第442話聖樹との再会、或いは初対面

 レーレーネに相談に乗ってもらい、その後聖樹のもとへと向かう許可を得た俺は、一人で森の奥にある聖樹のところへと向かっていた。

 尚、リリアは今回は連れてきていない。もうすでに場所はわかってるし、迷っても植物達に聞けばいいからな。

 それに、せっかくあいつをここまで連れてきたんだから、俺が連れ回すのも悪いだろ。


 しばらく森の中を歩いていると、少し先に光が見えた、そのまま進むと開けた空間に出た。


 その場所には結構大きめの泉があり、その中心にかなりでかい樹が存在していた。聖樹だ。

 この場所に存在し、この場所を守っている聖樹。フローラは俺とリリアのことを親と呼んでいるが、俺としてはこの聖樹の方がよほど親と呼ぶにふさわしい存在だと思っている。

 それでもフローラの親を辞めるつもりはないけど、この聖樹自身はそこんところをどう思っているんだろうか、というのは少し気になる。


 それはそれとして、今回は俺一人で来たんだけど相手してもらえるだろうか?

 前回はリリアがいたからどうにかなったけど、今回は置いてきたので万が一がある。

 一応、前回とは違って《意思疎通》のレベルも上がってるし、今度はちゃんと話ができると思う。

 それに、話ができなかったり、追い出されるようなことがあるんだったら、俺がここにきたいといった時点でレーレーネが止めているか、再びリリアを俺につけたことだろう。

 ……本当にそうだろうか? あのレーレーネだし、忘れてたって可能性も捨てきれない気がする。


 ともかく、話してみないことには始まらないし、話しかけてみるか。


「……久しぶりだな。前は大して話ができなかったけど、今なら応えてくれるか?」


 そう呟きながら、俺は聖樹に向かって進んでいき、泉の縁で立ち止まって聖樹へと声をかけた。


「おーい。話がある。少し話せないか!」


 俺が声をかけてから数秒ほど経っても何も起きず、ダメだったのか、と思いかけたその時、聖樹がガサガサと音を立てて小さく揺れた。風が吹いているわけでもないので、これは聖樹の反応だろう。

 だが、相変わらず何か言葉が返ってくるわけでもない。


 どうしたものか。反応したんだから全く声が届いていないわけではないし、呼びかけてればそのうち反応してくれるか?


「ん〜? んー……あ〜、来たんだ〜。おはよ〜」


 と思っていると、頭上からそんな声が聞こえてきた。


 それまで気配なんてなかったのに突然声をかけられたことで、慌てて頭上へと顔を向ける。


 顔を向けた先では、茶色い肌に緑色の髪をした女性が枝葉の陰からこっちを見下ろしていた。


「聖樹、の化身でいいんだよな?」


 視線の先にいる女性は、只者ではない雰囲気が漂っている。それは強者だとか油断ならない相手だとかそういう感じではなく、もっと単純に『格』が上だと思わされるのだ。

 普通ならそんな雰囲気を漂わせている存在なんてそうそう出会うものでもないんだろうが、俺はこれに近いものを知っている。

 フローラだ。あいつはまだそんなに強いと言えるほどの感じはしないけど、それでもこの女性に近いものを感じた。


 力の質や今いる場所。そういったことから判断し、フローラが精霊として姿を見せるのと同じ『聖樹の化身』であると判断したのだが……さて、どうだろうか?


「んえ? ああうん。そーだよ〜」


 ……随分軽いな。


「それで〜? なんのようできたの〜?」


 聖樹の化身はそう言いながら、それまで寄りかかっていたであろう枝葉をすり抜け、寝そべったままの姿勢でふわりと降りてきた。


「? どうかしたの〜?」


 フローラとは違ってちゃんと服を着た姿で降りてきた聖樹の化身は、俺が答えないことで首を傾げた。

 俺はその態度の軽さに、なんと言えばいいのか言葉に詰まってしまっていたのだが、問いかけられたことでハッと気を取り直した。


「いや。初対面だけど、随分と軽いなって思っただけだ」

「あー、ね〜。でも、私の態度が軽いのに初対面でも百回目でも、関係ないんじゃな〜い〜?」

「まあ、そう言われればそうなんだけどさ。なんというか、あの見た目に反してとでも言うか、もっと……」


 確かに、人間が接する人によって態度を変えるのって、そうしないと人間関係が面倒なことになるからだ。

 でも、そんな周りのことを気にしないで生きているんなら、それでも生きていけるだけの力があるんなら、誰が相手だろうと態度を変える必要はないだから、この聖樹の態度はおかしなものでもない。


 でも、聖樹はこれだけ力を感じられる存在なんだし、もっと威厳のある感じだと思ってた……。


「おじいちゃんみたいな感じだと思ってた?」

「そこまでは言わないけど……そんな感じだな」

「う〜ん。でもざんね〜ん。私はこんな感じで〜す」


 聖樹は楽しげに笑いながらそう言うと、なんでか知らないけどクルクルと回転し始めた。それも、バレエのように回るのではなく、横に……時計の針のように、とでも言えばいいだろうか。あるいは縦にしたコンパスの針とか、まあそんな感じだ。


「まあ、あの子達の大元って考えると、納得できるんじゃな〜い?」

「あの子達? ……リリア達か?」

「そうそう。りーちゃん。それとこの森にいる他の子達もね〜」

「……確かに、似ていると言えば似ているな」


 自分の居場所から離れようとしないでだらけてるところはそっくりだ。


 ……でも、いい加減回りながら話すのはやめてくれないだろうか。なんというか、すごくめんどくさいし、鬱陶しい。


「でも、見た目はだいぶ違うみたいだな」


 リリア達は白い肌に金の髪だが、この聖樹は茶色い肌に緑の髪だ。

 子供、というには少し見た目が違いすぎてるように感じる。もっとも、目の前の存在が植物であるということを考えると、この配色はおかしなことでもないんだろうけど。


「それは仕方ないよね〜。あの子達は純粋な精霊ってわけじゃないんだもん。あの子達はあくまでも『人』だし〜、元になった人間の色の方が大きく出ちゃうんだよね〜」

「元となった人間、か……」

「そそそ。私が愛した人。もう、死んじゃったけどね」


 ぴたりと動きを止め、間延びした話し方ではなくそう言った聖樹の様子は、笑っているけどどこか悲しげなものに感じられた。


 でも、それも当然のことだろう。聖樹なんて存在が、人の姿を真似した体を作ってまで一緒になったんだ。そんな相手が死んだのなら、悲しくないわけがない。過去のことだ、吹っ切れた、と言ったとしても、全然悲しくないわけではないのだから。


「たった三百年しか一緒にいられなかったのは、今でも悔しいと思うよー」

「三百年?」


 この聖樹の個人的な思いに口を挟むつもりはなかったんだが、それでも思わず口からそう言葉が漏れてしまった。

 でも、それも仕方ないだろ? だって、『その人』ってのはエルフじゃなくて人間なんだから。

 普通は人間の寿命はそこまで長くない。俺たちみたいに第十位階に達しているのなら話は別だけど、そんな奴がそうそういるわけがないのだ。それとも、その人物も第十位階になっていたんだろうか?


「んん? あー、うん。そうだよ〜。これでも聖樹だし〜、特製の果実を挙げれば寿命を伸ばすくらいはできるんだよね〜。まあ、その時はそんなに力がなかったから〜、たかだか二百年だけしか延ばせなかったんだけどね〜」


 笑って言ってはいるけど、その裏に悔しさが滲んでいるのがわかった。

 普通の人間を二百年も寿命を伸ばすだけでもすごいと思うけど、数千年数万年と生きることができる聖樹にとっては、『失敗』なのだろう。


「——それはそれとして〜、ようやくまともに話ができるね〜」


 聖樹はそれまでの表情を消し、一変させると、笑顔を浮かべながらそう話しかけてきた。

 先ほどまでのような顔をさせたいわけでもないし、俺みたいな部外者が深く突っ込んでいいような話でもないので、俺はその話に乗ることにした。


「前に姿を見せなかったのは、俺にその資格がなかったからか?」


 前回来たときは、こんな姿を見せてもらうことはできなかった。

 植物状態で声が聞こえなかったのは俺の力不足だったとしても、この姿であれば話すことができたんじゃないだろうか? フローラだって精霊を見ることができない相手でも、自身の意思で見える見えない、聞こえる聞こえないを調整できるんだし。


「資格? あははっ。違うちが〜う。そんな資格だなんて存在してないない。ただ、あの時は気分じゃなかったのと〜、眠かったのと〜、結界の調整をして一仕事したから休んでたってだけ〜。まあ、元々そんなにこの格好するわけでもなかったしね〜」


 なんか色々言ってるけど、要はめんどくさかったから、ってことでいいのか?

 ……なんだか、いきなりここのエルフ達の親類って感じが強くなったな。親類も何も、ご先祖様なわけだけど。


「ああ、あとは最近は調子がすっごいいい感じだからっていうのもあるかな。この格好する機会も増えたんだよね〜」

「調子がいいって、聖樹にも調子とかあるのか」

「そりゃああるに決まってるって。ほら、君が寄越してくれた人間。あの子達が活躍してくれたおかげだね〜」

「活躍? あいつら聖樹に会ったなんて報告受けてないけど?」


 位階を鍛える意味も込めて、この場所には数人ほど『農家』を送り込んだけど、聖樹にあったとも、何か特別なことがあったとも聞いていない。

 まさか、その事実を隠して力をつけ、反乱でも狙ってるとか? カラカスだし、ないとも言い切れないんだよなぁ。


 なんて思ったけど、聖樹は首を振って答えた。


「直接は会ってないけど〜、でもこの森は全部私の支配下なんだよ〜? そこで力の籠った水を撒かれたりしてれば、そこから力が流れ込んでくるんだよね〜。知らなかったの〜?」

「ああ。全く持って知らなかったな」


 でも、言われてみれば、他の植物達だって、俺が水を撒いたところとは別の地点にいる奴らも喜んでたし、そういう力の伝播とか運搬とか浸透とか、まあなんかそういうがあったわけだし、親玉である聖樹ができてもおかしくはないか。


「それで、そのお礼も兼ねて、一つ忠告しておこうかな」


 聖樹はそれまでの緩い雰囲気を消し、姿勢もただして真っ直ぐに俺を見据えながらそう言った。


 突然のことで一瞬混乱したが、すぐにその態度が普通ではないことを理解し、ただのお話しから緊急のものへと頭を切り替えた。


「忠告?」

「そう。多分、すっごい驚くと思うけど——」


 聖樹はそこで一旦言葉を止めると目を瞑り、数秒してから再び目を開けて続きを話し始めた。


「——『みんな』の声が聞こえなくなったよ」

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