第276話独立宣言を終えて

 

 翌日。朝起きた俺は今回のメンバー全員で王都の店に出て朝食を取ることになった。

 せっかくこんなところまで来たんだから、宿の飯ばっかじゃつまんねえだろ、ってのが親父の言葉だ。

 まあ同意するけど、こんな状況でそんな遊んでいいのかよって感じがしないでもない。


 でもまあ、俺たちは王都にいるんだから、それが宿の部屋だろうとどこぞの店の中だろうと、危険性は変わらないか。


 そうしてやってきたのはなんか知らないが魔物の素材を使うゲテモノ料理店。

 メニューの内容は名前からではとても想像できないものもある。ちらっと料理を運んでいるところが見えたが、見てるだけでなんか精神的に削れていきそうな料理もあった。本当にあれを食べるのかと思わなくもないが、店として出している以上はちゃんとした料理だから大丈夫だろう。多分。

 朝っからこんなものを食べるのかよ、と思わなくもないし自分一人じゃ絶対に寄らないような店だが、興味がないわけではないので適当に注文することにした。


 うねうねプルプルヌメヌメぐちょぐちょ……。


「——で、なんだって?」


 個室に入って料理が届き、その見た目に圧倒されていると、親父は特に怯むことなく青紫色の塊を自分の皿に取り分けて食べ始めた。それ、食べても大丈夫なやつか? なんか色がアウトな感じするんだが?


 だが、恐れたまま食べないってのは無しなので、恐る恐る手を伸ばす。


「軍を準備して制圧するってよ」


 昨日は宿に戻ってから城の植物たちに協力してもらって国王らの話を聞いていたのだが、多少色々と揉めていたものの、結論としてはそれだった。


 ……あ、これだめだ。

 俺が最初に手を伸ばしたのは、まだ外見的な特徴の弱い肉の料理だったんだが、食べた瞬間に口の中どころか体全体に臭さが広がった。臭みではない。臭さだ。

 なんとか飲み込みはしたものの、腹の底から匂いが這い上がって頭の先まで染め上げるような、そんな暴力的な臭さだ。


 味は……まあ、不味くはないし、食べられない事もない。むしろ味だけで言ったら普通に美味しいかもしれない。癖になるやつもいるんじゃないかって感じのやつだ。

 ただ、どうしようもないくらいの問題として、臭いが強烈すぎる。


「ま、想定通りだな」

「ただし、方々から人を連れてくるから時間がかかるそうだ」

「方々ってのは国境やら辺境からか?」

「いや、なんでも『八天』を引っ張ってくるらしい。それも、今回のことで一人じゃ無理だとわかったからか、何人かを。できれば全員呼びたいってのが向こうの意思だ」

「あー、あいつらな。あいつらは軍に所属してても、実質的には放し飼いだったはずなんだが……それを呼ぶってこたあ、まあそれなりに本気ってことか」


『八天』ってのはこの国に所属している第十位階の強者達だ。そんな戦力を保有するために国はそいつらに土地を与え、権力を与え、自身の土地ではある程度の法に反する事であっても問題としない自治領としている。奴らを引っ張り出すにしても、回数の限られた『お願い』をする事でしか動かせない。

 だから今まで出し惜しんできたためにカラカスは見逃されてきたんだが、これ以上はダメだと判断したんだろうな。

 大きくなる前に八天を全員使って潰してしまおうという結論になったようだ。


「……平気なのか?」

「あ? ……なんだ弱気になってんのか?」

「そりゃあまあ、そうなるだろ。第十位階なんて言ったら物語になるような英雄だぞ。それが何人もってなったら、流石に厳しいものがあるだろ」


 脳裏には大地を操りドラゴンと戦う母の姿。あれと同格だというのなら、それが複数来るとなるとどうしたって怯んでしまう。


「ねえよ。第十位階なんて言っても、いっちまえばそれだけだ。俺相手でも殺すことができるような化け物が ビビってんじゃねえよ。今回俺が切った自称『剣聖』だってその『八天』の一人だぞ? っつかお前ももうそろそろ第十位階じゃねえかよ。同じようなもんだ」

「同じじゃねえだろ……。それに、戦闘職と非戦闘職じゃ違うだろ」


 俺は今第九位階だが、もうそろそろ第十位階に上がるはずだ。だが、もし仮に第十位階になったとしても、戦闘職の第十位階と比べると戦闘面では劣るだろう。当然だ。相手はそれ専用の天職なんだから。奇襲や搦め手なら俺も対抗できるだろうが、真っ向から向かい合っての勝負だとわからない。


「いや、つってもお前の場合本当に非戦闘職って呼んでいいのかわかんねえんだが……」


 親父はなんかつぶやいているが、絶対の保証がない以上はどうしたって悩みもするさ。


「まあいい。あいつらの方針もわかったことだし、帰るとすっか」


 国王たちがどう動くのか分かったので、もうここに留まっている意味はない。

 むしろ、さっさと帰ってこれからに向けて準備をした方がいいだろう。まあ、戦いになるだろうとは考えていたから、準備そのものは結構前から始めてたんだけどな。


 俺たちは親父の言葉に頷き、カラカスに帰ることにした。


 ……あ、最後になんかお土産買って行かないと。何もなかったらリリアがうるさいだろうからな。




 そうして俺たちは、王国に対して独立の旨を伝えるという目的を達成してカラカスへと戻ってきた。


「眼鏡には伝えておいてやっから、お前らは休んどけ」


 色々と準備しなくちゃな、と思っていたのだが、カラカスの館に戻るなり親父からそう告げられてしまい、俺は花園のことが気になる事もあり、大人しく花園の館へと向かうことにした。


「もどるねー」


 花園に着くなりフローラは依代を捨てて、聖樹の方へと飛んでいった。多分聖樹本体と離れていた間のエネルギー補給的な何かがあるんだろう。長くは離れられないって言ってたし、依代があってもそれは変わらないんだろう。


 まあそんな感じで抜け殻となった依代を乗せたまま、俺たちは花園へともどることにした。


「ただいまー」

「あっ、お土産っ!」


 なんで帰ってきたやつを出迎える第一声がそれなんだよ。ちゃんと出迎えろよな。


 館に戻ると、リリアがバタバタと騒がしく音を立てながらこっちに走ってきたのだが、かけられた声は俺たちの出迎えと言っていいのか微妙なものだった。


 まあ、今更そんなことを言っても仕方ないし、ペット枠としてみれば可愛いもんである。

 ……いや、やっぱもうちょっと躾がされてる方が嬉しいかも。帰っていきなりお土産って言われても地味に疲れるし。


「安心しろ。ちゃんと用意してきた」

「こちらをどうぞ」


 用意したって言っても、帰り際でギリギリ思い出したから朝食を食べてた店で適当に注文して買ってきたものだけどな。


「わーい……い? ……何これ?」


 だが、俺がお土産を渡してもリリアの反応は微妙なものだった。せっかく選んできてやったのに。


「何って、お土産だよ。珍しいだろ?」

「珍しい……えーっと、うー、珍しいけど……なんか微妙」

「微妙ってひどいな。せっかく俺が喜んでもらえると思って買ってきたのに」

「お前、これ選ぶときにめちゃくちゃ笑ってたよな」


 リリアに渡したお土産は、魔物を使った料理店で売っていたもので、目玉料理だ。比喩ではなく、文字通りの目玉料理。目玉の、料理だ。


 保存用の箱の中にはなんの魔物か知らないが目玉がいくつも詰め込んであって、その周りにはゼリー状のなんかブヨブヨがある。その上からなんか知らないけど赤いソースがかけられてるという、見た目的には食欲をかなり削ぎ落とすような料理だ。馬ではなくブラストボアをエルフ達から借りたおかげで旅行の日程を短縮できたからこそのチョイス。馬を使ってた場合だといくら保存用の入れ物があるって言っても腐ってただろうからもってこれなかったと思う。


「まあ食べてみろ。騙されたと思ってさ」


 俺も試しに食べてみたが、見た目は悪いがまあ美味しかった。……見た目は最悪だしなんの魔物を使ってるのかがすごい気になるものではあったけど、味だけで考えればハズレではない。


「う〜ん……。あむ……んむっ!」


 最初は嫌そうな顔をしながら目玉を一つ摘んだリリアだったが、口に放り込んでから少しすると驚いたような反応を示した。


「意外といけるわね!」


 そう言うなり残りの目玉に手をつけ始めたリリアだが、そんなリリアに俺たちがいなかった間の状況を尋ねる。


「トレントはどうなった? 変わりないか?」

「問題ないわよ〜。ちゃんと大きくなったし、おしゃべりできるようになったし」

「そうか。……? ……おしゃべり、できるのか?」

「? うん」


 変わりあるじゃねえか。まあ確かに問題はないんだろうけど、トレントが喋るようになったって、かなり大きな変化だよな?


「……まあいい。どれが大きくなったんだ?」

「全部よ」

「全部? 村に植えてきたのもか?」

「あ、そっちはまだ。でもこの辺に植えたのは全部ね。ここって近くに聖樹があるじゃない? だから当たり前って言えば当たり前よね」


 まだ植えてからわずかひと月すら経っていないんだが、それでもうそんなに育ったのか。

 確かに俺が最初に《生長》のスキルを使ったから大きさそのものはそれなりになってたかもしれないが、まさか自我がこんなには役に芽生えるとは……。

 でも、フローラの場合はたった半日程度で自我を持ったわけだし、不思議じゃない、のか?


「……よし。直接確認に行ったほうがいい感じだなこれ」


 ここであれこれと考えていても結局答えなんて出ないんだし、実際に見にいった方が早いだろう。


 ってことで、俺たちは聖樹の庭、トレントゾーンに向かうことにした。


「これがトレントか。確かにデカくなってるな」

「でもなんだか、普通ですね」

「森の中にあったらただの木と間違えそうだな」

「だからこそ、危険な魔物とされているのでしょうね」


 トレント達を植えたところにやってきた俺たちだが、ぶっちゃけ見た目だけなら普通の木にしか見えない。本当に自我なんてできているんだろうか?


「とりあえず……あー、起きてるか?」


 わからないが、聖樹にやった時と同じように幹に手を触れて話しかけてみる。


『んー……あー、パパァ』

「………………ああ? ……パパ?」


 が、返ってきた答えに、俺の思考は一瞬停止することになった。

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