エピローグ

「ふぃ~」


夜。手洗いを済ませて部屋に帰ろうとしていた時のことだった。

部屋のある二階へ上がると、そこには窓の外を眺めるセンパイの姿。

月明りに照らされたその顔は、どこか悲し気だった。


「どうしたんすか、センパイ?」

見過ごすわけにもいかないと、声をかける。

「……あら、ジンさん。いらっしゃいましたの」

一瞬遅れて返すセンパイ。その眼には、うっすらと涙が浮かんでいた。

「昼のこと、まだ気にしてるんすか」

「……ええ」

目線を下げ、俯く。目の前で人が殺されたんだ。無理もない。


「でも。それだけじゃ……ありませんの」

再び顔を上げ、センパイは重々しく口を開く。

「私……昔から時折、悪夢を見ますの。燃え盛る業火の中、怪物に人が襲われて、次々と死んでゆく夢を」

「それで眠れなくて、ってワケですね」

静かに頷くセンパイ。かすかに震えるその姿に、俺は――


「ちょ、ちょっと、ジンさん!?」

彼女を抱き寄せ、頭を軽く、ポンポンとたたいた。

完全に勢い任せだ。正直、超恥ずい。


「あーその、あれです。安心してください!俺が必ず、センパイを守ります!なんたって俺は……そう、『騎士』っすから!」

やばいやばい、こんな言い方、まるで――内心突っ込みつつ、早口で言い切った。

きっと今、俺の顔はトマトも顔負けの真っ赤っかだろうな。

恥ずかしさが頂点に達し、目を固く閉じたまま上を向く。


「……ふふっ」

俺が完全に言葉を失ってしばらく黙っていると、小さな笑い声が聞こえてきた。

「なら、安心ですわ」

俺を見上げてそう言うセンパイの顔には、さっきとは打って変わって悪戯っぽい笑みが浮かんでいる。

「その言葉、信じてますわよ?『騎士』さん」

「お……押忍!」


その表情にドキリとしつつも、俺は叫び、応えた。


「おーおー、いいねぇ、若いって」

そんな時。ドアの開く音とともに声が聞こえた。おやっさんの声だ。

その顔は笑顔だったが、何処かおかしい。

その答えは、すぐに出た。


「けどな……今何時だと思ってやがるっっっっ!」


「あわわ……す、すんませーん!」

「ぶふっ……ふ、くく……」

慌てて謝った俺の姿に、センパイが顔を背けて噴き出し、爆笑し始める。


「ちょっ……センパイ笑いすぎっすよ!?」

「ご、ごめんなさい、けど、けど……ぷくく」

「ちょっとぉー!?」


さっきまでのしんみりした空気はどこへやら。すっかりにぎやかになってしまった。


守ってみせる。必ず。こんな日々が、ずっと続くように。アイツらの好きには、絶対にさせない。

俺は心の中で、再び決意を新たにした――



「ぬがあーっ!」


薄暗い廃墟に、怒声が響き渡る。瓦礫を蹴り飛ばす、その姿は――


「おやおや、随分荒れてますねぇ……フォルテ」


ジンたちの手で倒されたはずの怪物――キマイラハイヴァンド、フォルテ。


「当たり前だ!せっかくいいところだったのに水を差しやがって……!」

「いいところ、ですか?私にはやられかけているように見えましたが」

「あそこから二人まとめて倒す予定だったんだ!」

「ほほう、それはそれは。くく、申し訳ないことをしましたねぇ」

「けどな、それだけじゃねぇ」

彼は叫び、壁にもたれかかっている男――タクトに掴みかかる。


「テメェ、仲間を身代わりに立てただろ……一体何考えてやがる!」

「貴方を失うほうが痛手なのでねぇ……仕方なかった、と言う奴です」

弁明するタクトだが、その口調は白々しい。


「ちっ……いいか、今度余計な真似してみろ?その時は俺がお前をズタズタにしてやる」

「ふふ、そうですか。なら、肝に銘じておきますよ……」

全く悪びれない様子に苛立ちながらもその手を離し、フォルテは背を向け、ずかずかと歩き出す。


それを見送りながら、タクトは一人、呟いた。

「それにしても、彼がまだ生きていたとは……これは面白いことになりましたねぇ」


「氷の騎士、ジン・レクスウオード……いえ」










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