第328話ヴォルク:牢屋に到着

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「ったく。あいつが任せてくれたんだ。万が一にでもしくじるわけにゃあいかねえな、こりゃあ」


 ヴェスナーと別れた後、俺は見覚えのある景色を眺めながら城の敷地内を進んでいく。

 その足取りはここに来るまでに比べるとかなり遅いもんだが、まあ仕方ねえ。城に来るまではあいつが植物から受け取った情報をもとに見つからねえルートを選んで進んできたが、今はあいつとは別行動をとってるから教えてもらうことができねえからな。

 まあ、闇雲に探すんじゃなくてどこに捕らえられてんのかだけでもわかったから良しって感じだろ。それすらわからなきゃあ、流石に時間がかかるし敵に見つからねえってのも無理だろうからな。


「にしても、地下牢の前は魔物の群れか。もし中に捕らえられてる奴が運よく逃げ出したとしても、魔物の餌ってか」


 俺のやってきた地下牢ってのは貴族や王族に使う幽閉塔とは少し方向の違うところにあるもんだ。

 入口そのものは城の中にあるんだが、城の端にあるからその壁は必然的に外と繋がってる。

 簡単に言やあ、壁をぶっ壊せば中に入れるってことだな。城の中を歩き回って入り口まで辿り着くよりも、外から入ったほうが楽に手早く済むもんだと思ったんだが、まあそう簡単にはいかねえようだ。

 敵さんも捕まえている奴らが万が一抜け出したら、誰かが助けに来たらなんて考えたのか、目的地の周辺には獣型の魔物がうろついてやがる。

 ついでに、その魔物たちの監督役なのか、全身鎧に身を包んだ人間もちらほらと何人か。


 獣型は集団の頭さえ押さえちまえば後は楽に動かせるってえ話だから、これだけの数でも負担は少ねえんだろうな。

 だとしても、かなりの数がいるのには違いねえが。


 人間がいるのは、まあ獣じゃ連絡もクソもねえからな。それに、人がいるってのはそれだけで警戒せざるを得ない。加えて、人と獣、戦い方の違う存在両方を同時に相手にすんのはめんどくせえ。

 そんな幾つかの理由からこんな誰も来ねえような目立たねえ場所に人を配置してんだろうな。


 だがまあ、人間の敵は置いておくとしても、問題は魔物の方だ。


「巨人を操った上にこれだけの数の魔物ってなると、かなりの位階だな。たまたま運よく巨人を、ってわけでもねえわけか」


 寝ているところや怪我をしているところなら、たとえ格上でも操ることができる。それが使役系だ。

 だから、今回の巨人二体だって運よく、って可能性もないわけじゃなかった。

 確証はねえが……まあ第十だと思ってた方がいいだろうな。


 その巨人はもう死んでるらしいが、これだけの魔物がいるとなると普通の騎士では難しいだろうよ。

 俺たちみたいな数合わせや雑用係のために雇われた例外もいるが、基本的にあいつら騎士は集団で戦うことを前提に鍛えてる。あるいは室内での戦いや誰かを守るための戦いだな。

 ここみてえな外で魔物の群れに突っ込んでいって個人の武勇を発揮するってのは、騎士の戦い方じゃねえ。傭兵や冒険者の戦い方だ。

 つっても、位階が高くて実力がありゃあそんな基本なんて関係なしにできるわけだがな。


 だが、そんな魔物の群れに突っ込んでいけるような奴なんてそうそういねえのも事実で、これだけの数がいりゃあ、巨人なんていなくても守るだけなら守れるだろうな。


 ……まあ、巨人は死んでるってえ話だが、微妙だな。

 何もヴェスナーからの報告を信じてねえわけでもねえ。だが、そう簡単に巨人が死ぬか、っつー疑問はある。

 確かに巨人二体と第十位階二人だってんなら、相打ちになることもあるだろうよ。だが、そう簡単に負けるような相手でもねえのが巨人だ。


 弱い個体だった? あるいは操られたことで制限がかかって劣化した?


 最強種っつっても、個体によって強さにばらつきがあるのは当たり前だ。ドラゴンなんかは生きた年数がものをいうし、天魔族は善性か悪性のどっちに振れ幅がでかいかでその強さが変わる。

 なら巨人はっつったら、その知能だ。巨『人』というだけあって、奴らは他の魔物と違ってスキルを使う。

 だから人間と同じで、位階が低けりゃあただの図体のでけえ木偶だし、高位階ならドラゴンなんて歯牙にも掛けねえ化け物の出来上がりだ。


 弱い個体だったり、操られたことでスキルの使用に制限がかかったんだってんなら、まあ殺されたのもわかる。

 わかるんだが……なんかなあ。なんつーか、あんまし納得のいかねえ違和感があんだよな。


 ……だが、死んだんだってんなら、死んだんだろう。気にならねえわけじゃねえが、今気にすることでもねえ。頭の片隅にでもぶん投げときゃあ良いだろうよ。


 今やるべきことはそんなことを考えるんじゃなく、あいつから頼まれたお願いを叶えることだ。これで失敗でもしたら、笑われるどころじゃすまねえからな。


「とりあえず、あん中に入る前にゴミの処理からすっかね」


 回り道しながら行けば、その分時間がかかる。ここに来るまでにもう十分程度は使っちまってる。できることなら時間をかけたくねえ。

 それに、どうせ城の中から入ったところで戦いになるのは避けられねえんだ。あっち側にも警備はいるだろうしな。いねえわけがねえ。


 だから、最善はここで敵をさっさと片付けて救出。そんで逃げることだろうよ。


 そう考えた俺は、気負うことなく軽く呟きながら剣を振る。

 何気なく振った剣からは黒色で薄く輝く刃がとびだし、魔物を真っ二つにしていく。


「だ、誰だ!」


 それによってうろついてた魔物たちの半分近くが真っ二つになり、近くにいた騎士たちが俺の存在に気がついたようで槍を構えてこっちに向けてきた。


「お前、誰を相手にしているのかわかってるのか!?」


 そうして俺を睨みながら叫んだが……馬鹿らしい。んなこと聞いてる余裕があんだったら攻撃しろよ。

 まあ、今のは敵がいることを周囲に知らせんのと、問いかけによる時間稼ぎだってのはわかるが、俺の場合は切った方が早えからどうしてもそう思っちまう。周囲に知らせんのなんて、敵を切ってからで良いじゃねえか、ってな。


 それはそれとして、だ。今ので敵は集まってくんだろうな。集まっても問題なく片付けられるが、その全部を対処しねえとならねえってなるとめんどくせえ。


「わかってっさ。単なる賊だろ」


 城に待機し、騎士を名乗ろうと、正式な王とその配下でない以上、ただの賊だ。

 まあ、俺にとっちゃあ正式だろうがそうでなかろうがどうでもいいことだけどな。勝手に名乗ってりゃあいい。


 そうして俺は再び剣を構えると、敵の中に突っ込んでいって普通に剣で敵を切っていく。

 スキルを使えば数分とかからずに殺せるだろうが、そうしない。

 今は急いだ方がいいからスキルを使うべきなんだろうが、万が一を考えるとスキルの回数は温存しておいた方がいいだろう。俺もそこそこ多くの回数が使えると思っちゃいるが、それでもあの馬鹿みてえに底なしってくれえ使えるわけでもねえからな。

 それに、スキルなんて使わなくてもこの程度の雑魚どもなら剣だけで十分に勝てる。剣すらなくても指一本だって勝てるだろうよ。

 何せ俺も第十位階の剣士。正真正銘のバケモンだ。


「こ、この——」

「クソが——」

「し——」


 だが、まあ余裕で勝てるだろうなとは思っちゃいたんだが、余裕すぎた。ぶっちゃけ弱え。

 俺が相手にスキルを発動させねえように立ち回ってるってのもあるんだが、それでももう少しなんとか頑張れよな。

 なんて、元この城で騎士をやってた俺としてはそう思っちまう。


「遅えし弱え。これでよく城を奪うなんてできたな……ああ、巨人のおかげか」


 普通なら人が攻め込んで奪うもんだから、こんだけ弱えと城を奪うなんてことはできねえもんだが、今回に限っては話が違う。今回は巨人がいたから軍は大して役に立たなかっただろうし、魔物がいるから人なんて弱くてもどうにかなった。

 それにしても弱すぎると思うがな。


「死ねええ!」

「魔法か……」


 騎士の一人が根性見せて、俺に腕を切り落とされながらも魔法を発動させて炎の弾を放ってきた。

 魔法師じゃなくて騎士としてここにいるってことは、こいつの『魔法師』は副職なんだろうな。それを証明するかのように威力はねえし、飛んでくる速度も遅え。だがまあ、よくやったんじゃねえの?


「魔法を……切った?」


 だが、その根性は認めるが、意味があるかっつったらそんなもんはねえ。

 この騎士は俺が魔法を切ったことに驚いているみてえだが、俺としちゃあ常識の範疇だ。


「何も珍しいもんでもねえだろ。これくれえできなきゃ、戦場じゃ死んでらあな」


 傭兵時代いろんな戦場を渡り歩いてきたが、飛んでくる矢を払えない奴は死ぬし、放たれた魔法を防げない奴も死ぬ。俺は天職も副職も『剣士』で守りに関するスキルなんてなかった。だから剣一本でどうにかするしかなかった。

 本当なら仲間に守ってもらったりすんだろうし、他の奴らはそうしてたが、あいにくと昔の俺には仲間なんざいなかったからな。全部一人でやるしかなかったわけだ。

 それに、魔法を迎撃してたのは何も俺だけでもねえからそんなにおかしいってことでもねえはずだ。

 まあ、今では仲間もいるし、途中からは一人でなんでも、なんてことはしなくなったが、できなくなったわけじゃねえ。


「そんで、戦場じゃあ動きを止めた奴から死んでくんだよ。お前みてえにな」


 放った魔法が俺に切られたことで、その騎士は驚きに動きを止めたが、更なる攻撃を許すはずもない。

 今度こそ抵抗なんてできねえように首を切り落としてしまいだ。


「さて、そんじゃあ王妃様の救出に行くとすっか」


 外の敵は魔物も人も合わせて両方とも殺した俺は、中にいるはずの王妃様——あいつの母親を助けるために城の壁を切る。


 騎士時代にこの地下牢の中は見たことがあったから、その記憶を頼りに誰もいなさそうなところを選んで切ったんだが、どうやらうまくいったらしい。


 そうして開いた穴っつーか、開けた穴から牢の中に入っていくが……


「まあ、中にもいるよな、そりゃあ」


 牢の中に入ると異変に気がついた敵がこっちにやってきた。


「なんだてめえ! さっきっから上で聞こえてた音はてめえ——かあ?」

「うっせえ。死んでろ雑魚」


 だが、流石に何十人と配置しているわけもなく、最初の一人と、続いてやってきたもう一人を切ったら牢の中での処理はしまいだ。その処理自体は特に言うこともねえ。剣を振った、くれえだな。


「……どういうことだ?」


 だが、敵の処理を終えた俺は牢の中を歩き回ったんだが、その中には目的の人物はいなかった。

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