第365話第二王子:愚かな企み
——第二王子・マーカス——
「くそっ! ルキウスめ!」
数日ほど前から俺にとって煩わしい話が聞こえ始めていた。
それは、この俺が裏切り者と内通して此度の騒ぎを引き起こしたと言うものだ。
全くもってふざけているとしか言いようがない。なぜ俺がそんなことをする必要があると言うのだ。
確かに騒ぎを起こして王太子であるルキウスを殺せば王位継承権は繰り上がりとなり、俺が王太子となる。その際に国王である父上も共に殺せば、騒動が終わった後には俺が王になれただろう。
だが、実際にはそうではない。もしそうであるのなら、なぜ俺が牢になど捕らえられなければならんのだ。
もし俺が裏切り者と内通していたのであれば、牢になど入らずに部屋を用意させたに決まっているだろうに。
そして、折を見て裏切り者、および賊を殺して玉座を取り戻したはずだ。
だがそうはなっておらず、俺は牢に捕らえられていたが自力で脱出し、賊の首魁を斬り殺して騒動を終わらせた。
「なぜだ! 俺が敵を殺したのは真実だろうが!」
これは、『他者の言葉の真偽を知ることのできるスキル』を持った者を呼んでまで確かめさせたのだ。そのような屈辱を受けてなお証明した紛れもない事実だ。
確かに巨人を倒したのは俺ではない。だが、最終的に賊を倒したのは俺なのだから最大の功労者は誰かといえばこの俺に決まっている。
それなのに、市民どもは些細な偽りを突いて王族であるこの俺に批難の声を吐きつける。全くもって忌々しい。
「そもそもなぜあのような事ができる化け物がいるのだ! 貴様らは言ったではないか! あれはルキウス側の行ったい秘術、秘宝の類だと。だからその手柄を告げられる前に広めてしまえば俺の成果になると。違うか!」
王太子であれば国の秘密の一つや二つを知っていてもおかしくはない。その中にはいざと言うときに国を守るための力があるだろう。
そう言われたからこそ、俺は敵の首魁の討伐以外に全ての成果を自身のものとして喧伝したのだ。
だが、それがどうだ。実際にはあれは個人の力によるもので、俺の発言は嘘だったのだと騒ぎ出す馬鹿共がで始めた。
「ですが、あれは第十位階だからといってできるものではありません。普通に考えればなんらかの方法で力を増幅していたと思うべきでしょう」
そんなことはわかっている。あれが第十位階の基本的な力であるはずがない。あのようなことは、『八天』にすらできぬことのはずだ。
だからこそ、俺はお前達の言う言葉に納得した。だが……
「だが、実際に奴はやってのけたぞ。それも、さしたる苦労もせずに」
「それは……今回は相手が悪かったとしか……。あのような規格外の存在がいるなど、予想できませんでした」
「予想できなかったで済む話ではない!」
あんなものが存在しているのであれば、初めから巨人討伐の功など求めなかった。
ただ賊の首を取り、騒ぎを終わらせたと言うだけで終わっていただろう。そうであれば状況が悪くなることもなかった。
「で、でしたら、あの男をこちらに引き入れてはいかがでしょう? 聞いたところによると、傭兵だと言う話です。であれば、額次第ではこちらに靡くやもしれません」
「……傭兵か。だが、今更こちらに与したところでなんになる? すでに巨人を倒した成果はルキウスのものとなっているのだ。ならば、今のあの男には純粋な戦力としての価値しかあるまい。多少国民の人気取りに使えるかも知れんが、無理に動くほどのことでもない」
確かにあの男が傭兵だと言うのなら、それを我が勢力として引き摺り込む事ができるのならばそれに越したことはない。あの男は八天ではないが、八天にも勝りかねない、英雄の如き扱いをされている。
そのような者がルキウスを見限って我が勢力につけば、貴族も民もルキウスに疑念を抱くことになろう。
だが、そこで無闇に動けばルキウスは他の守りを固めることになる。
大した価値のない傭兵を引き抜く代わりに守りを固められるよりも、傭兵など放っておいて後で決定的な何かを行った方が効果的だと言えるだろう。
故に、今はそんな傭兵など放っておいて他のことを気にしなければならん。
「それに……裏切り者だと? そんなものは知らん! なぜそんなものと通じていることになっているのだ!」
「市民達の間でそのような噂が流れているようですが、おそらくは王太子派の流したものかと思われます」
「くそっ……!」
ルキウスの奴めっ……。そのような噂を流してまで動くとは、どうやら俺を本気で潰したいようだな。
だが、そのような噂を信じる者もどうかしている。そんな嘘に騙されて王族である俺に唾を吐くなど、所詮はモノを知らぬ下民か。
「ですが、裏切り者の存在そのものはありえない話ではないかと思われます」
「何? どう言うことだ」
「此度の騒動ですが、実際に動いていた敵だけでは少々難しいことがいくつもあったはずです。バレないように使役した魔物をここまで連れてくること、訓練した兵士を用意すること。加えて、いかに戦力はあったとしても、この街に来た後の流れがスムーズすぎたこと。裏切り者がいるとでも考えない限り、全てを成し遂げることは難しいでしょう」
確かに、言われてみればそれら全てを揃えるには奇跡が起こったとしても不可能だろう。
だが実際にそれが成功し、一時とはいえ国盗りも成ったのだから、奇跡以外の何か——裏切りがあったと考えるのは妥当だろう。
「ならば、裏切り者がいた、と言うことは事実ということか」
「おそらくは。それが我らの派閥にいたのか、それとも別の勢力か。それはわかりませんが」
「くっ……。ならば探せ! 探し出し、その者を捕らえるのだ! それによって我々が裏切り者になど関わっていないと証明せよ!」
「はっ!」
市井に流れている噂など、我らで裏切り者を捕まえてしまえばすぐに消すことができる。それどころか、ルキウスが我らを嵌めるためについた嘘なのだと逆に追い落とすこともできよう。
「あるいは、他のことで目を逸らさせることも有効やもしれません」
我が命令に従って従者が一人部屋の外へと出て行ったが、その後は別の従者がそのようなことを言い出した。
「他のことだと?」
「現在、市井では殿下の噂の他に、『聖女』の活躍が広まっております」
「聖女? 聖国のアレは現在南の魔王と戦っているのではなかったのか?」
確かそのはずだ。異世界から喚んだ『勇者』などという存在に付き従い、魔王を討伐するべく南の小国群へと赴いたきり、まだ戦いは終わっておらず戻っていないと聞いている。
故に、聖女がこの国にいることはありえんはずだ。
「はい。ですが、そちらではありません。『聖女』というのも正式な名ではなく、市民の間での通称です。実際は現在フィーリア王女の元に逗留しているエルフの姫です」
「……ああ、そういえば数度見かけたことはあったな」
一年以上前のことではあるが、以前にもフィーリアが連れてきたエルフの女を城内で見かけたことがあった。
あの時は一日二日程度の短期間であったが、今回はそれなりに長く留まっているようだ。
「だが、なぜソレが聖女などと呼ばれているのだ?」
「どうやら、市井に出て今回の件で怪我をしたものの治療を行い、エルフらしく植物を操って食料を分けているようです。そして、その全ては無償で行われています」
「故に『聖女』か……。ふんっ。それが本当であれば、確かに『聖女』だな。本当であれば、だが」
だが、現実にそんな者がいるはずがない。
民に分け与えることができるほど植物を育てるなど、それほど簡単にできることではないのだ。
にもかかわらず、無償で行っているとなれば、金銭以外の何かが目的ということになる。それが本人の思惑か誰ぞの企みかは知らんがな。
いや、状況的に考えればフィーリア、あるいはその裏にいるルキウスの指示だと考えるのが妥当か。
「その『聖女』を殿下の味方に引き込むことができれば、市民達をの意思を味方につけることが可能となり、殿下への悪しき噂を消すこともできましょう」
「なるほどな。だが、あれはフィーリアの下にいるのであろう? 果たしてこちらにつくか?」
「確実に、とはいえませんが、試してみる価値はあるかと」
先ほどの傭兵を引く抜くよりも、こちらの『聖女』の方が効果はあろう。
であれば、そちらを狙うべきか。
万が一断られたのだとしても、その時はこちらで拐ってしまえば良い。それだけで、ルキウスは『聖女』を守れなかった無能となる。
その後はこちらで助けるでも処理するでもどうとでもすればいい。
あるいは、民の前で我々の指示によって『聖女としての活動』を行っているのだと思わせる事ができれば、それだけで意味はある。
そのようなことを言っても本人は否定するだろうが、王族でありこの国で頂点を争っているような立場にいる俺の言葉であれば、はっきりと否定することなどできはしまい。
少数民族であるエルフの女など、俺の言葉に頷くしかない。何せ俺とあの女の間には『格』の違いというものがあるのだから。
そうなればそこからは……くくっ。
今に見ていろ、ルキウス。この国の王には俺がなる。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます