第77話『品』のない男

 

 けどまあ、あー……つまりお山の大将気分をするためにお散歩中と。そういうことか? そういやあ親父が前に言ってたっけ。こいつが町中をうろついてるから気をつけましょう、みたいなこと。

 あの話を聞く限り定期的にこんなことをしてるみたいだが、今日でなくてもよかっただろうがクソッタレ。よりにもよって俺がたまたま外出した日に出くわすなんて、運が悪いな。


「ここで貴様に会ったのも必然というものだったんだろう。今ならばまだ許してやる。さっさと俺の下につけ」

「……はあ?」


 どうやってこの場から離れようかと考えていると、目の前のバカは何をとち狂ったのかそんなことを言ってきた。

 ……いや、何言ってんだこいつ? まじで沸いてるな。思考回路地球外生命体か? 何をどう考えればそんな結論に至るんだか。……そういやここ地球じゃなかったわ。ならこの頭の不出来さも仕方がないか。

 いや、それだと俺や親父達も頭が不出来ってことになるから違うか。単純にこいつがバカなだけだな。


「その弛んだ腹に栄養がいったせいでそんなバカなことが言えるんだな。腹筋と一緒に頭を鍛えてから言えよ」


 当然ながらこいつの提案を受け入れるわけにはいかないし、受け入れるつもりはかけらもないので丁重にお断りしておく。


 なお、この街の正しいお断り方法は、暴言、もしくはそれに暴力をセットして無理やり押し付けるのが正しい方法だ。下手にでたり丁寧に頼んだところで帰るわけないしな。むしろ調子に乗って付け上がらせる結果になる。調子に乗らせたいなら別だけど。


 ああでも、この正しい方法は敵対してる相手に対してだけな。友好的な相手にやると嫌われるので注意が必要だ。言わなくても普通はわかってると思うけど。


「なっ……! 貴様、自分が何を言っているのか理解しているのか!」


 逆らわれるとは思っていなかったのか? ……どこまでもおめでたい頭してんのな。今まで散々不仲だったのにいきなり誘ったところで乗るわけないじゃん。

 そもそもお前、自分の立場ってもんを理解しろよ。


「分かって言ってんだよ馬鹿が。お前らがいる中央はこの街の核ってわけじゃない。元々四方の緩衝地帯として人が置かれたに過ぎない。つまりはていのいい犠牲、誰かが攻めようとしたら最初に死んでいく警報装置。人柱だ。それを理解してないとは呆れるよ。せいぜいお山の大将気取ってろ、小豚ちゃん」


 この街が犯罪者の街になった時、最初は今よりももっと混沌としていたらしい。だがそれではまずいので、4つの勢力で街の領土を分け合ったらしい。

 が、それでも他の勢力とぶつかりやすい真ん中付近は争いが絶えなかったので、それを落ち着かせるために人柱を置いて緩衝地帯と作った。

 その緩衝地帯が中央区と呼ばれている場所で、この小豚の祖父だった。


 だが、それを理解していなかったその祖父の息子——こいつの父親で今の中央のボスは、自分達が四方のボス達から認められた存在だと勘違いをした。

 そしてその祖父が死んだあとはこいつの親が引き継いだわけだが……親は優秀だったらしいが、息子は不出来だったみたいだな。こいつも、こいつの親も、盛大に勘違いしているらしい。


「このっ! お前ら! こいつを痛めつけてやれ!」


 御輿を担いでいたもの達以外にいた取り巻き達は、ジャックの指示を受けると迷うことなく各々が武器を抜いた。

 まあ、中央区のボスの元で働いてるんだから金はたくさんもらえるだろうし良い思いもたくさんしているだろうから、ここで命令に従わないってのはできないんだろう。


 だが、それはダメだろ。分かってないのかもしれないが、お前らは詰んでるんだよ。

 口喧嘩だけで終わってたならなんの問題もなかっただろうけど、実際に剣を抜いたとなるとそのまま終わり、というわけにはいかない。


「おい! 何をしている——なっ!?」

「そっちの護衛達は動けねえよ」


 だが剣を抜いたはずの護衛達は、いつになっても俺に攻撃を仕掛けない。

 そのことに苛立ったのか、ジャックは怒鳴りながらも護衛達に視線を向けたがそこで驚愕に言葉を止めた。


 ジャックの護衛達は、誰一人として立っている者はおらず、全員がその場に倒れていたのだ。


 そもそもの話だ。俺たちが本当に〝俺たちだけ〟でいると思ったのか?

 答えは、そんなわけがない、だ。自分たちの領域である東区ならともかくとして、余所の領域に行くんだから普段以上に警備を固めるに決まってる。たとえ目につくところには数人しかいなくても、隠れながら俺達の後をつけてるに決まってる。それぐらい経験則でわかるさ。ってかさっきの『意思疎通』の時にそんな気配がした。


 そしてその隠れていた奴らがこっそり近づいて、すっと気絶させたのだ。


「それに、ここは北の領土だけど、お前ここで騒ぎを起こすつもりか? これ以上はただの喧嘩じゃ済まなくなると思うんだが?」


 そもそも護衛が倒れた以上は勝負にすらならない。御輿を担いでいる奴隷達もいるにはいるが、それで戦えるかって言うと、まず無理。

 それぐらいはわかるようで、ジャックは奴隷を叩いて帰るように指示を出したのだが、反転する際に俺のことを睨んできた。


「貴様……覚えていろ」

「ダイエットしてから出直せ。あ、いややっぱ出直さなくていいわ。太ったまま豚小屋に混じってろ、豚野郎」


 そうしてジャックは奴隷を叩いて喚き散らしながら帰って行ったのだが、あれは叩いたダメージのせいで途中で奴隷が倒れたらどうするんだろうか?


「バカは救えないな」


 その去り際を見ながら呟くと俺はエディ達に振り返ったのだが、エディはなんだか呆れたような顔をしていた。


「坊ちゃんって意外と好戦的っすよね。あんなに煽る必要なんてなかったんじゃないっすか?」

「あー、悪い。なんかああいう馬鹿を見てると潰したくなるんだよ。うっせえ黙ってろ、って感じで」


 なんていうか、あれだ。見てるだけでムカつくというか、特に関わりはないけど苛立つんだよな。


 けど、その理由は自分でも理解できている。


 昔の俺は、正直言って『小物』だった。以前エミールだったかが言っていた『信念』ってやつが欠片もなく、ただ自分のやりたいことだけを考え、自分が楽なように生きてきた。

 今でも信念なんてもんがあるかわからないけど、目の前にかっこいい奴らがいたからだろうな。昔のままでは、ただやりたいことだけをやってるのではかっこ悪いと思ったんだ。

 自分が良ければそれでいいというのは今でも変わっていないし、やりたいことをやるってのも変わってない。

 だがそれでも、何がどうとは言い切れないが、昔とは変わったと思う。守りたいものというものができたし、そのためなら自分が損をすることも厭わないだろう。


 ただ、そう思ったのは、思えるようになったのは、守りたいもの自体ができたってのもあるけど、それ以外にも理由がある。


 俺は、かっこよさってのは大事だと思ったんだ。


 馬鹿にしているわけでも冗談で言ってるわけでもない。俺だって男だ。情けないよりも、みっともないよりもかっこいい方がいいに決まってる。

 行動に一貫性がなかったり、美しさ……ではなくなんて言うんだろうな。……強いて言うなら『品』だろうか? 品がないのはかっこ悪いって、そう思った。


 美しさや品なんて言っても、なにも綺麗な姿をしていろってわけではない。

 俺の言っているそれは見た目的なものではなくその者の行ない、為した事についてのことだ。

 やっていることが悪事であっても、それをかっこいい、素晴らしいと思えるそれが信念ってやつなんだろうと思う。


 ……結局あれだな。俺もリリアと同じようなもんだってことだ。リリアは悪をかっこいいと感じてこの街まできたが、俺だって親父達をかっこいいと感じて、その後を追ってる。これじゃああいつを馬鹿にはできないな。


 けど、だからなんていうんだろうな。小物だった昔の俺にだってなけなしのプライドがあったから流石にあそこまで肥えたり豚豚してる見た目はならなかっただろうけど、それでも、もしかしたら俺はあんなふうにあいつと同類になってたかもしれないと思うと、どうにもイラつく。


 ようは同族嫌悪だ。今は違うけど、あったかもしれない自分を見てるようで気に入らなかった。


 だってカッコ悪すぎるだろ、あんなの。あれは『品』がない。


「まあ、みっともないとは思うっすけどね」

「だろ?」

「けど、安全のためにもうちょっと大人しく対処して欲しかったっすね」


 エディの言葉に同意するかのようにカイルとベルも頷いている。まあ護衛からしてみれば俺の行動は危険そのものだし、やめてもらいたいことだろうな。


「二人も、今後坊ちゃんの側付きでいるなら何かしら問題が起こると思うっすけど、まあ頑張るっすよ」

「「はい」」


 二人のはっきりとした返事を聞いた俺は思わず苦笑を浮かべてしまったが、すまんな。多分これからも迷惑かけると思う。そん時は、まあ許せ。


 心の中でそう謝ると俺たちは観光を終えて館へと帰っていった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る