第2部3章
第1話 おぞましい光景
ミーアとロバートの尋問のために用意された部屋は、空気がぴんと張り詰めていた。
参加者は自分の椅子の前に立ち、最後に室内に入ってきたミネルバとルーファスに向かって深々と頭を下げる。
男らしく優雅な身のこなしでルーファスが椅子に座った。同時にミネルバも、彼の隣の椅子に腰を下ろす。そしてミネルバを挟んで反対隣にソフィーが座った。
テーブルの向かい側にはミーアとロバート、左側面にギルガレン辺境伯夫妻、右側面にディアラム侯爵夫妻と、それぞれが与えられた席に着く。
ミネルバは真っ直ぐにロバートを見た。
ほどよい長さにカットされた金色の髪、澄んだ青い瞳。顔立ちは整っていて、文句なしに目を引く容貌だ。自国の皇弟とその婚約者の訪問中に、こっそりと浅ましい行為にふけるような人物には見えない。
(見た目がいくら魅力的でも、誠実さに欠ける人間はいる。浅はかで流されやすく、身勝手だったかつてのフィルバートのように……)
ロバートは顔が美しいだけの小心者といった印象だ。心穏やかではいられないらしく、きょろきょろと視線をさまよわせている。ミネルバとルーファスが、立会人として呼ばれるとは思いもしなかったのだろう。
(ミーアは……目に反抗の色を浮かべているわね。この子の感情は本当に読みやすいわ)
恥じ入った様子も見せず、ミーアはきゅっと眉を寄せた。
「家族の微妙な問題を話し合うのに、どうして関係のない人たちがいるの……」
ミーアが顎をつんと上げて、すねたような声を出す。
「黙れ、この馬鹿娘!」
ギルガレン辺境伯が鋭く一喝した。
「己が置かれている立場がわかっていないようだな。これは話し合いの場ではない。私たちはお前とロバートに、自らの振る舞いの報いを与えるために集まったのだ」
父親から冷ややかな視線を向けられて、ミーアがたじろぐ。ロバートも辺境伯の言葉に鞭打たれたように体を震わせ、猛烈な勢いで顔を青くした。
ミーアが何度か瞬きをする。やがて彼女の琥珀色の瞳に、狡猾な光がひらめいた。
「報いだなんて大げさだわ。たしかにギルガレン家とディアラム家の縁組に傷をつけてしまったかもしれなけれど、体裁を保つことはできるじゃない。花嫁が姉から妹に変わるだけよ、何の問題があるっていうの?」
ミーアが勝ち誇ったような笑みを浮かべる。
「ロバート様はソフィーとの婚約を破棄する。そしてほとぼりが冷めたら、私に求婚する。少しくらい噂になってもすぐに静かになるわ。両家の絆を強固にする目的は果たせるし、すべてが丸く収まるじゃない。それなのに、こんなに大騒ぎするだなんて!」
辺境伯は不快そうに頭を振った。
「言いたいことはそれだけか。まったく、お前の声は耳ざわりでたまらない。よくそれでロバートの気を引けたものだ。辺境伯の娘ともあろうものが、体を使って男を篭絡するような愚劣極まりない行為をするなど言語道断。どうしてこんな身持ちの悪い、厄介者に育ってしまったのか……」
「私だけが悪いみたいに言わないでよ!」
聞く人の頭がずきずきするような大声でミーアが叫ぶ。
「ロバート様が私を選んだのだから仕方ないじゃない! いい子ぶりっこのお姉様より、私といると気が休まるんですって。不甲斐ない姉がロバート様を満足させられなかったから、妹の私が彼の求めに応えたの。むしろお礼を言ってほしいくらいよ!!」
周囲の空気がぴりぴりと震えた。あまりにも思いやりのない妹の言葉に、ソフィーが息をすることも忘れてぎゅっと唇を噛み締めている。
ミーアの一段と大きな声を聞いて、ルーファスが指先で眉間を揉み解した。
「姉の婚約者を寝取るというのは異常な思いつきだが、似たような事例がないわけではない。双方の家が評判に傷がつくのを恐れて、処罰を内々に済ませて婚約者を入れ替えるというのはよくあることだ。だが今回に関しては、真実を隠蔽することは難しい」
ルーファスが冷たい声で言葉を続ける。
「君たちは、私とミネルバの滞在中に思慮に欠ける行動をとった。皇族のすぐ近くで破廉恥な行為に及んだという事実は、すでに白日のもとに晒されたのだ。数百人もいる使用人の口に戸は立てられない。すでに別宅に集っている貴族たちの耳にも入っているだろう」
ミーアの体に動揺が走るのが見て取れた。ロバートの顔からもさらに血の気が引く。
ディアラム侯爵夫人が手で顔を覆い、声をあげて泣き出した。
「ああ、なんてこと! たった一日や二日のことなのに、どうして行儀よくしていることができなかったの……っ! 家名に泥を塗っただけではなく、ルーファス殿下とミネルバ様のご機嫌を損ねるような真似をするだなんて。社交界でどれほど噂になることか……私には、とても耐えられそうにないわ」
ひげ面で恰幅のいいディアラム侯爵が、ロバートを睨みつけた。
「ロバート、本当にお前は馬鹿だ。ソフィーがミネルバ様に気に入られ……お前さえ如才なく振る舞っていれば、ルーファス殿下とお近づきになれただろうに。輝かしい未来を自ら捨てたお前は、もはや我が一族の大きな負債だ。領地に戻って、すぐに親族会議を開かなければなるまい。やったことの酷さを考えれば、お前は確実にお払い箱だ!」
「そんな……」
ロバートの青ざめた顔に汗が浮かぶ。テーブルに置いた手は小刻みに震えていた。
「ミーアとのことは、もののはずみだったんだ。僕にとってはただの戯れでしかなくて……ルーファス殿下がいらっしゃっている日に、僕だってあんなことしたくなかった。する気もなかった。でもミーアがしつこく誘ってきたから……」
ロバートは椅子から立ち上がり、テーブルに身を乗り出してソフィーを見つめた。
「なあソフィー、どうしたらいいんだろう? ミーアが誘惑してこなければ、君につらい思いをさせずに済んだのに。僕が悪かったのは認めるけど、遊びでしかなかったんだよ! ソフィー頼むよ、お願いだ。僕と一緒にみんなを説得してくれ!!」
目をぱちくりさせていたミーアが、初めて蒼白になった。
「ひ、ひどいわロバート。お姉様との婚約を破棄するって約束してくれたじゃない。あなた、そう言って私のベッドに入ってきたじゃない!!」
「言ってない! 僕は断じてそんなことは言っていない!!」
ロバートが吐き捨てるように言う。二人の間でパニックが増大し、聞くに堪えない言葉の応酬が始まった。
「なんて卑劣な男。こんなろくでなしだったなんて……」
小さな声でそう言って、ソフィーは関節が白くなるほど拳を握りしめた。
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