第173話母親探しの旅・終盤突入

「これから向かうのは国の西側だったよな」


 王女であり妹でもあるフィーリアの依頼をこなし、フィーリアにとっての邪魔者である姉を排除した俺達。

 そんな俺たちはそのまま王都にいても問題が起こる可能性があるとして一時的な非難も兼ねてフィーリアの母親の実家へと向かう途中だった。フィーリアの母親——つまりは俺の母親でもある。


 母親に会うには色々と不安な点があるが、それでも会いたいという気持ちは確かだ。


「そうですね。ヴェスナー様のお母様がいらっしゃるのは実質的に国境を守護しているアルドノフ領です」


 俺の呟きに対してそう言ったのは、俺の隣に座っているソフィアだった。

 現在俺たちは母親の実家に向かっているわけだが、そのためには電車や飛行機なんてないので当然ながら馬車での移動となる。

 馬車の操縦自体はソフィアがしてくれているんだが、それだけでは悪いだろうと、せめて御者席に座って話しながら暇つぶしをして進むことにした。それに、暇つぶし以外にも馬車の中にいるとめんどくさいってのも俺が御者席に座っている理由の一つだ。


 なんでめんどくさいのかと言ったら、リリアだ。あいつを一人で王都に放置するわけにはいかないし、家に送り返すのもあれだったので、仕方なしに連れてくることにした。

 だが、今は俺たちの後ろ、馬車の中にいるいるのだが、正直うざい。俺とソフィアみたいなのんびりとした会話ではなく、なんというか『かまってちゃん』のような一方的に話しかけてきて、こちらにも話すことを強要するような、そんなめんどくさい感じだ。


 そんなのの相手をずっとしているくらいだったら、多少快適度は下がるけどゆったりしていられる御者席の方が楽でいい。


 まあ、こっちはこっちで楽にできるかって言うとそうじゃないんだけどな?


 前に視線を向けてみると、そこには俺たち以外にも馬車がいくつも連なっていた。

 なんでか。俺も実際に体験するまでわからなかったんだが、そんなの、ちょっと考えればわかったことだった。


 俺たちは母親の元に案内してもらうために妹であり王女であるフィーリアと一緒に向かうことになった。だが、妹であるとはいえ、王女だぞ? そんなやつが領地を跨いで移動するのに、一人で俺たちに同行するわけがなかった。


 つまりこの馬車の列はフィーリア本人と、その護衛と側仕え。それから着替え等の荷物を乗せたものだった。

 見た時は呆れてしまったが、そんなもんだと言われてしまえば納得するしかない。


 そんな馬車の列の主はというと、現在は俺達の馬車の中にはいない。俺たちの一つ前の馬車に乗っている。


 流石に兄妹とは言っても、対外的には血縁はないのだから二人だけで同じ馬車に乗るというわけにもいかず、そもそも俺は自分の馬車を持っていたのでそちらに乗ることにしたのだ。


 馬車なんて買ってからそれほど使っていない気もするし、しばらく放置していたのでちゃんと使えるか少し心配だったのだが、整備も馬の世話もフィーリアの方でしてくれていたようで問題なく使うことができているのでよかった。むしろ整備にとどまらずなんか改造されてクッション性とかいい感じになってた。ぶっちゃけ同じなのは見た目くらいで中身の性能は全くの別物である。


 さて、そんなわけで俺たちは俺たちで自分の馬車に乗っているのだが、じゃあフィーリアは一人で乗っているのかと言ったらそうではない。

 この間の大会に一緒に参加したクランメンバーの一人であり、フィーリアの師弟制度の相手である先輩のレーネも一緒に乗っていた。


 最初に教えられた時にはレーネはすでにフィーリアとともに馬車に乗っていた。その姿を見た時は緊張からか固まっていたのでちょっと哀れというか気の毒な感じだったが、いい加減王女の相手をすることに慣れるべきだろう。大丈夫だ。訓練や普通の会話の時はまともに話せるようになったんだから、一対一でいる時も緊張しなくて済むようになるさ。というかもう三ヶ月も時間をかけてるんだからいい加減慣れろ。


 ——と、そんなことよりも思考を話しに戻そう。


「実質的に、か……。確か国境との間に一つ領地が入ってるんだっけか。なんでそんな微妙な感じなんだ? 最初っから大きな領地のところに任せておけばいいと思うんだが?」


 前に受けた説明では、西の国、小領地、大領地(母の実家)の順で並んでいるようで、そちらの方面で戦争があると母の実家が主に兵を出して戦うことになったはずだ。

 だが、それなら小領地なんて潰して併合してしまえばいいと思う。その辺の事情は聞いてこなかったが、正直いらないだろ。


「その辺りの経緯はあまり詳しくないのですが、確か最初は防波堤として使っていた緩衝地帯のようなものだったそうです。今でこそ国境には大きな壁ができていますが、国ができた当時は壁など存在せずに戦場となっていた地点を境に睨み合っていたそうです。それがのちに戦線を押し上げることに成功しましたが、それまで戦場となっていた地点を誰が統治するのかという話になった際、大領地に組み込んでしまうといざというときにすぐに切り捨てることができないので、その場所を収めるためだけに新たな領として定めて国が管理したそうです。もし何かが起きた時に即座に切り捨てることができるように、と」

「大領地に組み込んだ場合はその切り捨ての判断が遅れる可能性があったってわけか」


 つまりは身代わりってわけだ。あるいは捨て駒か? どっちにしても、捨てることを前提として考えていたわけだ。捨てなくていいならそれに越したことはないが、捨てる必要があった場合でも問題がないように、と。


「はい。一度領地になったのに見捨てたとなれば、たとえそれが最初から定められていたことだとしても不手際だとして非難されることもありますから」

「領地を守りきれない雑魚、みたいな感じか」


 俺の言葉にソフィアは頷いてから答えた。


「ですがその後攻められることはあれど土地を奪われることはなく、国境の壁の建築も終わり西の国から手が出せなくなったところで国の管轄から外れ、貴族の領土として守護を命じられたそうです」

「まあいつまでも国で守り続けるのは現実的じゃないよな。費用の面でも、守りの判断の面でも」

「はい。そんな大事な守りを任された家ですから、代々騎士や魔法師を多く輩出しているそうです」

「そんなんだったらプライドが高いだろうな」

「私は社交界に出ることはなかったので実際に会ったことはありませんが、おそらくは」


 なんかめんどくさそうな相手だな。まあ、俺はその領地の手前にある母の実家にまでしか行かないんだから実際に会うことなんてないんだろうけど、絶対にないとも言い切れないし、会うことがあったら気をつけよ。


 その後も適当に話したりしながら馬車は進み続け、そろそろ日が暮れるだろうということで野営の準備のため停車することになった。




「はっはっは! お前たちのおかげでフィーリア様に仇なす不届き者を排除することができた。改めて礼を言わせてもらおう。此度は我らの故郷にゆくとのことだが、道中の安全は我らに任せるといい!」


 馬車を降りた俺たちはフィーリアと合流しようとそちらに向かったのだが、なんか最近はあまり見なかったクッソ暑苦しい見た目をした鎧姿の男が話しかけてきた。

 ライン・アルザード。なんかそんな感じの名前だった気がするフィーリアの騎士だ。


 前に俺たちに言いがかりをつけて勝負をしたのだが、騎士としてなのかライン自身の気質なのか、強者を尊ぶようでそれ以来俺に突っかかってくることはなかった。

 そもそもフィーリアの護衛から外れたラインは別の任務が与えられていたらしく、裏で色々と動いていたので会う機会がなかったんだが、たまに遭遇するとなんのわだかまりもない様子で笑いかけてきた。正直どう反応すればいいのかわからなかったが、問題が起こる様子もないので特に気にすることもないだろう。


 ちなみに、こいつには俺がフィーリアの兄だということは教えてない。今後知らせるかもしれないが、今はまだな。だってなんかバラしそうで心配だし。意図的に、じゃないが、こう、「おお、ヴェスナー様ではありませぬか!」みたいな無意識的な行動でバラしそう。本人としては悪気はないんだろうけど、教えるには些か不安がある。


「こちらに席をご用意してあります。野外ですので至らぬ点はあるかと存じますが、どうぞおくつろぎください」


 そんなライルを押しのけて一人の女性がそう話しかけてきた。

 ミリア・グレイシル。こちらはラインと違ってまともに会話の成立するメイドで、フィーリアの側付きとして働いているが、同時に隠密や護衛としても活動している才女だ。金の髪に青い瞳をしている美人で、歳は二十半ばってところか? 結婚は、どうなんだろうな? してるのかしてないのか……まあその辺はどうでもいいか。


 こっちはラインとは違って不用意に話す心配もないので俺がフィーリアの兄だってことは伝えている。まあ伝えたというか、我が妹様があっけなくバラしたんだが。


 でも、結果として特に疑われることなく言うことを聞いてくれたので、色々と面倒がなくてよかった感じだな。


 そんなミリアの言葉に従って、俺たちは急いで建てたのであろう一つだけあった大きな天幕の中に入っていった。

 そしてその天幕のなかですでにくつろいでいたフィーリア達と合流したのだが、その後は特にすることはなかった。

 他のお付きの奴らや護衛なんかは夕食の準備や警備なんかをする必要があるみたいなのだが、こいつは王女だし俺たちの今の立場は客人だ。なのでやることなんて何もなかった。むしろ何かしようものならやめてくれと言われるだろう。

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