02 蠢く森

それから数時間程して。

俺と博士は、森の中を進んでいた。

昼間だというのにほとんど陽の光が差し込まず、薄暗い。

しかも時折、草木が大きくざわめき出すときた。

今にも、何か出そうだ――そんな風に考え、肩をすくめていると。


「わっ!」突然、博士が耳元で大声を上げた。

「どわあぁぁぁ!?」

反射的に悲鳴を上げ、俺は博士を見やる。


「ちょ、ちょっと!脅かさないでくださいよ!」

「にゃに、怖いの?このこのー」

心臓が高鳴り、膝が笑う。滝のような汗を流しつつ、けらけらと笑う博士へ俺は抗議するも――この通り、聞いちゃいない。


「俺、こういうのダメなんですって……ホント、ホント……」

「でもでも、似たようなのとはいつも戦ってるじゃん」

「そりゃそうっすけど……とにかく!ダメなもんはダメなんですー!」

腕を交差させ、断固拒否の姿勢を取る俺。


――博士の言うとおり、ハイヴァンドもある意味幽霊のような存在だ。

奴らには実体がない。

生きている人間の身体に、別の人格を宿した黒いレコード――俺たちは、『ロストレコード』と呼んでいる――を埋め込むことで生まれる。

そして幽霊が人間に取りつくかの如くその人格を『上書き』して支配し、最終的には完全にその肉体を奪ってしまう。


初期段階なら『Eject A Monster』のレコードの力で分離させられるけれど、段階が進むと不可能になる。

この前戦ったライオン頭のあいつも、どうやらそうらしい。名付けるとすれば、『完全態』。

俺は出会ったことはないけれど、そんなハイヴァンドはあと2体、確認されているとキョウヤさんに聞いた。


そして、奴らに対抗するための力。

この世界、メモリアの持つ生物の記録が結晶化した『メモリアレコード』と、その力を引き出すために人の手で作られた出力装置――『聖剣』。

その二つが揃い生まれる、『騎士』――それが、メモリアナイツ。

50年程前から、両者の戦いは続いていた。

しかし10年前に起こった事件により、そのバランスは大きく崩れることとなる。

完全態のハイヴァンドが確認されたと同時に起きた、世界規模での同時襲撃事件。

その最中、10あった聖剣のうち7が失われ――今に至る。


俺がこの剣を手にしたのも、ちょうどその時だった。

あの記憶は、今でも夢に見るほどに焼き付いている。

大切なもう一つの家族の命をこの手で奪ってしまったあの感覚は――今でも俺の手を時折震えさせる。

そして同時に、奴らに対する怒りと使命感が、俺の中で湧き上がる。

もう誰にも、あんな辛い思いをさせるわけにはいかない、と。


「……おーい、話聞いてるー?」

そんなことを考えていると、声が聞こえた。

ハッとなって意識を戻すと、眼前で手をひらひらとさせ、顔を覗き込む博士の姿。

「すいません、ちょっと考え込んでました」

軽く頭を下げ、謝る。

そうだ。浸ってる場合じゃない。今は今やるべきことを考えないとだ。


「で、確かにここなんすか?もう早いとこ帰りたいんですけど……」

「ん。反応はこの森から出てたから……間違いないはずだよ?」


メモリア北東部に広がる広大な森林地帯――人呼んで、『迷いの森』。

迂闊に入れば出てくることは叶わないとされているこの森に、俺たちは足を踏み入れていた。

というのも、この森からある『反応』が検出されたからだ。

その反応こそ――


「本当にあるんすかね、聖剣」


そう、聖剣だ。10年前失われた聖剣、そしてそれに対応するメモリアレコードの反応が、この森からあったというのだ。

とても微弱なものとはいえ、見過ごすわけにもいかない。

そこで、俺たちが調査に出た、という訳だ。


「それはそれとして……」

「ん?」

「こんな大荷物、必要なんすかね!?」


……半分は、博士の荷物持ち担当として。

巨大なリュックに詰められた、機材やら野営道具やら……その全てを、俺は背負っていた。


「そりゃそうでしょ。何が起こるかわかんないんだから」

「むぐぐ」

正論で切り返され、黙るしかない俺。……というか、やっぱまだ怒ってますよね、博士?



「よし、そろそろ休もうか」


それからしばらく経ってから。

時計へ目をやると、既に6時を回っていた。

ただでさえ暗いこの場所で、これ以上動き回るのは確かに危険だ。

何より、いろんな意味で疲れた。

早速テントを張ろうとした――その瞬間。


《何者だ!》


俺の頭に、声が響いた。また博士の悪戯かと思い見るも、違う、と首を振っている。

この反応からするに、博士も同じ声を聞いたようだ。

一気に緊張感が場を支配する。俺たちは辺りを見回し、襲撃に備える。

そして、その時は来た。


《排除する!》


再び聞こえた声を合図に、木々が一斉に強くざわめき始めた。


「上っ!」

博士の声で、上を見る。

そこには、凄まじい速さで迫りくる大量の木の葉の姿。


「うぉっ!?」

咄嗟にディスクラッシャーを振るう。

カキン、カキンと金属同士のぶつかり合う音が聞こえた。

同時に、落とし切れなかった木の葉が地面に突き刺さり、俺の頬からは血が流れた。

これがホントの、『はっぱカッター』かよ、なんて思っていると。


「!」


今度は、周囲の木の枝が鞭のように変わり、俺と博士目掛けて襲い掛かってきた!


「こんのっ!」

俺はすぐさまディスクラッシャーにメモリアレコードをセット。

レバーを引き、レクスへと変身を始める。

球体状に現れた氷の塊が俺と博士を覆い、襲い来る木の枝を弾く。

そして変身完了と同時に辺り一面に冷気を放ち、凍結させた。

環境破壊は好きじゃないけど、緊急事態だ。


《小癪な!》


悔し気に怒鳴る謎の声をよそに、博士はリュックから機材を取り出し、何やら操作を始めていた。

俺は博士を守るように立ち、臨戦態勢で辺りを見回す。

そして、


「にゃーるほど?オッケー、そういうことね……ジンちゃん!」

数秒と経たないうちに、博士が笑みを浮かべて呟いた。もう、何かわかったらしい。


「これ見て!」

そう言って、博士は映像を俺の目の前に投影する。

そこに映っていたのは、この森を上から見たような図。その中心部からは、円形に波紋が広がっていた。


「どういう事っすか!?」

内容が理解できずに尋ねる俺。


「この波長、聖剣が出してた反応と同じものなのよ!」

「ってことは、つまり!?」

「うん。この事態を引き起こしてるのは――」




「聖剣と……あとメモリアレコードってこと!」

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