第174話『調教師』という天職

 

「ねーねー。まだつかないのー?」


 この後は夕食だということなので俺たち五人は同じテーブルを囲んで座っていたのだが、リリアがテーブルにだらしなく倒れ込んで頬をテーブルにつけながらそんなふうに文句を言い出した。まだも何も、まだ今日は1日目だ。そんなすぐに着くわけがないだろ。


「このまま進んでいけば一週間後には到着する予定です」

「一週間〜? 長くない?」

「嫌なら帰りゃあよかっただろうが」


 ソフィアの答えに文句を言っているが、それについては最初ついてくるかどうかを聞いた時に話したはずだ。それでもついてくることを選んだんだから、文句を言うなってんだ。


「いやよ! それじゃあつまんないじゃない!」

「ついてきたんなら文句言わずにおとなしくしてろ」


 ガバッと起き上がったリリアの額にデコピンをかましてからそう言ってやると、リリアは再びテーブルに突っ伏した。


「あ、あの、今更なんですけど……なんで私はここにいるんでしょうか?」


 だが、今度はレーネがおずおずと、といった様子でそんなふうに問いかけてきた。でも、本当に今更だな。


「私の母の実家に向かうのですが、その時にレーネ先輩のことも紹介しようかと思いまして。……お嫌でしたか?」

「い、いえ! 滅相もありません! 嫌だなんて、そんなこと……。ただ、もう大会も終わったのに私みたいなのが皆さんとご一緒にいてもいいのかなって」

「問題ありませんよ。学園の方もこちらで手を回しておきましたので、卒業も単位が足りない、などということもないでしょう。そもそも三年生というのは就職のための準備期間。王女の配下となるための試験と言っておけばそれでおしまいです。それに、大会が終わったら一緒にいてはいけないという決まりもないでしょう?」


 それについては聞いたことがあったな。三年は就活に時間をかけるために授業がほとんどなく、空いた時間で師弟制度の相手を育てろ、みたいなことだったはずだ。


 だが、その話で一つ気になったことがあった。


「ああ、やっぱ配下に加えるのか」

「ええ。これほどの人物を逃す手はありえません」


 レーネに関して、最初はフィーリアも反対というか肯定的ではなかったが、今となってはもう手放すつもりはないようだな。まあ、俺が同じ立場でもそうするけど。


「とはいえ、無理強いするつもりもありません。嫌であれば断っていただいても構いません。ただ、私がレーネ先輩のことを信じている、ということだけは嘘ではないのだと理解していただければと思います」

「い、いえ、その……よろしく、お願いいたします」


 王女としての言葉だからか、それとも本心からなのかは微妙なところだが、それでもレーネはフィーリアの部下予備軍としてやっていくことを決めたようだ。だが、多分王女がそう言ったから逆らわなかった、ではなく、本心からそうしたいと思ったからだろう。だって、レーネの口元は嬉しそうに緩んでいるからな。


「にしても、やっぱ街から街への移動って結構時間がかかるよな」

「それは仕方がありませんね。飛竜でも使えば一日で着けますが、そもそも飛竜を操ることのできるものなどそうそういませんから」


 飛竜か……一度くらいは乗ってみたいな。


「王女でもそういう奴は見つけられないのか?」

「王女といっても未成年ですよ。それほど力はありませんそれに、魔物を操る系統のスキルを持っている天職は希少なので大体が国の管理となります。実際、我が国でも管理している方はいますがそれは数名程度です」


 国が動いても数人程度しか確保できないって、本当に少ないんだな。農家なんて国民の代表的な職として挙げられるくらい人がいるのに。


「そんなに少ないのか。そりゃ希少だな。……でも、実際有能なのか? こう、飛竜以外で」


 飛竜を操って空の移動ができる時点で有能だとは思うが、それ以外に何ができるんだろう?


「調教師の高位階になれば飛竜ではなく本物のドラゴンや魔物の群れを操ることもできるそうですよ。もっとも、流石にそこまでは我が国にはいませんし、そもそもそこまでいくと文献に出てくるような者になります。調教師はただでさえ位階を上げるのが大変なのですから、高位階など気の遠くなるような時間がかかります」

「そうなのか? 位階を上げる条件は同じだろ?」

「確かに条件そのものはスキルを一定回数使うというだけですが、調教師のスキルはいちいち自身のスキルの影響下にない相手を探して行わなければなりません。支配することに失敗してもスキルの回数としてカウントされますから実際にはそこまでいかないでしょうけれど、一つの位階を上げるために十万匹の動物や魔物を容易に集められると思いますか?」


 一度支配下に置いたやつに何度もスキルをかけ直すことができるんだったら楽だが、別の相手を探さないといけないってなるときついか。失敗したら同じ相手にもう一度スキルを使うことができるのでその分の回数は稼げるとはいえ、運良く全て一回で成功したら本当に十万回ものスキル分の生き物を集めなくてはならなくなる。

 それが高位階——第六位階にまで上げるとして、それでも五十万の生物が必要になる。それだけの数用意できるのかと言ったら、まあ現実的ではないな。そりゃあ伝説とか文献の中なんて話になるのも理解できる。


「そりゃあ無理だな。なるほど。調教師なわけだから『調教』しなくちゃいけないのか。既に従順なのは調教するって言わないからな」

「ええ。ですので第七位階以上の調教師は今の所我が国にはいませんね。いれば魔物の群れを操って魔物の被害を軽減することも可能ですし、守りを固めることも可能なのですが……ないものねだりですね」

「魔物の群れねぇ。んなもんが操れたらすごいだろうな。俺だって群れと戦ったことはあるが……ん?」


 魔物の群れを操れる。そんなことができたらもし町屋なんかの人がいるところに魔物の群れが移動しようとしたとしても防ぐことができるんだろうな、なんて考え、規則正しく軍隊のように移動する魔物の群れの様子を思い浮かべたのだが、そこで何か頭に引っかかるものがあった。


「? どうかされましたか?」

「……いや、ちょっと前に……前って言っても俺が首都にたどり着く前の話なんだが、魔物の群れと戦ったんだよ。群れ自体は大した手間でもなく倒せたんだが、そん時にな……」


 並んで進む複数の魔物の群れ。俺はそれを見たことがあった。あれは確か王都に向かっている最中だ。どの辺だったかの詳しいことは忘れたが、とにかく普段は争うはずの別の種族同士だってのに、魔物たちが喧嘩することなく進んでいたのだ。改めて思い出してみてもおかしい。あれは、もしかしたら裏に魔物を操ることのできるやつがいたんじゃないだろうか?


「あの時、なんか様子がおかしかったよな?」

「はい。複数の魔物が互いに喧嘩をすることなく進み、最後には一部が突き進み、残りは逃げるという戦法のようなものを感じる動きをしていたような気がします」


 ソフィアもあの時のことはちゃんと覚えているのか、俺の問いかけにしっかりと頷き、言葉を返してきた。


 そして、そんな俺たちの様子からそれが本当なのだと理解したのだろう。フィーリアはぴくりと眉を動かすと、険しい顔になって問いかけてきた。


「それは……本当ですか?」

「ああ。あの時はただの現象……森の中になんかしらの強い生物が現れて、それのせいで追い出されてきたんだろうとでも思ってたんだが、調教師なんて奴の話を聞いてふとな。……あると思うか?」

「可能性、として考えるのであれば十分に考えられますし、自然現象として片付けるよりは自然だと納得もできます。森の生物を追い出すような強力な何かが王都近郊で目撃された知らせはありませんから」


 例えばドラゴン。全生物の頂点とも言っていいほどの生まれながらの強者。そんなのが突然現れてそれまでの森の秩序をぶっ壊し、そのせいで魔物たちが森の外に出てきたって可能性はないわけではない。実際、俺たちだってつい今しがたまでそう考えてたわけだしな。


 だが、もし本当にドラゴンみたいな最強種が現れたんだったら、なんらかの情報があって然るべきだ。だというのに、そんな情報は俺たちもフィーリアたちも聞いたことがない。

 ならば、魔物が群れで現れたのは別の要因があると考えられるのだが、それが魔物を操ることのできる天職だと色々と話がうまくまとまる。


 ただそうなると……


「もし何者かが操っていたんだとしたら、それはどんな奴だと思う?」

「どんな、ですか……」

「まず善人ではありませんね。それから、王国に友好的な相手でもないかと思います」


 ソフィアが答えたが、俺もそう思う。だってあれだけの魔物の群れを街に向かって動かして何する気だったんだって話だ。


「そうですね。狙いはわかりませんが、狙いが国ではなくあの辺りにあった何か、もしくは誰かだったのだとしても、魔物の群れなどと言う周囲の被害を考えていない手段を選ぶような者ですから、友好的と言うのはありえないでしょう」


 その考えに同意するかのようにフィーリアも頷きながら答える。


「んじゃまあ、その推定魔物を操ったとされる奴がいたとしてそいつは『敵』と考えよう。で、じゃあ誰がってことになるんだが、候補としてはやっぱ国か? 西と揉めてる最中みたいだし、背中から刺すつもりで送り込んできたとか」


 この国でも確保していない希少な高位階の使役系の天職。そんなのが単独で動いているとは考えづらい。なんらかの組織に属していると考えるのが妥当で、それがどんな組織なのかって言ったらどこかの国だと考えるのが、まあ普通の流れだろう。


 で、それがどこの国なのかって言ったら、この国に敵対している国……例えば今俺たちが向かっている西の国とかなんかは、疑うにはちょうどいいといえばちょうどいい相手だ。


 だが、そんな俺の考えに対してフィーリアは首を横に振った。


「それはないかと思います。背中から、というのは作戦としてはありですが、そのために貴重な高位の調教師を送り込むことはないかと思います」

「そうか? 送り込んでおけばかなりの被害が出るし、ありだと思うんだが……」

「確かに、被害としてみればかなりのものになるでしょう。ですが、もし万が一高位の調教師が見つかり、失われるようなことになったらどうしますか? それは損失などと言う言葉では表せないほどの大きな損失となるでしょう。国が相手であるのであれば、その点についてを考えないわけがありません。実際、我が国は今まで相手の密偵を消してきた実績はあるわけですし、それを無視することはないでしょう。少なくとも、今の段階では貴重な戦力を失うかもしれないというほど追い詰められていないはずです」


 まあ、ただでさえ使役系の職は少ないっていうのに、それが高位階のやつともなればなおさらだ。そんなのが死んだ場合を考えると下手には使えないか。

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