第387話巡回中のモブエルフと遭遇

 


 またある日は植物達に呼ばれたので、ソフィアを連れてその場所に行ってみることにしたのだが……


「何だってこんなところに呼んだんだ?」

『ここじゃなーい!』

『もうちょっとこっちー!』

「こっちって……なにがあるんだ?」

『リリア達がなにかしてたー!』

「リリアが?」

『そうー』

「まったくあいつは……なにをしてるんだか」


 植物たちに導かれ、普段はエルフ達に任せて俺自身は向かわないような聖樹の庭の隅の方へと向かっていったのだが、そこでもリリアが何か企んでいたという話を聞いてしまった。

 できることなら聞きたくなかったが、聞いてしまった以上は仕方ない。それに、聞かずにあいつのやらかしを後になって知るより、ことが起こる前に知れた方が楽でいい。


 本来なら何か起こっていると分かった瞬間に植物達に聞くんだが、今回はあんまり協力的じゃなかったんだよな。なんか口どめされてるっぽい。それが誰にって言ったら、まあリリアなんだろうけど。

 それでもこうして案内くらいはしてくれるので、嫌われたわけではないだろう。と思う。

 無理やり聞けば教えてくれるだろうが、そこまで深刻な何かが起こってるってわけでもないし、仕方ないので直接確かめにくることにしたのだ。


「……って、まった。今リリア〝達〟って言ったか?」

『いっぱいのエルーフ!』

「いっぱいのって……まあ、あいつは聖樹の御子だし、いうこと聞くやつはいるか」


 一応あいつもは聖樹の御子だし、エルフ達は他に用事があったとしてもあいつに従うだろう。


「はーい、こっちよー。それは……えーっと、あっち……じゃなくてそこね!」


 そうしてしばらく進んでいると、聞き覚えのある声が何らかの指示を出している声が微かに耳に届いた。


「何してんだ?」

「他にも大勢が動いている感じはしますが、何をしているかまでは……」


 ソフィアの言ったように、多分エルフ達だろうが大勢の人が集まって何かをしているような音が聞こえてくる。

 それも、ただ集まっているだけではなく、結構大規模な感じのものを作っているような感じだ。


 しかし、ここで留まっていたところで何かわかるわけでもないし、直接本人に聞きに行こう。

 そう思って改めて歩き出したのだが……


「エルフ?」


 なぜか数人のエルフ達に囲まれてしまった。それも、武器を突きつけられながら。

 誰かが近くにいるのはわかっていたが、花園の中だし関係者だろうと思っていたのだが、まさか武器を向けられるとはな。


「おい。なぜここに入ってきているのだ、人間……様あああっ!?」


 ……何だよ、人間様って。


 そんな俺に武器を突きつけてきたエルフの一人が口を開いたのだが、なぜかその言葉を途中で止め、本来紡がれるはずだった言葉とは別の言葉を口にして叫んだ。


 それ自体は理解できる。大方ろくに確認もしないで、人間がやってきたってだけで判断したんだろう。

 この場所は基本的には人間の侵入不可だし、よそからやって来たエルフ達は自分たちの領域に来る人間を排除してきたんだから、俺の事を人間だからと警戒するのは不思議ではない。


 本来ならこの場所の主人であり、上司でもある俺に武器を向けるなんて、って罰するべきなんだろうが、この場所を守るための行動だと思えば特に何かを言うつもりもない。


「あー、何でも何も、ここは俺の土地だからなんだが?」


 とりあえず、話をつなぐために先程の言葉に答えてみることにした。

 けど、特に何も考えずに答えたこともあり、言ってから思ったが、自分でもこの言葉は意地が悪いなと思った。このエルフからしてみれば答えづらいだろうな。


 しかし、無視することもできず、エルフ達は慌てて武器を下ろした。

 そしてその中の一人——最初に言葉を投げてきた男が、背筋を伸ばして緊張した様子を見せながら答えた。


「はい! その通りでございます。愚劣なただの人間如きとお間違えしてしまい申し訳ありませんでした!」

「いや愚劣って……」


 俺の事を囲っているエルフ達は全員が一斉に頭を下げ、謝罪してきたがその言葉はどうなんだろうな?

 まあ人間は愚かだし、エルフから見れば見た目も能力も劣ってるから愚劣でも間違いじゃないか。


「まあそれはどうでもいいや。それよりも、俺のことを間違えたってことは、お前は外から来たエルフだろ?」


 前からここにいるやつは俺のことは間違えたりしないし、リリア達の森の奴らはこんなハキハキと喋ったりしないため、こいつは今までいなかったやつだとわかる。

 というか、そもそもあいつら、俺にあったらタックルしながら潅水を求めてくることさえあるから、明らかに違う。


「は、はい! 申し訳ありません!」

「別に謝ることでもないんだけど……まあ頭を上げろ」

「はいっ!」


 人間は嫌いだけど、聖樹の御子になってる俺は別枠のようで、頭は上げたもののその様子は固いままだ。


「お前は奴隷だったやつか? それとも他所から来たやつか?」

「っ。……私は、人間に囚われていた者の兄です。今回は妹や他の者たちとともに、聖樹様の加護があるこちらに移住することとさせていただきました」


 俺が『奴隷』と口にしたからか、男は一瞬言葉に詰まったがその後は特に人間である俺に対して怒りを見せるでもなく話を続けた。


「そうか。人間が管理する土地だが、それはいいのか?」

「ただの人間でしたら到底移住するつもりになどなりませんでしたが、その統治者が貴方様であれば問題ありません。聖樹様がお選びになられた方が、我らに悪をなすはずがありませんから。事実、こちらに来てからは妹が苦しむことはありません」

「まあ、納得した上での移住なら俺は何も言わないよ」


 わかっていたことだが、やっぱり他所の奴らであっても、エルフにとって聖樹ってのはかなり大事なものなんだと思い知らされるな。


 まあそれはそれとして、だ。本人が良いと思ってるんだったら俺としてはどうでもいい。

 そんなことよりも……


「——で、本題なんだが、あっちで何してるんだ?」


 俺は聞こえてくる音の正体を探るべく、再び歩き出しながら男に問いかけた。


「え? あの、ご存知ではないのでしょうか?」


 だが、男は俺の言葉に驚いたような表情を見せると、戸惑った様子で問いかけてきた。


「知らんな。今だって植物達から連絡が入ったからこっちに来たんだし」

「御子様は……ああえっと、リーリーア様は『許可は出てるからバンバンやっちゃいましょう』とおっしゃられていたのですが……」

「許可? 出した覚えないなあ」


 他の誰かからならいざ知らず、リリアから何か許可を求められたら忘れるわけがない。だって、忘れたら大変なことになるのは目に見えてるし。


「まあ許可云々はあいつに聞くとして、何をしてるんだ? 聞こえる感じだと、なんか大規模な工事をしてる気がするんだが?」

「あ、あちらでは『奇跡の水』を使用した溜め池を作っている最中でございます。小屋の方は備品置き場と休憩所となっております」

「溜め池に休憩所?」


 やっぱり工事であってたか。なんでそんなものを作り出したのか気になるけど、それよりも気になることができた。


「……一応聞くけど、『奇跡の水』ってなんだ?」


 一応。本当に一応聞いてみたが、正直聞かなくても答えなんて分かりきってる。


 俺が問いかけた瞬間、それまで緊張しながら話していた男エルフは、それまでとは様子を一変させ、目を輝かせ、声を弾ませながら話し始めた。


「それはあちらの聖樹様の周りを流れているお水のことです! あれほどのお水に出逢ったことはありません! あのお水を飲めばたちまち活力に満ち、浸かれば疲労も消し飛ぶ、まさに奇跡の水! 他にも『聖水』や『命の水』と呼ばれることもありますが、そんなお水を出すことができるだけでも御子様は素晴らしい方だと全てのエルフが断言することでしょう!」


 う〜ん。こいつもダメエルフの方だったか。それなりに有能……とまでは行かなくても、普通に分類されるやつだと思ったんだけどなあ。

 おみずってすごい……


「まあ、やってることは理解したが、目的がわかんないな……」


 溜め池作ってるってのはわかったけど、なんのためにそんなものを作ってるのかわからない。

 水が必要になったら俺が出すし、そうでなくても他の農家や水魔法師も一応使えないことはないから、溜め池なんて必要ないと思うんだが。


「それでしたら、保養地のようなものを作っているのではありませんか?」

「保養地? ここにか?」


 ソフィアはそう答えたが、こんなところに保養地なんて作っても誰も来ないだろ。だってここは聖樹の庭。俺の許可した者しか入ることのできない場所だ。しかもカラカスの領地内。

 そんな場所に誰が来るってんだ。……エルフはくるかもしれないな。


「正確には違うのでしょうけれど、エルフ達のための憩いの場、というのはあり得ると思います」

「憩いの場なんて、その辺の用水路と花畑で十分じゃねえの?」


 憩いの場なんてわざわざ作らなくても、あいつら聖樹の周りの花畑か果樹園か用水路で遊んでるぞ?

 休む場所なんて、もう十分だろ。


「お花畑の方はともかくとして、その用水路ですが、定期的にエルフが溺れているのはご存知でしょうか?」

「……まあ、知ってる。頭の痛い問題だな」


 用水路は近くの川に繋げて水を引き、そこに俺が水を混ぜている。溜め続けていると水が腐るので定期的に入れ替えているんだが、そんな用水路でエルフが溺れる事故が多発している。

 それも、うっかり水に落ちるのではなく、自分から水に突っ込んでいき、浮かんでいるところをミスって溺れるという、なんとも馬鹿な話だ。

 だが、そんなバカな話も一件二件ではないのだ。一応『お水』に魅力を感じない信用できる人間を巡回させ、ライフセーバーをさせているけど、根本的な解決にはならない。

 体の何割かが精霊や植物だからか、人間より溺れていられる時間が長いが、流石に何時間も溺れていたら死ぬので対策をしないわけにはいかないのだが、今のところどうしようもない。


「はい。その理由ですが、水に浸かったエルフ達が多すぎて水の外に出られなくなり、溺れることがあるようなのです」

「水に浸かってる馬鹿どもは知ってるけど、多すぎるってほどか?」

「最近は人が増えたことで特にですが、水が見えないほど一箇所に押し込まれた光景を見たことがあります」

「水が見えないほどって……まじかよ」


 それって、夏のプールみたいな感じか?

 ……簡単にその様子が思い浮かぶな。あいつら一人でいるよりみんなで集まってダラダラしてるのが好きだし、水の中で遊ぶんだったら一箇所に集まるだろうな。


「そのため、用水路以外に場所を作っているのではないかと考えます。結局一箇所に詰め込まれるのは変わらないでしょうけれど、場所が決まっていれば溺れていればすぐに助けることもできますので」

「なるほどな。用水路のどこかで溺れたとしても気づけないけど、あらかじめここで遊べって指示をしておけば、水に浸かりたくなったらここで溺れることができる、か」

「本人達に溺れるつもりがあるわけではないとは思いますが」


 ソフィアは苦笑しているが、まあそうだろうな。というか、溺れるつもりがあって溺れてるんだったら流石に怒るぞ。手間かけさせやがって。


「でも、何だって急に? 要望書でも出してくれれば普通に許可出してこっちで色々手配もしてやったぞ。というか、俺がこんな急に駆り出されることもなかったのに」

「それは本人に聞いてみるしか……」

「まあそうだよな。どのみち、話はするつもりだったんだし、行くか」


 そんな感じで話していると、ようやく森を抜けて工事現場にたどり着いたので、あとは本人に直接聞きに行くことにしよう。


「というわけで、俺たちは行くけど、適当に仕事頑張ってな」

「はい! 全力でこの場所を守らせていただきます!」


 適度にって言ってんのに、全力でやったら全然適度じゃないだろ。


 ……ってか、今更だけどそもそもこんな場所で巡回の警備とかいるか? 誰も入ってこない……とも言い切れないな。前に侵入された実績あるし。

 でも、真面目に巡回なんてしても、ほとんどやることないと思う。毎日警戒しながら歩き回ったところで、多分何もないぞ。

 まあでも、警備ってそんなもんだよな。あるかもしれない何かに備えて毎日頑張るのが仕事だ。


 でも毎日やってれば、どうせ何もないだろって思ってしまい、集中が途切れてそのうち巡回じゃなくてお散歩に変わると思う。

 ああ、でもエルフって時間感覚が人間とは違うから、大丈夫なのか? 十時間くらい突っ立ってても体感的には少しの時間程度なんだろうし、毎日巡回したところで苦でもないのかもしれないな。

 だから数時間くらい全力で警戒しても、適度に頑張ってるだけなのかもしれない。

 ……こいつの場合は多分緊張してるから「全力で頑張る」って言ってるだけだろうけど。


 でもまあ、頑張るなら頑張ってくれ。


「——ああ、最後に一つだけ言っておくことがある」


 そうしてその場を離れようと一歩踏み出したのだが、最後に一つ言っておくべき事を思いついたので、それを伝えておくことにしよう。


「はい、何でしょうか?」

「俺はお前達の味方じゃない」

「え?」

「聖樹が選んだから自分達を傷つけない、なんて考えてるんだったら、その考えは捨てろ。俺はお前達が俺にとって不利益になるようだったら、迷うことなく敵に回るぞ」


 聖樹の御子である俺がそんな事を言うとは思ってもみなかったんだろう。俺と話をしていた男以外にもその場にいたエルフ達は一様に驚愕の表情を浮かべている。


 だが、実際俺は無条件でエルフの味方をしているわけではない。これで御子が味方についたから、聖樹が守ってくれるから、だから人間を倒そうなんて思いでもしたら、その時は迷う事なく切り捨てる。

 そうでなくても、傲慢になって見下したりして花園に来る人間を不快にさせるようなら追い出すつもりでいる。


「まあ、不利益にならないんだったら、好きにすればいい。フローラも自分の周りが賑やかになって楽しそうだからな」


 それだけ言い残すと、俺は今度こそその場を離れていった。

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