第395話魔王の現在について

 

 ある日俺は植物達から緊急の連絡を受け取ったため、花園の屋敷からカラカスの親父の屋敷へとやってきていた。

 そして植物達から受けた連絡の内容について話をすることにしたんだが、その内容というのは……


「——聖国が襲われた、か」


 そう。たった今親父に伝えたように、どうやら聖国方面に向かっていた魔王が、ついに聖国を襲ったらしい。


「ああ。どうする?」

「どうすっかね……」


 俺の問いかけに、親父はだるそうに椅子に寄りかかり、悩んだ様子を見せた。


 だが、その途中でふと何かに気がついたように俺へと視線を向けてきた。


「っつーかこの国の王様お前だろ。なんで俺に聞きにくるんだよ」


 まあ確かに、俺はこの国の王様なわけだし、こんな重要そうな話は俺が考え、俺が決めるべきなんだろう。

 あるいは、俺や親父だけではなく、婆さんやエドワルド達も呼んで話をするべきなんだろう。


 それはわかるんだが、緊急の連絡を受け、とりあえず落ち着いて考えをまとめる意味を込めて親父に話をしにきたのだ。


「俺一人でどうにかするようなことでもないだろ。特に防衛に関することはあんたの領分じゃないか? 騎士団長兼軍務大臣様」


 婆さん達を集めるにしても、ある程度考えをまとめてからの方がいいだろ?そのための相談相手として、親父はちょうどいい。話しやすいってのもあるけど、なんたってこのおっさんは国の防衛を担当している集団の頭なんだから。


「こんなことなら、そんなもん引き受けなきゃよかったな」

「それ言ったら、俺だって魔王なんてやらなきゃよかったって話になるだろ。馬鹿言ってないで、早く話を進めようぜ」


 お互いに不平不満を口にしてため息を吐けば、それで俺達の意識は切り替わり、魔王についての話し合いが始まった。


「聖国を襲ったのは魔王でいいんだよな? 前にあっちに向かったって話は聞いてたし、そろそろ時期的にたどり着いてもおかしかねえだろ?」

「ああ。みたいだな。ただ、勇者はいないらしい」

「海を進む奴と陸を進むやつ。どっちが速えっつったら、まあ海だろうし、そうだろうな」


 それは確かにそうだろうが、中には例外もいると思う。


「親父みたいなやつでもか?」

「あ? まあそりゃあ俺ならできるが、俺を基準で考えんじゃねえぞ? 勇者一行は勇者以外にもいるわけだし、そんな早く動けねえだろ」


 勇者なんだから、この親父と同程度で走ることも可能なんじゃないかと思ったが、そういえば仲間がいるんだったな。なら、どうしたって遅くなるか。


「んで? 結果はどうなってんだ?」

「沿岸部は半壊。ちょっと内陸に入ったところも津波の影響で農作物が死んだ。さらに奥は大丈夫だけど、植物達が悲鳴あげてる」


 まあ海水が来たら畑は死ぬだろうしな。農家が地面全体に《肥料生成》を施せば直るかもしれないが……まあ津波規模の範囲をカバーできるほどの第五位階の農家を確保なんてできないだろうな。

 あるいは害のない深さまで掘り起こしてひっくり返すとか? でもそんな大規模な天地返し使えるやつもそんなにいないだろう。むしろその方法なら『土魔法師』に頼んだ方がいい気がする。地面に関しての専門家はどっちかってーとあっちの方だし。


「街が崩壊したりとかはどうなってんだ?」

「一応は漁村がいくつか潰れたっぽいな。他は近くの海沿いの町だと浸水なんかはあったみたいだけど、まだ崩壊したりっていうのはないから、やばいってほどじゃないみたいだ」

「聞いた限りの被害はそれほどでもねえ気もするが……国として考えると問題ねえと言えるほどでもねえな」


 壊滅的な、とは言わないが、流石は津波というべきか結構広範囲に被害が出てるっぽいし、村程度の規模とはいえ、海沿いの拠点が潰れたんだからなんの問題もないとはいえないだろうな。


「まあそれはそれとして、戦場の状況はどうなってんだ?」

「なんでも、一度は海沿いの街を襲ったけど、ある程度攻撃したら一旦逃げたらしい。多分、南でやってたことの繰り返しになるんじゃないか? ただ、すぐに帰ったとはいえ、それでも被害が少なすぎる気がするんだよな。もうちょっと人死にがあってもいい気がするんだけど、人的被害はそんなにないらしい」


 まだ襲われたばかりだけど、街を襲撃した後は一旦海に帰ったらしい。

 それはいいんだが、魔王に襲われたにしては報告されてくる被害が少ない気がするのは気のせいだろうか?

 魔王が本気じゃなかったとしても、もっと被害があって然るべきだと思う。


 だが、俺の疑問に親父は当たり前のことかのように頷きながら答えた。


「ああ。そりゃあそうだろ。南の連合と違って聖国は連携が取れてっからな。しかも宗教なんてイカれどもの巣窟ってのもあって、壁も囮も十分いた。南にはいなかった秘蔵の戦力もいるし勇者もいる。魔王がそっちに向かってるってのは流石に知ってただろうし、魔王対策として沿岸部の街に戦力を待機させる、くらいはさせてんだろ」


 言われてみれば、確かにそうか。魔王が来るなんてのはわかってただろうし、対策をしないわけがない。


「じゃあ、勇者が来る前に倒せると思うか?」


 それだけ対策をしてる上に、ちゃんと連携も取れるんだってんなら、もしかしたら……。


「無理だろうな」


 と思ったのだが、親父は即座に首を横に振りながら否定した。


「勇者ってのは魔物に対する特攻を持ってるって言われてんだ。その勇者が取り逃した相手を、そう簡単に倒せるとは思えねえ。実際、襲撃されたのに逃げられたんだろ? つまりは、聖国は魔王が逃げることを許しちまってる状況ってわけだ」


 また取り逃しやがって……、なんて親父はぼやいたけど、そうだよな。それだけの戦力を集めて対策をした。


 にもかかわらず、聖国は魔王を倒せていない。


 条件としては南の連合が戦ってた時よりもいいはずなんだが、それだけの条件が揃っててなんで倒せないんだ? いやまあ、魔王だから、って言われればそれまでなんだけどさ。

 歴史にも載り、御伽噺にもなるほどの化け物。それが魔王だ。過去の魔王の中には大陸の半分以上をも滅ぼした存在もいるってんだから、そんな相手ならすぐに倒せなくても仕方がな。むしろ、迎撃できただけでもすごいというべき、なんだろうか?


「南みたいなまとまりのない集団相手じゃなくて、それなりに力のある国を相手にして死なずにいたってのは、流石は魔王って言うべきなのかね」

「つっても、あの似非神官どもはそんなにつええわけでもねえからな。さっきは秘蔵の戦力っつったが、第十位階の奴らも、勇者を除くと二、三人ってところだろ」

「そんなもんしかいないのか……」

「普通はそんなもんだ」

「そんなもん、ねえ……っ! まった。続報だ。また魔王が襲撃を仕掛けたらしい。今度は別の場所だ」


 親父と話していると、数時間ぶりに聖国の植物達から連絡が入ってきた。

 それによると、初回で襲撃された街とは違う街が襲撃を受けているらしい。


「聖国の対処はどうなってる?」

「……特に混乱もなく、落ち着いて迎撃してる感じだそうだ。多分、あらかじめ連絡自体は行き渡ってるんだろうな」

「そうか。だが……めんどくせえな」

「何がだ?」

「今まで一ヶ所を攻撃し続けていた魔王が、別の場所を攻撃する、なんてことを覚えたんだぞ? これでまた逃げられるようだったら……っつか多分逃げられるだろうが、そうなったらまたどこぞの移動される可能性があんだろ」


 言われてみれば、確かに。もし魔王が南での経験を経て、逃げることを覚えたんだとしたら、すごく厄介なことになるな。


「……どこぞって、どこにだ? もっと東にか?」

「さあな。海に逃げられたら人間にゃあ追うすべがねえ。沿岸部を襲いながら逃げてくれりゃあ場所もわかるが、そうじゃねえならどこに行くかは不明だな」

「追跡系のスキル持ちがいてもダメか?」

「距離制限に引っ掛かったらそれまでだろ。沖に出て潜られたら距離なんてすぐに離されるぞ」


 そうだけどさ……。海に逃げられたら人間は追う手段が限られるし、追う速度だって海棲系の魔王とは比べものにならないだろう。追跡可能な範囲外に逃げられたのも無理はないと思える。


「最悪、河を登ってこっちに来るかもしれねえぞ。ここだって、海に繋がってる河は近くにあるんだからな」


 それは前にも気をつけろ的なことを聞いたし、国内の植物達には魔王らしきものが現れたらすぐに連絡するように伝えてあるから大丈夫、だと思う。


「でもまあ、魔王が来ても大丈夫だろ。今回の魔王は大した被害の話は聞かないし」


 しかしまあ、逃したと言っても、こっちに来たところで問題はないと思う。何せ今回の魔王はそれほど被害を出していないんだから。

 被害が出た国は沿岸部だけ。過去に現れた陸上型、飛行型の魔王の場合は大陸の国々の半分近くが何らかの形で害を受けてからようやく討伐されたんだから、それに比べたら沿岸部の国や街や村がちょっと消えたくらいじゃ被害としては少ない方だったな、ですむだろう。


 もちろん、俺達がちゃんと対処すれば、の話だが。


 しかし、親父は首を横に振った。


「まあ話は聞かねえな。だが、被害の度合いで言えば昔話の魔王と同程度には出てるぞ」

「そうなのか?」

「ああ。滅んだ国こそ少ねえし小せえが、被害面積や人数、金額で言えばそれなりのもんだ。何せ港が潰されて海産、海運が死んでる。それで成り立ってた国はもうなかなかやべえ状況だろうな。それにさっきも言ったが、ちょっと内陸に入った程度じゃ津波の影響が出てるし、周辺の魔物達も魔王の力に当てられて凶暴化してる。国内に流れてる川を移動しまくって力を使ったせいで、その周辺では水がおかしな感じになっちまったみたいでな。使い物にならなくなって水不足に陥るところもあるそうだ。そんなわけで目立ってねえ被害はかなりのもんになってるぞ」

「あー、そうか。海関連だとそういうのもあるか」


 表面的な被害ではなく、金銭的な被害で考えるとそうなるか。


「そうだぞー。もっと勉強しとけよ、魔王様」

「うるせえ。まともに王様やり始めてそんな時間経ってねえんだから仕方ねえだろ」


 にやけづらでからかってくる親父から顔を逸らし、小さく舌打ちをする。チッ、このクソ親父め。


「まあしばらくは魔王問題も大人しくなるだろうが、それでも完全に終わったわけじゃねえ、引き続き気いつけとけよ」

「魔王だって逃げるにしてもそんなところに来ないで海の底で休むと思うが……まあわかった。花園の方でも警戒しておくし、国内の村を一回見回ってみるとするよ」


 そうしとけ、と言う親父の言葉を受けて、俺は執務室から出て行った。


 見回るんだったら、せっかくだしトレント配合植物達でも植えて警戒させておくか?

 今のところは植物達に気をつけるように言ってあるだけだが、防衛用に育てとけば足止めや嫌がらせくらいにはなるだろ。

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