第396話魔王対策の道中
「最近雨が多くなってきたな」
「ね〜。鬱陶しいったらありゃしないってもんよね」
その一週間後、俺はソフィアとベルとカイル、それからなぜかついてくることになったリリアを連れて領土内の様子見のために馬車に乗って出発した。
それぞれの村に植えたトレントの状態を確認するためと、何かしらの被害や違和感があったら教えてほしい、と魔王関連の話をするために俺は村を回ることにしたのだ。
その程度のことなら連絡員を出せばいいし、村に植えたトレントについてはフローラから聞けば状態なんてわかるんだが、それらを考慮してなお俺が来ることにした。
なぜ王様である俺がくることにしたのか。それは、親父と話した時にも思ったが、せっかくだし水辺の魔王が現れそうなところに防衛用の植物を植えておこうと思ったからだ。領地に存在している村にはトレントという守護神がいるからいいけど、ただの川辺だと何にも備えがないし。
本当なら出発を決めてからすぐに出たほうがよかったんだろうが、それでも一週間も時間がかかったのは、俺の準備ができていなかったから。
何をそんなに準備することがあるのかと言ったら、監視兼嫌がらせ兼足止め用の植物を作るためだ。
ただ攻撃してくれるものを作るだけならすぐに終わるんだが、それだと不用意に近づいた近くの住民や旅人を襲ってしまう可能性があったので、ある程度調整する必要があった。そのため攻撃性能は高いけど、大人しい感じのを用意する必要があった。
ちなみに、今回用意したのは、傷つけるとそこから液体を吹き出す植物だ。その液体に触れた状態で日光を浴び続けると痛みとともに爛れる危険植物。
元々はもっと効果が薄かったけど、魔王相手ならこれくらいの改良はあって当然だろう。
なんか、もうここまでくると配合による品種改良ってよりも、遺伝子組み換えの方が近い気もするが、まあ神様の力を使って不思議なことを起こしてるんだから、今更気にすることでもないだろう。気にしたところで何かがわかるわけでもないし。
そんなわけで、水辺を中心に領土内の村や町を回って異変を調べつつ、植物を植えていった。
これだけやっておけば、もし魔王が来て陸にあがろうとしても、逃げていくだろう。
魔王だって、わざわざ邪魔が入るところから上陸するよりも、もっと安全で楽な場所からの方がいいだろうからな。
「そういう季節ですからね。仕方ありません」
そんなわけで、馬車に乗って雨の中を進んでいる俺たちだが、昨日も雨で今日も雨となるとちょっとうんざりする。ソフィアの言うようにそういう季節だと言ってしまえばそれまでなんだけど……。
「天候操作のスキルとかないのか?」
護衛として一緒に馬車に乗っているカイルがそんなことを聞いてくるが、何言ってんだこいつは?
「そんなもんねえよ。『農家』になに求めてやがる」
農家が天候操作なんてできるわけないだろうが。
しかし、俺がそう言ってもカイルはどことなく疑ったような目をして俺を見ている。
「いや、だってお前の場合なんかできそうな気がするし。普通の『農家』じゃないだろ?」
まあ確かに俺は俺が普通だなんて言わない。だが、それでもあくまでの『農家』の範疇だ。昔は祈祷をして天候の状態を願ったかもしれないが、それは本来の農家の仕事ではない。実際、俺のスキルの中にも天候に関するものなんてないからな。
「できねえって。水……よりもこの場合は風か。風の『魔法師』に頼んでろ」
「雨雲を吹き飛ばすことができるくらいの風魔法師っているんでしょうか?」
いるんじゃねえの? 母さんの場合は土魔法師だったけど、地面を割ることはできるんだから風魔法師の場合は雲を吹き飛ばすくらいできるだろ。まあ、そこまでする価値があるのかって言われると謎だけど。
「『祈祷師』の天職がいれば晴乞いとかできるんだろうが……」
というかだ。さっき祈祷と言ったが、実際に『祈祷師』なんて天職もあるんだから天候をどうにかしたいんだったらそっちに任せた方がいいと思う。そんなに多くいる天職でもないし、天候を操れるとなるとかなり便利だからそもそも探すのが大変だろうけど。
「かなりマイナーな職ですからね。それに、いたとしても自身の土地を離れないと思いますよ? どこだって重宝しますから」
「そうですね。調べた限りでだと小さな村や辺境の町ではかなり力を持ってて、場所によっては王様のように振る舞っている場合があるみたいです」
ソフィアとベルが『祈祷師』についてそう説明した。俺も一応勉強したし、『祈祷師』って職いるのは知っていたが、そんなに詳しくは調べたわけではないのでそんな扱いをされているというのは今初めて知った。
「そんなことがあるのかよ?」
俺と同様初めて知ったのだろう。カイルがベルに対して首を傾げて問いかける。
「そうみたい。地方だと作物の出来や天候って結構重要なことみたいだから」
「作物のできなんて、『農家』がいれば一瞬じゃねえの?」
「忘れてるかもしれないけど、ヴェスナー様みたいな『農家』は稀なの。みんな作物を一瞬で育てたり肥料を作ったりなんてできないし、できるとも思ってないんだから、実績のある『祈祷師』に頼るのが当たり前になってるみたい」
確かに農家のスキルには生長を加速するためのスキルがあるが、その効果はそれなりに位階がないとはっきりと効果を認識することができない。
農家のスキルは初期の方は手作業の方が早いし、まともな効果を出そうと思ったら第四位階くらいまで育てないといけない。だから誰も農家なんて職を育てず、多少効果が劣ったとしても副職の方を育てるものが大半だ。
そんなわけで世の中の『農家』のほとんどは種を植えてから収穫までを一週間でこなすどころか、一月に短縮することすらできない。いたとしても全ての穀倉地帯にいるわけでもないし、広範囲に一気にというわけにもいかないので、広範囲をまとめてカバーできる天候操作の方が有り難く思われるんだろう。
あとは農家のスキルはパッとしないとか、目立たないだとかもあるんだろうが、数が少ないってのと合わさって農家は役立たずとして広まった。
「まあ、農家は初期の頃は特に役に立たないし、手でやった方が作業も早えからな。誰も使おうなんて考えなくても仕方ないか」
「何だお前、農家を貶してんのか?」
しかしだ。それはあくまでも位階が低いからだし、それほど多く回数を使えないからであって、ちゃんと鍛えて育てれば他の天職たちに劣ることはないと断言する。実際俺は、優遇されてる転職である『魔法師』だって倒せるし、ドラゴンだって倒せる。
いやまあ、そもそも普通の農家は誰かを倒すってことを前提に考えたりはしないけれども……。
でもあれだ、そんな感じで優秀さ、有用さは他の天職に比べても劣るものではないということだ。ちゃんと『農家』したとしても種蒔きから収穫までを一週間で終わらせることができるようになれば、『祈祷師』なんかよりも役に立つだろ? ぶっちゃけ、常識が変わるぞ? だって食べ物を一週間で育てることができる農家がいれば、兵站とか籠城とか災害時とか、色々と変わるに決まってる。
農家は役立たずじゃないんだぞ。俺を見てみろ。と、そんな気持ちを込めてカイルへと視線を向けるが……
「一般的な農家については役に立たないだろ。お前は一般枠から外れてるから例外だ」
……それを言われるとどうしようもない。事実として、一般的な農家はみんな第一位階か、行っても第三位階にまでしかなってないからな。手で鍬を持って耕して種を蒔いた方が早いし楽だ。
このまま話していたところで、『農家』が便利だと証明するのは無理だろう。いや別に証明する必要もないんだけどさ。
でも俺は、馬鹿にされてるわけじゃないけど……なんとなく居心地の悪さのようなものを感じて、話を逸らすためにリリアへと顔を向けた。
「というか、リリアは水が好きなんじゃないのか?」
「嫌いじゃないけどお〜、正直こんなには要らないのよねえ〜」
そうなのか。でも植物でも水が多すぎたりすると根腐れとか起こすし、人間だって水ばっかり飲めって言われても嫌だってなるから当然かもな。
だがリリアの話はそれで終わりではなく、このバカは何かを思いついたように背もたれに預けていた体をバッと起こしてこっちを向いた。
「……あっ! でもでも、あんたの出す水だったらいくらでもバッチコイよ! ヘイ、カモン!」
無駄に両手をくいっと動かして、俺に潅水を使うように求めるリリア。何が「カモン」だ馬鹿。
「はいはい、また今度な。こんな雨ばっかで周りが水でいっぱいの時に出したいとは思わねえわ」
「ええ〜〜〜」
ただでさえ湿度がすごいのに、なんで自分から水を出して湿度上げるようなことしなくちゃならないんだって話だ。俺が水を出したところで湿度なんてそうそう変わらないかもしれないけど、それでも気分的になんていうか水っぽさっていうか、あるじゃんそういうの。雰囲気的な? まあそんなわけで今は進んで水を出したいとは思わない。
だが……
「ねーねーねーねー……」
……うっぜえぇぇぇ。
「ねー——んぶ」
俺の腕を掴んで揺すってきたリリアがいい加減ウザくなってきたので、リリアの鼻先に指を押し当ててやった。
「んぐ……」
……おい、馬鹿野郎。指を突きつけられたからってそれを咥えて舐めんなよ。舐めたら水が出てくるわけじゃないんだぞ。
このまま水を出してやったほうがいいだろうかと思ったのだが、舐めても水が出てこないことに不満があったのか、リリアはしまいには俺の指を噛み始めた。
甘噛みではあるが、地味に痛い。このまま放っておいたら本格的に噛み始めそうだし、そもそもいつまでもリリアの口の中に指を突っ込んでおくつもりもないので、潅水を使ってやった。
ほら、これで好きなだけ飲めるぞ。よかったな。
「がぼぼぼ……!」
突然大量の水が口の中に注がれ始めたからか、リリアは溺れるように声をだした。
だが、すでに盛大に顔面に水をぶちまけた上にこぼしまくって服を濡らしているが、それでも水を飲むことの優先度は高いのか、俺の指から口を離そうとはしなかった。
最終的に水の飲み過ぎで膨れた腹を押さえて倒れたんだが、ある意味水責めと同じような状況になったってのになんか幸せそうなのがちょっとむかついた。
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