第230話実はすでに保護されていたらしい
「落ち着いてくれたようで何よりだ。これから話すことはよく理解してもらわなきゃならねえことだからな」
そう言いながら威圧をといた親父は座るように手で示すと、子爵は唇を噛んで顔を顰めながらも親父の対面に座った。
「……対価が必要ならば用意しよう」
そして本題の話が始まるが……
「対価? ちげえよ。んなもん求めちゃいねえ。それに、対価ならもうそっちに約束してんだろ。それ以上を俺から取る気はねえよ。俺が話してえのは、あんたの娘の状況だ。……容態、っていってもいいかも知んねえな」
容態? その口ぶりから知ってるだけじゃなくて既に回収していることはなんとなく分かったが、ただ捕まってた、奴隷にされてたってだけじゃないのか?
考えられるのは、奴隷として生活してて暴力を受けて怪我をしたとか環境のせいで病気になったとか?
「なっ!? よ、容態とはどういうことだ!? 何か病に——」
「病気や怪我じゃねえ。五体満足で生きちゃあいる」
親父の言葉を聞いてほっとした様子を見せる子爵だが、直後、ふと気付いたように顔を上げて親父を見た。
「なら、何が……」
「これはあんたがあいつの父親だと理解した上で聞くんだが、もし娘がものすごく厄介な状況になってたら、あんたはどうする?」
「厄介……?」
「そうだ。結婚の道具として使うことも、貴族として生きることも、そもそも普通の人として生きることすら怪しい寝たきりの状態だとしよう。起きても意味不明な言葉を喚き散らして当たり散らし、父親であるあんたの顔すらわからない。そんな状態になっている娘を、お前はそれでもまだ自分の娘なんだと愛することができるか?」
もし自分の子供がそんな状態だったら、か。
俺はまだ子供を持ってないどころか結婚相手すらいない状態だが、それでも自分の子供がそんな状態になったらなんの問題もなく愛することができるかどうか、正直なところわからない。
日本にいたときは、生まれつき障害を持って生まれた子供を捨てることなく育てている親を見ると、すげえと思った。自分だったらちゃんと育てただろうか? 途中で嫌になって捨てたり殺したりしたんじゃないかと考えたことだってあった。
だが……
「当たり前だ」
子爵は一瞬たりとも迷うことなく力強い言葉で答えた。
「あの子は確かにダメなところはあった。むしろダメなところだらけだっただろう。死んでも仕方ないし、殺されても仕方ないのかもしれない。誰かに恨まれるのは当然のことをしてきた。だがそれでも、あの子は私の大事な娘なのだ。貴族家の当主としてあまり構ってやることはできず、愛を伝えることはできなかったかもしれない。いや、実際にできていなかった。だが、それでも私はあの子を、あの子だけではなく息子も上の娘も、全員を愛している。全員が大切な私の家族だ」
その言葉からは、母さんと同じように心の底からの本気さ——覚悟を感じられた。
そんな言葉に何を思ったのか、親父は難しい顔をしながらも懐から紙を取り出してそれを子爵の前へと放り投げた。
「……そうかよ。なら、ここに向かえ」
子爵がその紙を手に取って開くと、中には東区にある場所の中でも親父の管理している建物への地図が描かれていた。
「案内はそいつがしてくれる」
「俺?」
「場所はわかんだろ? それに、俺かお前がいた方が話が早え。が、俺は行く気がねえ」
「まあ、うちの施設だってんならそうか——」
「後は、お前もあの状況を知ってた方が良いだろうからな。ほら、これ持ってけ」
そう言いながら親父は地図とは別に何か書かれた紙を差し出してきた。
受け取ってみると、そこには建物に入る許可を出す旨が書かれていた。
「……どういうことだ?」
うちの施設だから俺がいたほうが話がスムーズに進むってのはわかるが、こんな紙なんてよこすならいなくても良いんじゃねえの? 案内なら別のやつでも良いはずだ。
それに、俺も見ておいた方がいいってのはどういうことだ?
「そいつと関わるってんなら、それに関する事柄を知らねえでどうすんだってことだ。詳しくは行きゃあわかる」
だが、親父は俺が視線を向けても答えないどころか、俺に視線を合わせることもなかった。いったい、なんだってんだ。
「まあ、そう言うなら行くが……親父、一ついいか? あんたはなんで知ってたんだ? 俺が連絡する前から話が通ってたのは、まあ良いとしても、だからってすぐに調べがつくもんでもないだろ?」
子爵が娘のことを探していたからその情報を掴んだ。だから俺たちの話を知っていた。それは良いだろう。
だが、さっきまでの話ぶりからして俺たちが話をする前、どころか子爵が街中を歩いている時よりもさらに前から、親父は例の娘のことを知っていて、保護していたことになる。
それはなんでだ? あれは進んで保護したいと思えるようなやつじゃないし、保護じゃなくても買おうと思えるようなやつでもないはずだ。
「……ああ、それな。それは……まあいいか。お前が出てってからしばらくして、外に出てった奴らが貴族の娘を売りに西区に来たってのは情報としてこっちにも入って来てたんだ」
「……西? 東じゃなくてか?」
確かに街の立地としてはアルドアの街からカラカスに来るんだったら、最初に通るのは東ではなくて西だ。何せあの街はカラカスの西に存在しているんだからな。
だから、攫われた娘が西に売られたってのは理解できる。
が、それがどうしてわざわざ親父のところに情報がいったのか、ってのがわからない。
貴族の娘といえば価値はあるかもしれないが、所詮はその程度だ。探せば貴族の娘の奴隷なんてそこらじゅうにいる。事情は違って攫われたわけではないけど、ソフィアだってそうだしな。
「ああ……まああっちまで手が伸びねえわけでもねえしな。で、こんな街だから違法奴隷なんざ珍しくもねえし普通の娘なら無視したんだが、貴族の娘ってなると放っておいたらめんどくせえことになる。加えて、アルドアの娘だったら保護しておいた方が良いだろうってな」
だから保護した。それは確かにわかる理由ではある。でも、なんだろうな。なんか隠してる? 悪いことをして隠してるとか悪戯を隠してるとか、そういうんじゃなくて、おばあさんの荷物を持ってあげたとかそういう感じの、なんか善行の類を内緒にしてる気がする。そんなこと言うまでもねえだろ、みたいな感じで。いや実際のところ善行なのかどうなのかわからないけどさ。
「ってことは他にも貴族の娘を保護してるのか? 売られるのが一人ってわけでもないだろ?」
「……まあ、何人かはな。婆さんと眼鏡の方でも似たようなことをやってるみてえだが……流石に全部は無理だわな」
婆さんと眼鏡……南と北のボスであるカルメナとエドワルドか。あの二人も貴族の保護なんてしてたのか。
でも、西の名前が上げられなかったってことは、まあそう言うことだろう。あの西のボスが誰かを保護なんてするはずがないからな。
「私たちが調べてもいた痕跡も買われた痕跡も見つからなかったのはどうしてだ?」
「あ? そんなの、貴族を売るのに素人にわかるようなルートを使うわけねえだろうが。バレたら死ぬんだぞ?」
子爵が疑問を投げかけたが、まあ当然といえば当然の答えだった。カラカスで生きてるような奴がそんな痕跡なんて残すわけがない。
「確保してからは俺が貴族の娘を保護してるってわかりゃあ今まで以上に貴族を狙うバカが増えてくる。んなわけで、うちで保護——買ったって情報を隠す必要があったんだよ」
ただ、なんで隣の区画である南と北よりも早い段階だったってのに西区に売られた娘を確保することができたのかは謎だ。
一応中央区が消えたことで東と西もつながることにはなったんだが、だとしてもまだ易々と行き来できるような場所ではない。
情報が入ったのはたまたま? ……それはなんか、違う気がするなぁ。
「まあとにかく、教えたところに行け。何か聞きてえこと、話してえことがあんだったらその後だ。それから、これを持ってけ。中は見んなよ。向こうに着いたら中にいる奴に渡せば勝手にやってくれる」
そうして俺は親父からなんかの手紙を受け取ると、追い出されるようにして館を出ていき、地図の場所へと向かっていった。
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