第440話リリアの里帰り(強制)

 方々に贈り物について相談に行ってから二日後。今日の俺は普段とは少し違い、めかしこんだ格好をしている。

 と言っても、礼服に身を包んで、ってわけでもない。普段よりも気持ち見綺麗にしているってだけだ。

 なんでそんなことをしているのかと言ったら、今日はある意味俺と対等な立場である人物のところへと向かうからだ。


 そんな俺だが、今はわざわざ聖樹の庭にあるエルフ達の保養地としてつくった溜め池にまできていた。その目的はと言ったら……。


「リリア、これから出かけるけど一緒に来るか?」


 そう言った俺のそばには数人のエルフ達が待機しているが、これは今いる場所を考えればある意味当然のことだろう。

 だが、それでも俺の周りにエルフが侍っているのは普段にはないことだが、それもこれからいく場所とこれから起こることを考えればさしておかしなことでもない。


「え? うん! いくいく〜!」


 リリアはそんなエルフ達には疑問を持たなかったのか、特に悩むこともなく頷いた。

 そこには、多分俺が身綺麗にしているからどこか良いところにでも行くと思った、なんて理由もあるかもしれない。


 そんな返事に満足した俺は、ニヤリと笑みを浮かべながら頷いた。


「そうか。じゃあ、覚悟しとけよ?」

「んえ? 覚悟? なんの?」


 突然の俺の言葉にリリアはわけがわからなそうに首を傾げたが、そんなことはお構いなしに俺のそばにいたエルフ達は動いていく。


「あ——。ちょ、ちょうっ!? なんなの? なんでなの!?」


 リリアは突然のことで混乱した様子で叫んでいるが、それも当然のことだろう。

 何せ、今のリリアは仲間であるはずのエルフ達に縛られ、担がれているのだから。


「お前ら、そいつを馬車ん中に放り込んどけ」

「はいっ!」


 リリアのことを担いでいるエルフ達は、リリアの言葉には答えないものの、俺の言葉にはハキハキと返事をしながら指示に従った。


「すみません姫様。これも命じられたことなので、逆らえないんです」

「私たちとしても心苦しいのですが……」


 一応自分たちの上位に位置しているリリアを縛るのは罪悪感があるのか、行動しながらもそう口にしている。

 だが、その手が止まることはないし、ほんのりと口元が緩んでいるのを俺は見逃さなかった。


 しかし、この光景を他人が見たら疑問に思う事があるだろう。『どうしてエルフが御子に乱暴しているのか』と。

 それは俺も『聖樹の御子』だから、で説明をつけることもできるのだが、それでも人間である俺と同族であるリリア。どっちを取るのかと言ったら、普通は同族の方だろう。


 だがまあ、それも『普通であれば』だ。


「リリアに逃げられなかったら聖樹の側での一日滞在権と潅水をやるから頑張れよ」

「「はいっ!!」」


 俺が声をかけると、エルフ達は先程までよりも威勢良く返事をした。


「あっ! さてはあんた達、ものに釣られたわね! この裏切り者!」


 そう。今リリアが叫んだように、このエルフ達は俺に買収された。


 《潅水》なんてただ水を出すだけのスキルだが、どうしてそんなものが対価になるのかは、もう言わずともわかるだろう。


 聖樹の側での滞在権というのは、これもエルフにしか意味がないであろうものだ。

 この聖樹の庭は聖樹を中心として壁で囲って街と隔てているわけだが、その庭の中でもさらに聖樹の周りは柵で覆われて区切られている。

 当初はそんなものはなかったんだが、エルフが増えすぎてたので柵を作ることになったのだ。


 エルフならば聖樹を傷つけたりすることはないだろうと思うが、それでも無闇に近づかれても困る。

 フローラだって落ち着ける場所がなくなることになるし、俺だって他のエルフ達を気にしながら行動したくないからな。

 ただ、聖樹から溢れ出る波動的な何かはエルフにとっては体調が良くなるものらしいので、何か頼み事をする際の報酬として一日限定の滞在権を与えることにしたのだ。まあ、一日温泉旅行的な感じだと思えばわかりやすいだろう。


 買収といっても金を出したわけではないんだが、エルフ達にとっては金よりも価値があるらしいので実質は変わらないだろう。


「っていうか、なんでこんな捕まってるわけ!? わたしなにも悪いことしてないもん!」

「姫様。これも仕方のないことなのです。そろそろ一旦姫様を連れて来いって村長が言ってましたので」


 買収されたエルフ達に捕まったリリアが暴れるが、リリアのことを捕らえているエルフの言葉を聞いて、リリアはぴたりと動きを止めた。


「え゛……ま、ママが? …………も、もしかして、これから行くところって……」


 ギギギ、と音がするかのような動きで俺の方へと顔を動かしたリリア。

 そんなリリアに向かって、俺はにこりと笑いかけて口を開いた。


「お前の実家だ」

「やだーーーー! 帰らないーーーーー!」


 実家……つまりはこいつの故郷であるエルフの里だ。

 俺としては連れて行くのは面倒だから連れていきたくないんだが、でもこいつの実家だし、向こうの母親から連れてきて欲しいと頼まれたのなら仕方がない。ああ、ほんと、仕方ないことだ。


「今まで定期報告の時についてこなかったんだから一回くらいは帰ってもいいだろ。前回帰ったのは一年位前だろ?」


 前に俺が母親探しの旅をしてた時、あの時一緒に帰ってきたリリアは、勝手に抜け出したことを怒ったレーレーネがわざわざ花園にまで来て回収されていったが、それ以来約一年帰っていない。

 その気になれば徒歩で行き来できる距離であるにもかかわらず一年も帰っていないとなると、少しくらいは帰らせたほうがいいんじゃないかと思わなくもない。


「まだたった一年じゃない! あと十年くらいは帰らなくたって大丈夫だもん!」

「それじゃあこっちの義理がな」


 エルフの寿命的に考えると十年程度なら平気なんだろうが、レーレーネがすごい心配してたんで、それを無視するのもどうかと思ったのだ。

 心配と言ってもリリアの身の心配ではなく、何かやらかさないかという類の心配だけど。


「っていうか、わたしに会いたいんだったら、ママがこっちに来ればいいのよ! そう思わない!?」


 そう言われればそう思わなくもないけど、無理だろ。あの引きこもり体質が大した理由もなく来れるとは思わない。前にリリアを捕まえに花園まできた時が例外なのだ。


「思わない。だからこの話はこれでおしまいな」

「いーーーやーーー!」


 リリアの悲鳴が響いたが、もうすでに馬車の中には縛りつけたので、今更どうしようもないだろう。

 そうして俺達はそのままリリアを故郷へと里帰りさせるためにエルフの里へと向かっていった。




「——ようこそお越しくださいました。ヴェスナーさん」


 数時間ほど体を揺られながら進んでいくと目的地である里についたのだが、そこではリリアの母親でありこの場所の村長……女王であるレーレーネが俺たちのことを出迎えてくれた。


 だが、いつものこととはいえ、事前にいつ来るってやりとりはしていたし、先触れも出ていたが、それでもわざわざ女王自身がこうして待ち構えているのは不思議というか、違和感があるな。

 その場所のトップが、大した理由もないのに出迎えになんて加わるべきじゃないと思う。自分から前線に出ていく俺が言えたことじゃないけど。


「いえ、あまり顔を出せずに申し訳ありません」

「そんなことありませんよ。数ヶ月おきだなんて頻繁に訪れてくれているんですから、大変でしょう?」


 一年に二、三回程度しか俺は来ていないんだが、それでもエルフ的には頻繁に来てくれていることになるようで、レーレーネは本当に嬉しそうにしている感じだ。


「ところで、お手紙にはリリアを連れて来ると書かれていましたけど、リリアは……」

「ああ、あいつなら……あー」


 俺が馬車へと視線を向けると、ちょうど縛られたままのリリアが運び出されたところだった。


 だが、そのリリアの姿は花園で捕まった時とは少し違っていた。服装が、ではなく、拘束している厳重さが、だ。


 最初はただロープで縛っていただけだけど、今では布でぐるぐる巻にされた上から鎖が何重にも巻かれている。ついでに口には布が噛ませてある。


「……え? ……あの、えっと……なんで?」


 リリアを連れてくるとは言っておいたが、それがまさかこんな形で連れてこられるとは思っていなかったんだろう。レーレーネは目を丸くして驚愕している。

 まあ、俺も自分の子供がこんなふうに里帰りしてきたら驚く自信があるし、当たり前の反応だろうな。


「本来はただのロープだけだったんですけど、ここに来るまでにリリアが暴れて魔法を使い始めたので、逃げられないように少しおとなしくしてもらった結果、〝こう〟なりました」


 なんでこんな格好になったのかというと、そういうことだ。

 魔法で目眩しをして縄抜けした時は、なんでこいつにそんな芸当ができるんだと驚いたが、カラカスで暮らしていて、そこの奴らの話を聞いてるんだから、それくらいできてもおかしくはなかった。


 それからリリアは逃げようとしたのか立ち上がったが、その勢いが良すぎて頭をぶつけて怯んでいたので再び捕まえ直した。

 その際に少し暴れられたけど、まあこいつ程度なら普通に制圧できたのでそこは問題ではなかった。


「そ、そんなにわたしに会いたくなかったの……?」


 だが、そんな話を聞いたレーレーネは、娘が暴れるほど自分に会いたくなかったと思ったようで、女王としての顔を消して涙目でリリアのことを見始めた。


「おい。お前の母親泣きそうだぞ」

「だ、大丈夫よ。……多分? ——あ、ほら。持ち直したわ」


 リリアの言った通り、一旦は泣きそうだったレーレーネだが、どうにかその場で泣き出すのは防げたようで、一度顔を伏せてから目元を拭い、再び顔を上げた。

 だが……


「み、みなさんお疲れでしょうし、ゆっくり休んでくれていいですよ。あっちにあるのはいつも通り使っていいですから……。わたしは邪魔みたいだから帰りますね……」


 震える声でそう話すと、トボトボ、という表現がふさわしい様子で里のほう……おそらくは自分の家へと帰っていった。


「おい、本当に大丈夫か? 言動がおかしくなってるし、明らかに気落ちした様子で帰って行ったけど?」

「うえぇ……ま、待ってよー! 別にママのことを嫌ってるとかそういうわけじゃなくってー……!」


 その場から去っていった母親を追いかけてリリアは駆け出し、それを見送った俺達はいつものように借りている場所へと向かっていった。

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