第132話不正疑惑証明完了

 

 なんてことをしていると、不意に森の中から小さく音を立ててソフィアが現れた。


「ただいま戻りました」

「……ああ、お疲れ。そっちに馬鹿は……」

「来ました」


 そう言いながらソフィアが視線を動かすと、その先には俺のところには来ないでソフィアを襲いにいった三馬鹿の一人が引き摺られていた。


 これで後はこいつらのことはニドーレンに任せればいいな、と思っていたのだが、どうにもソフィアの様子がおかしい。普段はすまし顔とか笑顔なのに、今は親しくなくてもわかる程に顔が顰められていた。


「……どうした? 怪我でもしたか?」

「……少しだけ。ですがそれ以上に言葉が不快でしたので……」


 なるほど。こいつらならそういうこともあるだろうな。何せ〝そういう目的〟のためにソフィアを襲ったわけだし。


「ああ。けどまあ、もう平気だろ。なにせそこの監査員さんが全部責任を持ってそいつらを連れ帰って〝処罰〟してくれるらしいからな。ああ、もう二度とこいつらには襲われないらしいから安心しろ。何せ、そこの監査員さんがわざわざ俺が殺そうとしたのを止めたくらいだからな。よっぽど自信があるんだろうよ」


 相変わらずの渋面を作っているニドーレンだが、今ではその渋面がさらに深まっているような気がした。多分俺の説明に明らかに悪意が込められていたのを感じ取ったからだろうが、大の大人三人をもちはこばなくちゃいけないことになったからってのもあるだろう。——が、知ったことではない。


 何せ俺の中でお前はもう準敵判定。積極的に攻撃はしないけど、何かあったら速攻で殺す程度には警戒している。だってこういう無駄に正義感のある頑固者って、無能な頑張りものと同じくらい邪魔な存在だし。


 そんなわけで協力する気なんてない。殺さないって言ったのはお前で、ちゃんとした場所で裁かせるって言ったのもお前なんだから、責任持ってそいつらを持ち帰れ。戦闘職なら、まあ位階にもよるが三人くらい持ち運ぶことはできるだろう。


「さて、話もまとまったわけだし、後は倒れてるハチェットテイルを狩ってから村に戻るか。……で、いいですよね、監査員さん?」

「……ええ」


 そうして俺たちは播種によって目を潰され関節を動かすたびに痛みがあるために倒れていることしかできなかったハチェットテイルたちを殺していき、最後に生き残りがいないかを確認してから村へと帰ることにした。


「そう言うわけでして、魔物は全滅させました」

「そ、それは、本当でしょうか……?」


 まあ信じきれなくても仕方がないよな。だって威圧されたとはいえ、俺は見た目子供だし。


「ええ。信じられないのでしたら森の中に何人か確認させに行けばいいかと。一応死体は処理しておきましたが、痕跡は残っているでしょうし多少の残骸も残っていると思いますから」


 放置しておけばその死体が原因で病原菌が広まったり、血の匂いに惹かれて他の魔物たちが集まってくる可能性もあり得る。

 なので今日倒したハチェットテイルに関しては一箇所に集めて土に埋めた。その際天地返しを使ったけど、あの程度なら土魔法師でもできるし、そう勘違いしてくれるだろう。多分農家と土魔法師のどっちか疑うとなったら土魔法師の方だと思う。何をとち狂って農家が戦闘にスキルを使うんだって普通なら思うだろうし、そもそも農家のスキルってそんなに広まってないから何をしたのかわからないと思う。マイナーでよかった。


 そんなわけで確認のために数人ほど森の中に入ってもらったのだが、すぐに戻ってきて問題ないことを報告してくれた。

 そのため俺たちの依頼は完了となり、村長達からのお礼の言葉もそこそこに帰路につくことにした。


 そして今、日が暮れる前に首都に戻ってくることができた俺は、ギルドにてランデルに今回のことの次第を報告していた。


「これで依頼は完了したけど、評価はどうなるんだ?」

「詳しくは後で報告書をもらってから読むけど……どうだった?」


 ランデルはそう言いながらそばで控えていたニドーレンに顔を向けて問いかけるが、ニドーレンは難しい顔をして黙っている。


 まあこいつにしてみれば色々と思うところがあるだろうし、俺たちのことを評価するのは難しいだろうな。


 だが、真面目な性格ゆえか何も話さないということはできなかったんだろう。ニドーレンは少し間をおいた後にゆっくりと話し始めた。


「……依頼としては完璧に近い対応です。途中村人を威圧した場面もありましたが、必要だったと理解できます」

「威圧なんてしたの?」

「子供だから森に行くなって言われたら仕方ないだろ。力を証明する必要がある」

「あー、うん。なるほどね。それなら仕方ないかな」


 ランデルは俺の言葉に納得したのか、うんうんと頷いている。


「とりあえず、依頼遂行自体は問題なかったみたいだし、帰ってもいいよー。ソフィアちゃんは別にしても、君のランクアップは特例だから少し時間がかかるかもしれないけど、後はこっちでなんとかしておくから」

「それじゃあ後は頼んだ」


 色々とあったが、まあなんとか終わったな。三馬鹿やニドーレンのせいで無駄に疲れたし、今日明日はゆっくりしようかな。


 ──◆◇◆◇──


「——で、〝依頼は〟問題なかったんだよね?」


 ヴェスナー君とソフィア君の二人が帰った後、僕は今回の依頼に同行して行った監査員であるニドーレンから話を聞くことにした。問題ないとは思うんだけど、やっぱり立場的に聞かないといけないし、話の間にもおかしな様子をしていたのはわかったからね。


 まあそんなわけでお菓子を口にしながら顔だけで振り返って聞いてみる。……あ、このお菓子美味しいな。数年前にやってきたっていう異世界人の意見を元にしたらしいけど、その異世界人も元は一般人だったらしいのに、そんな一般人の知識でもこっちの世界では職人の知識と遜色ないっていうのは素直にすごいと思う。異世界人の知識ってだいぶ進んでるなあって毎度のことながら感心するよ。


 まあ、問題がないわけでもないんだけどね。特に今回の『勇者』みたいなのがいると色々と動かないといけない場合があるからめんどくさい。前回だって散々引っ掻き回してくれたし……。


 ……っと。まあそれはともかくとして、今はそんなどうなるかわからないことよりも話を聞くのを優先しないと。


「はい。ただ……」


 そうしてニドーレンが話し始めたんだけど、どうして彼らの様子がおかしかったのか理解できた。


「なるほど。襲ってきた冒険者を殺そうとした、か」


 冒険者が襲ったっていうのは話を聞いてたからわかっていたし、実際に縛られている三人組を提出されたんだから疑うことでもない。


「はい。確かに襲われていたのですからあの者の言い分も理解できますが、それでも——」

「それは彼らが正しいよ」


 ニドーレンは彼らのことを非難しようとしたんだろうね。何かを言おうとしていたけど、僕はそれを遮って言葉を口にした。


 それが意外だったのか、ニドーレンは僅かに眉を寄せて僕のことを見ているけど、僕はそれを無視して正面に向き直ると出されていたお茶を口にした。……こっちはお菓子と違って要改善かな。お菓子に負けてる感じがする。まあ入れ方の問題なのかもしれないけど。


「君が完全に間違ってるってわけじゃないけど、それは理想論だ。この世は弱肉強食。どれだけ言い繕ったところで、力が全てなんだ。そしてその力で物事を自分の思い通りにしようとする輩は多い。今回の不良冒険者三人組みたいにね。だから現実を見た場合、襲われたから安全のために殺して障害を取り除くって言うのは、ひどく正しい判断だ」


 ニドーレンの正義感っていうのは現実を見ていない子供の考えだ。まあ元々が裕福な家の出身で、本人にもそこそこ才能があったから本当の意味での危険なんて陥ったことがないんだろうね。それから、どうしようもないくらい深く強い人の悪意に晒されたことも。だからこそ人の善性を馬鹿みたいに信じることができる。

 それはそれで凄いんだけど、こういう状況だと欠点になってしまってる。嫌いじゃないけどね。


 けど、人間はそんな素敵なものじゃない。どうしようもない悪人っていうのは存在しているし、そう言った輩はえてして死ぬまで悪人のままだってことが多い。僕は仲間達の外に出てきてそれを学んだよ。

 この三百年の人生……外に出てきてからは百年程度しか経ってないけど、その間にもいろんな人に出会ってきた。その経験からすると、まず間違いなく今回の三人は反省なんてしない。自分たちの努力不足を棚に上げて、あいつらが悪いんだって逆恨みをしてもう一度ヴェスナー君たちを襲う。これは予想じゃない。僕の中では確定した未来だ。


「ま、結局は生きてるわけだし鉱山奴隷が定番かな。ヴェスナー君たちに渡した費用の回収にもなるし」


 とはいえ、それは襲うことができればって話。自由がなく、逃げるどころか人間としてまともに生活することもできない場所に送られればなんの問題もないと思っている。

 隔離もできてお金も稼げて一石二鳥! 彼らは第三位階の戦闘職みたいだし、そこそこの値で売れると思うんだよね。まあ、あの歳で第三位階にしかなっていないっていうのはちょっと物足りない感じがするけど。


「副本部長……彼らは野放しにしておいてもよろしいのでしょうか?」


 今後はヴェスナー君たちにちょっかいを出す輩を減らすためにどうするかな〜、なんて考えてたんだけど、ニドーレンが不満そうな声でそんなことを言ってきた。


「野放しって……別に何をしたわけでもないし、いいんじゃない?」

「ですが——」

「ま、言いたいことはわかるよ。人を容易く殺す選択をするような奴は危険なんじゃないのか。そう言いたいんでしょ? でも大丈夫だよ。彼は敵対しない限りは安全だ」

「そう、思われた根拠はなんでしょうか?」

「根拠? 根拠ねぇ……。うーん……エルフの勘、かな」

「エルフの勘?」

「そう。この国の冒険者ギルド副本部長としての立場でも、僕個人としての立場でもなく、エルフって種族としての勘だ。多分……いや確実にそうなるだろうけど、この国のエルフは、この国とヴェスナー君のどっちかを選べって言われたら、ヴェスナー君を選ぶよ」


 そう。彼は絶対に安全な存在だ。少なくとも、エルフにとってはね。何せ聖樹の種をもらえるくらいなんだ。信用も信頼も実績も、全てが保障されてるようなもの。疑う要素なんてどこにもない。僕からしてみれば、彼……いや彼らは何年も監査員として働いてきたニドーレンよりも信頼できる存在で、それどころかこのギルドにいる誰よりも信頼できる存在だ。


 敵対しなければ敵に回ることはなく、エルフは彼らに敵対することはありえない。だからエルフにとっては誰よりも信頼できる味方だ。

 まあ、人間は欲を優先するからね。本質を見て考えることができなくても仕方がないかな。


「……国よりも個人を選ぶとおっしゃられるのですか?」


 でも、そんな僕の考えを人間であるニドーレンは理解できないらしく、さらに表情を険しくして問いかけてきた。


「うん。まず間違いなくね」


 けど、何度聞かれても答えは変わらない。


「その理由は、お教えいただけるのですか?」

「理由ね……理由としてはいくつかあるんだけど、一つだけ教えてあげようかな。これはエルフとしての感覚だからわからないだろうけど、彼は『良い人』だからだよ」


 それに、聖樹の種を持っていなかったとしても、僕は彼のことを信用しただろう。だって、あれだけ気持ちのいい『匂い』を纏ってるんだ。悪い人なはずがない。

 その『匂い』は彼が『農家』っていうエルフにとっては大事な天職についてるからだけじゃない。彼自身の魂の在り方が理由だ。

 それを嗅ぎ取ることができたなら、彼を疑うなんてありえない。


「ね、わからないでしょ? でも僕たちにはわかる」


 けど、それでもニドーレンはわからなそうに顔を顰めたまま。それを見て僕は肩を竦めながら断言した。


「ま、問題ないとだけ覚えておいてよ」


 そのうち僕たちの故郷にも招待したほうがいいかな?

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