第369話第二王子撃退

 

「殿下、このような場で偽りを申されては困ります。殿下は先日も誇張して事を伝えておりましたが、そのようなことは止められた方がよろしいかと。王家の品位に関わりますので」

「なんだ貴様は。俺を愚弄する気か!」

「いえ、そのようなことは決して。私は、事実だけを申しているだけでございます」


 そう考えて、俺はリリアの前に出て第二王子の視線を遮るように立ったのだが、それが気に入らなかったのだろう。

 第二王子は、それまでのリリアに感じた苛立ちをも俺にぶつけるかのように叫んできた。

 まあ、別に怖くもなんともないけど。


「そも、貴様のような傭兵如きが、俺に反論する時点で愚弄しているというのだ!」


 そう怒鳴った第二王子だが、俺みたいな雇われの木端には興味がないのだろう。すぐさま俺の背後にいるリリアへと意識を向けなおした。


 そして、手を差し出しながらリリアへと話しかける。


「聖女よ、我が陣営につけ。いずれ玉座は我が物となる。そして貴様が我が陣営に入れば、それはより確実に、より迅速なものとなろう。その際には、貴様らエルフのすみかも確保し、管理してやろう。故に、これは貴様にも悪い話ではないはずだ」

「え? やだけど?」


 が、瞬殺。


 リリアは第二王子の言葉を一瞬たりとも考えることなく拒絶し、「何を言っているんだこいつは」とばかりに首を傾げた。


「……これは、提案ではない。俺が優しくしているうちに頷け」


 第二王子は、怒りが一定値を通り越したのか表情を消して、暗い色を含んだ声でリリアへとそう告げた。

 そして、その周りに立っていた護衛達から、今にも攻撃を仕掛けてきそうな圧が放たれ始めた。

 これは脅しだろうな。頷かなければ攻撃をするぞ、って。


 だが……


「? だからぁ、やだってば。ちゃんと人の話を聞いてよね! はあ〜、人の話を聞かないバカの相手は疲れるわ〜」

「お前が言うなよ……」


 それでも第二王子の言葉はリリアの冗談みたいな言葉によって拒絶された。

 向けられた害意をものともすることなく答えたリリア。流石はエルフの王女、流石は聖女、なんて周りの奴らは思うかもしれないが、そうじゃない。

 こいつがこの程度の圧で怯まないのは、カラカスではこんなのは普通だったからだ。

 この程度の圧なんて、その辺を歩いていれば簡単に遭遇する。


 もっとも、こいつがバカだから気づかないだけってのあるかもしれないけど。


「……どうやら、力を見せねば理解できんようだな。どちらが上なのかを」


 第二王子はそう言うと、周囲にいた護衛の騎士に指示を出し、その指示に従って一人が前に出てきた。


「こんな人目のあるところで暴力を振るうだなんて、第二王子ともあろうお方が、それでよろしいのですか?」


 そもそも武力でどうにかしようと考えるって、どんな頭の中身してんのって感じはする。

 だってこれ、普通に考えれば戦ったところで意味がないってわかるだろ?

 それとも、あれか? 自分が勝って、すごいんだぞって理解させることができれば自分の下に着くとでも思ってんの? 理解できん。まあ、別にいいけどさ。


「かまわん。そも、そこにいるエルフは正式な『聖女』ではないのだ。聖国が決め、派遣する聖女を騙ったとなれば、それは大罪だ。一度捕らえて話を聞く必要があろう。それに逆らうのであれば、邪魔をする者を排除するのは当然のことであろう?」

「『聖女』の名は我々が語ったものではありませんが」

「そんなことは関係ない。聖国が決めた者以外が『聖女』と呼ばれていることが問題なのだ。それに、もしそれが本当なのであれば、関わった者全てを捕らえる必要も出てこような」


 暴力に訴えると決めたからか、第二王子はそれまでの怒りや昂りを消して余裕のある態度を見せ始めた。

 それは騎士を従えているという事実と、お互いの人数差によるものだろう。

 戦っても余裕で勝てる。言うことを聞かせるくらい余裕だ。

 そう思っているからこそ、こうも落ち着くことができたんだろうな。


 ……まあ、その余裕は全くの見当違いなものだけど。


「だが、捕らえる前に、まずはこちらの力を見せる必要がある。何せ、そのエルフはこの俺を舐めているようだからな。話を聞くにしても、まずは躾が先であろう? 護衛だと言うのなら、守ってみせるがいい」


 そして、この手の輩は調子に乗ると余計な事をしだすもの。

 優勢なんだって自信があるんだったら、騎士に俺たちのことを囲ませて連行するだけでいいのだ。

 そこで逆らわれたら戦えばいいし、正式に犯罪者として手配すればいいが、最初から倒しにかかる必要なんてない。

 それも、自分が気に入らないから、なんて理由で騒ぎを起こすのは愚かとしか言いようがない。

 というか、もう完全に取り繕うのやめてるよな。リリアの呼び方が『聖女』じゃなくて『エルフ』になってるし。


「先に手を出したのはそちらだ、ということを覚えておいてくださいね?」


 剣は抜いていないが、それでも俺のことを倒そうと拳をに握り襲いかかってきた騎士。


 だが、そんなものに意味はない。何せ、動きが悪すぎるのだから。

 ただ動きが悪いんじゃない。悪すぎるんだ。これで本当に騎士やってけんの? って感じの出来なさだ。


 多分、良いとこのお坊ちゃんとか、ごますりの上手い三流騎士や元兵士とか、そんなんじゃないだろうか?


「ぐおっ……!」


 おっそい拳を避けて、その腕を掴んで引き、同時に足を引っ掛けてやればそれだけで転ぶ。


「雑魚がしゃしゃり出てくんな。役立たずが」


 そんな転んだ騎士を見下ろしながら、そいつにだけ聞こえるような大きさで囁きかけてやれば、それだけで騎士の体は震え出し、勢いよく立ち上がって剣を抜いた。


「こ、のおおお!」


 そうして切り掛かってくるが、まあその練度はお察しだ。さっきまで無手の状態でだらしなかったのに、剣を持ったからってすぐに強くなるわけがない。


「やめてください! 俺は王太子に雇われた傭兵で、聖女様の護衛です。そんな相手に剣を向けるなんて、ただではすみませんよ! 話をしたいと言うのであれば、王太子の立ち会いの元で話をしますから!」


 襲いかかってくる騎士の剣を避けながら、周囲にいる者達にどちらが悪者なのかわかってもらえるように大声で叫ぶ。

 そんなことをしなくても市民達は俺やリリアの味方をするだろうけど、内輪での理解と客観的な意見って別物だからな。

 この場合は、俺から襲いかかったわけではない、俺は正しいことを言っている、という状況を作るのが大事なのだ。

 ただ無言で敵を倒したら、それが正当防衛であっても途中から見た者はわからない。

 だからこそ、戦いたくないと叫び、襲いかかったのは俺ではなく、俺が騎士達を倒したのは仕方がないことなんだと理解させる。


 ……でも、そこには第二王子に対する挑発も入ってるけどな。

 こうして自分の取り巻きの騎士がみっともない姿を見せていればイラつくだろうし、イラつけばそれだけ無様に、杜撰に動いてくれるだろ?


「おら、どうした無能。素手の歳下を相手に、かすらせることもできないのかよ」

「くそがああああっ! おいっ! 手を貸せ!」


 ついに一人では俺に勝てないと理解できたのか、その騎士は他の王子の護衛に声をかけ助けを求めた。

 声をかけられてもわずかに戸惑った様子を見せていた護衛達だったが、その中から二人の騎士が前に出てきて攻撃に加わった。


 だが、この最初に襲いかかってきた騎士の呼びかけに応えるような仲間なだけあって、その実力も似たり寄ったりだ。

 ぶっちゃけ役立たずが増えただけ。


「追加が来ても何にも変わんねえな。お前ら全員、ちゃんと訓練してきたか? お前程度その辺のガキでも勝てるぞ。俺が剣の振り方を教えてやろうか? ああ、金なんていらねえよ。お前程度のお遊び剣術しかできない相手に、ちゃんとした剣の振り方を教えるくらい大した手間でもないからな」


 相手の攻撃を避けながらも、そうして小さな声で煽っていくのはやめない。

 表情は困った様子を見せているだけに、周りからしてみれば仕方なく対処しているように見えることだろう。


「何をしているっ! その程度さっさと片付けんか、無能が!」


 そんな俺一人に手こずっている様子を見せられたからか、第二王子は自分の騎士達に怒りをあらわにした。


「ほら、お前のご主人様もお前のことを無能だってさ。やっぱそうだよな。周り見てみろよ。みーんなお前が無能だってことを理解して顔だぞ。今後街を歩く度にみんなに見られることになるだろうな。何せ、三人がかりで一人を倒すどころか、攻撃をかすらせることすらできないんだから。よかったな? お前らは街の人気者だ。これからも笑いを運んでくれる、役立たずの道化三人衆ってな」


 第二王子に怒鳴られたことで、三人の騎士達の攻撃はより激しいものとなった。

 だが、激しくなったということは、同時に隙が出来やすいということでもある。

 これが達人だったらそんな隙なんて関係ないんだろうが、こいつら程度の実力じゃ致命的だ。


 避けて転ばせて剣を弾いて、動きを誘導させて味方にぶつけさせもした。


「おい! お前達あいつを捕らえろ!」


 そんな感じで遊んでいると、ついに堪えきれなくなった第二王子が大声で指示を出した。


 さらに追加で人が来るようだが、まあこの程度なら後三人くらいはいけるか。

 スキルありなら何人でもいいが、今の状況で使うんだったら『農家』よりも『盗賊』の方がいいだろう。目立たないし、より滑稽さが演出できる。


「殿下。お気を鎮めてください。この場でこれ以上の動きを見せれば、貴方様のお立場が……」

「……チィッ! ……貴様、覚えておけ」


 側近、だろうか? そばにいた男が第二王子に耳打ちをすると、それ以上何かをすることなく第二王子は捨て台詞を残して去っていった。


 突然やってきて因縁をつけ、わけわからないうちに一方的に襲いかかっていた第二王子一行が去っていった後、俺やリリアは周りにいた奴らから心配するような声をかけられた。


 今の状況だけ見れば周囲の奴らからしてみればとんだ災難に見えただろうが、計画通りだ。


 俺たちが、というか『聖女様』がここで活動していれば、第二王子勢力がやってくるのはわかっていた。

 俺がそれを知り得たのには、王太子やフィーリアなんかの協力があってのこと——なんかではない。

 そんな謀略系のあれこれではなく、普通に知ることができた。だって文字通りの意味での『草』があいつの言葉を聞いてたし。第二王子や裏切り者達の言葉を教えてくれってあらかじめ伝えておけば、それだけで情報なんて簡単に手に入る。後で活躍してくれた植物を回収して『お水』をあげておこう。


 まあそれはそれとして、今は計画について考えるべきだな。

 こんな騒ぎを起こしてまで行う計画とはどんなものなのかと言ったら、それはもちろん例のエルフ救出計画のことだ。


「そろそろいいか。それじゃあ、救出作戦開始だ」


 そう口にした俺は、みんなに心配されてチヤホヤされているリリアを連れて、冒険者ギルドへと向かうことにした。


 今回のメインはリリアだからな。頑張って活躍してもらうぞ。

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