01 その博士、変人につき

「よっ、と」

広い空間が広がる洞窟に降り立った俺。前を向くと、そこには分厚い金属製の扉が見える。

この世界には似つかわしくないほど機械的な――ここだけ時代を間違えたかのような扉。

俺は近づき、正面で立ち止まる。すると、扉に取り付けられた装置が赤い光を発した。

それは俺の足元から頭にかけて通り過ぎてゆく。

ここだけ見るとまるで、SF映画やスパイ映画のワンシーンだ。

そんなことを考えていると、ピピッ、という短い電子音が鳴り、続いて鍵の開く音がした。

先へ進めるようになった合図だ。

俺が前に進むと、扉はひとりでに左右へ開いてゆく。


「ここに来るのも久しぶりだなぁ」

湧きだした思いが、俺の口から漏れ出した。


『ガーディアンズベース』。

俺たちメモリアナイツに指示を出すための場所、いわば秘密基地だ。

メモリアの地下深くに形成された異空間内に作られたこの基地は、メモリア全土へと繋がっている。

俺がレクスになるまでの9年間、聖剣使いが二人しかいないにもかかわらず広いこの世界を守り続けることができた訳は、ここにあった。

ここに来るのは、実に1年ぶり。

常にあちこちを飛び回っているキョウヤさんや『炎』の聖剣使いと違い、カフェ『スターズ』で寝泊まりしている俺は、ここを訪れる機会はそうそうない。

指令があるときは、おやっさんを通して伝えられる。

俺がここを訪れるのは、それこそ今回みたいにメンテが必要になった時ぐらいだ。

二人に比べると、俺はまだまだ未熟。下手に移動を増やして負担を増やすより、一か所にとどめておいたほうがいい、という判断の結果らしい。

事実、『炎』の聖剣使いが負傷した理由も疲労からくる体の不調が主な原因だったと、キョウヤさんに聞いた。


「えーと、確かこっちだったよな」

そんなことはさておき。俺は目的の場所を記憶の引き出しから引っ張り出しつつ進んでいた。

入って正面に広がる中央指令室の通路を右へ進み、階段を下りて地下(と言うのも変な気はするけれど)3階へ。

通路をまっすぐに進んでいくと、突き当りにその部屋はあった。


「うぅ~、緊張するなぁ」

扉の前で立ち止まった俺の足が、急に震え始める。この部屋――『ラボ』に入るのを拒むかのように。

けど、ジッとしててもどうにもならない。俺は覚悟を決め、扉に付いたボタンを押した。

ビーッ、というブザー音が鳴り響く。


「はいはーい、どなたぁー?」

明るい女性の声が、スピーカー越しに響き渡る。


「俺です!ジン・レクスウオードっす!聖剣を診てもらいに来ましたぁ!」

「オッケ、んじゃ開けるね」


俺が返すと、部屋の扉が開いた。俺は恐る恐る足を踏み入れる。すると――


「お久ぁーー!」

「うぉわっ!?」

いきなり、両腕を広げた人影が迫ってきて。俺は為す術もなく捕まった。


「ちょちょちょ、博士!何するんすかいきなり、離れてくださいよ!?」

「えぇー釣れないにゃあ、1年ぶりにかわいい後輩が来たんだからいいでしょこのぐらい!」


いきなり俺を抱きしめてひたすら頭を撫でまわす、眼鏡をかけた女性。

名前は、メイ・スティーリー。俺たちメモリアナイツが使う『聖剣』を作った一族の後継者にして、兵器開発、研究など様々な分野を担当する超天才だ。


同時に……超変人だ。

この人、かなり距離が近い。今みたいな激しめのスキンシップをなんの恥ずかしげもなくしてくる。

しかも格好が恰好――白衣の下に黒いチューブトップ、短パンと露出がもうそりゃ凄い。正直目のやり場に困る。

あと……でかい。何がとは言わないけど。


けど、これだけじゃない。


「んで、剣診てほしいんだって?出して」

「……ウス」

俺が申し訳なさそうにディスクラッシャーを差し出すと――


「……」


先ほどの様子とは一転。スゥ、と黙ってしまった。

そして後ろを向き、何やらブツブツとつぶやき始める。

その様子に、俺は唾を飲む。

そして――


「ねぇ」

「オ、押忍」

「これは一体、どういう事かにゃあ?」

ギギギギ、と音が聞こえてきそうな動きで俺のほうに顔を向けたメイ博士。その表情こそ笑顔だが、どう見ても笑っているようには見えない。

俺の額から、滝のような汗が流れだす。


「そ、その……ごめんなさい!」

「アタシにじゃないでしょう……?」

わなわなと震えだし、眼鏡をかけ直す博士。大きく息を吸い込み――


「聖剣ちゃんに、謝れえぇぇぇぇぇーーっ!」

ラボ全体が揺れるほどの怒声を、響き渡らせた。


そう。この人は『聖剣』に対して、わが子のように愛情を注いでいるのだ。

今回みたいに故障させてしまうと、そりゃもうめちゃくちゃにキレ始める。

これが、俺が本部へ行くことを渋った理由だった。

こうなると、もう博士は止まらない。

俺は心の中で呟く。


ああ、俺、終わった――と。

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