


 なんてこった。


 まるで外人さんが日本のカレーを片言でしゃべったような発音だが、間違いなくカレーに近い言葉なのは分かる。


【異言語理解】はしっかり仕事してるんだよな?


 敢えて「カレー」と翻訳しなかったことに大した意味はないんだよな?


 店を見渡せばお客さんは一人だけ。


 カウンター6席、テーブル席2席の比較的こぢんまりとしたお店のようだ。


 そこに、この状況であればもうインド人にしか見えなくなっている浅黒の肌に髭を生やした男性が一人、鍋を火にかけている。


 まだ夕刻の鐘も鳴っていないから空いているのはしょうがないのだろう。


 決して激マズで客がいないとは思いたくない。


 不安と期待で鼓動が自然と早まる。


 ぐぅ……一つ席を挟んで隣で食べているおじさんの食事風景をもっとガン見したいところだけど……ここは我慢だ。


 店内で早々に叫んでおいて、今更マナーもへったくれもないんだろうけど、それでも既に頼んでいるんだから、自分の食事が来るまで期待に胸膨らませて待つとしよう。



 すると体感1分も掛からずカウンター越しに運ばれてくる俺の『かぁりぃ』!


 早いっ!! 某牛丼屋並みだ!!! このお店かなりやるっ!!


 出されたそいつを自分の下に手繰り寄せ、香りを嗅ぎ、目を走らせれば……



 間違いない。これはカレーだッ!!



 だって、まず俺の顔以上に大きいナンがあるし!


 カレーは黄土色をしたスープ感の強い本格カレーっぽいやつで、その中にジャガイモっぽいのと、たぶん鶏肉だろうか。もしかしたらホーンラビット肉かもしれないが、どちらもゴロッとしたサイズ感の具材が投入されている。


 おまけになんだこれは。


 別皿に細切れにされたチーズのようなものが置いてある。


 ぶっかけろということか? それとも食事中に摘まめということか?


 困惑していると店主が


「うちの『かぁりぃ』は辛いんでね……坊やに耐えられるかな? まぁ耐えられなければそいつを投入すればいい。幾分味がまろやかになる」


「なるほど……」


 そういうことであれば、まずは本来の味を頂こうじゃないか。


 恐る恐るスプーンで掬い、口に放り込む。



「……ふぐほぁ!!? こ、これは……舌どころか喉にまで突き刺す辛さ! というか痛ッ!!」


 普段好んで辛口にしない俺にとってはまさに拷問レベルだ。日本なら発狂してすぐに別の甘口カレーを注文している。


 だが……


「ふぐっ……しかしこうして食べると……へぐっ……止まらないというか……ほがっ!……手を止められない……」


 店主を見るとニヤリと笑うので、客のこの光景を見たくて店を開いているんじゃないかと疑ってしまう。


 大量の汗と涙が頬で混ざり合う。


 味わったことのない辛みと、まさかこの世界でという感動が合わさった不思議なお汁。


 魔石を取り出してから肉は避けていたが、それすらも忘れるほどの強烈な刺激と魅力がこの『かぁりぃ』にはある。


 半分くらい食べたところでナンの存在を思い出し、スープに浸ければだいぶ喉に優しい食べ物へ変化した。


 ナン自体は甘味が強く、これ自体でもかなり美味しい。


 ついでにチーズっぽい物を投入してみると、それはすぐスープに溶け、まるで片栗粉を混ぜたようなとろみとまろやかさが、さらに味に変化を加えて追加の楽しみを与えてくれる。


(まさかのトリプルアタックとか……これは常連確定だ……32歳にして辛さに目覚めてしまったかもしれない……)


 店主もここの客は水を求めることが分かっているのだろう。


 カウンターテーブルに置かれた水差しから何杯目かの水のおかわりをし、心地良い満足感を感じながら天井を見上げる。


(想像していたよりもこの世界の食べ物は美味しい。これからもいったいどんな食事に出会えるか……あとはやっぱり米が欲しいところだなぁ)


 そんな未来の食事に想いを馳せながらお勘定をする。


「物凄く癖になる味で美味しかったです。たぶんまたすぐに来ます!」


「そいつは良かった。だが坊や、あまり無理はするなよ? うちはからな」


「えっ?」


「9000ビーケだ」


「…………」


 金が無いわけじゃない。そっと革袋から10000ビーケ分になる金貨を1枚差し出し、釣りを貰って店を後にする。



「ふぅ……外は風がある分気持ちいいなぁ……」



 ついつい店先で物思いに耽るも、ふと気になって、感動を与えてくれた店の入口へ振り返った。


(ドアの横に1種類しかないメニューがちゃんと書いてあるじゃん……値段も9000ビーケって書いてあるじゃん……)


 匂いに釣られて何も考えずに入ったことは後悔するが、それでもこの『かぁりぃ』を味わえたことに後悔は無い。


 たぶんこんな世界だ、香辛料はかなり値が張る。きっとそういうことなのだろう。


 山ほど辛みをブッコんでそうだしね。


(月1……いや、何かお目出度いことがあった時用の特別なお店だな。そうしよう……)




 その後も俺は路地や大通りを歩きながら酒屋や野菜、肉の専門店、薬屋に釣り具屋など、今まで入ったことのないお店を色々と見て回った。


 薬屋は「もしかして?」と思って聞いてみると予想通りメイちゃんの家で、採取したり買い付けた薬草類を調合してここで薬として売っているんだそうな。


 店番をしていたお母さんは、メイちゃんと同じラベンダー色の髪でお顔が少し隠れていたが、それでも20代後半から30歳くらいに見える結構な美人さん。


 メイちゃんも将来は安泰だなと思いつつ、どこかで会ったような既視感を覚えて尋ねてみると、奥さんは旦那さんと一緒にちょくちょく森へ採取に行っているとのこと。


 まさか……と思いつつ、「鍋を頭に被って森に入ってます?」と尋ねれば、「そうよ危ないからね!」と満面の笑みで返されてしまい、俺はなんとも複雑な気分になってしまった。


 こんな美人さんでこのくらいの年齢なら、日本だと企業の受付やってたって何も違和感ないだろう……髪色以外は。


 それなのに、鍋被って森で採取って……


 なんて世知辛い世の中なんだ! あぁ救いたい! この奥さんを!


 なんて気持ちがフツフツと湧き上がってくるも、旦那さんがいることを思い出したのであっさり諦める。


 俺は奪うなんて大それたことができる男ではない。


 見た目13歳だし。この歳でメイちゃんのお父さんになっちゃっても困るし。



 そんなこんなで俺がハンターであること、メイちゃんとは知り合いであることを伝えると、奥さんはハッ!と思いだしたかのように棚をゴソゴソとし、1つの小瓶を譲ってくれた。


「娘を助けてくれて本当にありがとうね」


 そう言われて渡された瓶は体力の回復を促してくれる薬らしく、中身の丸薬を1つ飲めば筋肉痛や疲れが取れやすくなるらしい。


 それがこの小瓶には10粒ほど入っている。


 日本で言う滋養強壮剤のようなものかな?と思いつつ、しかしメイちゃんが家計を助けているという話を聞いているため、そう簡単に受け取るわけにもいかない。


「ちゃんと買いますから!」「これはお礼なので!」「いやいや申し訳ないですから!」「感謝の気持ちとして受け取って!」と堂々巡りで終わりが見えないので、結局俺は腹痛によく効く薬を購入することにした。


 5000ビーケと大した助けにもなっていないだろうけど、今後効き目が良ければ滋養強壮剤は買うだろうし、というか疲れが取れなくて運搬量を抑えている俺にはかなり有難い薬になる可能性があるので、お互い良い関係になれればそれに越したことはない。


「薬ありがとうございます! 効き目が良ければまた買いに来ますので!」


 そう伝えて店を出ようとする俺に対し、なぜか奥さんはなんとも言えない苦笑いを浮かべていたのが気になったが……


 もしかしたらこの文明の薬だし、病は気から。


 プラシーボ効果がメインの効果が弱い薬なのだろうか?


 まぁそれならそれで頂き物だししょうがないと思って、この日の町探索を終了した。

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