第3話 不可解な行動

 案内された客室には豪華な居間と寝室があり、続き部屋として応接間と侍女たちの部屋が用意されていた。

 最初に足を踏み入れたのはエヴァンで、危険な箇所がないか、外部から侵入できる経路がないかなどを調べてくれた。

 ミネルバも室内を見渡して、かぐわしい香りの花がたくさん飾られているのに気が付いた。ソフィーが恥ずかしそうに頬を赤くする。


「ミネルバ様は花がお好きだとお聞きしたので。私、園芸が大好きなんです。父は嫌がりますが、毎日のように庭師の手伝いをしていて。この部屋に飾った花はすべて、私が育てたものなんです」


「まあ、私の母も大の園芸好きなのよ。実家の庭には鮮やかな花が咲き誇っているわ。ソフィーさんも、花を育てるのが上手な『緑の手』の持ち主なのね。母とソフィーさんなら、たちまち親友になれるに違いないわ」


 鮮やかな花を眺めながら深呼吸をする。美しい花々のおかげで穏やかな夜がすごせそうだと伝えると、ソフィーは嬉しそうに微笑んだ。


「お姉様は園芸の天才だものね。昔から『植物にだけは』好かれているから」


 ミーアも淑女らしく笑ったが、その笑みはあまりにわざとらしい。


(この娘の表情は、本心が浮き彫りになりがちなのね。姉が褒められるのが気に入らない……そういう顔つきだわ)


 案内を終えたソフィーとミーアが一礼して去っていく。

 少し内気そうなソフィーとは、互いに心を許せる仲になれそうな予感がある。その後のルーファスとの夕食や、ミネルバの入浴のために働いてくれた使用人たちも、心からソフィーを慕っていた。

 そんな姉に比べて、ミーアはどうやら裏表のある性格のようだ。父や義母の前では従順な娘として振る舞っているが、姉に対しては妙に強気だ。

 生まれて初めてアシュラン国外に出て、やはり旅の疲れを感じていたから、ミネルバは枕に顔をうずめてぐっすり眠った。


 翌朝もルーファスと二人きりで朝食をとった。彼とマーカス、そしてギルガレン辺境伯が男同士の会話をしている間、ミネルバは昼食前のお茶をソフィーとミーアとともに楽しむことになった。

 近隣の貴族を招いた歓迎会は晩餐会スタイルだし、皇族が入場するのは一番最後だから、焦って準備をする必要もない。


「アシュランの新しい王太子のジャスティン様って、恐ろしいくらい美形って本当ですか? 弟のマーカス様は腕も胸も筋肉が盛り上がっていて、荒々しい雰囲気だから怖くって!」


 ミーアが琥珀色の瞳をきらきらさせて問いかけてくる。


「ジャスティン兄様のほうが穏やかな見た目ではあるわね。三人の兄たちは、互いに足りない部分を補い合って、協力し合っているの。それぞれに魅力があると思うわ」


 答えやすい質問とは言い難かったので、ミネルバは話題を変えることにした。


「こちらに伺う前に、小さな村のお祭りに立ち寄ったの。いろいろな出店を見て回ったわ。素敵な人形や装飾品を見つけたから、あなたたちにプレゼントしようと思って」


 ミネルバはティーカップを脇に置いた。侍女がすばやく土産物を運んでくる。


「プレゼント……」


 ソフィーが小さな声を出した。不安のようなものが込められている感じがする。それに、恐怖のようなものも。

 ミネルバは内心で首をひねった。滞在させてもらう御礼としての贈り物は、ルーファス経由でギルガレン辺境伯の手に渡っている。それとは別に姉妹にプレゼントを贈ることが、おかしな行動だとは思えない。

 一度出した土産物を引っ込めるわけにもいかず、ミネルバは人形やリボンを手渡した。彼女たちの髪と目の色は事前に知っていたので、それぞれのイメージに合うよう選んだ品物だ。


「お姉様の人形のほうが可愛い……」


 ミーアが小声でつぶやいた。そして、ソフィーの顔をじっと見つめた。


「私もそっちがいい。人形もリボンも、そっちのほうが私に似合うわ。ねえお姉様、交換してちょうだい?」


「ミーア、なんて失礼なことを……。これはミネルバ様からの貴重な贈り物、私たちのために選んでくださったものなのよ。ミネルバ様の目の前で交換したがるだなんて、無作法にもほどがあるわ」


「貰ったものをどうしようが自由でしょう? 私はそっちがいいの、ちょうだいったらちょうだいっ!」


 ミーアが金切り声を上げる。感情が高ぶって我を忘れているようだ。

 ミネルバは困惑するしかなかった。自分には姉妹がいないから、ミーアがこんな反応をするとは思いもしなかった。


「どうして駄目なの? いつもは私がちょうだいって言ったらくれるじゃないの!」


 ミーアが唐突に立ち上がって地団太を踏んだ。自分の思い通りにならないと癇癪を起す子どものようだ。


「ミーア、困らせるようなことを言わないで。あげられるものと、そうではないものの区別くらいはつくはずよ。貴族の娘として、欲望を素直に表に出してはいけないと何度も──」


「ちょうだいっ!」


 ミーアは一種の狂気を感じさせる声を出して、 乱暴にソフィーの腕を掴んだ。もう片方の手でソフィーの手の中にある人形を掴み、ぐいぐいと引っ張る。

 ソフィーの「痛い」という声にミネルバが恐怖を感じたとき、壁際に控えていたエヴァンが素早く動いた。彼はミーアの手首をぐいと掴んで、ソフィーから引き離した。


「ミネルバ様は特別なお人。その御前で暴力沙汰を起こせば罪に問われて当然。徹底的に打ちのめされる覚悟がおありですか?」


 エヴァンは全身から静かな殺気を放射し、鋭い目でミーアを睨みつけた。


「わ……私は暴力なんて……ただ、お姉様の手を掴んだだけよ……」


「いいえ、あれは暴力でした。ミネルバ様の御前で、そうした事態を起こしたことは許されることではない。ミネルバ様からの贈り物を姉から奪う、筋の通った理由が言えますか? このことは、すぐにルーファス殿下とギルガレン辺境伯に報告します。あなたはそうされて当然のことをしたのです」


 ミーアが鼻にしわを寄せ、可愛らしい顔を赤く染める。そして反抗的なふくれっ面になって部屋から飛び出していった。

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